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第一章
襲撃の終わり
しおりを挟む眠りの魔法が効かないのは、本当だろうか・・・
大丈夫、やってみないと分からない。
魔宝石を発動させたから、レイピアが対象の人の身体に少しでも当たったら眠らせる事が出来る。先ずは真っ向勝負。これで、行動を計画する。一気に間合いを詰めて右腕を狙う。
──────コイツ、避けない・・・?
あ、
「フハハッ!本当に人を傷付けられないんだな!愉快、愉快だァアアア!笑いが止まんねェな!騎士団長の癖によォ!」
あ、あ、あ、あ、大丈夫じゃない
出来ない出来ない出来ない出来ない出来ない
僕には出来ない
血は嫌いだ。人を傷付けるのは嫌い。だって誰かを悲しませるだけで意味の無い事だから。そうなった人を身近に知っているから余計に駄目なんだ。
僕のブレイドはヒタリと腕に当たっただけだった。本来ならば打ち合いになる筈のモノ。僕の裏まで調査済みだからこの様な結果を招いたのだ。
男は笑って僕のレイピアを握る。このままじゃ、握り潰される。でも、引き抜いても引き抜かなくても、この人が怪我をする。
僕は動けない。
──────バキンッ
廊下に悲しい金属音が響き、目の前の男の手から血が吹き出る。
カランと音を立てて落ちたレイピアと共に、僕も膝を着く。レイピアを持って先の方を見る。
父上から貰ったレイピアは、もう既に先は折れていて、血が着いている。それは、僕のレイピアが、目の前のこの男を傷付けたから。僕のレイピアが、傷付けた。
僕が傷付けたんだ。このレイピアで
目の前に赤い雫がひとつふたつと音を響かせ落ちた。これは、僕のせいで、僕のせいで出た血。
目の前が真っ赤に染まる。
もう何も見えない。心臓がドクンドクンと脳まで届いて、息が上手く出来ない。何も出来ない。視界が影に覆われる。
恐る恐る顔を上げるとそこに居た男は頬を染め、ニタァッと笑う。悪戯にソイツは言った。
「──────最高にぞくぞくするわァ・・・」
遊ばれてる、遊ばれてる。完全に遊びだ・・・僕の事をおもちゃとしか思ってないんだ。
ソイツは屈んで、震えている僕の顔をお構い無しに掴んでグイッと自分方へ持ち上げた。
「ぁ・・・、た、ぃ・・・」
「クックック・・・騎士団長様が恐怖に怯える姿は興奮するなァ!ホント、唯の子供にしか見えねぇわ!」
「ゃ、め・・・ゃ・・・」
どうしてこんな事に・・・?理由は僕が無力だからだろう?少しでも違う行動を出来て居たのならば・・・。
「可哀想だから、回復魔法掛けてやろうかァ?俺と楽しい事しようぜェ?」
「・・・らない、・・・っ、やりたく、ない・・・」
こんな声しか出せない自分が、誰かに助けを求めたくなる自分が、本当に恥ずかしい。
僕の心は、怖いと云う感情に全てを埋めつくされて行く。・・・誰か、誰でも良いから、助けて欲しい。
でも、こんな僕の事を信じてくれる人なんて、助けてくれる人なんて居ない。人を傷付けた、笑った、馬鹿にした、嘘を付いた。今日じゃ無くてもずっと。
・・・そう思うと、急に傷が痛み始める。焼けるように熱くて辛くて苦しくて息が出来なくて痛い。
「オラァ飲めよ!」
「ん゙!っ・・・な、で・・・ぐるしっ!」
口の中に指を入れられる。口の中は鉄の味がする。なんでこんな事をするんだ・・・。人を苦しめて楽しんで居るのか。やめて、苦しい、噛めないよ・・・。
コレは僕にとっての罰なのか?
もっと奥に指を入れられる。
必然に僕の喉奥には血が流れて来る。必死に息をするために・・・飲んでしまった。喉から食道を通る感覚が、重く重く僕にのしかかる。それでも血は止まらなかった。
余計息がままならなくなる僕に満足したのか、指を乱暴に引き抜かれた。その衝撃で僕の身体は頭から後ろへ倒れてしまった。
ゴンと鳴ってはイケナイであろう音が響き、電気が流れる様に頭から痛みが駆け巡った。頭の内側からドクンドクンと言う音が聴こえて来る。その音は自分以外のモノの理由はなく。
しっとりと髪が濡れていく感覚がある。頭から血が出て居るのだろう。もう、死ぬのかな・・・?
物の様に胸ぐらを掴まれて、視界が揺れる。良く見えない目を凝らして見ると、目の前にアルダーと名乗った男が居るのだと分かった。
「・・・殺す、なら・・・さっさと殺せ・・・」
「・・・何でだ?」
死を覚悟して発した言葉に対して、本当にきょとんとした様にソイツは応えた。この期に及んで呑気に語れるのが羨ましい。
早く殺してくれと願うだけの僕に、誰かの声が届いた。
「・・・ス、・・・様、レリ、ス、ライト様・・・!」
ルドウィン様・・・。なんで、今僕の名前を呼ぶんですか?なんで・・・。僕、やっぱり死にたくない。
「んだァ?うるせぇなァ!」
──────やだ
嫌だ、やだ・・・死ぬなんて嫌だ。ルドウィン様が殺されるなんて、死ぬなんて嫌だ。そんな事、絶対させない。
今やらなくていつやるんだ。
覚悟を決め、レイピアに付いている魔宝石を無理矢理取る。目の前に一か八かで思いっきり突っ込んだ。
眠れ眠れ眠れ眠れ眠れ!眠ってしまえ・・・!
バチバチと天色の光が飛び散り、熱い。
「クッソ!何でだ!・・・俺はもう、嫌なんだ・・・!『 炎の弓 』!」
そう言って、眠る間際に飛ばした弓の矛先は、壁に手を付いて立って居るルドウィン様で。
魔宝石を投げつけ、ルドウィン様の所へと駆けた。
間に合え、もう一度。
結界をはるんだ。
いや、・・・これで最後だから走れ、全速力で。
──────・・・間に合った、良かった・・・
男は眠り、シュンと弓は消えた。
「な、何してるんですか・・・?」
「・・・フッ・・・」
今までの事もあり、吐血して倒れ込む。
ルドウィン様はそれを優しく支えてくれた。そのため、転んで怪我を増やす事は無かった。
「何、してるんですか・・・!レリスライト様!」
何してるって?・・・なんか倒れちゃったんだよ、なんか起き上がれなくて、身体が重いんだ。
僕がだめだめだからこうなってる。
「なんで・・・なんで私の事なんかを・・・!」
私の事なんか、なんて言わないで欲しい。ルドウィン様は素敵な人なんだから。もっと自分を認めた方が良いよ。そんな所も好きだけど・・・。
「なんで守ったんですか!」
「・・・ハッ、何故、泣く・・・?ルド、ウィン・・・貴様に・・・な、みだは・・・気持ち悪い、から・・・止めろ・・・」
なんで守ったんですか、なんて、綺麗な顔を変えて、泣きながら言われて。僕はいつも通り憎まれ口を叩いて・・・。こんな時でも素直に話す事すら出来ないなんて。一生後悔するんだろう。
ルドウィン様は、どうして泣いて居るのかな。
「こんな時に、何言ってるんですか?馬鹿なんですか?なんて事っ、したと思ってるんですか・・・!」
自分でも、どうしてこんな事しか言えないのか分からないんだ。僕もルドウィン様と同じ考えです。そう言いたいけど、言葉は出ません。
確かにルドウィン様には劣るけど、馬鹿は酷いと思います。そんなんだから毒舌って言われるんですよ?でも、好きです。
なんて事って、僕の、何が悪いんですか?
「どうして私の代わりに弓を・・・!」
──────貴方を守りたかったから
そう思うけど、口から言葉はまた出ない。代わりに多分、少しだけ口角が上がった。
「本当に、笑い事じゃ、ないですっ!」
ルドウィン様の涙は僕の顔を濡らす。血の気が引いた手を優しく握られる。僕に触れるルドウィン様は暖かくて、心が安らいで行く。
そう・・・最期のお願いをしなければ・・・
「・・・次期、騎士団長は・・・、ベインに・・・。俺の身近な人には・・・すまない、と・・・騎士団の、馬鹿共に、は・・・手を抜いたら、・・・許さない、と・・・つ、たえてくれ・・・」
「ハハ・・・レリス、ライト様?何、今から死ぬみたいな、事、言ってるんです、か・・・?回復魔法、得意ですよね?何故、止まらないの、ですか・・・?」
「・・・・・・そうだな・・・」
回復魔法が得意な事、知ってて貰えたんだ。僕、凄く嬉しい。でも、魔法だから、魔力が無いと出来ないから。
今は、もう出来ないの。
僕から流れ続ける血は止まることを知らず、王城の廊下を赤く染めていく。意識も朦朧として、考える事が出来ない。僕が今、出来るのは・・・ルドウィン様の涙を拭う事。
「・・・な、くな、・・・」
ルドウィン様に、涙は似合わない。
「死なないですよね?私の事、一人にしないですよね?生きてくれますよね・・・?どうして、何も言ってくれないのです・・・!なんで守ったんですか!」
「・・・うる、さいぞ・・・ゴフッ、カハッ・・・!」
「もう喋らないで下さい!」
声を荒らげて、どうしたの?僕が血を吐くのに手を添えるから血塗れになったじゃないか。
僕ずっと泣かないでって言ってるじゃん。僕も悲しくなるからやめてよ。死ぬの、本当に怖くなって来るじゃん。
「私の事を守らなければ・・・!」
「・・・そんな事、言うな・・・」
「喋らないで下さい!」
僕は、貴方を守れて良かった。
だから、そんな事言わないでよ。
今、心から笑えてる気がする・・・
──────ルドウィン様
僕と出会ってくれて
僕を怒ってくれて
僕と話してくれて
僕を助けてくれて・・・
僕に、恋を教えてくれて
ありがとう
数え切れない程の幸せをありがとう
最期に、ルドウィン様に会えて、良かった
だからせめて、今だけは僕だけに笑い掛けてくれ。貴方の笑顔で終わりたいんだ。
「ほら・・・、わら、え・・・」
「む、ちゃ、言わないで下さい・・・!」
涙を拭っていた手を口元に持っていって、口角をあげさせる。
今日もかっこよくて、素敵ですね。
でも、この心の声達はきっと、ずっと届かないから
せめて感謝を、
僕の想いを、
ほんの、少しだけど届けたい──────
「・・・ルド、ウィン・・・感謝、する・・・」
「レ、リスライト、様?」
手から力が抜ける。ルドウィン様の声がだんだん、遠く聞こえて・・・目蓋が重くなって閉じて行った。
──────今まで、
素直になれなくて、
ごめんなさい──────
最期に言おうとした、『貴方が好きでした』
そんな言葉は、きっと届かなかったのだろう。
でも僕は、僕は・・・。
応援ありがとうございます!
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