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しおりを挟む「僕を拷問するより、海洋伯を調べた方が早いと思いますよ」
捕えられたヨナシュは開き直るように語った。
「許されるなら、僕自身の手で伯爵を切り裂きたいんですけど」
──海洋伯。ヨナシュを王宮に送り込んだ伯爵家は、叩けば叩くほど埃が出た。
海を挟んだ異国から元奴隷や孤児を買い集めたり、国が定める関税とは別に独自の港湾税を課したりと、王の目を掻い潜って私腹を肥やしていた。
「塩田の新規開拓、貝殻を使った肥料の生成。どれも漁業の影に隠れた小さな産業だと思われていますが、国に申告している分は大嘘です。裏では奴隷を使役して、より大きな富を得ている。中央から派遣された長官もとっくに抱き込まれていますよ」
しかし数年前、伯爵家は突如として窮地に立たされる。
蜂起した元奴隷が伯爵領の港を占拠したのだ。
小競り合いはやがて殺し合いに発展し、港湾部は戦乱状態となった。
そこへ当時、連隊長の任にあったゼノンが派遣された。弓の名手であるゼノンの活躍で、戦は短期で集結する。兵士ではない元奴隷たちには、ひとたまりもなかったはずだ。
問題はその後だ。生き残り捕虜となった者たちは全員、毒死した。
彼らの身元が判明して困るのは伯爵だ。状況からしてゼノンも伯爵の関与を疑ったが、一介の騎士が領主を追求することはできない。
「この時、犠牲となった元奴隷の中には、僕の両親と弟もいたんです」
海を超えた国に売り払われ酷使された元奴隷たちは、大きな穴の中にいっせいに葬られたという。王都の騎士たちは遺体の検分もさせてもらなかった。彼らの荷物さえ、すでに処分された後だったのだ。
「……僕の村が人買いに襲われた時、僕だけおつかいに出ていました。出かける前、弟が連れてってとせがんだけど、おまえがいると邪魔だからって振り払った。にいちゃん待ってと呼ぶ声が、今も頭を離れない」
ヨナシュは絞り出すような声で語り、こぶしを強く頭に当てた。
「それから僕は、村を調査に訪れた諜報機関に拾われて、君子に仕える『耳目鳥』になりました」
『耳目鳥』として訓練を受けたヨナシュは追跡の結果、村を襲った奴隷商を捕らえたが、親兄弟はすでに売り払われたあとだった。奴隷制の撤廃が決まり、焦った商人は、二束三文で他国に売りつけたのだ。
奴隷たちの痕跡を追って国を出たヨナシュは、二重スパイとなった。
仇敵である伯爵の信頼を得て、下級文官として国の中枢に入り込み、王宮の動きを監視する。伯爵のために王都の動きを報告する一方で、伯爵の罪を告発する証拠を求めていた。
「僕の左袖に仕込んだ書簡には、領地で調べた数字が並んでいます。国に申告した額とは大きな開きがあります」
まもなく王都では、地方長官を集めた会議が開かれる。醜悪な伯爵領の実態を知らしめるのに打ってつけだ。実際、伯爵代理として送られてきた長官は王宮に軟禁され、伯爵領に国王直属の部隊が派遣される運びとなった。
仇敵である伯爵の悪事を衆目に晒し、報いを受けさせる。それこそがヨナシュの目的だった。間諜『耳目鳥』としては、この国の弱みを握ることで、母国に利となるように働きかける使命もあっただろう。だがヨナシュはそれでは納得できなかった。
「伯爵を殺すだけでは意味がない。僕は、伯爵の領地も産業も潰したかった。国王の目につく形で告発する必要がありました」
文官見習いとして宰相府に配属されたまではよかったが、『鳥』を使って仲間と連絡を取り合う場面をパヴェルに見つかった。最初は誤魔化せると思った。誤算だったのは精緻な姿絵を描かれたことだ。
「あれは予想外でした。簡単なスケッチなら許せたけど……彼の絵は真実を写していたから」
パヴェルの絵には、ヨナシュの『鳥』まで忠実に描かれていた。絹を撚り合わせてつくった強靭な足環には、島国固有の文字が編み込まれていた。紐の色は赤と白。それは海に浮かぶ小さな島国の国旗の色であり、ヨナシュの母国を象徴するものだ。
パヴェルの絵を国際事情に詳しい役人が見れば、ヨナシュの出自がどこなのかは筒抜けだ。現にパヴェルの絵を見たゼノン補佐官は、ヨナシュの経歴を詳しく洗い出そうと動きだしていた。策を弄する余裕はなかった。
ヨナシュの失敗は、自身がすでに監視対象となった可能性を考慮に入れなかったことだ。焦ってパヴェルに接触し、結果、拘束された。
「……僕の仲間の居場所? 吐きませんよ。あなた方が信頼に足ると証明してくれれば、『耳目鳥』は任を解かれ、本国へ帰っていくでしょう。それを判断するのは、僕が仕える君子様お一人だけです」
こうして伯爵の元へ、王の印を掲げた軍隊が送られた。
本格的な調査はこれからだが、ヨナシュが提出した文と帳簿の写しがある。順当にいけば伯爵家は取り潰しだ。今まで貪ってきた海洋部の権利は、今後見直されることになる。
「僕たちの国は争いを望みません。四方を海に囲まれた小さな島です。海洋貿易の中継地として安定を保ち、中立国として生き抜いてきた。そのバランスを崩すことは、僕の使命に反します」
囚われたヨナシュが今後どういう裁きを受けることになるか。まだわからない。これからの外交で重要人物となりうるが、宰相の娘に刃を向けたのだ。温情をかけるとしても、ランドール閣下には納得しがたいものがあるだろう。
問題は今後のことだ。
伯爵に元奴隷を売り払ったのはヨナシュの国の商人だが、騒乱を起こしたのは元奴隷。形だけ見れば伯爵領を襲ったのはあちらの国の人々だ。しかし、かの国でもすでに表向き奴隷制は撤廃されている。
犠牲となった者たちは、いてはならない存在なのだ。
だが、奴隷とは本来、主人の持ち物である。となれば、彼らは伯爵の私兵とも捉えられる。これから文官たちが作成する報告書には『伯爵の暴虐に耐えかねて私兵が謀反を起こした』と記されるべきだ。
外交上の問題として取り急ぎ改めねばならないのは、伯爵が課した通行税である。
国王陛下は異国との衝突を避けるべく、独自のルートで動き出した。
これまで伯爵が不法に取り立てた分は、関税の緩和で収まるよう誘導していくらしい。国と国との落とし所としてはこれが最も現実的かつ理想的らしいが、失われた命は二度と戻らない。
ヨナシュの貼り付けたような笑みを思い出す。彼の下宿先には、荷物らしい荷物が何もなかったという。造り付けの机には、パヴェルから奪った絵筆とペンだけが残されていた。
奪って捨てたと言ったのは嘘だったのだ。それはヨナシュの中に捨てきれずに残された優しさであろう。そう信じたい。
何かが少しでも違っていたら……。パヴェルだって、ヨナシュと同じ道を選んでいたかもしれない。
アリスを盾にしたことは許せないが、復讐のために人生を投げ打った覚悟は壮絶なものだったと思う。叶うことならこの先、ヨナシュ自身の人生を取り戻す機会が与えられてほしい。
パヴェルは地母神に祈る。いつかヨナシュが心から笑えるように。
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