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第一章 家庭教師と怪力貴公子
フォルテさまと潜入捜査
しおりを挟む収穫祭から少し経ったころ。
庭の薔薇の世話を終えて屋敷へ戻ってみると、ルネ兄とアラン兄が来ていた。
「邪魔しているぞ、サフィア! ここはいつも人が少ないなぁ。おかげで人払いせずに助かる。はっはっは!」
ルネ兄が豪快に笑っている。我が兄ながら、存在がうるさい人だ。
「……兄さまたち、また来たんですか?」
「そんな嫌そうな顔するんじゃない! 傷つくだろ!」
帽子を取り、手を清めてから、ハーブティーを淹れる。
「……で。本日は、なんの用です?」
「実は加勢を頼みたくてな!」
「加勢? 騎士団のお仕事ですか……フォルテさまに?」
「うむ」
「お断りします。訓練ならいいですけど、危ないことは、ぜ~ったいダメです!」
「けちなこと言わないでくれ。ちょっとだけだ!」
「いーやーでーすっ! ちょっとだけって、フォルテさまは、お一人しかいらっしゃらないんですよ!」
「まあまあ。小難しく考えるな。俺たちにはフォルテさまの腕力が必要なんだ!」
「うあ~、頭が重い……真面目な顔で頼んでも、僕は許しません。騎士団の仕事なんて、めちゃくちゃ危険じゃないですか!」
「まあ……危険がないとは言わん」
ルネ兄は否定しなかった。
その歯切れの悪さに、また腹が立つ。僕は携帯していた霧吹きを、ぷしゅーっと吹きつけてやった。
「わっ! こら、サフィ! なんだこれっ、うわっ、くっさ!」
「手作りの薔薇用殺虫剤です。木の根っこを煎じて作るんですよ」
「な、なんてものを兄に振りかけるのだ! 俺は虫ではないぞ! おまえ本当にサフィアか!?」
「僕の大事なフォルテさまを、便利に使おうとした罰です!」
ここで、それまで黙っていたアラン兄が口を開いた。
「あのな……実は、フォルテさまだけじゃなく、おまえにも頼みたいと思っているんだ」
「はあ? 僕に? ……自慢じゃないけど、僕にはなにもできませんよ?」
「今回は少々、特殊な場所に行くんだ。そこでな。おまえと私は──女装をする」
「……除草? 騎士団が?」
草を刈る真似をすると、違うそうじゃない、と首を振って否定される。
「髭を剃り、女性用ドレスを着てカツラをつけ、化粧をするんだ」
「あぁ~、その女装! …………ぜったい嫌ですっ!!」
腕を組み、ふんっと鼻を鳴らす。アラン兄さままでふざけないでほしい。だがそこへ、フォルテさまが顔を出した。
「その話、面白そうじゃないか」
「フォルテさまっ!?」
にやにやと意味深に笑って、興味をお示しになっている。……これはよろしくない。頭皮に汗が滲んだ。
兄さまたちは期待する面持ちでフォルテさまを見つめた。
「乗った。サフィが一緒なら、俺は行く!」
その返事に、ルネ兄が顔を輝かせる。
「おおっ、さすがは赤き獅子、フォルテ・セプティムス殿下だ! あっぱれな騎士道精神!」
「……悪いな、サフィア」
「もぉぉぉぉぉ~! 兄さまたちがつけあがるじゃないですかぁ~!!」
思いどおりに行かぬ人たちに、僕はひとしきり悶えた。
兄さまたちが持ってきたのは、物騒な話だった。
「……愛を燃え上がらせるクスリ?」
「名称はエリクシー。至上の境地へと誘う、神の果実だそうだ」
「はあ、つまり……媚薬ですか」
「目撃情報によると、どうやら獣を使ってクスリを届けているらしい」
「獣? どんな?」
「それが分からんのだ」
二人の兄さまたちは困ったように顔を見合わせた。
「でも、いいじゃないですか、媚薬くらい。男性機能で困ってる人もいるんでしょうし……」
「問題は、そのクスリで死人が出ていることだ」
死人と聞いて、背筋に冷たいものが走った。そんなことにフォルテさまを関わらせたくない。
「媚薬に使われる薬草は、往々にして毒性もあったりはします。売人を端からしょっぴけばいいのでは?」
「それじゃ蜥蜴の尻尾切りと変わらん。売人は末端なんだよ。物が物だけに購入者も口を割りたがらない。効き目が強く、常習性もある。そこで私たちの班は、運び屋として使われている『獣』を調査することになった。上手く追えたら、敵のアジトが割れる。……なあ、サフィア」
手を膝に置いたアラン兄さまは、畳みかけるように僕と視線を合わせた。
「おまえは、おまえにできるやり方で協力してほしい。今回の件、腕力だけでは追えないと俺は踏んでいる」
「じゃあ、フォルテさまが出張らなくても、いいですよね?」
「いやだっ! 俺は暴れたい!!」
フォルテさまが金の瞳を輝かせてごねる。
「貴族の子弟は、ほとんどが十五で騎士団の門を叩く。フォルテさまも十五だろう? ちょっとした社会見学だ。いい時期だと思うがな」
「人は人、フォルテさまはフォルテさまです! しかも媚薬がらみの事件を追えだなんて……僕は許しません!」
呑気なルネ兄をぴしゃりと一喝する。
「今回、フォルテさまだけじゃなく、サフィアを呼びたいと提案したのは、ルネじゃなくて私なんだ」
「え、アラン兄さまが……?」
「この件では各地の騎士団も翻弄されてきた。死者が出ているのに容疑者すら挙げられない。クスリを運ぶのが動物だからだ。厄介な相手だよ。だからこそ、騎士には見えないものを発見できる人材が欲しかった」
アラン兄は困ったように笑った。普段から身内自慢をするような人ではないから、照れているらしい。
「それがおまえだ。サフィにしか頼めないことなんだ」
この話にいちばん戸惑っているのは僕自身なのかもしれない。きょうだいに頼られることなんて、今までの人生でなかったから。
ちらり、とフォルテさまに目を移した。
椅子の背もたれにゆったりと背を預け、ニィッと悪童らしい笑みを浮かべている。
目をつむり、いったん深呼吸してから、アラン兄に視線を戻した。
「僕で……兄さまたちのお役に立てるのでしたら」
「ありがたい。私を信じてついてきてくれ」
このときの僕は軽率にも、「女装」という話をすっかり失念していたのだ。
後日。アラン兄さまに連れてこられたのは、どう見てもいかがわしい街区だった。
昼なのに薄暗く狭い路地。
だが、ひとたび夜になれば、様相は一変する。
花の形を模した灯籠が軒先に飾られ、おしろいの匂いが立ち込める──娼館街だ。
「……ねえ、兄さま」
「なんだ?」
「いったい僕になにをさせる気ですかっ!?」
兄さまに外套に掴みかかるが、どうどうといなされる。僕は馬じゃない。
路地を抜けた先には、ひときわ大きな建物があった。扉も立派なものだ。アラン兄は慣れた様子で天使のかたちをしたドアノッカーに手をかけた。
現れたのは年端もゆかぬ少女で、「さあどうぞ」と長い廊下を案内されていく。二階に上がり、大きな寝台のある一室に入るよう促された。
そりゃ貴族だってこういう場所にはお世話になるだろうけど、真昼間から来るところか? 泣きたいような怒りたいような、複雑な気持ちで胸がモヤモヤする。
そんな僕を見たアラン兄が「あ、これはやばい」と思ったのか、なだめるように話しかけた。
「あのなサフィ。騎士が娼館を使う理由には、その、いろいろあってだな……」
「僕は情けないです! 昼間っから娼館で遊ぶだなんてっ……アラン兄さまはすっかり汚れてしまったんだ!」
「おい待て、そんな目で私を見るんじゃない」
鼻に皺を寄せ、疑いのまなざしを向けていると、澄んだ笑い声がした。
「こんばんは、アランさま。そちらが弟君? ……噂に違わず、麗しい方なのね」
目を丸くして、ぽかんと口を開ける。
部屋の入口に、素人とは思えぬ妖艶な美女が立っていた。
「いらっしゃいませ、サフィアさま」
一礼して顔を上げる。紅を差した形の良い唇が、ゆっくり弧を描いた。
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