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第一章 家庭教師と怪力貴公子
フォルテさまの報告書
しおりを挟む瀕死の思いでフォルテさまの腕から抜け出したあと、書棚に隣接した机までよろよろと歩く。肋骨付近がまだ痛んで声を漏らしそうになったが、どうにか耐え抜いた。
文机の椅子に腰をかけ、小さなランプをそっと灯す。
「……書かなくちゃ」
記録は毎日つけること。
それが一週間分溜まったら、公爵家からやってくる使者へ直接手渡しする。
報告は細かく書いたほうが良いと言われた。
誰を経由して、誰に届き、誰が読むのか。はっきりとは分からない。
ただし、フォルテさまの後見人である僕の母が関わっているのは確実だった。
物憂いため息をつくと、寝台でフォルテさまが「ううん…」と身じろぎをした。
息を押し殺して、様子を窺う。
どうやらお目覚めではないらしい……よかった。
ほっと胸を撫でおろして、机に向き直った。
「フォルテさまは、健康にすくすくとお育ちです。腕力は大人顔負け……ってのは言い過ぎかな。わんぱく盛りで、いらずらに夢中です。今日は毛虫をポケットに隠してました。……座学は苦手なようです。明日は、植物ではなく、虫や鳥のお話をしてみようと思います」
行状記録に悪い内容を記すつもりはないが、突出して利発であるとも書くつもりはなかった。
数日一緒に過ごしただけで分かる。フォルテさまはすこぶる優秀な御子さまだ。
頭の回転は早いし、運動も良くできる。
書物は好きではないようだが、読み書きはすでに完璧に身につけておられた。
きっと、武芸の師がつけば、剣術でも頭角を表すだろう。
王宮側としては捨て置くこともできた妾腹の庶子に、そこまで人材を寄越すような温情はない。それだけに、僕は口惜しかった。
与えれば与えるだけ吸い込んでくれる子供の未来を、大人の都合で変えねばならないのかと。
出る杭は打たれる。
この報告書がフォルテさまの優秀さを証明してしまっては、身の危険にも繋がりかねない。それだけは、防いでさしあげたかった。
フォルテさまを守るために僕ができるのは、日々の出来事を取捨選択して記すこと。偽りも隠しもしないが、フォルテさまの成長を監視している誰かに「どこにでもいる、平凡な子供である」と思わせればよい。
それにしても──。
僕はペンを持ったまま腕組みをする。
さっきの怪力はなんだったのか……少し考えたけれど、報告するほどの事項ではないと判断し、記載しないことに決めた。
フォルテさまのような賢いお子さまの成長を見守る役目は、楽しくもある。だが、報告書を上げていることは、フォルテさまには内緒だ。これから先、フォルテさまが成長されても、言うつもりはない。
隠し事があるのは心が重いが、これは僕が背負わねばならない罪だ。
今後しばらく注視せよと通達されているのは、フォルテさまの精通の有無だった。王家の方々は総じて早熟なのだそうだ。
王族の血を管理する、という役割が綺麗事ではないことくらい、分かっている。それでも、フォルテさまの親でもない僕がそんなことまで詳らかにせねばならぬのかと、内心では激しい怒りを感じた。
寝台ですうすうと寝息を立てるフォルテさまに視線を移す。いつも凛々しいお顔も、眠るときだけは力が抜けて、あどけなく見える。
この寝顔を守るためなら……。
僕はふたたび、書面にペンを走らせた。
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