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三章〜神龍伝説爆誕!〜
57話「神龍、死す(借り)!」
しおりを挟む「で? 先ずは言い訳から聞こうか?」
「⋯⋯」
冒頭からヤク◯顔負けのメンチの切り方で脅しをする真子と正座で冷や汗を滝のように流す流。
場所は手術室を見下ろすことができる白を基調とした部屋。そして、手術室には複数人に囲まれた鬼龍が治療を受けている。
「流君、アナタ⋯⋯ダンジョンに入ってたんダヨネ?」
「⋯⋯はい、ごめんなさい」
このやり取りであるが、鬼龍の治療が始まり三時間が経過した現在でも繰り返されている。
「あ、あの、真子さん⋯⋯その、目が怖いんですが⋯⋯それと語尾が⋯⋯」
「あ゛ぁ?」
「すいませんっした!」
少しでも言い訳じみた言葉を発せれば即座にドスの効いた声が返ってくる。
「ダンジョンに入っちゃダメだって⋯⋯イッタヨネ?」
「言いました!」
「ナンデ入っテンノ?」
「えっと⋯⋯それは若きの至りと言いますか⋯⋯」
「ソレ理由ニナルト思ッテルノ?」
「いえ! 僕には別の理由があります!」
「で? 先ずは言い訳から聞こうか?」
「⋯⋯」
こうして無限ループが完成したのだ。
序盤は威勢良く食ってかかっていた流であったが、帰った直後に殴られた顔の左半分。
そして、救急班を呼んでくれた善良な事務の女性がオマケと言わんばかり真子にチクり殴られた右半分。
結果、顔全体を腫らした流は涙を流すことすらできなくなっていた。
(このやり取り⋯⋯どうしたら終われるんだ⋯⋯?)
流せる涙があるなら一生分を流す自信すら湧いてきた流が遠い目をする。
真っ黒な社会で生きていく上での必須スキル。この時だけ、この瞬間だけ全ての柵から解放される。
この基本にして究極の技は一般的な場所では通用する⋯⋯が、ここは一般的ではなかった。
「アレ? 流君聞いてる? ⋯⋯もう一発欲シイノ?」
そう言って真子は拳を握る。
「いえ! 滅相もありません! 終始全て聞いてるであります!」
こうして現実逃避すら許されない。
「あ、あのぉー、もう許してあげても⋯⋯」
流が現実逃避がら強制的に連れ戻される度に優しく声をかけてくれるのは紅桜だ。だが⋯⋯
「ユルスノ?」
「まだもうちょっと真子さんの苦労を分かったほうがいいね! うん! ごめんね、続けていいよ!」
真子の狂気に一睨みされ手の平を即座に返す。
こうして止めに入ろうとしているだけ紅桜は根気がある。墨桜に至っては諦め鬼龍が治療されている様子を見入っている⋯⋯と言う体で逃げた。
この二人であるが執刀医から鬼龍の安否を断言されてから真子同伴で来た流に連れられやってきた。
「で? 流君、言い訳はあるカシラ?」
「⋯⋯⋯⋯えっとですね」
「言い訳もデキナイノ? お話できないならそのお口イラナイネ?」
「い、いえ! できます! すぐに言います!」
堂々巡りが続く。
もう時間は無い、残されたタイムリミットは近づいている⋯⋯流の耳元でそんなうわ言が聞こえた気がした。
首筋にそっと冷たいモノが当たっている⋯⋯気がした。
ジワリと食い込むように肌を二つに押しのけていく。
それだけで、焦燥感とか危機感とかが津波のように急き立てる。
自信とか勇気とか希望とかがガラガラと崩れ落ちていく。壊されていくんだ。
「あ⋯⋯あぁぁのっ⋯⋯えっと⋯⋯」
「なぁに? 怒らないから言って⋯⋯ナガレクン?」
「その⋯⋯」
もう終わりかな。幻覚が幻聴が訪れた時に流は悟っっていた。
粘ったけど無理だ、諦めて死のう! そう覚悟を決めた流は今生最後の台詞を言おうとしたその時、
「あ、電気が消えました」
静まった部屋で言霊のように響いたのは墨桜の一言だった。
そして、全ての逆境を打ち砕くようにドアにノックがされた。
「失礼します。先程、鬼龍様の治療が終了しま——」
入ってきたのは執刀医の男性。
室内の空気を察して報告を途中でやめるが、
「うむ! ちょうど良かった! して、どうなったのだ!」
これ幸いと立ち上がり男性が途中でやめないよう勢いよく捲し立てる。
「あっ、えっとですね、鬼龍様は一命を取り止めました。今は寝ていますが明日になれば目を覚ますと思います」
「そうか! それは良かったが鬼龍が心配だな! どれ、一つ顔でも拝むか! 紅桜! 墨桜! 付いて来い!」
そう言って流は逃げるように男性を押しのけ部屋から出て行った。
「ま、待ってよジンリュウちゃん!」
「え、えっと⋯⋯」
「⋯⋯行っていいよ」
「ありがとうございます⋯⋯お、置いてかないで下さい!」
お礼を一つ残し墨桜は流と紅桜を追いかけた。
「⋯⋯よかったんですか?」
「⋯⋯まぁ、流君が連れてきた人だから。悪い人じゃないでしょ⋯⋯多分」
流が逃げて行ったこと、そしてそのタイミングを作ってしまった自分を、という意味で言ったものだが真子が勘違いしてくれたことを態々掘り返すほど男性も死に急いでいない。
「あー、はい、そうです。それとお伝えしておきたい傷の方ですが⋯⋯“通常の人” なら死んでいるレベルでした」
「え? どういうこと?」
「そのままの意味です。脊椎を粉砕⋯⋯こんな状態で生きていたのは冒険者を含めても初めてです」
「⋯⋯それは凄まじいわね。流石の私でもそれじゃあ無理だわ」
「⋯⋯」
脊椎粉砕されれば流石に死ぬんだ、と心の底で男性は思った。
「ナニカ変ナコト考エマシタ?」
「いえ! 決して無礼なことは考えていません!」
なんで心の中を読めるんだよ! エスパーか!?、と男性は心の底のさらに深い場所で思った。
「で、その鬼龍さんは普通なら生きられない状態でどうして息を吹き返したの? 貴方、触診で大丈夫だと思ったんでしょ?」
「えーっとですね、脊椎が粉砕されていたのは治療中に気づいたんです」
「ん? どういうこと? ますます分からないんだけど?」
「僕も初めてのことで上手く説明できないのですが、粉砕された脊髄が薄い膜に包まれて形作っていたって感じですかね」
「⋯⋯流君の仕業?」
「うーん、どうでしょうか。本人に聞いてみないとわからないですが、多分違う気がします」
今一つ要領を得ない話を聞いた真子は「⋯⋯そう」と、溜息を吐くと労いの言葉と共に部屋から退出した。
バタン、とドアが閉じるのを確認した執刀医の男性は緊張からの解放かその場に腰を下ろしてしまった。
「はぁ⋯⋯今日は災難だ。流さんのとばっちりは受けるし、真子さんの印象は悪くなった気がするし、電車無いから帰れないし、嫁に電話するの忘れてたし⋯⋯きっと残業代も出ないんだろうな⋯⋯はぁ⋯⋯」
誰もいない部屋では男性が静かに弱音を吐いていた。
肩を落とし、一泊できる場所を探すこの男性だが後日、流にめちゃくちゃ感謝され月の給料が三倍になったのは余談である。
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
病院の一室。
完全な個室で意外と広いこの部屋に置かれた一つのベットには鬼龍が静かに寝息を立てていた。
「ゆ、ユウちゃん⋯⋯!」
「ユウキ様⋯⋯」
鬼龍の両手をそれぞれ握りしめトクン、トクンと刻まれるリズムを感じている二人は泣いていた。
それも仕方ないな、と流は二人の様子を静かに見守っていた。
「⋯⋯よかったな」
流はポツリと溢し二人の邪魔をしないように静かにドアを閉め部屋を出た。
感動的な場面に自分は野暮だろう——なんて殊勝な心がけは当然なく、
「さて⋯⋯逃げ——」
「何処に行くのかな?」
足早にその場を去ろうとしたはずの流であったが、目の前にはまるで先読みをしていたかのように真子が立っていた。
「あ、あれ? ま、真子さん⋯⋯?」
「そうだよ。流君と幼馴染の真子だよ」
「え? だってさっきまで⋯⋯え?」
まるで張り付いたようないつも通りの笑顔にゾォっとした。
夜道で遭遇した犯罪者から運良く逃げ果せたのに、逃げた先でバッタリ⋯⋯なんて、まさにその通りなのだが、流の直感が冴えた——何かが変だ、と。
見た目はさっき会った姿と全く同じ。しかし——、
「お、お前は誰だ!? 真子じゃないな!」
「⋯⋯」
——そのいつも通りの笑顔は今この場においては絶対に有りえなかった。
なぜなら、真子は一度怒ったらしばらく怒っているから! なんて、ちょっとした幼馴染力を発揮しながら流は臨戦体制に入った。
(真子に化けるとはとんだ命知らずな輩が現れたものだ。『本物』に会えば死は免れないというのに⋯⋯)
仮に目の前にいるのが『本物』であっても戦いのどさくさに紛れて逃げよう、と姑息な算段を立てていた流。しかし、事態は思わぬ方向に傾いた。
「ふふっ、流石ご主人様が認めたお方。正解です、私は真子様ではありません」
「⋯⋯え? 真子⋯⋯様?」
「私は真子様の使い魔でございます。真子様に貴方を監視しておくように命令されましたのでそのように動いていた次第です」
変わらない声色、聞いたことのない口調で、目の前の真子は主君に支える執事のように深々と礼をした。
そのありえない光景が妙に現実味を帯びており流は言葉を失う。そして、考えるのだ——いつからだ? と。
「ちょっ、ちょっと待て! 使い魔!? 俺はそんなこと知らないぞ!」
「伝えていませんから当然でしょう」
「い、いつから着いていたんだ!? というか、全部見ていたのか!?」
「いつからか、どこまでか、それはお答えすることができません」
「なっ!?」
徹底した情報統制を前に流は愕然とした。
使い魔にストーカーされるのは流にとってはさしたる問題ではない。しかし、使い魔がどの程度の能力を持っているのか、いつから居たのかは重要だった。
ストーカーが低レベルなら撒くなり幻覚を見せるなりで対処できるが、真子クラスになるとそうはいかない可能性がある。
そして、いつから見ていたかによって言いくるめができないのは更に問題だった。女性は矛盾点に怒ることが多いからだ。
「私がお答えできるのは、私自身が使い魔であること、真子様の姿なのは適切であると判断したからの二つだけです。これ以上は真子様にお聞きください」
「絶対答えないじゃん!」
「絶対、お答えしないでしょうね」
叫ぶ流に「うふふ」と微笑みながら答える使い魔。
外見が慣れしたんだ幼馴染だけに強く出れない⋯⋯決して怖いからではない、と強く思い流は頭を振る。
「して、使い魔よ。貴様に我を捕まえることができるというのか?」
「さて、私には流様を捕まえるほどの実力はございません⋯⋯」
「ならば逃がさして貰——」
「⋯⋯が、追跡はできます」
「——なに!?」
「私は真子様より一つだけ厳命されていることがございます。それは『なんとしても流君を見失うな』でございます」
「⋯⋯」
「これがどう意味するか⋯⋯押して然ることですが敢えて説明させていただきます。私の追跡能力は流様の逃走能力を優に上回っている自負がございます。むしろ、その一点において真子様に認められています。そして、それは先程を思い起こしていただければ簡単でしょう」
そう言われて流は数分前を思い出す。
全く気配を感じることなく背後に立たれていたこと。いつからか、どこからか、全くわからなかった。
やはり、真子の使い魔から逃れるのは無理筋なのか、と思案していると使い魔は更に追い打ちをかける。
「そして、私が流様を見つけ出します。私には “捕まえる力” は御座いませんので真子様にお伝えします。そうすれば——」
「——っ!? も、もうよい!」
ゾオッと再び背筋をなぞられた気がした。
勘の鋭さは高い方だと思っている流が感じた悪寒。それは現実に起こり得る、そう言っている気がした。
「ふふっ、御理解していただけて幸いです。逃げようとしていたことは真子様にはお伝えしないでおきます。ですから、今回は大人しく捕まることをお勧めします」
「⋯⋯ああ、わかった⋯⋯助かる」
正直、これが最初で最後だから “今回” とかないんだよなぁ、と遠い目をした流は思った。
「ふふっ」
「ははっ⋯⋯」
その小悪魔の様な笑みにすら一縷の望みを流は抱いた——
——まだ死にたくない! と。
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