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4章〜崩れて壊れても私はあなたの事を——〜

72話「崩壊の足音1」

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 ー異世界某所ー

 冒険者ギルドの最上階。
 派手さはないが作りがしっかりとしたシンプルな部屋。そこでは一人の大男が山積みになっている紙の束を恨めしそうに眺めていた。

「⋯⋯ふぅ。終わったか」
「お疲れ様です。読み終えましたか?」

 最後の一束を読み終え、深いため息を吐く。すると近くで待っていた女性が声をかけてきた。

「ああ、一通りはな」
「そうですか。それでは如何だったでしょうか?『ザイト』の被害と現在の調査結果は?」
「そうだな⋯⋯」

 そう言って大男は考え込んだ。
 大男が読んだ資料は半年前に『ザイト』と呼ばれる村で起きた『突発的魔物発生現象スタンピート』についてだった。

 調査員として派遣された者が到着した時には多くの魔物の死体と共に村民は全員無残な姿に変わり果てていた。建物は全て全壊、更には火の手が広がっており周辺の森林にまで被害が及んでいた。
 結果、数多くの人手を送る事となったが未だに後始末が終わることはなく復興の目処も立っていない。

も送り込んでんだろ?」
「ええ。ですが、村及び周辺の地面に亀裂まで入っていますからそう早くは進まないのですよ」
「かー! 面倒くせぇ!ここまで酷いと村一つで済んだことで喜んでいいのやら、悪いのやら」
「村民や村出身の方々には悪いですが、私個人は村一つで済んで良かったと考えますよ」
「だろうな。こんなのが更に増えてたら、あと何年世界が滞っていただろうな⋯⋯」

 何度目か分からないため息。大男は「それはそうとして⋯⋯」と山積みの資料から一つの紙束を抜き出した。

「この死亡人数だが、住民票で提出されている数と合っていない⋯⋯これどういう事だ?」
「どうやら、本当にキチンと読んでいたみたいで安心しました」

 馬鹿にしたように応える女性。大男はそんな態度を意に返すことなく追求する。

「で、どういう事だ?」
「それは調査資料を書いた後に発覚した事実です。今も調べていますが芳しい報告はありません。ただ、死亡した村民の中に『植人族』が一名いました」
「『植人族』? 人型の魔物じゃないのか?」
「いいえ、体内を調べた結果、魔石が無かったため間違いなく『植人族』の方だったのでしょう」

 女性の判断材料を聞いた大男は納得した。
 この世界に存在する亜人に分類される種族はその見た目は人型の魔物に近いことが多い。明確な基準がなかった頃は会話できるかであった。現在は線引きがされており、魔石の有無で判断されている。
 しかし、この基準を知らない地域では亜人は魔物と見られる傾向が強い。そのため、亜人は証明書を発行してくれる都心部や亜人のみで構成する集落で生きることが多い。

「何でそんな所にいたんだ? コッチの方が住みやすいだろうに」
「それは人それぞれなのでは?まあ、否定はしませんが」
「それで、そいつの身元はわかったのか?」
「いいえ。わかっているのはと言うぐらいです」
「まぁ、何か事情があったんだろう。運がなかったなぁ」

 年齢から捨てられた、迷い込んだなどの理由を思い浮かべた。どんな理由にしても死んだことは事実であり、大男は少女に同情した。
 そして、そんな大男に女性は同情する眼差しで一束の資料を渡す。

「⋯⋯え?まだ何かあったの?」
「『ザイト』の資料を渡したのは昨日です。こちらは今日の物です」
「うそぉ⋯⋯」

 椅子からズリ落ちそうになる大男。悪態をつきながらも、ここで一つ増えても変わらない⋯⋯むしろ、明日の仕事が増えるだけだと思い資料に目を通していくが——途中のページで目が止まった。

「マジか⋯⋯ついに補足したか」

 そこに書かれているのは勇者が後半年以内で戻ってくる事だった。
 勢いよく顔を上げれば女性が涼しい表情でそこにいる。

「それで、如何致します?」
「⋯⋯人を集めろ」
「はい?」
「勇者が帰還と同時に例のダンジョンに総攻撃をかける」
「.本気ですか?」
「本気だ。勇者がいれば潰せるとは思うが念には念を入れる。ダンジョンにいる職員は六ヶ月後以内に全員喚び戻せ」
「わかりました。人員の方はどの様に?」
「A級以上の冒険者、更に勇者の足を引っ張らない様なやつを何人かだな」

 新出のダンジョンに対してそれはあまりに過剰戦力ではないか、と思う女性に大男は続ける。

「悪いがここで仮にでも勇者が倒されれば最悪だ。もう俺たちに打つ手がなくなる。現状、勇者ですらかなりの時間をかけても踏破できていないダンジョンもあるくらいだしな」
「⋯⋯わかりました。ではその様に」

 そう言って女性は部屋を退出した。残った大男は一人冷たい物を感じながら呟いた。

「⋯⋯嫌な予感がするな」

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 ー涼宮 零・立花 香・八雲 響ー

 簡素な部屋。
 部屋の中にあるのはテーブルが一つと椅子が三つ。それ以外に特出するものは一切ない部屋で 涼宮 零、立花 香、八雲 響 の三人は向かい合って座って居た。

「では、次の行動を説明するわ」

 そう言って零は一枚の紙を広げた。そこにはこの世界の地形が細かく描かれていた。そして、現在の位置を示すように赤い丸が、次の目的地を指すように赤いバツが既に書き込まれている。
 どうやって手に入れたのか、と感心する香と響を横に零は続ける。

「次は 神ノ蔵 レイジ のいるダンジョンに行くわ」
「ま、待った!」

 零の意思に賛同している香は特になにも言わないが、未だにしこりがある響は手を挙げる。零も「どうかしたかしら?」と響の発言を許可する。

「お、俺は 涼宮さんの言った真実が納得できない」

 もしかしたら反感の意思で殺されるのではないか、と怯えながらも意見を通す響。アドバイザーであり、よき仲魔であったレオを殺されたあの日に語られたもう一つの真実について響は納得できていなかった。

「それは当然ね。根拠を言っていないもの」
「な、なら⋯⋯」
「言う必要はないし、言っても時間の無駄。有るべき真実を伝える、これだけで十分」
「だ、だけど⋯⋯」

 零 の一切の隙も与えない言葉に尚も食い下がる 響。
 そんな 響 の手を隣に座って居た 香 が両手で包んだ。

「響君、落ち着いて?」
「か、香⋯⋯」
「あんまり邪魔すると——コロシチャウヨ?」
「——ッ!?」

 響 は 香 の目に自分は自分で写って居ない様に感じた——否、感じさせられた。
 まるで邪魔者。その寸前に自分はいるのではないかと思えてならない。

「ウソウソ、冗談だよぉ」
「⋯⋯」

 怯える 響 をどう思ったのか先程までの眼差しを一変させ 香 は可愛らしい仕草で虚取って見せた。

「⋯⋯」

 なおも黙ったままの 響。思い出すのはダンジョンマスターとして選ばれたあの日。
 香 に絶望を叩きつけたあの声の主。あの日さえなければ、ダンジョンマスターにさえならなければ 香 はこんな豹変を遂げなかったのではないか?そう思えば思うほど、彼女をどうやったら救えるのかを考えてしまう。

 そして、それと同時に思い浮かべるのは何もできずに殺されてしまった レオ の存在。無力感に押し潰されそうになる少年は最後の抵抗とばかりに目の前にいる少女、零 を睨みつける。

「⋯⋯話を進めるわよ」
「はーい」
「神ノ蔵 レイジ のダンジョンに侵攻するのは今から六ヶ月後。そこで——」

 零 は一度息を吸うといつもと変わらない無表情で、無機質で、無感情な声で続けた。

「アドバイザーの魔物を殺す」

 その冷たく重い声色が簡素な部屋を通り過ぎていった。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 ー???ー

 光源一つない部屋で男は椅子に座りジッと虚空を見ていた。

「⋯⋯」

 そんな静かな部屋にノックする音が響いた。

「開いてるぞ」
「失礼するわ」

 そう言って入って来たのは紙束を持った女性だった。ギルドの最上階で大男と対話した女性だ。男は顔馴染みのように挨拶を交わす。

「よぉ、アンタか」
「よくこんな場所で過ごせますね⋯⋯マーダ」

 体がゾワゾワする。
 どんなに暗くとも月明かりや照明などの、光源があふれた世界で生きる住人には、一寸先すら見えない暗黒は居心地が悪い。
 そんな異常な空間に居続けられる男——マーダは間違いなく狂っている。

「暗い場所が好きだからな」
「そうですか」

 辟易するように答える女性。要件が終われば今すぐにでも帰りてたい、という気持ちがありありとわかる。

「で、ここに来たってことは?」
「勇者の到着予想がついたわ」
「へぇ、そりゃあ何時になったんだ?」
「六ヶ月後。今は有力者を集めているの」
「成る程、勇者の期間と同時に総攻撃をかけるか。上も本気ってことか」

 マーダの獰猛な表情は見えない。しかし、爛々とした瞳で獲物を狙っているのが言葉の端々から感じられる。嬉々とした声色には一体どれほどの想いが込められているのだろうか。

「その様ね⋯⋯何故——」
「勇者を殺すのか、か?」

 マーダの目的を知っている女性は何度目かわからない疑問をぶつけた。
 勇者の死はこの世界にとって際限のない損失を生み出す。それはこの世界に住む人々なら誰もが知っている常識だ。しかし、目の前の男は勇者との共闘ではなく、勇者の殺害をしようとしているのだ。
 そして、また女性は聞く。何度目かわからない「どうして?」を。

「簡単な話だ。俺にとって必要な事だからだ」
「⋯⋯その理由は?」
「言えないね。言っても伝わらないし時間の無駄だ」
「そう⋯⋯」

 相変わらずの答え。自分は知りたがるのに、何も教えてくれない。
 沈黙が場を支配した。一秒か、一分か、ただ静かな時間が過ぎ去っていった。

「さて、これ以上ないみたいだし俺は行くわ」
「⋯⋯」
「アンタには感謝してる。色々と手を回してくれてありがとな」
「⋯⋯」
「じゃあな」
「まっ——」

 マーダ が別れに言葉を告げた次の瞬間には女性の前からその声を消していた。
 女性はその場に崩れ落ちると、両手で顔を覆った。何もできなかった、彼を止めることも。空を切る嗚咽だけが女性とともにそこにあった。
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