怪力貴公子にハートを脅かされています

温風

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第一章 家庭教師と怪力貴公子

ルキウスの采配

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「ルキウスっ……! サフィが、サフィがマンドラゴラ飲まされた!」

 フォルテさまはまだお近くにいたルキウス殿下に掴みかかった。赤い髪が乱れ、その手は小さく震えている。
 ルキウス殿下が僕の惨状に気づき、マントで隠すように身を屈めた。

「なんてことだ……侍医を呼びましょう」
「ま、まだ……」

 僕は首を振った。犯人を捕まえるほうを優先してほしい。

「息はできますか?」

 こくこくと必死で首肯する。だけど致死量ならとっくに死んでいるはず。僕は震えながら、「瓶を、見つけて」と懇願した。薬を使ったものを取り押さえるチャンスは今しかないのだから。

「薬瓶を持ってるやつを片っ端からしょっぴいてくれ!」
「……ちょっと移動しようか」

 力の入らなくなった体を、ルキウス殿下とフォルテさまによって抱えられ、壁際のソファへと誘導された。意識はあるのに体が自由にならない。もどかしい。

「サフィが言ってた。犯人は薬瓶を隠し持ってるはずだって。頼む、おまえの力で、ここから誰も出すな!」
「そうしたいけど……もうすぐダンスホールが開く頃合いなんだ」

 ルキウス殿下のお言葉どおり、観音開きの扉がゆっくりと開いた。ダンスのための音楽を奏でる楽隊が移動をはじめる。それに促された貴族たちが、我も我もと扉へ向かっていく。

「おいこら待て! ホールから出るんじゃねえ!」

 フォルテさまは会場から出ようとする人を引き止めようとするが叶わず、早々に説得を諦め、片っ端から背負い投げしていく。
 あぁ、いけませんフォルテさま、暴力を行使したら反感を買うだけです!

「何度も言わせんな! 毒薬を持ってるやつがいるんだよ!」
「庶子のくせに、王族だからと気が大きくなったか? 調子に乗るなよ小僧!」
「なんだとぉ~!? 血なんか関係ねーだろハゲナスくそじじい!!」

 フォルテさまが恰幅のいい貴族に拳を握る。
 王宮は破壊しちゃダメ! ハゲナスだけどハゲナスって言っちゃダメ!

「……あのような狼藉者、王族とはいえ庶子に過ぎませぬ。あなたとは比べる価値もない。蹴落とすなら今のうちでは?」

 狡猾な狐のような顔の貴族が、ルキウス殿下にすり寄ってきた。しかし殿下は冷たく一瞥する。

「別にいいよ。だってセプティムスを呼べと言ったのは父上だもの。おまえは国王に異を唱えるというの?」

 ヤジを飛ばした貴族は「えっ」と目を丸くして小さなパニックに陥った。それをつまらなさそうに流し見て、ルキウス殿下は凛とした声をホールに響かせた。

「──静まりなさい」

 大声ではないのに、すっと人心が鎮まっていく。

「神聖な王宮で、禁制の毒薬が使われた。解決までの間、私と国王たる父の名において、この会場から出ることは許さない。みなさんには本当に申し訳ないと思うよ。けれど、どうしてもと拒否するのなら、我が異母弟にして最強の闘士、フォルテ・セプティムスに引き裂かれてしまうかもしれない。でもそれも王国の清浄さを守るためなんだ。貴族のみなさんなら、分かってくれるよね?」

 傍の侍従が小声で囁く。

「……殿下、楽しそうなお顔をしないでください。みな困っております」
「実際面白いよ? 実に面白い! あいつの名前はどんな武器より効くんだなぁ。嫉妬するね」

 ルキウス殿下はあたりを見渡した。進展がないようだと判断したのか、重ねて呼びかけた。

「そうか。名乗り出ぬなら、こちらから見つけてあげよう。ルキウスからの余興を楽しむと良い!」

 フォルテさまが信用ならないという面持ちで異母兄を睨んだ。

「何する気だよ」
「ん? 楽しいこと」

 ルキウス殿下は、にんまりと目を三日月型にして微笑んだ。
 マントの裏から、こんもりとした小さな包みを取り出して、手に乗せる。なんだと思ってみなが目を凝らせば、その小さなかたまりはむくりと動き出した。ハリネズミだ。

「さあ、プリニウス。君の出番だよ」

 プリニウスと呼ばれたハリネズミは、ルキウス殿下の腕を梯子にして床に降りた。ぺたりと足をついた大理石の冷たさに、ぷるぷると震えている。
 ホールに閉じ込められた者たちはみな呆気にとられていた。

 こんな小さな獣になにが出来る?

「彼は異国で貰い受けた可愛い友人なんだ。みんな丁重にもてなしてあげてね。ハリネズミは『幸運の星』の異名を持つ獣なんだ。幸せの象徴だよ」

 ルキウス殿下は、プリニウスにグラスの匂いを嗅がせた。僕が飲み干したものだ。
 小さなハリネズミは一瞬情報を整理するように静止したが、やがて、てこてこてこてこ、小刻みに歩き出した。

「さあ、私のプリニウスはどこへ行くのかな~!」

 ルキウス殿下は楽しそうにプリニウスのあとをついていく。ハリネズミが、ある人物のまわりをぐるりと回った。
 フォルテさまに突っかかった青年貴族ではなく、そのお友達だ。フォルテさまがやってきて、金の双眸でまっすぐ見据えた。

「……てめえか。を使ったな?」

 問い詰められた男は、なんのことか、と惚けた。

「下位の貴族だからとバカにされる言われはございませんな」

 あしらうように鼻で笑った。ルキウス殿下が騎士を呼ぶ。

「そう。潔白なら証明できるはずだね。とっとと証明してスッキリしてしまいなさい」

 近衛に両腕を掴まれる。男はわあわあと喚いて暴れたが、上衣から薬瓶が出てきた。
 彼は「陰謀だ!」と叫んだが、ルキウス殿下は「馬鹿だなあ」とつぶやいて、近衛に指示を出す。

「……すぐバレる嘘なんてつまらないよ。連れて行け」

 そしてまたプリニウスに瓶を嗅がせる。ハリネズミはまた動き出した。
 足を止めたのは、最初に突っかかってきた青年貴族だった。やっぱりな、という感想しかない。そいつは僕が薬を飲んだあと、分かりやすく狼狽していたもの。

「わっ、わたしは無関係だ!」
「君も私のプリニウスを疑うの? 失礼だな。じゃあさ、留学先からもらった新しい拷問器具があるんだけど、君で試させてよ!」

 力加減が分からないから、うっかり死んでも献体として扱ってあげる──。

 ルキウス殿下が笑いながら付け加える。きらきらと美しい人なのに、とんでもない狂気を感じさせる笑みだ。その冗談とも思えない言い方に、顔面蒼白だった青年貴族はさらに顔色が悪化して、「わたしがやりましたッ!」と速攻で陥落した。

「えーと、ほかに仲間はいないかな~?」

 逃げようとする残党が数名、ドレスの令嬢を押し退けて扉へ急ぐ。青年貴族らの遊び仲間だろう。だがそこには、人の首根っこを掴んでは投げ飛ばすフォルテさまがいるのだ。

「おまえらも真っ二つにしてやろうか!?」

 フォルテさまの覇気を浴びては立っていることもできず、彼らもすぐに一転し、平伏した。駆けつけた近衛兵たちはフォルテさまをなだめつつ、関係者に縄をつけ、引き立てていった。

 身を横たえたソファの近くで、ルキウス殿下がプリニウスにご褒美の餌をあげている。僕は力を振り絞って、はくはくと口を開いた。

「ね、狙い……フォルテさま、だ、った……」

 どうにか声を絞り出すと、ルキウス殿下が側に屈み込んできた。口元に手を当てて思案顔になる。

「君たちは数年前、マンドラゴラの販路を断つ手柄を立てたよね? そのときの事件となにか繋がりがあるのかも……彼らのことはきつく取り調べるよ」

 扉からソファへと戻ってきたフォルテさまがそれを聞きつけ、はっとしたようにルキウス殿下を見た。殿下は同情するように眉を寄せた。

「あなたは、弟を庇ってくれたんだね……七番目、君が責任持って楽にしてやりなさい。知識はあるよな?」
「言われなくても、サフィの相手は俺だ!」

 フォルテさまに鍵を渡すと、小声で「三階の突き当たりへ」と囁いた。

「後の処理は私がする。父上に手腕を見せる良い機会だ」
「うるせえな! てめえはてめえの良いようにすりゃいいだろ!」
「疾く行け。今いちばん苦しくてつらいのはサフィア殿だ」

 ずっと温和だったルキウス殿下にしては、意外にも厳しい叱責だった。

「王族の近くにいる人は、なにかと災厄を引き受けるものなんだよ」
「……ちっくしょう!!」

 フォルテさまが、悔しげに唇を噛む。
 僕を両腕に抱き抱えると、観音開きのホールの扉をドーンと蹴飛ばして破壊した。

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