16 / 27
第一章 家庭教師と怪力貴公子
王国にかかる暗雲
しおりを挟む捜査は終わった。アラン兄の怪我は打撲とかすり傷で済んだ。
クズリは体重も成人男性以上あるようだったし、これだけのダメージで済んだのは奇跡だと思う。携帯していた外傷用の軟膏を指にとり、兄さまの傷に塗った。
「骨はなんともないのですね?」
「ああ。世話をかけたな」
「クズリは爪も鋭かったですし、刺されたりしなくて本当によかったです……」
ほっと胸を撫で下ろす。
途中で馬を調達し、捕らえた犯人を詰所まで連行した。媚薬売り場にいた受付の男も、強面の騎士にぐいぐいと取り調べられている。
「……俺たちが捕らえたのは、獣の調教師だった」
詰所で着替えを済ませ休憩をとっていると、ルネ兄がやってきて、渋い顔をした。
「そいつ、なんて言ってんだ?」
「下っ端すぎて、なにも知らん。多くを知らないよう努めていたようだ」
「それって……」
「追跡不可。上は雲隠れだ」
声には隠せない徒労が滲んでいる。僕は兄さまたちに視線を移した。
「あの、マンドラゴラのことですけど……」
「なんだ?」
「大規模栽培されている可能性はありませんか? たとえば……北部で」
「マンドラゴラの量産など不可能だ。根っこを引き抜いたら耳が潰れて死ぬんだぞ」
「ルネ、ひとまずサフィの意見を聞いてみないか?」
アラン兄に先を促され、話を続けた。
マンドラゴラは危険植物だ。土から引き抜くとき、マンドラゴラがあげる悲鳴を聞くと耳が潰れ、血を吐いて死ぬ。
昔からマンドラゴラを収穫する際は、犬に引き抜かせていた。犬は死ぬが、人はマンドラゴラを手にできる。収穫に命の犠牲を要する植物などマンドラゴラ以外にそうはない。
「……マンドラゴラには耐寒性があります。北でも育つ貴重な収入源となり得る。その収穫には獣を利用すればいい。たとえばクズリのような頑丈そうな獣を」
「しかし、北部に耕作地は少ない。栽培場所の見当はついているのか?」
「人の目が届かぬ場所と考えると、答えはひとつ。国の禁足地──原生林を切り開いているのでしょう」
みんな、虚を衝かれたように押し黙った。
「禁足地か……」
この王国は、森と草原と湖を擁する美しき国。南に王都を設け、街を切り拓き、工業を発展させてきた。
一方、北では大いなる自然の保護に努めている。
北方には隣国との国境があるが、隣国はマンドラゴラを規制していない。麻薬に甘い国なのだ。媚薬を巡るパイプは、そちらにも伸びているのだろう。
「首謀者までは分かりません。多くの人材と土地を動かせる人物となれば……貴族の力なしに実現は不可能です。商人も絡んでいるでしょうが、マンドラゴラの儲けはすべて領主の懐に入るはず」
税を納めず、違法なやり方で利益を貪る。その行為は国王への、ひいては国への背信だ。
並の商人であれば、こんな危ない橋など渡らない。中心には権力者店おそらく北方を治める貴族が絡んでいるはずだった。
「サフィの読みは正しいと思う」
「北がきな臭いか……。どうやら俺たちは、でかい魚を釣り上げたらしい。アラン、これは陛下まで奏上すべき案件だな」
「そうだな。上を動かさねば、私たちだけではどうにもできない」
兄さまたちが厳しい面持ちで嘆息した。
考えたくないだろうが、北の治安維持に携わる騎士たちも抱き込まれている可能性がある。当初の想定より、事は格段に大きくなっていた。
その夜遅く。僕とフォルテさまは、ようやく離宮に戻った。数時間もすれば夜明けだ。
湯浴みを済ませたフォルテさまが、うーんと大きな伸びをする。
「お疲れになったでしょう。ミルクでも温めてもらいますか?」
「いや、まだいい。それより大活躍だったな、サフィ」
「そうでしょうか……」
なんとも言えなくて、苦笑いする。
なにげなく自分の足に視線を落とした。慣れない女物の靴を履いて走った足は今もじんじんと痛んで、苦痛を訴えている。太腿も筋肉痛で、歩くのがつらい。
兄さまやフォルテさまと並び立って手柄を上げるような胆力など、僕にはないのだ。
「女装も似合ってたなあ」
「……フォルテさま?」
甘えるような視線で僕を見上げる。
これは、なにかをおねだりする前触れだ。
「今度は俺のために女装してくれない?」
「二度としません! ぜっっったい、しませんっ!!」
次はない。それだけは激しく断言させてもらった。
3
お気に入りに追加
144
あなたにおすすめの小説
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

当て馬的ライバル役がメインヒーローに喰われる話
屑籠
BL
サルヴァラ王国の公爵家に生まれたギルバート・ロードウィーグ。
彼は、物語のそう、悪役というか、小悪党のような性格をしている。
そんな彼と、彼を溺愛する、物語のヒーローみたいにキラキラ輝いている平民、アルベルト・グラーツのお話。
さらっと読めるようなそんな感じの短編です。

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

ド天然アルファの執着はちょっとおかしい
のは
BL
一嶌はそれまで、オメガに興味が持てなかった。彼らには托卵の習慣があり、いつでも男を探しているからだ。だが澄也と名乗るオメガに出会い一嶌は恋に落ちた。その瞬間から一嶌の暴走が始まる。
【アルファ→なんかエリート。ベータ→一般人。オメガ→男女問わず子供産む(この世界では産卵)くらいのゆるいオメガバースなので優しい気持ちで読んでください】

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる