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5.田茂 愛-1
しおりを挟む田茂 愛は、茫然と立ち尽くした。
彼女はひと月くらい前にこの世界に召喚された異世界人である。
女の愚痴は長すぎるので割愛するが、たいした装備もなく、見知らぬ土地に置き去りにされた←今ココ
のである。
今頃、一緒に召喚された二人は、闇を払う為に旅を続けているのだろう。
取り敢えず、思い切り二人の聖女を取り巻く逆ハーメンバーを罵ると、覚悟を決めて歩きだした。
愛の記憶が確かなら、この先に小さな村があるばずだ。
そこから乗り合い馬車に乗って、迷宮都市ビィガントまで行き、冒険者登録すれば良いだろう。
ビィガントは神国ラゴから最も近くにある大都市で、迷宮探索による収入が良い為、多くの冒険者が集まる場所なのだ。
田茂 愛には魔法という、この世界で得た新しい力がある。
神国にいるときはひた隠しにしていたが、コッソリ練習をしていたから、いざとなれば身を守れるはずだ。
ラノベも好んで読んでいるし、RPGもプレイする愛にとっては、魔法で無双も夢ではない。
愛には聖女の持つ神力はかけらもないが、無尽蔵の魔力ならばうなるほどあるのだ。
そんな愛の前に、お約束のモンスターが現れた!
固有スキルの”みやぶる”のおかげで、モンスターの正体がわかる。
逆ハーメンバーの思惑を見破れなかったのはご愛敬だ。
もちろん想定の範囲内ではあったので、神国を出る前に、食料や売れそうな物を失敬していたが……
それはともかく、モンスターはゲームでならチュートリアルで登場するくらいの雑魚だった。
思わず脳内にゲームのBGMがかかり、余裕の愛。
しかし、現実はそう余裕をかましていられる程甘くはなかった。
モンスターの名前は【ツノウサギン】
兎の頭に角があるモンスターだが可愛くはない。
恐らく上位種は【ツノウサキン】だろう。
もしも【ツキノウサギン】だったらセーラー服を着てお仕置きをしそうで困る。
獰猛な魔獣からしてみたら、角も牙も爪も持たない愛は恰好の餌食だ。
【ツノウサギン】は次々に増えた上に素早く動くので、とても魔法の狙いなどつけられない。
充分に愛を観察した【ツノウサギン】が愛に飛び掛かる。
愛! 危うし!!
「きゃーーーーーー!」
その瞬間、爆発する光!光!!光!!!
……気が付いた時には、あたり一面が焼け野原になっていた。
へなへなと崩れ落ちる愛。
【ツノウサギン】は全て魔核を落としていた。
魔核というのは、その名の通り魔物の核となるもので、魔力が凝ってできている。
この世界では生活必需品である、魔導具などの動力源として使用されているのだ。
因みに魔核のあるものが魔獣、ないものが野獣である。
【ツノウサギン】以外にも魔獣や野獣がいたのだろう。
あたりは魔核や焼け焦げた野獣の死体が、そこかしこに転がっている。
正直、気分が悪くなる光景だった。
ヤバいよヤバいよ~と、どこかのテツローが言いそうなセリフが脳内を埋め尽くす。
便利魔法は自重しないが、攻撃魔法は危険すぎるので封印することを心に決める。
愛はのろのろと魔法で創り出した”倉庫”から美味しい水を取り出して飲んだ。
そうして人心地ついた後、手を合わせて冥福をお祈りし、魔法でお金になりそうな物を全て”倉庫”に突っ込んだ。
この”倉庫”は生き物以外を時間停止状態で亜空間にぶっ込める優れもので、容量は愛の魔力量で増大する。
いきなりポイ捨てになると困るので、減少はしない。
どんなラノベでもポイ捨てされるのは見た事がないけれども、ゲームではHP0で色々落とすこともあるので要注意だ。
「みんなの命は、無駄にしない!」
キリリッとカッコ良さげなことを言ってその場を後にする。
現代人に必要なスキル、それはスルー力なのだ。
しばらく歩いていると、黙々と歩くことに飽きてしまった。
なにしろずっと代わり映えのしない風景が続いているのだ。
おしゃべりをする相手もいないし、歌を歌うのも勇気がいる。
子供好きでオカリナ吹いてる、大きな体の生き物がとなりにいたら、歌うのもやぶさかではないが。
先程の大虐殺?でレベルが上がったのか、未だ疲れていない事には気づいていない。
「あ、あれできるかな?」
そうつぶやくと、愛の体がふわりと浮く。
「う~ん、”浮遊”だけじゃだめかなぁ……」
色々試してみると、そのまま前方へ進むではないか。
あまり飛び上がり過ぎると不審人物になりそうなので、愛は人影が見えるまでは拳ひとつ分の隙間をあけて進むことにした。
この様に、愛は有り余る魔力を使って、想像するだけで魔法を使うことができる。
神国では魔法の使い方など教えてはくれないので、全て自己流だ。
だが、それが却って良かったのかもしれない。
これは魔法ではできないだろう、という思い込みがないからだ。
逆に、転移は行ったことのある場所じゃないと使えない、と思い込んでいるので、一瞬で村に着くことはない。
魔力チートなのに、なんだかちょっぴり残念な女、それが田茂 愛だった。
なんとか日が落ちる前に村に着いた愛は、先程の魔核を一部売って金に換える。
神国から持ち出したものは足が付くので、できればもっと大きな街で売りたかったのだ。
しかしこの村では物々交換が主で、唯一の雑貨屋でも銀貨50枚くらいにしかならなかった。
宿泊と変装用の衣服、食料や雑貨を買うのは魔核と引き換えでできたのでホッとする。
神国では聖女たちにお金を渡すことはなかったし、わざと通貨の単位すら教えてくれなかったけれども、こういうこともあるのだな、と学習する愛。
村で唯一だという宿屋の部屋に入ると、鍵がかかっていることを確認し、まず部屋と自分に”浄化”の魔法をかける。
その後、椅子に腰かけ、購入した品々を取り出していく。
雑貨屋で購入した、中古品の肩掛けカバンに”収納”の魔法をかけ、”状態保存”の魔法と”使用者権限”を付ける。
以前神国で”倉庫”を創った時は、自分の持っている魔力に合わせて容量が増大する仕組みにしたが、カバンの方はそれとは別に、学校の体育館くらいの容量を収納できるようにした。
もし盗まれても大丈夫なようにあれこれと工夫して、権限のない人がカバンを開けると普通のカバンの中身しか取り出せない、所謂2重底のような仕組みにしてみる。
カバンと”倉庫”を一部繋げ、どちらからでも取り出せるようにし、GPSのように場所がわかる設定にした。
と、ここで少し集中し過ぎたのか疲れを感じ、ストレージから美味しい水と甘いお菓子を取り出してしばし休憩。
ビィガントに着いたら水以外の飲み物を買おう!と心に誓う。
休憩が終わったら、サクサク衣服などに”状態保存””完全防御”の魔法をかけ、”倉庫”にしまうものとカバンに入れる物をわけた。
これで準備は万端だ。
念のため髪を短く切り、切った髪は”倉庫”に入れておく。
以前30代の女がローティーンの少年と偽って犯罪を犯したという記事を見た事があったので、きっとイケるはずだ。
メイクでもなんとかなるだろう。
乗り合い馬車は明日の朝早くらしいので、宿の夕食を頂いて早めの就寝。
「今頃、みんなどうしてるかなぁ。わたしがいない事、さすがに気づいてるよね」
こういう事態になってしまったが、聖女たちは本当に優しい良い子たちだった。
もしかしたら、心配して逆ハーメンバーとケンカしているかもしれない。
それはちょっとうれしいけれど……
でも今は安全のためにも、わたしのことより自分たちのことを考えて欲しい、と思う。
愛は、この召喚はアカンやつだと考えていた。
何故なら世界の危機だと言いながら、勇者の国アータナと神国ラゴは互いに反目しあっていて、聖女たちも勇者とは違うルートで旅立ったからだ。
もちろん聖女たちはそんな情報など知らないし、周りも耳に入れさせない様にしている。
神聖騎士とはいえ男ばかりの中に、戦う力のない美少女がふたり。
いろいろな意味で危ない……かもしれない。
汚れちまった悲しみを胸に、聖女たちの無事をひとり祈る愛なのであった。
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颯さんの固有スキルを知りたかった皆さん、申しわけない。
次も田茂 愛のターンです。
見捨てないでいてくれると嬉しいです(´;ω;`)
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