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第一章 家庭教師と怪力貴公子
サフィアの病
しおりを挟む僕は十六になるまで、病に臥せっていた。
毎年、この国の神樹の葉は生え変わる。
季節を問わず、緑の葉が茶色く枯れて散ってしまう。
葉が落ち始めると、神樹と呼応するかのように、体のバランスを崩す者が現れる。
その病を「落葉病」といった。
僕が落葉病を発症したのは、八つのときだ。
発熱で体から水分が減り、肌はかさかさに荒れて、落ち葉のようにぽろぽろと皮膚が欠けていく。
感染はしないが、前触れもなく、ある日急に発症するこの病を、昔からこの国の人は【神樹に呼ばれる】と表現した。
発症するのはきまって貴族の小さな子供たちで、庶民にはとんと縁がない。そんな背景から、贅沢病だとか血筋の病だと考えられていた。
家族や侍医の手厚い看護によって命をとりとめたが、あくる年、また神樹の葉が落ちはじめると、病がぶり返した。
一年の半分は寝て過ごし、もう半分の間に勉強をしたり、なまった体を動かしたり、家族との時間を過ごす。
そんな生活が六年続いた。
十四のとき。落葉病で衰弱を繰り返した体は、もう長くないと言われた。
父は特効薬を求めて諸国を外遊し、母は泣きながら占いやまじないを片っ端から試した。きょうだいは寄宿舎に押し込められ、家へ帰してはもらえなかった。
僕は広い屋敷でただ一人、寝台の白い敷布を茶色く汚し続けた。
しかし十六になると、症状は忽然と全快した。
お医者さまは言った。「奇跡でございます……!」
薬の質が格段に良くなったのか。それとも、僕の体が強くなったのか。
理由は分からないが、僕は僕自身の体の回復を信じられず、そのまま静かに屋敷で暮らすことを選んだ。
両親はやりたいことがあったら端からやらせてあげるから、言ってごらん、といった。だけど僕はなにも言えなかった。
やりたいことってなんだろう、それはどうやったら見つかるんだろう。
ちゃんと考えようとすると、頭の中が真っ白になる。
十六歳の僕は、突如として目の前にひらけた自分の未来に、ただショックを受けて呆然としていた。
体が回復してからは毎日、自分の人生を取り戻すのに手探りだった。
生きることは、こわかった。
僕が伏せっている間に立派に成長したきょうだいと言葉を交わすことも、書物でしか知らない場所へ出ていくのも、家族以外の人間がいる場所へ出向くのも……とにかく、すべてがこわかった。
時の流れから、自分だけが取り残されたように感じるからだ。
こんな話、誰にもしたことはない。病から回復したくせに、うじうじと悩むなんて「贅沢者」と罵られるに決まっている。
病弱な弟に両親をとられてしまった、他のきょうだいたちの恨みがましい視線を感じた日もある。看病に明け暮れる使用人のため息を聞いた日もある。
相談など、誰にもできるはずがなかった。
僕は成人する前に死ぬのだろうと本気で思っていた。自分の命が燃え尽きるのを屋敷の中で待っているだけだった。
高望みなんてしない。平穏な日常さえあればいい。
公爵家の庭で植物を育てながら静かに暮らす。あるときまでは、それだけが僕の、ささやかな願いだった。
人はなんて贅沢なんだろう。時が経てば、多くを望むようになる。
フォルテさまは僕のすべてを変えてしまわれた。
せめてあと数年は、フォルテさまの傍で成長を見守りたい。
フォルテさまが大人になって、「教師など必要なくなった」と暇を告げられる、そのときまで──……僕はフォルテさまの、いちばん近くにいたいのだ。
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