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6巻
6-3
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ギィと重苦しい音とともにドアが開かれる。
ドアの隙間から零れる光のあまりの眩しさに、順平となずなは思わず目を覆った。
どうやら、宝物庫の中は相当に明るいようだ。
「お兄ちゃん? どうしてこんなに光が?」
「アレの影響らしいな」
順平の指差す先に、なずなも目をやる。
「マジックアイテム?」
「電力不要の蛍光灯みたいなもんだろう。まあ、とにかく……宝物庫内の光源は確保されているようだな」
「でも、どうしてここだけ?」
「宝物庫って銘打ってるんだぜ? 室内に入った瞬間のインパクトが大事だろ?」
「どういう事ですか?」
「宝物庫の制作者の気持ちになって考えてみろ。せっかく宝を集めているのに、部屋を開いた瞬間に真っ暗闇だったら……宝も泣いてしまうだろう。こういうのは初見のインパクトが一番大事なんだ」
「まあ、確かにそんなもんなのかもしれないですね」
順平となずなは室内を見渡した。
毛の長い赤絨毯が敷かれ、壁や天井は大理石で覆われている。
そして、十メートル四方の室内には、所狭しと金銀財宝の数々が乱雑に置かれていた。
「やっぱり、宝物庫で間違いないですね?」
「まあ、見たまんまだな」
宝のほとんどが金貨や宝石の類だ。
順平はそれらには一瞥もくれずに吐き捨てる。
「金目のモノはまったく必要ねえんだよ。レアアイテムはどこに保管してあるんだ?」
「あそこじゃないでしょうか?」
なずなが指差したのは室内の隅のスペースだった。
そこで順平は眉を顰める。
「しかし……これは荒らされてやがるな」
確かに部屋の片隅にレアアイテムが保管されているスペースがあったのだが、荒らされた形跡がある。
「不死者の迷宮の宝物庫に、墓荒らしが現れたって訳みたいだな。そして当然、宝物庫を守る番人もいる訳で……」
順平は中央に転がるものに目を向ける。
「つまり、三体目がここにいた訳か」
ノーライフキングがまとっていたと思しきボロ切れを見て、なずなは絶句する。
「ひょっとすると、残りの二体と上位アンデッド達が浅層まで這い出て来たのには、理由があったのかもしれないな」
「墓荒らしを追いかけていたって事ですか?」
ああ、と順平は頷いた。
「だが重要なのは、ノーライフキングがこの場で葬り去られているって事だ」
順平の発言の意図を掴めず、なずなは小首を傾げる。
「……?」
「その意味が分かるか?」
「手練れの存在に気を付けろと?」
「そういう事だ。しかも、宝物庫の宝石や財宝はあまり手をつけられていない。レアアイテムばかりが荒らされている」
ゴクリとなずなは唾を呑んだ。
「お金は既に必要ないレベルの人間って事ですよね」
「察しがいいな。まあ、そういう事だ」
「でも、ノーライフキングって、ただの物盗りや墓荒らしどころか、Sランク冒険者でも簡単に対処できる魔物じゃないですよね?」
順平は大きく頷きかけて、意地悪い表情を浮かべる。
そしておどけるように言った。
「とはいえ、お前が倒せたんだから、Sランクなら可能性はあるんじゃないか?」
「そりゃあまあそうですけど……それはともかく、本当に薬はあるんでしょうか?」
「とりあえず、探さない事には始まらないだろう」
「確かに荒されていますけど、まだ結構な数のレアアイテムが残っている様子ですね」
なずなの言葉を皮切りに、順平達は室内の捜索を開始した。
二人は室内に残されたレアアイテムを一品一品手に取り、【鑑定眼】を行使していく。
――確かに外の世界ではそれなりの名品ばかりなんだろうけど……やっぱり迷宮内で手に入るアイテムと比べると天と地程の差があるな。
そんな事を順平が考えていると、なずなが声を上げた。
「あっ……」
「見つかったのか?」
「違うんですけど……懐かしいなって」
彼女が手に持っていたのは日本刀だった。
【乱れザクラ】
アイテムランク▼▼▼ レア(S)
特徴▼▼▼ 江戸時代の日本から異世界に流れてきた業物。当時の刀鍛冶の技術で作られた実物のソレとは異なり、『狭間の迷宮』の混沌によって作成者の刀剣に対する強烈な情念が付与されている。その結果、使用者の腕次第で鋼鉄の厚い装甲すらも簡単に切り裂く事が可能となっている。ただし、コンニャクは斬れない。
ちなみに、日本から流れてくる刀は、大体のものが何故かコンニャクが斬れないが、それは刀という武器の限界であり、仕様でもある。攻撃力+300/対人属性/対霊属性
「【鑑定眼】によると、時空を超えて流れてきた一品みたいだな」
なずなは、そこで若干頬を染める。
「実は私、日本では時代劇や大河ドラマが好きだったんですよね」
順平は思わず噴き出す。
「その年齢でか? そりゃあまたシブイ趣味だな」
なずなは項垂れ、弱々しい声色で言った。
「よく言われます」
「まあ、その日本刀はお前が貰っておけばいいんじゃねーか? ここにあるレアアイテムの中ではマシな部類だし」
「はい」
なずなは日本刀を大事に抱え込んだ。
そこで順平は口元をニヤリと吊り上げる。
「それはいいとして、ビンゴだ」
順平が手にしたのは、棚の中に並べられているポケットウイスキー程度の大きさの瓶。
「ビンゴ……ですか?」
順平はそれをなずなの眼前に持っていき、大きく頷いた。
「それは薬なんですか?」
「自分で【鑑定眼】を行使してみろ」
「エクストラ・ポーション……致命傷を重症程度に回復させる効用がある。絶対に助からない怪我からでも生還させる事から、フェニックスの雫と呼ばれる事もある……ですか。これでお姉ちゃんは助かるんですか?」
「ああ、多分な」
なずなは安堵の表情を浮かべ、順平もまたほっと一息ついた。
「とはいえ、薬は手に入ったが、亜美が先に死んでしまったら元も子もない」
「はい、急ぎましょう」
そうして二人は、宝物庫内の探索を切り上げ、地上へと戻った。
▼ ▼ ▼
順平となずなが迷宮を脱したのとちょうど同じ頃。
木戸翔太は、亜美がケルベロス達に襲われた森林を歩いていた。
ケタケタと怪鳥の不気味な鳴き声が森に響き渡り、カラスが先程から森の中を忙しなく飛び回っている。
「近くで死体が量産されてるようだな。怪鳥やらハゲタカやらカラスやらがえらく騒がしい」
鳥達はけたたましく騒ぎ回る。
その様子を気にも留めず、木戸は歩を進めていた。
「さて、ようやくノーライフキング討伐のお遣いも終了ってところだな」
彼の背負っているバッグには、荷物がパンパンの満載となっている。
更に、体中のポケットからもネックレスやら手袋やらといった装備品がはみ出していた。
「しかし、宝物庫は本当に美味しかった。ここで装備を一新できたのも大きいな」
先刻、木戸は洞窟内の最下層の宝物庫でノーライフキングを討伐した。
そうして、当然の権利とばかりに無遠慮に宝物庫を荒らした。
「ってか、狭間の迷宮産の装備はこんなもんじゃなく、壊れ性能ばっかって話だろ……本当に楽しみだ」
鼻歌交じりに森を進む彼は、ご機嫌な笑みを浮かべていた。
「二千回目辺りからは数えてねえんだが……まったく、何回死んだんだか分からねえな」
ふとその時、木戸は倒れている少女を発見する。
「……ふむ。女か」
ゆっくりと近付き、舐めまわすように少女を見る。
「顔は十分及第点だな。通りすがりに犯すには申し分ない」
しかし、露出している内臓を見て眉を顰めた。
「とはいえ、さすがの俺でも、コレ相手に盛る気分にはなれねーわな。ってか、これ死んでるのか?」
少女の脈を取り、木戸はほうと頷いた。
「……仮死状態か」
木戸の口元がニヤリと歪む。
「まあ、悪あがきの救援待ちってところだろうな。となると、心優しい俺としては、死にかけている女を見捨ててこのまま素通りってのもらしくねえ」
そう呟き、パチリと指を鳴らす。
「カラスってのは、魔剣士の使い魔なんだよな。一番最初の頃は、オトリやら目くらましやら足止めやらに重宝したよ」
たちまち周囲から数十匹のカラスが集まりはじめた。
「死にかけで放置ってのはよくない。俺は中途半端は嫌いなんだ」
はははっと心の底から楽しげに木戸は頷いた。
「かといって、人を救うのもガラじゃねえ。でも、中途半端は嫌いだ。なら、ここで殺してしまえばいい」
木戸はまた、パチリと指を鳴らした。
「仮死……そうだ。仮とは言え、死体は死体なんだ。だったら丁重に葬ってやらねえとな」
合図とともに、カラスが仮死状態の亜美に殺到する。
「世にも珍しい、仮死体の鳥葬って奴だっ! ははっ! はははっ! 多分だけど、コレ世界初だろ!? ヤッベー! 俺のアイデア……マジでパねえっ!」
第二章 復讐 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
木戸の鳥葬から数十分が経過した頃。
薄暗い森の中を、順平となずなは小走りで亜美の元へと急いでいた。
「まだなんですか? お兄ちゃん?」
息を切らせながら尋ねるなずなに、順平はぶっきらぼうに答えた。
「もうすぐだよ」
ちょうどその時、順平達の耳にカラスの鳴き声が届いた。
「カラスですか?」
「死肉に群がるって話もあるな……急ぐぞ?」
嫌な予感を覚え、順平の背中を冷や汗が伝う。
そして二人が速度を上げてから更に数分後。
森が急に開け、順平達の眼前に湖が広がった。
と同時に、順平となずなは立ち止まる。
亜美の状態を確認した二人の顔が、見る間に蒼白になっていった。
順平は天を見上げ、爪が食い込む程に拳を握り込む。
なずなは耐え切れずその場で嘔吐した。
「これは、どういう事だ?」
眼前には、眼球をカラスについばまれている亜美の遺体が横たわっていた。
「そんな……酷過ぎます」
内臓を食い散らかされ、亜美は完全な死体と成り果てて転がっている。
周囲に響き渡るのはカラスの鳴き声と、そして男――木戸翔太の爆笑の声だけだった。
「ハハっ! ハハハっ! 自ら仮死状態作っといて、無抵抗でカラスに喰われてりゃ世話ねえなっ! まあ、俺がカラスを呼んでこなければ、こんな事にはなってねーんだけどなっ! ははっ! ははははっ! マジでおもしれー! 馬鹿すぎんだろっ!」
ドス黒い感情が、順平の腹の底から込み上げてくる。
それはあの日、迷宮に放り込まれた時に匹敵するような猛烈な怒り。
順平は懐からナイフを取り出し、木戸の太腿に向けて放った。
頭や心臓を狙わなかったのには、理由がある。
一撃では殺さない――
殺すにしても、地獄の責め苦を現世で味わわせてから閻魔大王にノシつけて送り付けてやる……そういう理由からだ。
「なっ……?」
だが、驚かされたのは順平のほうだった。
投擲したナイフが途中で反転し、こちらに飛んできたからだ。
猛烈な速度で返ってきたナイフを、順平は素手でキャッチする。
「舐めてかかれば痛い目に遭いそうだな。なら、加減はなしだ」
瞬く間に、順平は幾つものナイフを連続で木戸に投擲した。
風切り音を立てながら、猛烈な速度で無数のナイフが木戸に向かう。
今度は頭と心臓も狙いに定めているので、まともにヒットすれば確実にあの世行きだ。
「無駄。そんな攻撃じゃ俺には通らねえよ。はい、【ベクトル変換】」
木戸は涼しげな表情を浮かべ、順平のほうに掌を突き出した。
すると、再度ナイフが空中でくるりと反転し、順平に向かって飛んでくる。
「が……まともに返ってきたのは、三本か……」
順平はそれらナイフを避ける。
眼前のありえない光景を目にしたなずなが、順平に対して怯えたように問いかけた。
「お兄ちゃん? 何が……何が起きているの?」
順平は木戸から一切視線を外さず、なずなに応じる。
「この系統の能力自体は、今まで何度か見た事がある。だからそれ自体はそこまで驚いていないんだが……」
吐き捨てるように順平は言葉を続けた。
「何故……こいつが?」
ニヤリと薄ら笑いを浮かべる木戸を、順平は殺意を込めて睨み付けた。
すると、木戸も笑みを消して順平を睨み返す。
そのまま睨み合う事数十秒。
その間、順平は心の中で問答を行っていた。
――殺れるか?
先程の【ベクトル変換】の様子と、木戸の動きを分析する。
そして、確信すると頷いた。
――今の俺なら、問題なく殺れる。
確かに物理法則を捻じ曲げた反撃は厄介だが、実際順平の方向にまともに返ってきたナイフは最初の一本とその後の三本程度。
他の十振りのナイフのほとんどは、順平をろくに捉えておらず、明後日の方向へと飛んでいった。
ここから導き出される結論は、木戸の【ベクトル変換】は未熟だという事だ。
ギルド試験で順平が殺した原田良一。
あるいは龍と名乗った少女。
あの二人に比べれば、木戸の物理干渉能力は遥かに拙い。
そして、木戸のステータス自体も大したレベルにない事は、見た瞬間把握できる。
この点においても、原田や龍の少女に比べれば赤子以下の次元だろう。
「要は……特殊能力を覚えたばかりで、調子に乗ってるお山の大将ってところだろうな」
順平は木戸に向かって駆け出した。
一瞬で最大戦速に到達し、懐に手を伸ばす。
そして神域の速度で魔獣の犬歯を繰り出した。
「はい残念」
「なっ?」
右手に持った魔獣の犬歯が、木戸の操る漆黒の魔剣に受け止められた。
すかさず順平は懐からナイフを取り出し、木戸の頸動脈を狙って追撃する。
流石にこれには木戸も反応できず、今度こそ頸動脈を捉えた――かに見えた。
が……ナイフが首筋を通らない。
「はい、これも残念」
「無傷……だと?」
「【鑑定眼】によると、神殺し属性が付いてるみてえだな」
「何の事だ?」
「魔獣の犬歯だよ。【物理演算法則介入】で防御力上げてるとはいえ……そっちの犬歯ならダメージ通ったかもな。まあ、それをさせないために剣で受けたんだが」
おかしい……と順平は冷や汗を流した。
「二発目の攻撃が通らないのは分かる」
「この能力を知る者であれば、まあ、それは分かるよな」
「しかし一発目……何故に反応できた? お前の目線はまったく動いていなかった。目で俺の動きを捉える事すら出来てなかったはずなんだ。それがどうして、俺の動きに反応できる?」
順平の言葉に、木戸がニタリと醜悪な笑みを浮かべる。
「俺はこの世界の理からはみ出た異次元の存在だ。それこそ、この世界の醜悪を集めたような……悪夢のダンジョンに真正面から挑む力を与えられたんだ」
「質問の答えになってないぞ?」
「まあ、すぐに分かるさ」
「で、その能力……物理法則介入だっけ? 生憎だが俺も迷宮の関係者でね、けれど、俺はそんな力は持っていない。でも、俺はあの迷宮の中で生き延びてきたんだ」
「へえ? 普通の人間なら数階層も持たないはずなんだがな? どんな手品で生き残ってきたんだ?」
順平はナイフをその場に放り投げると、左手親指の皮膚を噛みちぎった。
「こうやって……生き残ってきたんだよ!」
「はい、これまた残念。さすがに毒血を受ければ俺様でもあぶねえ。一滴たりとも俺様には付着させねえよ」
木戸の動きは素早かった。
まるで順平がそうする事を最初から知っていたかのような反射速度。
ドアの隙間から零れる光のあまりの眩しさに、順平となずなは思わず目を覆った。
どうやら、宝物庫の中は相当に明るいようだ。
「お兄ちゃん? どうしてこんなに光が?」
「アレの影響らしいな」
順平の指差す先に、なずなも目をやる。
「マジックアイテム?」
「電力不要の蛍光灯みたいなもんだろう。まあ、とにかく……宝物庫内の光源は確保されているようだな」
「でも、どうしてここだけ?」
「宝物庫って銘打ってるんだぜ? 室内に入った瞬間のインパクトが大事だろ?」
「どういう事ですか?」
「宝物庫の制作者の気持ちになって考えてみろ。せっかく宝を集めているのに、部屋を開いた瞬間に真っ暗闇だったら……宝も泣いてしまうだろう。こういうのは初見のインパクトが一番大事なんだ」
「まあ、確かにそんなもんなのかもしれないですね」
順平となずなは室内を見渡した。
毛の長い赤絨毯が敷かれ、壁や天井は大理石で覆われている。
そして、十メートル四方の室内には、所狭しと金銀財宝の数々が乱雑に置かれていた。
「やっぱり、宝物庫で間違いないですね?」
「まあ、見たまんまだな」
宝のほとんどが金貨や宝石の類だ。
順平はそれらには一瞥もくれずに吐き捨てる。
「金目のモノはまったく必要ねえんだよ。レアアイテムはどこに保管してあるんだ?」
「あそこじゃないでしょうか?」
なずなが指差したのは室内の隅のスペースだった。
そこで順平は眉を顰める。
「しかし……これは荒らされてやがるな」
確かに部屋の片隅にレアアイテムが保管されているスペースがあったのだが、荒らされた形跡がある。
「不死者の迷宮の宝物庫に、墓荒らしが現れたって訳みたいだな。そして当然、宝物庫を守る番人もいる訳で……」
順平は中央に転がるものに目を向ける。
「つまり、三体目がここにいた訳か」
ノーライフキングがまとっていたと思しきボロ切れを見て、なずなは絶句する。
「ひょっとすると、残りの二体と上位アンデッド達が浅層まで這い出て来たのには、理由があったのかもしれないな」
「墓荒らしを追いかけていたって事ですか?」
ああ、と順平は頷いた。
「だが重要なのは、ノーライフキングがこの場で葬り去られているって事だ」
順平の発言の意図を掴めず、なずなは小首を傾げる。
「……?」
「その意味が分かるか?」
「手練れの存在に気を付けろと?」
「そういう事だ。しかも、宝物庫の宝石や財宝はあまり手をつけられていない。レアアイテムばかりが荒らされている」
ゴクリとなずなは唾を呑んだ。
「お金は既に必要ないレベルの人間って事ですよね」
「察しがいいな。まあ、そういう事だ」
「でも、ノーライフキングって、ただの物盗りや墓荒らしどころか、Sランク冒険者でも簡単に対処できる魔物じゃないですよね?」
順平は大きく頷きかけて、意地悪い表情を浮かべる。
そしておどけるように言った。
「とはいえ、お前が倒せたんだから、Sランクなら可能性はあるんじゃないか?」
「そりゃあまあそうですけど……それはともかく、本当に薬はあるんでしょうか?」
「とりあえず、探さない事には始まらないだろう」
「確かに荒されていますけど、まだ結構な数のレアアイテムが残っている様子ですね」
なずなの言葉を皮切りに、順平達は室内の捜索を開始した。
二人は室内に残されたレアアイテムを一品一品手に取り、【鑑定眼】を行使していく。
――確かに外の世界ではそれなりの名品ばかりなんだろうけど……やっぱり迷宮内で手に入るアイテムと比べると天と地程の差があるな。
そんな事を順平が考えていると、なずなが声を上げた。
「あっ……」
「見つかったのか?」
「違うんですけど……懐かしいなって」
彼女が手に持っていたのは日本刀だった。
【乱れザクラ】
アイテムランク▼▼▼ レア(S)
特徴▼▼▼ 江戸時代の日本から異世界に流れてきた業物。当時の刀鍛冶の技術で作られた実物のソレとは異なり、『狭間の迷宮』の混沌によって作成者の刀剣に対する強烈な情念が付与されている。その結果、使用者の腕次第で鋼鉄の厚い装甲すらも簡単に切り裂く事が可能となっている。ただし、コンニャクは斬れない。
ちなみに、日本から流れてくる刀は、大体のものが何故かコンニャクが斬れないが、それは刀という武器の限界であり、仕様でもある。攻撃力+300/対人属性/対霊属性
「【鑑定眼】によると、時空を超えて流れてきた一品みたいだな」
なずなは、そこで若干頬を染める。
「実は私、日本では時代劇や大河ドラマが好きだったんですよね」
順平は思わず噴き出す。
「その年齢でか? そりゃあまたシブイ趣味だな」
なずなは項垂れ、弱々しい声色で言った。
「よく言われます」
「まあ、その日本刀はお前が貰っておけばいいんじゃねーか? ここにあるレアアイテムの中ではマシな部類だし」
「はい」
なずなは日本刀を大事に抱え込んだ。
そこで順平は口元をニヤリと吊り上げる。
「それはいいとして、ビンゴだ」
順平が手にしたのは、棚の中に並べられているポケットウイスキー程度の大きさの瓶。
「ビンゴ……ですか?」
順平はそれをなずなの眼前に持っていき、大きく頷いた。
「それは薬なんですか?」
「自分で【鑑定眼】を行使してみろ」
「エクストラ・ポーション……致命傷を重症程度に回復させる効用がある。絶対に助からない怪我からでも生還させる事から、フェニックスの雫と呼ばれる事もある……ですか。これでお姉ちゃんは助かるんですか?」
「ああ、多分な」
なずなは安堵の表情を浮かべ、順平もまたほっと一息ついた。
「とはいえ、薬は手に入ったが、亜美が先に死んでしまったら元も子もない」
「はい、急ぎましょう」
そうして二人は、宝物庫内の探索を切り上げ、地上へと戻った。
▼ ▼ ▼
順平となずなが迷宮を脱したのとちょうど同じ頃。
木戸翔太は、亜美がケルベロス達に襲われた森林を歩いていた。
ケタケタと怪鳥の不気味な鳴き声が森に響き渡り、カラスが先程から森の中を忙しなく飛び回っている。
「近くで死体が量産されてるようだな。怪鳥やらハゲタカやらカラスやらがえらく騒がしい」
鳥達はけたたましく騒ぎ回る。
その様子を気にも留めず、木戸は歩を進めていた。
「さて、ようやくノーライフキング討伐のお遣いも終了ってところだな」
彼の背負っているバッグには、荷物がパンパンの満載となっている。
更に、体中のポケットからもネックレスやら手袋やらといった装備品がはみ出していた。
「しかし、宝物庫は本当に美味しかった。ここで装備を一新できたのも大きいな」
先刻、木戸は洞窟内の最下層の宝物庫でノーライフキングを討伐した。
そうして、当然の権利とばかりに無遠慮に宝物庫を荒らした。
「ってか、狭間の迷宮産の装備はこんなもんじゃなく、壊れ性能ばっかって話だろ……本当に楽しみだ」
鼻歌交じりに森を進む彼は、ご機嫌な笑みを浮かべていた。
「二千回目辺りからは数えてねえんだが……まったく、何回死んだんだか分からねえな」
ふとその時、木戸は倒れている少女を発見する。
「……ふむ。女か」
ゆっくりと近付き、舐めまわすように少女を見る。
「顔は十分及第点だな。通りすがりに犯すには申し分ない」
しかし、露出している内臓を見て眉を顰めた。
「とはいえ、さすがの俺でも、コレ相手に盛る気分にはなれねーわな。ってか、これ死んでるのか?」
少女の脈を取り、木戸はほうと頷いた。
「……仮死状態か」
木戸の口元がニヤリと歪む。
「まあ、悪あがきの救援待ちってところだろうな。となると、心優しい俺としては、死にかけている女を見捨ててこのまま素通りってのもらしくねえ」
そう呟き、パチリと指を鳴らす。
「カラスってのは、魔剣士の使い魔なんだよな。一番最初の頃は、オトリやら目くらましやら足止めやらに重宝したよ」
たちまち周囲から数十匹のカラスが集まりはじめた。
「死にかけで放置ってのはよくない。俺は中途半端は嫌いなんだ」
はははっと心の底から楽しげに木戸は頷いた。
「かといって、人を救うのもガラじゃねえ。でも、中途半端は嫌いだ。なら、ここで殺してしまえばいい」
木戸はまた、パチリと指を鳴らした。
「仮死……そうだ。仮とは言え、死体は死体なんだ。だったら丁重に葬ってやらねえとな」
合図とともに、カラスが仮死状態の亜美に殺到する。
「世にも珍しい、仮死体の鳥葬って奴だっ! ははっ! はははっ! 多分だけど、コレ世界初だろ!? ヤッベー! 俺のアイデア……マジでパねえっ!」
第二章 復讐 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
木戸の鳥葬から数十分が経過した頃。
薄暗い森の中を、順平となずなは小走りで亜美の元へと急いでいた。
「まだなんですか? お兄ちゃん?」
息を切らせながら尋ねるなずなに、順平はぶっきらぼうに答えた。
「もうすぐだよ」
ちょうどその時、順平達の耳にカラスの鳴き声が届いた。
「カラスですか?」
「死肉に群がるって話もあるな……急ぐぞ?」
嫌な予感を覚え、順平の背中を冷や汗が伝う。
そして二人が速度を上げてから更に数分後。
森が急に開け、順平達の眼前に湖が広がった。
と同時に、順平となずなは立ち止まる。
亜美の状態を確認した二人の顔が、見る間に蒼白になっていった。
順平は天を見上げ、爪が食い込む程に拳を握り込む。
なずなは耐え切れずその場で嘔吐した。
「これは、どういう事だ?」
眼前には、眼球をカラスについばまれている亜美の遺体が横たわっていた。
「そんな……酷過ぎます」
内臓を食い散らかされ、亜美は完全な死体と成り果てて転がっている。
周囲に響き渡るのはカラスの鳴き声と、そして男――木戸翔太の爆笑の声だけだった。
「ハハっ! ハハハっ! 自ら仮死状態作っといて、無抵抗でカラスに喰われてりゃ世話ねえなっ! まあ、俺がカラスを呼んでこなければ、こんな事にはなってねーんだけどなっ! ははっ! ははははっ! マジでおもしれー! 馬鹿すぎんだろっ!」
ドス黒い感情が、順平の腹の底から込み上げてくる。
それはあの日、迷宮に放り込まれた時に匹敵するような猛烈な怒り。
順平は懐からナイフを取り出し、木戸の太腿に向けて放った。
頭や心臓を狙わなかったのには、理由がある。
一撃では殺さない――
殺すにしても、地獄の責め苦を現世で味わわせてから閻魔大王にノシつけて送り付けてやる……そういう理由からだ。
「なっ……?」
だが、驚かされたのは順平のほうだった。
投擲したナイフが途中で反転し、こちらに飛んできたからだ。
猛烈な速度で返ってきたナイフを、順平は素手でキャッチする。
「舐めてかかれば痛い目に遭いそうだな。なら、加減はなしだ」
瞬く間に、順平は幾つものナイフを連続で木戸に投擲した。
風切り音を立てながら、猛烈な速度で無数のナイフが木戸に向かう。
今度は頭と心臓も狙いに定めているので、まともにヒットすれば確実にあの世行きだ。
「無駄。そんな攻撃じゃ俺には通らねえよ。はい、【ベクトル変換】」
木戸は涼しげな表情を浮かべ、順平のほうに掌を突き出した。
すると、再度ナイフが空中でくるりと反転し、順平に向かって飛んでくる。
「が……まともに返ってきたのは、三本か……」
順平はそれらナイフを避ける。
眼前のありえない光景を目にしたなずなが、順平に対して怯えたように問いかけた。
「お兄ちゃん? 何が……何が起きているの?」
順平は木戸から一切視線を外さず、なずなに応じる。
「この系統の能力自体は、今まで何度か見た事がある。だからそれ自体はそこまで驚いていないんだが……」
吐き捨てるように順平は言葉を続けた。
「何故……こいつが?」
ニヤリと薄ら笑いを浮かべる木戸を、順平は殺意を込めて睨み付けた。
すると、木戸も笑みを消して順平を睨み返す。
そのまま睨み合う事数十秒。
その間、順平は心の中で問答を行っていた。
――殺れるか?
先程の【ベクトル変換】の様子と、木戸の動きを分析する。
そして、確信すると頷いた。
――今の俺なら、問題なく殺れる。
確かに物理法則を捻じ曲げた反撃は厄介だが、実際順平の方向にまともに返ってきたナイフは最初の一本とその後の三本程度。
他の十振りのナイフのほとんどは、順平をろくに捉えておらず、明後日の方向へと飛んでいった。
ここから導き出される結論は、木戸の【ベクトル変換】は未熟だという事だ。
ギルド試験で順平が殺した原田良一。
あるいは龍と名乗った少女。
あの二人に比べれば、木戸の物理干渉能力は遥かに拙い。
そして、木戸のステータス自体も大したレベルにない事は、見た瞬間把握できる。
この点においても、原田や龍の少女に比べれば赤子以下の次元だろう。
「要は……特殊能力を覚えたばかりで、調子に乗ってるお山の大将ってところだろうな」
順平は木戸に向かって駆け出した。
一瞬で最大戦速に到達し、懐に手を伸ばす。
そして神域の速度で魔獣の犬歯を繰り出した。
「はい残念」
「なっ?」
右手に持った魔獣の犬歯が、木戸の操る漆黒の魔剣に受け止められた。
すかさず順平は懐からナイフを取り出し、木戸の頸動脈を狙って追撃する。
流石にこれには木戸も反応できず、今度こそ頸動脈を捉えた――かに見えた。
が……ナイフが首筋を通らない。
「はい、これも残念」
「無傷……だと?」
「【鑑定眼】によると、神殺し属性が付いてるみてえだな」
「何の事だ?」
「魔獣の犬歯だよ。【物理演算法則介入】で防御力上げてるとはいえ……そっちの犬歯ならダメージ通ったかもな。まあ、それをさせないために剣で受けたんだが」
おかしい……と順平は冷や汗を流した。
「二発目の攻撃が通らないのは分かる」
「この能力を知る者であれば、まあ、それは分かるよな」
「しかし一発目……何故に反応できた? お前の目線はまったく動いていなかった。目で俺の動きを捉える事すら出来てなかったはずなんだ。それがどうして、俺の動きに反応できる?」
順平の言葉に、木戸がニタリと醜悪な笑みを浮かべる。
「俺はこの世界の理からはみ出た異次元の存在だ。それこそ、この世界の醜悪を集めたような……悪夢のダンジョンに真正面から挑む力を与えられたんだ」
「質問の答えになってないぞ?」
「まあ、すぐに分かるさ」
「で、その能力……物理法則介入だっけ? 生憎だが俺も迷宮の関係者でね、けれど、俺はそんな力は持っていない。でも、俺はあの迷宮の中で生き延びてきたんだ」
「へえ? 普通の人間なら数階層も持たないはずなんだがな? どんな手品で生き残ってきたんだ?」
順平はナイフをその場に放り投げると、左手親指の皮膚を噛みちぎった。
「こうやって……生き残ってきたんだよ!」
「はい、これまた残念。さすがに毒血を受ければ俺様でもあぶねえ。一滴たりとも俺様には付着させねえよ」
木戸の動きは素早かった。
まるで順平がそうする事を最初から知っていたかのような反射速度。
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