12 / 27
第一章 家庭教師と怪力貴公子
フォルテさまと潜入捜査
しおりを挟む収穫祭から少し経ったころ。
庭の薔薇の世話を終えて屋敷へ戻ってみると、ルネ兄とアラン兄が来ていた。
「邪魔しているぞ、サフィア! ここはいつも人が少ないなぁ。おかげで人払いせずに助かる。はっはっは!」
ルネ兄が豪快に笑っている。我が兄ながら、存在がうるさい人だ。
「……兄さまたち、また来たんですか?」
「そんな嫌そうな顔するんじゃない! 傷つくだろ!」
帽子を取り、手を清めてから、ハーブティーを淹れる。
「……で。本日は、なんの用です?」
「実は加勢を頼みたくてな!」
「加勢? 騎士団のお仕事ですか……フォルテさまに?」
「うむ」
「お断りします。訓練ならいいですけど、危ないことは、ぜ~ったいダメです!」
「けちなこと言わないでくれ。ちょっとだけだ!」
「いーやーでーすっ! ちょっとだけって、フォルテさまは、お一人しかいらっしゃらないんですよ!」
「まあまあ。小難しく考えるな。俺たちにはフォルテさまの腕力が必要なんだ!」
「うあ~、頭が重い……真面目な顔で頼んでも、僕は許しません。騎士団の仕事なんて、めちゃくちゃ危険じゃないですか!」
「まあ……危険がないとは言わん」
ルネ兄は否定しなかった。
その歯切れの悪さに、また腹が立つ。僕は携帯していた霧吹きを、ぷしゅーっと吹きつけてやった。
「わっ! こら、サフィ! なんだこれっ、うわっ、くっさ!」
「手作りの薔薇用殺虫剤です。木の根っこを煎じて作るんですよ」
「な、なんてものを兄に振りかけるのだ! 俺は虫ではないぞ! おまえ本当にサフィアか!?」
「僕の大事なフォルテさまを、便利に使おうとした罰です!」
ここで、それまで黙っていたアラン兄が口を開いた。
「あのな……実は、フォルテさまだけじゃなく、おまえにも頼みたいと思っているんだ」
「はあ? 僕に? ……自慢じゃないけど、僕にはなにもできませんよ?」
「今回は少々、特殊な場所に行くんだ。そこでな。おまえと私は──女装をする」
「……除草? 騎士団が?」
草を刈る真似をすると、違うそうじゃない、と首を振って否定される。
「髭を剃り、女性用ドレスを着てカツラをつけ、化粧をするんだ」
「あぁ~、その女装! …………ぜったい嫌ですっ!!」
腕を組み、ふんっと鼻を鳴らす。アラン兄さままでふざけないでほしい。だがそこへ、フォルテさまが顔を出した。
「その話、面白そうじゃないか」
「フォルテさまっ!?」
にやにやと意味深に笑って、興味をお示しになっている。……これはよろしくない。頭皮に汗が滲んだ。
兄さまたちは期待する面持ちでフォルテさまを見つめた。
「乗った。サフィが一緒なら、俺は行く!」
その返事に、ルネ兄が顔を輝かせる。
「おおっ、さすがは赤き獅子、フォルテ・セプティムス殿下だ! あっぱれな騎士道精神!」
「……悪いな、サフィア」
「もぉぉぉぉぉ~! 兄さまたちがつけあがるじゃないですかぁ~!!」
思いどおりに行かぬ人たちに、僕はひとしきり悶えた。
兄さまたちが持ってきたのは、物騒な話だった。
「……愛を燃え上がらせるクスリ?」
「名称はエリクシー。至上の境地へと誘う、神の果実だそうだ」
「はあ、つまり……媚薬ですか」
「目撃情報によると、どうやら獣を使ってクスリを届けているらしい」
「獣? どんな?」
「それが分からんのだ」
二人の兄さまたちは困ったように顔を見合わせた。
「でも、いいじゃないですか、媚薬くらい。男性機能で困ってる人もいるんでしょうし……」
「問題は、そのクスリで死人が出ていることだ」
死人と聞いて、背筋に冷たいものが走った。そんなことにフォルテさまを関わらせたくない。
「媚薬に使われる薬草は、往々にして毒性もあったりはします。売人を端からしょっぴけばいいのでは?」
「それじゃ蜥蜴の尻尾切りと変わらん。売人は末端なんだよ。物が物だけに購入者も口を割りたがらない。効き目が強く、常習性もある。そこで私たちの班は、運び屋として使われている『獣』を調査することになった。上手く追えたら、敵のアジトが割れる。……なあ、サフィア」
手を膝に置いたアラン兄さまは、畳みかけるように僕と視線を合わせた。
「おまえは、おまえにできるやり方で協力してほしい。今回の件、腕力だけでは追えないと俺は踏んでいる」
「じゃあ、フォルテさまが出張らなくても、いいですよね?」
「いやだっ! 俺は暴れたい!!」
フォルテさまが金の瞳を輝かせてごねる。
「貴族の子弟は、ほとんどが十五で騎士団の門を叩く。フォルテさまも十五だろう? ちょっとした社会見学だ。いい時期だと思うがな」
「人は人、フォルテさまはフォルテさまです! しかも媚薬がらみの事件を追えだなんて……僕は許しません!」
呑気なルネ兄をぴしゃりと一喝する。
「今回、フォルテさまだけじゃなく、サフィアを呼びたいと提案したのは、ルネじゃなくて私なんだ」
「え、アラン兄さまが……?」
「この件では各地の騎士団も翻弄されてきた。死者が出ているのに容疑者すら挙げられない。クスリを運ぶのが動物だからだ。厄介な相手だよ。だからこそ、騎士には見えないものを発見できる人材が欲しかった」
アラン兄は困ったように笑った。普段から身内自慢をするような人ではないから、照れているらしい。
「それがおまえだ。サフィにしか頼めないことなんだ」
この話にいちばん戸惑っているのは僕自身なのかもしれない。きょうだいに頼られることなんて、今までの人生でなかったから。
ちらり、とフォルテさまに目を移した。
椅子の背もたれにゆったりと背を預け、ニィッと悪童らしい笑みを浮かべている。
目をつむり、いったん深呼吸してから、アラン兄に視線を戻した。
「僕で……兄さまたちのお役に立てるのでしたら」
「ありがたい。私を信じてついてきてくれ」
このときの僕は軽率にも、「女装」という話をすっかり失念していたのだ。
後日。アラン兄さまに連れてこられたのは、どう見てもいかがわしい街区だった。
昼なのに薄暗く狭い路地。
だが、ひとたび夜になれば、様相は一変する。
花の形を模した灯籠が軒先に飾られ、おしろいの匂いが立ち込める──娼館街だ。
「……ねえ、兄さま」
「なんだ?」
「いったい僕になにをさせる気ですかっ!?」
兄さまに外套に掴みかかるが、どうどうといなされる。僕は馬じゃない。
路地を抜けた先には、ひときわ大きな建物があった。扉も立派なものだ。アラン兄は慣れた様子で天使のかたちをしたドアノッカーに手をかけた。
現れたのは年端もゆかぬ少女で、「さあどうぞ」と長い廊下を案内されていく。二階に上がり、大きな寝台のある一室に入るよう促された。
そりゃ貴族だってこういう場所にはお世話になるだろうけど、真昼間から来るところか? 泣きたいような怒りたいような、複雑な気持ちで胸がモヤモヤする。
そんな僕を見たアラン兄が「あ、これはやばい」と思ったのか、なだめるように話しかけた。
「あのなサフィ。騎士が娼館を使う理由には、その、いろいろあってだな……」
「僕は情けないです! 昼間っから娼館で遊ぶだなんてっ……アラン兄さまはすっかり汚れてしまったんだ!」
「おい待て、そんな目で私を見るんじゃない」
鼻に皺を寄せ、疑いのまなざしを向けていると、澄んだ笑い声がした。
「こんばんは、アランさま。そちらが弟君? ……噂に違わず、麗しい方なのね」
目を丸くして、ぽかんと口を開ける。
部屋の入口に、素人とは思えぬ妖艶な美女が立っていた。
「いらっしゃいませ、サフィアさま」
一礼して顔を上げる。紅を差した形の良い唇が、ゆっくり弧を描いた。
11
お気に入りに追加
145
あなたにおすすめの小説
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!
小池 月
BL
男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。
それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。
ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。
ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。
★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★
性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪
11月27日完結しました✨✨
ありがとうございました☆

【完結】乙女ゲーの悪役モブに転生しました〜処刑は嫌なので真面目に生きてたら何故か公爵令息様に溺愛されてます〜
百日紅
BL
目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でしたーー。
最後は処刑される運命の悪役モブ“サミール”に転生した主人公。
死亡ルートを回避するため学園の隅で日陰者ライフを送っていたのに、何故か攻略キャラの一人“ギルバート”に好意を寄せられる。
※毎日18:30投稿予定

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
またのご利用をお待ちしています。
あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。
緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?!
・マッサージ師×客
・年下敬語攻め
・男前土木作業員受け
・ノリ軽め
※年齢順イメージ
九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮
【登場人物】
▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻
・マッサージ店の店長
・爽やかイケメン
・優しくて低めのセクシーボイス
・良識はある人
▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受
・土木作業員
・敏感体質
・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ
・性格も見た目も男前
【登場人物(第二弾の人たち)】
▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻
・マッサージ店の施術者のひとり。
・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。
・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。
・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。
▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受
・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』
・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。
・理性が強め。隠れコミュ障。
・無自覚ドM。乱れるときは乱れる
作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。
徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる