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4巻
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しおりを挟むプロローグ 龍と龍 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「なあ、お主……?」
Bランク級冒険者選抜試験で武田順平が出会った赤髪の少女は、彼を見るなり唐突に告げた。
「ここに至るまでに何回、生と死を繰り返しておるのじゃ? 因果がこじれて……もはや修復不可能になっておるぞ?」
少女の言葉を受け、順平の頭に鋭い痛みが走る。
「……生と死を……繰り返して……? どういう事……だ?」
そしてその場に跪いた。
鈍い痛みに耐えながら、脳内に響いた機械的音声のアナウンスを再度反芻する。
――榊原和也の殺害及び、龍種との邂逅、そして核心に迫る発言により、シソーラス値が70低下。
シソーラス値が0となりました。
再封印と引き換えにスキル解禁。また、一部の記憶を解禁します。
エクストリームスキル【取捨選択】が解禁となりました。
以降、任意で装填したスキルを捨てる事が可能になります。
その内容が意味する事を順平は頭の中で一つずつ噛み砕いていく。
今まで、順平はスキルスロットに限りがあるため、すなわちスキルを捨てられないため、有用と思えるスキルでも一切取ってこなかった。
端的に言うなら、どうやら【取捨選択】というスキルのおかげで、これからは任意にスキルを捨てる事が可能になるらしい。
ってか、それって……と、その意味に順平は戦慄する。
殺した相手か、あるいは無力化した相手からスキルを奪いたい放題で、不要になれば捨て放題という事だ。
まさに究極としか形容の出来ない代物だろう。
が、今はそれどころではなかった。
とにもかくにも頭痛が……酷いのだ。
いや、頭痛だけではない。
頭の奥に、熱い何かを感じる。
――それはそうだろう。
決して忘れてはいけない事、いや、忘れるはずのない事……それがエクストリームスキルの解放とともに再度、無理矢理封印されたのだから。
脳細胞は悲鳴を上げ、魂が軋み上がる。
今、順平を襲っているもの……それは何かを思い出せそうで、けれど思い出せない、そんな感覚。昨晩の夕食を思い出そうとして何故かなかなか思い出せない――そんな不思議な気分。
迫りくる頭痛で脂汗塗れの順平の表情を見た少女は、小首を傾げてこう呟いた。
「ふむ……」
赤髪の少女――シャルナートは、解せぬ……といった風に親指の爪を噛み始めた。
「当初は、無理矢理の蘇生、そして迷宮探索の再開……そのようなものと思っていたが……どうやら違うようじゃな」
「……?」
「お主の体は正真正銘の生者……実際に……蘇生魔法を使われた形跡はない」
シャルナートは金色の瞳を見開き、ニタリと口元を歪めた。
「いや……なるほど。これはこれは……なかなかどうして……」
彼女は何が可笑しいのか、腹を抱えて笑い始めた。
「クフフっ! ウフっ! クフフフフフフフフっ! クハハハハハっ! これは傑作じゃ……っ! 神の業でも迷宮深層の業でもなく……これはただの……人同士の業……っ!」
更に笑い、シャルナートは続ける。
「――たったそれだけでここまでの残酷を強いるとは……クハハっ! クハハハハハハッ!!!! なんたる事じゃろうか!」
そして彼女は大きく頷き踵を返してこう言った。
「……いや、それが故に……お主のようなものがいるが故に、人は前に進む事が出来るのかもしれぬの。と、まあ、そういう事で……ここいらでお暇しようかのう」
「……どういう……事なんだよ?」
「どうもこうも……わらわはお主と……いや、お主を取り巻く環境と、関わり合いになりとうないのじゃ」
シャルナートは後ろ手を振りながら言う。
「わらわが求めるのは安穏。そして平穏。何が悲しゅうて、我に無害な迷宮の探索者と関わらねばならんのじゃ……じゃあの」
そのまま少女は歩き去り、冒険者ギルドの中庭から消えた。
▼ ▼ ▼
――数日後。
上空二千メートル。
草原、森林、街、そして湖――物凄い勢いで眼下の景色が流れていく。
金色の龍と、その龍の背に乗った赤髪の少女。
地龍皇シャルリングスと、そして炎龍皇バルフナート。
先日まで二人は同化して、金色の瞳に灼炎の赤髪を持つ美しい少女――シャルナートとなっていたが、今現在は同化の法を解いていた。
「久しぶりの人間界……食文化はなかなか進化していたね。チョコレートドーナッツ……あれは本当に美味しかった」
赤髪の少女バルフナートが言うと、金色の龍がその目をぎょろりと背後の少女に向ける。
「わらわは人間の姿は取れぬ。一人で何日も喰い歩きよってからに……」
「あれ? シャルリングスにも甘味のお土産をたくさん買ってきたじゃないか」
「……わらわとおぬしとではサイズが違う。ドーナッツ三十個程度で満足できる道理はどこにもないわ」
「あらら。これは悪い事をしちゃったかなァ……」
と、少女はそこで空の彼方の更に先――天空を見上げて億劫そうに呟いた。
「……それにしてもあの少年。まったく……あそこまで胸糞の悪い呪いを見たのは初めてだよ。ねえ、シャルリングス?」
その言葉に、金色の龍もまた不機嫌そうにつぶやいた。
「で……結局、あれはなんなのじゃ? いや……これで良かったのか? バルフナートよ?」
「放置しておいてって事?」
「そうじゃ。軽く一合か二合か拳を交えただけで、ロクに言葉も交わさず……我らはあの場を立ち去った。確かにあの少年は現時点では、わらわ達の脅威にはなりえないが……それでもスキルハンターの卵じゃろう?」
「その件なら放っておいてかまわないよ。アレは無害だから」
しばしの沈黙。
そして龍が口を開いた。
「無害……とな?」
「うん。アレは無害……解説しようか?」
「解説は……待ってもらいたいの」
「ん? 待つ? どうして?」
「分析はお主の専売特許である事は分かるし、それは認める。お主の思考に、散々苦汁を舐めさせられたわらわが言うのじゃ。間違いない」
「こちらは詰将棋をしていたはずなのに、いつの間にか盤をまるごと力業でひっくり返してしまう貴方に、それは言われたくないけどね」
「まあ、それは良い。実際にお主はたったあれだけのやりとりで全てを理解したのじゃろう?」
「全てではないよ? 自信を持って読み切ったと断言できるのは九十八パーセントくらいのものさ」
「それなら全てと言っても差し支えはないんじゃよ。とはいえ、わらわもまた最古の龍に数えられる一柱。一から十まで教えてもらうというのも好かぬ。わらわの考えを述べてもよかろうか?」
再度の沈黙。
ブワリと龍はその翼を大きく羽ばたかせ、そして上昇する。
「なるほど。であれば貴方の考えを聞いたほうが良いね……うーん……私から貴方に質問をする形式のほうが良い?」
「そうしよう」
「ねえ、シャルリングス? 貴方は……どう思う?」
しばしのタメの後、龍はこう口を開いた。
「それは彼にかけられた呪いという事か?」
「うん。そうだね」
「わらわは、アレの呪いを、死亡と同時に蘇生する不死の能力であると思っていた。それも……本人が無自覚であるタイプのな」
うんと少女は頷いた。
「思っていた……という事は、それは過去形なんだよね?」
「うむ」
「じゃあ、今はどう思っているの?」
訪れる静寂。
しばしの沈黙の後、龍はゆっくりと口を開いた。
「死に戻り……ではないのか?」
クスリと少女は笑った。
「本当に驚いた、シャルリングスがあれだけの情報でそこまで辿り着くなんて」
「じゃから言うておろうが、馬鹿にするでないぞ? わらわはこれでも最古の龍じゃ」
クックと金色の龍は満足げに笑う。
更に赤髪の少女から「驚いた」という言葉をもらった事が余程嬉しかったのか、龍は何度も目を細めながら首を上下させて頷いた。
「まあ、それはそれとして……惜しいね。不正解だよ」
と、そこで龍は絶句し、しばし固まった。
「なんじゃと……? わらわは相当……自信があったのじゃぞ?」
「死に戻りではない。これは断言できる」
「それは何故なのじゃ?」
「彼の魂を取り巻く因果――死に戻りでは、あそこまではこじれない」
その言葉を受け、龍は押し黙る。
やがて悔しげに声を振り絞った。
「なるほどの……お主がそういうのであれば、確かにそうかもしらん」
しかしだとしたら……と龍は少女に尋ねた。
「アレは何なのじゃ?」
今度は少女が押し黙り、しばらく後、右手の人さし指を一本だけ立てた。
自らの頭の中を整理するように、あるいは再確認するように指先を指揮棒に見立てて振るう。
そして頷き、こう口を開いた。
「アレは……いや、アレもまた……神や、あるいはかつての迷宮最深部の攻略組の長がそうであったように……時の囚人となっている」
「ふむ? 時の囚人とな? 見たところ十代半ばの少年にしか見えなんだが……時の囚人とは長きを生きる者のはず……」
「事実として、彼は十代半ばだよ? でも、実際の彼は――」
と、そこで空を行く龍は乱気流に突入した。
猛烈な風に煽られるが、少女は何事もないように澄まし顔で言葉を続けていく。
「彼は――――――彼の歩んで――――道は――――――そのものに経験を刻む――だから―――――普通の人間でも――攻略――――唯一の道――既に――――――彼――気の遠――――回数――」
やがて龍は乱気流を抜ける。
少女の言葉を受け、龍は何とも言えない表情を作った。
「なるほど。それは……それは……壮絶にして凄惨な……なるほど」
龍と少女は同時に深く溜息をつく。そして幾度目か分からない無言が二人を支配した。
どれほどの時間が経過しただろうか、ようやく空中のドライブを終えた二人の視界に、棲み処である古代樹の森が見えてくる。
と、少女は思い出したようにパンと掌を鳴らした。
「ああ、そういえば。彼の地の迷宮で思い出した」
「何をじゃ?」
「空間の歪み」
ああ、その事か……と龍は不快さを声に含ませる。
「確かに……空間の歪みが無視できぬレベルになっておるの」
「恐らくは迷宮深域の連中が、本格的に最終階層に挑もうとしている」
「浸食が……始まるのかの? 先ほどのギルド試験でも、わらわ達に絡もうとした奴がおったの?」
「うん」
「聞くまでもない事じゃが……追ってきておる事には気付いておるか?」
「私を舐めすぎ。で……彼もまた、物理演算法則に介入できるみたい」
「お主もわらわを舐めすぎじゃ。そもそも物理演算法則に介入できねば深層域では通用せぬ。で……当方の勝率は?」
少女はまた押し黙り、やがて再び右手の人さし指を一本だけ立てる。
自らの頭の中を整理するように、あるいは再確認するように指先を再度、指揮棒に見立てて振るう。
そして頷き、しばしのタメの後に口を開いた。
と同時に、風が吹きつける。
「――――%」
「迷宮最深部……か。なるほどの……」
「……どこで迎撃する? 流石に私達の寝床まで案内はしたくない」
「ならば、ここらで地上に降りるか?」
「うん、そうしよう」
「しかし浸食――現界と狭間の世界をつなげる……か」
そして天を見上げて龍は言葉を続けた。
「――これは荒れるのう」
第一章 スキルハント ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
時を戻し、Bランク級冒険者選抜試験、二次試験直後。
――突如として順平の前に現れ、そして嵐のように去っていった赤髪の少女。
彼女の過ぎ去った方向を眺めながら、順平は独りごちた。
「龍種って……一体全体、何なんだよ……あのロリババァは……」
気付けば頭痛は嘘のように消え去っていた。
「それにしても……」
記憶の一部解禁……か。
先ほど、脳内に流れたアナウンスの意味を考える。
普通に考えれば、そのままの意味で何か重要な事を思い出すという事なのだろうが……
「うーん……何の事だかサッパリ分からない」
そう。一部の記憶の復活と言われても、今のところ実感できる事が何一つない。
何も思い出した事はない。
例えば……と順平は思案する。
かつて高校時代に五百から千くらいの英単語を覚えた事があったとして。いつの間にか忘れ去っていたそれら英単語を、何かのタイミングで思い出したからと言って、「あの単語を思い出した! やっべー! 俺すげえ!」となるだろうか。
恐らくは否だ。
つまり、何かを思い出した可能性はあるが、具体的にそれが何かが分からないという事だ。
……まあ、おいおい分かるだろう。
溜息とともに順平はそう思い、思考を次の案件に切り替える。
――エクストリームスキル【取捨選択】。
これを得た事で、装填したスキルを自由に捨てる事が可能になった。
今まで順平は迷宮の中でも外でも、魔物か人間かを問わずにいろんなスキル持ちを殺してきた。
そして、そのたびにいろんなスキルカードを見てきた。
例えば迷宮内で出会ったSランク冒険者の集団のスキルも、普通であればのどから手が出るほどに欲しくなるものばかりだった。
・竜人化(達人級)―――――――防御力を瞬間的に四倍にブースト
・剣術(達人級)――――――――後の先を極めた程度
・神の守護(達人級)――――――防御力と攻撃力を戦闘時に一・五倍にするパッシブスキル
だが、あの地獄迷宮は、正攻法ではとても攻略できない。ましてやもともとのステータスがゴミなんだから、まともなスキル構成でスキルスロットを消費すれば……それこそジ・エンドだった。だから諦めて捨ておいてきたのだ。
しかし、取捨選択が出来るのであれば、話はまったく異なる。
これまで捨ててきたスキルの事は悔やまれるが……それはまあ良い。
過ぎ去った事を考えても仕方がない。
己が有利な状況になったのであれば、それを如何に利用するかが肝要だ。
何しろ順平は数か月もすれば再度、絶望の迷宮に放り込まれる身の上なのだ。
――外の世界でも有用なスキルを所持している者は幾らでもいる。
例えば、Sランク級冒険者。あるいは、魔王級の魔物。
ぶっちゃけた話……と順平はほくそ笑んだ。
――どいつもこいつも笑ってしまうような雑魚ばかりだ。
であれば、スキルの乱獲も可能。
とっとと上級職に乗り換え、残された時間はスキル奪取に勤しもうと……順平は口元を歪める。
幸いスキルハントの能力も向上し、殺さずとも無力化するだけでスキルカードの出現条件が満たされるようになった。
前回の件から考えると、ボッコボコにした後に縄で雁字搦めにしさえすればスキルの奪取は可能そうだ。
ならば、私利私欲の殺生だと心に無駄なダメージを追う事もない。
まあ、それでも下衆には成り下がりたくはない。
通常スキルと言えば、途方もない修練や努力の結果で得られる貴重なものだ。
例えば、剣一筋に生きてきた剣聖から「はい、ごっつあんです」とばかりに剣術のスキルを奪うのはやはり心が痛むものだ。
だから順平は、スキルを奪う相手の選別だけは行うつもりだった。
都合の良い事に、この世界には基本的にクズしかいない。
「となると……乱獲状態になっちまうかもな。まあ、どうあれ俺には都合が良い」
呟いた後、順平は呆れるように笑った。
「まさか、ゴミばかりのこの世界に感謝する日がくるとはな」
とはいえ……と順平は思う。
龍種の少女が残していった「生と死の繰り返し」というフレーズ。
そして、脳内に響いた一部記憶の復活というアナウンス。
分からない事だらけである状況はあまり変わっていない。
それはともかく、と気持ちを切り替え、順平は大きく頷いた。
「少なくとも、エクストリームスキルを得た事で状況は間違いなく激変している。こんなスキルを得てしまったら……外の世界では本当にやりたい放題だ。数か月後にはSランク級冒険者が束になってかかってきても、俺には敵わねえんじゃねーか?」
順平は軽く息をつくと、先ほどまで座っていた木陰に戻った。
木に背をあずけるように腰を掛け、その場に横倒しになったままだった紙袋を手に取る。
そして袋から取り出したサンドイッチの残りを頬張るべく、口を大きく広げ――
――しかし首を軽く左右に振った。
腹は減っているが、どうにも食欲が湧かない。
まあ、瞬く間にいろんな事があったので、それもやむなしか……
そんな風に思った矢先、妙に陽気な声がかかった。
「おー! 美味しそうなサンドイッチじゃん?」
順平と同年代。ハーフパンツにタンクトップという露出の多い格好の黒髪ショートカット。
「……ああ、実際に美味しい。元の世界に居た時のちゃんとしたパン屋には及ばないけど……それでもコンビニ並みにはイケる」
整えた眉毛と、ほんのり薄化粧。貴族階級と娼婦を除けば、この世界ではそれなりに垢ぬけた身だしなみだ。
「え!? マジで?」
二次試験で出会った、順平達とは別ルートでの日本からの転移者――坂口亜美は、コンビニ並みという言葉に反応して間の抜けた声を出した。
「ああ、マジだが?」
「あんた、コンビニと一緒って言ったら……そりゃあこの世界では奇跡的な事なのよ?」
まあ、そりゃあそうだろうと順平も思う。
日本でテーブルに無造作に置かれる胡椒や一味唐辛子が、この世界では同量の黄金と取引される。
そんな世界において、コンビニレベルで美味いという形容は、事実上、最高級の絶賛に近い。
「まあ、今俺の泊まっている宿屋の女将さんの飯は、実際に奇跡的なレベルで美味いからな」
「ふーん……」
物欲しそうな目で亜美は口を開いた。
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