怪力貴公子にハートを脅かされています

温風

文字の大きさ
上 下
3 / 27
第一章 家庭教師と怪力貴公子

フォルテさまの報告書

しおりを挟む


 瀕死の思いでフォルテさまの腕から抜け出したあと、書棚に隣接した机までよろよろと歩く。肋骨付近がまだ痛んで声を漏らしそうになったが、どうにか耐え抜いた。
 文机の椅子に腰をかけ、小さなランプをそっと灯す。

「……書かなくちゃ」

 記録は毎日つけること。
 それが一週間分溜まったら、公爵家からやってくる使者へ直接手渡しする。
 報告は細かく書いたほうが良いと言われた。

 誰を経由して、誰に届き、誰が読むのか。はっきりとは分からない。
 ただし、フォルテさまの後見人である僕の母が関わっているのは確実だった。

 物憂いため息をつくと、寝台でフォルテさまが「ううん…」と身じろぎをした。
 息を押し殺して、様子を窺う。
 どうやらお目覚めではないらしい……よかった。
 ほっと胸を撫でおろして、机に向き直った。

「フォルテさまは、健康にすくすくとお育ちです。腕力は大人顔負け……ってのは言い過ぎかな。わんぱく盛りで、いらずらに夢中です。今日は毛虫をポケットに隠してました。……座学は苦手なようです。明日は、植物ではなく、虫や鳥のお話をしてみようと思います」

 行状記録に悪い内容を記すつもりはないが、突出して利発であるとも書くつもりはなかった。
 数日一緒に過ごしただけで分かる。フォルテさまはすこぶる優秀な御子さまだ。
 頭の回転は早いし、運動も良くできる。
 書物は好きではないようだが、読み書きはすでに完璧に身につけておられた。

 きっと、武芸の師がつけば、剣術でも頭角を表すだろう。
 王宮側としては捨て置くこともできた妾腹の庶子に、そこまで人材を寄越すような温情はない。それだけに、僕は口惜しかった。
 与えれば与えるだけ吸い込んでくれる子供の未来を、大人の都合で変えねばならないのかと。

 出る杭は打たれる。
 この報告書がフォルテさまの優秀さを証明してしまっては、身の危険にも繋がりかねない。それだけは、防いでさしあげたかった。

 フォルテさまを守るために僕ができるのは、日々の出来事を取捨選択して記すこと。偽りも隠しもしないが、フォルテさまの成長を監視している誰かに「どこにでもいる、平凡な子供である」と思わせればよい。


 それにしても──。
 僕はペンを持ったまま腕組みをする。
 さっきの怪力はなんだったのか……少し考えたけれど、報告するほどの事項ではないと判断し、記載しないことに決めた。

 フォルテさまのような賢いお子さまの成長を見守る役目は、楽しくもある。だが、報告書を上げていることは、フォルテさまには内緒だ。これから先、フォルテさまが成長されても、言うつもりはない。
 隠し事があるのは心が重いが、これは僕が背負わねばならない罪だ。

 今後しばらく注視せよと通達されているのは、フォルテさまの精通の有無だった。王家の方々は総じて早熟なのだそうだ。
 王族の血を管理する、という役割が綺麗事ではないことくらい、分かっている。それでも、フォルテさまの親でもない僕がそんなことまで詳らかにせねばならぬのかと、内心では激しい怒りを感じた。

 寝台ですうすうと寝息を立てるフォルテさまに視線を移す。いつも凛々しいお顔も、眠るときだけは力が抜けて、あどけなく見える。
 この寝顔を守るためなら……。
 僕はふたたび、書面にペンを走らせた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

当て馬的ライバル役がメインヒーローに喰われる話

屑籠
BL
 サルヴァラ王国の公爵家に生まれたギルバート・ロードウィーグ。  彼は、物語のそう、悪役というか、小悪党のような性格をしている。  そんな彼と、彼を溺愛する、物語のヒーローみたいにキラキラ輝いている平民、アルベルト・グラーツのお話。  さらっと読めるようなそんな感じの短編です。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

ド天然アルファの執着はちょっとおかしい

のは
BL
一嶌はそれまで、オメガに興味が持てなかった。彼らには托卵の習慣があり、いつでも男を探しているからだ。だが澄也と名乗るオメガに出会い一嶌は恋に落ちた。その瞬間から一嶌の暴走が始まる。 【アルファ→なんかエリート。ベータ→一般人。オメガ→男女問わず子供産む(この世界では産卵)くらいのゆるいオメガバースなので優しい気持ちで読んでください】

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処理中です...