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第一章 家庭教師と怪力貴公子
フォルテさま18歳、秘密はつくれない
しおりを挟む騎士団指南役を拝命されてから三年の月日が流れ、フォルテさまは十八歳になった。フォルテさまと十離れている僕は、今年で二十八になる。いよいよ三十路が見えてきた。
お昼過ぎ、公爵家から新顔の使者がやってきた。
初めて見る顔の青年で、この仕事をはじめてまだ日が浅い様子。馴染みの初老の使者であれば、世間話がてらそっと僕宛ての手紙を渡してくれるのだが、この青年はよく響く声で僕の名前を呼んだ。
「あっ、あなたがサフィアさん? 王都からお手紙で~す! ここにサインくださ~い!」
「ご苦労様です……あの、なにかあったんですか?」
不躾とは思ったが、使者の青年を上から下まで眺めた。
青年の制服の、胸のあたりからブーツの先まで泥が跳ねて汚れている。水田の中を這って進んできたような有様だ。
「あー、実は……別の担当者がいたんですけど、そいつが鹿に馬車ぶつけちゃって。足怪我しちゃったんですよ。そう、いつもこちらに伺っている者です。あっ、心配しなくても、もう病院にいますから。大丈夫ですよ。……なんか最近、野生動物とぶつかる系の事故多いんですよねー。そういうわけで、オレが代打で走ってきたんです!」
泥だらけでスミマセンと、若い使者は申し訳なさそうに頭を下げた。
「それは大変でしたね。帰りの道を考えたら、あなたも少し休憩したほうがいいかも……お茶でも飲んでいってください」
「えっ、いいんですかぁ? いやあ、嬉しいですー。こんな綺麗なお姉さんにお誘いいただけるなんて!」
──お姉さん?
ぴくぴくと頬が引きつった。
「僕、お・兄・さ・ん、なんですけど?」
一言一句、丁寧に訂正させていただく。
玄関のホールに突っ立っていた使者の青年は、困惑したように固まった。
「えっ……うっそ……ぜったいお姉さんだと思っ……」
兄さまたちに女装させられたせいか知らないけど、僕の男性らしさは所在不明になってしまった気がする。昔っから女顔とは言われてきたが、無論、男であることに変わりはない。ちゃんと付くものだって付いているし。
ぷんぷん憤慨していると、僕の背後からひょいと手が伸びてきて、持っていた手紙を奪われた。
「もーらった!」
フォルテさまだ。
取り上げられた手紙を返してもらおうと手を伸ばすが、ひょいひょいと避けられてしまう。
「おい、公爵家の使い。こいつに『女みたい』っていうと呪われるぞ。とっとと帰れ。おまえに出す茶はねえ」
フォルテさまに怜悧な目つきで睨まれた青年は、半泣きになってホールから出ていった。
「追い返すことないでしょう? っていうか、手紙返してください」
「サフィに色目遣ってたから睨み効かせてやったんだ。案の定すぐ逃げた。あいつはクビだ」
「はあ~?」
変な邪推をされている。
それより、書面を見られたらまずい。フォルテさまはご存じないけれど、あの手紙はフォルテさま監視業務の定期連絡みたいなものだ。
「ま、待ってください!」
さきほどの使者を丁重にねぎらうよう使用人に伝え、僕は急いでフォルテさまのあとを追いかけた。
「その手紙はサフィのですよっ。いじわるしないで、返してください!」
「おまえが王宮へ送った行状報告への返事だろ? 俺が見ても構わないはずだ」
「えっ」
驚きすぎて、なにもないところで転びそうになった。
フォルテさまは僕を待つように立ち止まった。手紙の神樹の刻印の封蝋をじっと見つめている。嫌な汗が、一気に吹き出した。
「……ご存じだったのですか?」
僕がしていたことを、フォルテさまは知っていた?
ぐらりと足元の地面が揺れてひび割れる。そんな気分だ。
「サフィの報告書、父が喜んで読んでるみたいだ。おまえが俺の成長を丁寧に綴ってくれると。……ありがとな、サフィ。俺からもお礼、言っておこうと思って。俺が国王と会うことは、この先もないだろうから」
頭がぐるぐるして、困惑と焦燥が極まっていく。
僕の報告が上がる相手は、国王陛下だったのか?
じゃあ、ひょっとして僕……考えすぎて、ひとりで空回ってた?
とんでもない後悔が押し寄せてきた。
これではフォルテさまの優秀なエピソードを伏せていた意味がない。
お詫びに国王陛下の御前で十年分のお話を語ってさしあげたいくらいだ。あえて報告書に記してこなかったフォルテさまの、愛らしくて素晴らしい日常の片鱗を。フォルテさまがどれほど優秀で賢くて、かっこいいお子さまなのかってことを!
「……わざと、お勉強ができないと思われるように書いていました」
「そうなのか?」
すみません、と顔を手で覆って頭を下げた。
報告を上げる先が陛下だと分かっていたなら、心のままにフォルテさまを褒めちぎって書いていた。うああ、僕の思い込みが激しかったばっかりに!
「フォルテさまの優秀さが国の上層部に伝われば、あなたが嫌な目に遭うのではないかと……それでずっと控えめに記していて……」
口を開けば、言い訳がましい言葉ばかりが零れる。
「庶子だからって理由で嫌がらせしてくるようなやつは、俺が直接ねじ伏せるよ。サフィが心配することじゃない」
「腕力だけで解決できることは、そう多くありません」
「まあな。めんどくさいが、サフィの言うとおりだと思う」
「……フォルテさま」
「だからさ、そういうの、俺はよく分かんねえから……これからも一緒にいてくれよ。俺にはサフィしかいないんだ」
蜂蜜を薄く溶かしたような黄金色の瞳には、どこか心細そうな、縋るような色が浮かんでいる。
「家庭教師でも監視役でも、なんでもいい。ずっと俺の隣にいてくれよ」
肩に手が置かれた。
「顔を上げてくれ」と励ますように言われる。もう謝らなくていいから、とも。
僕にとってこの役目は重荷でしかなかった。
それなのに、監視していたことを恨まれるどころか、感謝されるなんて。
十も年下のあなたに、僕は…………救われている。
肩を包むフォルテさまの手に、僕も手を重ねた。
「……ついて、いきます」
「ん?」
「僕は、あなたについていきます」
光を抱いた黄金色の瞳と、視線がぶつかった。
……あなたの頼みを、僕が断れるはずがない。
出会ったころから、あなたは僕の王さまで僕の宝物。大事な大事な、守りたい人だから。
「ところで、フォルテさまもご覧になるのでしたら、ペーパーナイフで開けてください。素手ではお手紙が粉々になりますので」
「ナイフと名の付くものは持たない主義なの。それに、素手のほうが感触で分かるだろ?」
「いけません、力任せに破ったら……!」
封を切る手つきが危なっかしくて、止めようとしたが、止められなかった。
フォルテさまが力をこめたら紙など一瞬で弾け飛ぶ。意味のある紙片が次の瞬間、塵に変わるのだ。
「サフィ……これ!」
封筒を引きちぎった衝撃で、書面もすっかりしわくちゃになっていた。中身を見たフォルテさまが驚いた目をぱちくりさせる。僕も「あーあ、やっちゃった…」という顔でフォルテさまの手元を覗き込んだ。
「言わんこっちゃない……お手紙まで破っちゃったんですか? どんだけ不器用なんです?」
「ちがう、そうじゃなくて……見ろ、招待状だ!」
「ええ、招待……なんですって!?」
フォルテさまの手をぐいと引き寄せ、書面に目を走らせる。
「第五王子・ルキウス殿下の、帰国記念舞踏会……?」
それはいわゆる【社交界】への誘いだった。
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