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4章〜崩れて壊れても私はあなたの事を——〜

84話「崩壊の光3」

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 ——影。
 それは何処までも、何処までも共にする存在。

 光によって生み出されるソレは常にアナタの側にいる⋯⋯ように見える。
 ソレは光があって見えるだけで闇の中でも常に存在する。

 見ることを止めても、遠くに逃げようと、死んでしまおうと影はあなたのそばから離れない。離さない。

 影はもう一人のアナタ。
 そう言えるのはアナタが影を見ているから。

 アナタはもう一人の影。
 そう言えるのは影がアナタを見ているから。

 いつか変わってしまう、変えられてしまう。
 影はその機会は虎視眈々と見極めている。

 最も自然な時に、最も無難な形で、それでいて最も嫌な瞬間に。

 アナタは一体誰?
 ワタシはワタシ アナタは本当にアナタ?
 変わらない ワタシ を見つけることはできない。

 それが影だから——

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

「ほれ、着いたぞ」
「ま、マジか⋯⋯」
「ホントだーっ!」

 レイジ達が今いるのは薄暗い部屋⋯⋯ではなく、ダンジョンの最上階『墓場』の入り口だった。

「だから言っただろ? 最速かつ安全な方法だって」
「あ、ああ。確かに言ったが⋯⋯」

 レイジ達が取った移動手段、それは マーダ に送ってもらうものだった。
 実際、疑うべき点は多かったが他の方法がなかった以上賭けの気持ちで レイジ が頼むことになった。結果は想像以上であったのは認めざるを得なかった。

「影魔法⋯⋯便利な魔法だな」
「まぁ、コレが真骨頂とも言えるな。影魔法は本来は魔法だからな。お前の所の影魔法の嬢ちゃんも頑張れば使えるようになるぞ?」
「⋯⋯試してみるよ」

 そう言って レイジ はダンジョンの地を踏みしめた。
 背中の痛みは購入した超級回復薬で無事完治した。その踏み込みの具合を確認しながら レイジ は勇者を迎え撃つのに支障はないと感じた。そして——

「送ってくれて助かっ——」

 振り返った先には マーダ の姿は無かった。

「あれ? ゼーレ、アイツは何処行った?」
「え? おじさんのこと? あれ? ホントだ、いないね」

 ゼーレ 周囲をキョロキョロと見回すが先程まであった存在を見つけることができなかった。

「うーむ、まぁ、アイツも忙しいのか」
「そうだね。それよりも——」
「ああ、エイナ の様子を見に行こう」

 そう言って レイジ と ゼーレ は足早に最下層を目指すが——

「⋯⋯ますたー」

 いつの間にか目の前に ミサキ が立っていた。

「うお!?」
「⋯⋯ますたー⋯⋯おかえり⋯⋯」
「ミサキちゃんっ!」
「お姉ちゃん、も⋯⋯おかえり⋯⋯」
「ううぅ、ただいまっ!」

 一ヶ月、それだけ長く離れたのは初めてだったからか、会えた嬉しさに ゼーレ は ミサキ に抱きつき、頬ズリまでしている。

「お姉ちゃん⋯⋯くるしい⋯⋯」
「ごめんね⋯⋯もうちょっといい?」
「⋯⋯いいよ」
「ありがとっ! うりゃうりゃっ!」
「⋯⋯ん」

 ミサキ がくすぐったいのかいつもの無表情を若干綻ばせながら ゼーレ のなすがままにされている⋯⋯目の奥は血を求める狩人の様に見えるが。
 そして、そんな風にじゃれ合っていると階層の出口から新たな影が見えた。

「貴方様ぁ!!」
「お兄さんっ!!」

 パンドラ と ハクレイ が走って来た。
 どちらもよほど寂しかったのか笑顔で走ってきている⋯⋯ただ、心配なのは パンドラ の目が虚に見えることと、ハクレイ 目の下の隈がやけに濃いことだ。

「会いたかったですわ! 貴方様っ!」

 パンドラ と ハクレイ が走ってくる様子を見ていた レイジ に パンドラ は速度を落とすことなく突っ込んできた。
 両手を広げているそのポーズはまさに感動の瞬間であり、ハグのタイミングだろう。だが、それを阻止する飛来物が レイジ に向かっていた。

「貴方さ——ふげっ」
「パパッ!」

 飛来物は パンドラ の頭を踏み台に レイジ の胸の中にすっぽりと収まった。

「パパァ!」
「おお、テトラ か。元気にしてたか?」
「うん! 元気にしてたよっ! 寂しかったんだよっ!」
「そうか、そうか」
「あ、貴方様⋯⋯」

 グリグリと額を擦り付ける テトラ の頭を撫でながら レイジ は優しい笑みを浮かべた。

 頭を踏み台にされ地面に這い蹲る パンドラ は悲痛の声を上げ、目尻に涙を溜めながらその様子を見ている。その姿は寝取られた女性のソレにも見えなくはない。

「て、テトラちゃんっ! ゼーレ だよ!ゼーレお姉ちゃんだ——」
「びゃあああああああああああっ!!」

 テトラ と レイジ の様子を見ていたのか ゼーレ が テトラ に寄り、抱きつこうとするが近づいてきただけで テトラ は驚き、泣き始めてしまった。

「しょ、しょんなぁ⋯⋯」
「元気を出してくださいゼーレ様」

 嬉し涙なのか悲し涙なのか分からなくてなっている ゼーレ が発音を曖昧にさせながら崩れ落ちた。
 その肩を優しく叩く パンドラ の姿は果たして ゼーレ にとってどの様に見えただろうか。

「やっと⋯⋯やっと解放されるっす⋯⋯!」

 一連のやりとりを疲れた様子で見守っていた ハクレイ。
 その目は虚空を見つめ、普段からあった快活さは影もないほどにやつれている。

「お、おい、大丈夫か?」
「あはは⋯⋯ヘイキっす⋯⋯お兄さんが帰ってきてくれたからヘイキっす⋯⋯」
「いや、隈が凄いぞ」
「ははは⋯⋯ダイジウブっすよ? 自分たち魔物は睡眠はイラナイんっすよ?」
「そ、そうか⋯⋯」
「ダイジョウブ⋯⋯ダイジョウブっす⋯⋯もうダイジョウブ⋯⋯」

 ブツブツと念仏の様に唱えられる「大丈夫」という言葉。
 これほどまでに大丈夫に見えない大丈夫は今まで見たことない、そう レイジ は思った。

「⋯⋯それより⋯⋯ますたー⋯⋯みて」

 そう言っていつの間にか レイジ の隣にいた ミサキ はある一点、『墓場』の出口を指差した。
 レイジが示された場所に目を向けると彼女がいた。

「お兄様ぁっ!」

 数ヶ月。長い間眠りについていたせいか、ゆっくりとした足取りで歩く彼女。黒いワンピースを揺らしながらの向かってくる黒髪の少女——エイナ は レイジ の胸に飛び込んだ。

「たあ!」
「うお!?」
「お兄様ぁっ!」

 元々抱かれていた テトラ は瞬時に レイジ の背中に回り首に手を回しぶら下がった。その衝撃と エイナ が突っ込んできた衝撃で レイジ は声を漏らす。
 念願の再会。レイジは優しくエイナを包み込むと——、

「お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様⋯⋯」

 テトラ よりも激しく、強く、そして狂気的に エイナ は レイジ を呼びながら顔を埋めた。
 なんか違うなぁ、と思いながらもレイジ は引き攣る顔を見せないように エイナ の長い黒髪を撫でた。

「申し訳ありませんっ! わたしが負けたばっかりにお兄様にご迷惑をっ!」
「いいんだ⋯⋯別に」
「ずっと、ずっとお兄様は頑張っていてくださったのに私は何もできず⋯⋯!」
「気にするな」
「ずっと、ずっと見ているしかできませんでした」

 戦いである以上、勝ち負けがありその不安は拭えない。
 レイジはエイナの後悔や恐怖を少しでも取りたいと思って慰めるが、なにやら雲行きが怪しくなってきた。

「⋯⋯ん?」
「お兄様が新しい子を連れてきた時も、ミサキ と訓練していた時も ゼーレお姉様 と一緒に作戦を考えていた時も!」
「そうか⋯⋯見ていてくれた⋯⋯見ていた?」

 寝ていたと思っていたはずのエイナに実は意識があったという事実が発覚する。
 そして、その事実がどれほど恐ろしいのかをこの場の全員が痛感することになる。

「パンドラ に服を持ってかれたと言ってため息をついていた時も」
「え、エイナ様!?」
「ハクレイ にお風呂を覗かれて居ることにお気づきになられ、隠すようにしていた時も」
「⋯⋯ふぇ?」
「ミサキ に血液を抜き取られ残った傷跡を治し気づかないふりをされていた時も」
「——!!??」

 そうして彼女エイナはニッコリと笑顔を レイジ に向けた。

「全部、全部、ずっと、ずうぅっと見ておりましたよ」

 決して温まらない冷たいその笑顔は レイジ に何を語っているのだろうか。

 熱愛、悲愛、狂愛、純愛、執愛。
 愛とは一方通行で不可逆的。
 愛とは凡庸的で独占的。
 愛とは——

 レイジ は嬉しかったはずの再開が純粋に喜べなくなりつつあるが、 エイナ の頭を撫で有耶無耶にすることにした。
 その時、腕に何かが刺さった様な鋭い痛みを感じたのが、気にしないことにした。
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