上 下
68 / 106
3章〜生まれ落ちたシンイ〜

68話「平穏は脅威から生まれ恐怖にて消える4」

しおりを挟む
 屋敷に踏み入れると目に入るのは黒い汚れや埃が目立つ赤いカーペット。腐敗し場所によっては陥没している木造の床や壁、階段。
 階段の近くには石で作られた像があるが、今は壊され何の像かは分からない。

「これは⋯⋯作り物のお化け屋敷って言うより本当にあった屋敷か?」

 レイジ は周囲を見渡しながら足を進める。
 豪邸に住んだ経験があるわけでも、建築の知識があるわけでもないが、住みやすそうに感じる。
 レイジ の歩みに同調するように ゼーレ と パンドラ もゆっくりと歩き出す。
 そして——

「「「ッ!」」」

 ——ギーッと不協和音を奏ながらドアが閉まり始めた。

「間に合——」

 真っ先に動いたのは パンドラ だった。
 急いでドアの元に駆け寄るが一歩届かずドアはその口を閉じた。

「闇よ!」

 パンドラ は闇の剣を作りドアに斬りかかるも甲高い金属音と共に跳ね返され一切の傷跡をつけることはできない。見た目は木造で腐りかけているが、その強度は鋼鉄をも超えているかのようだ。

「やっぱりか」
「あ、貴方様、分かっていたのですか?」
「俺たちの世界じゃあこれは定番だからな。入ったらドアが閉じで出られなくなるって言うのが」
「ほうほう!じゃあ、これがお化け屋敷なんだね!」

 パンドラ の動揺に レイジ は落ち着かせるように説明をした。
 レイジ の説明を聞いてか、落ち着きを見てか パンドラ は先ほどまでの焦りを鎮めた。

「そ、それでしたら早く言ってくださっても良かったのに⋯⋯」
「悪い、本当に起きるか半信半疑だったからな」
「⋯⋯わかりました」

 振り返り屋敷を見渡すと先程までとは変わり大きな光源となっていたドアが閉じたため、周囲を照らすのは点々と天井付近に置かれボンヤリと照らす蝋燭だけとなった。

「じゃあ、進む⋯⋯って ミサキ と ハクレイ はどこ行った?」
「そ、そう言えば居ませんね」
「さっき走ってどっか行っちゃったよ」

 周囲を見渡す レイジ に ゼーレ が答えた。

「マジかよ⋯⋯」
「ミサキちゃん居るから大丈夫じゃない?」
「それもそうか」
「ところででお兄ちゃん、この階層に階層主いるの?」
「居る⋯⋯みたいだな」

 そう言って レイジ は半透明に画面を開いた。
 そこには現在の位置、階層の構造と階層主の名前が載っているが、残念なのは階層主がどこにいるかは教えてくれないことだ。

「階層主の名前は『テトラ』で、この屋敷の何処かにいるっぽいな」
「テトラちゃんかー、お話しできるといいなー」
「呑気なこと言ってるがお前は何でここにいるんだ? いつもだったら最下層で待ってるだろ?」
「えぇー、最下層で待っててもつまんないじゃん。それに、お兄ちゃん達も強くなったし ゼーレ が行っても守ってくれるでしょ?」

 ゼーレ は軽い口調で上目遣いに レイジ を覗き込んだ。
 その目には何かしらの期待の光が爛々と宿っている。おそらく、ただ待ってるのは暇でアトラクション感覚できているのだろうとレイジは当たりをつけた。

「はぁ、分かったよ」
「やたー! じゃあお兄ちゃん ゼーレを守ってね?」
「パンドラ 頼んだ」
「承知しましたわ」
「えぇ!? ゼーレ はお兄ちゃんに守って欲しいな!」
「ハクレイ が見つかったら ハクレイ に守らせよう。アイツの方が適任だからな」
「違うよ!? ハクレイちゃんじゃなくてお兄ちゃんだよ! ゼーレ を守るのに適任なのはいつだってお兄ちゃんだよ!」
「あー、はいはい、機会があったらな」
「言ったからね! 言質とったからね!」
「覚えてたらな」

 そう言って レイジ は軽くあしらい暗く見えにくいため慎重に足を進めた。

 そして、その背後では——

「ゼーレ様、その機械は何でしょうか?」
「あ、コレ? これは音を録音する機械だよ」
「音? それが何の役に立つのですか?」
「ふふふー、秘密。乙女には秘密がいっぱいあるのだよ」

 ——小型の録音機を片手にゼーレ と パンドラ が小さな声で会話が繰り広げられていた。

 ゼーレ は人差し指を口元に添え悪戯っぽく質問に返答すると パンドラ に見つかった機械を丁重にポケットにしまい レイジ の後を追いかけた。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

「なぁーんも居ないっすね」
「⋯⋯ん」

 屋敷の二階。
 ハクレイ と ミサキ は レイジ達を置き去りに既に二階への階段を駆け上がっていた。

 一階同様に腐敗の進んだ壁や床。点々と存在する唯一の光源の蝋燭。そして、一階とは違い廊下を挟んだ左右には幾つもの扉。

「とりあえずどうするっすか?」
「たんさくの⋯⋯ていばん⋯⋯へや⋯⋯かくにん」
「さすが ミサキ先輩、分かってるっすね」
「⋯⋯ん」

 戦慄したと言わんばかりに声のトーンを下げながら賞賛の言葉を送る ハクレイ。
 その盛り上げに気を良くしたのか ミサキ もどこか誇らしそうな表情を浮かべている。

「じゃあ⋯⋯行くっすよ」
「ん⋯⋯」

 恐る恐る ハクレイ は一番近くの扉に手をかけた。
 ノブ式の扉はガチャリと小気味の良い音をたてながらゆっくりと動いた。

「こ、これは⋯⋯!」

 ハクレイ の視界の先にあったのは古ぼけた寝室だった。
 埃被った寝具やタンスなどの生活品。天井の角には蜘蛛の巣が張り巡らされその古めかしさを一層際立たせている。
 そして、カラス製の窓は無惨にも割れ外から差し込む月光が部屋の中を照らしていた。

「む⋯⋯」
「ザ、寝室っすね。何かめぼしいものはあるっすかね」
「⋯⋯ない」
「早いっす! まだ何も探してないっすよ!?」
「もう⋯⋯みてきた⋯⋯」

 ミサキ はその体を僅かにながらそう言った。

 ミサキの持つ技能スキル『神速』は歩数に応じて体力、魔力を消費し高速移動を可能にする。しかし、宙を浮くためその代償を払うことなく悪用している。

「さ、流石っすね」
「ん⋯⋯つぎ⋯⋯」
「りょ、了解っす」

 僅かに目を離した好きに全てを調べ終わる移動速度と慣れたような手捌きにハクレイ はまたしても⋯⋯むしろ今度は演技なしで戦慄したようだ。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

「一階は何もなしか⋯⋯」

 一階を一通り見て回った レイジ が呟いた。
 厨房、大広間、倉庫等を見たがどれも埃が被った状態だった。

 その中で一番ひどかったのは厨房の倉庫。
 中のモノは腐り、特有の匂いが充満していた。その腐乱臭はレイジ 達の探索を途中で切り上げるほどだった。

「アレ、何の匂いだろうな⋯⋯」
「厨房の倉庫のこと?」
「そう」
「肉の腐った匂い⋯⋯に似てた気がしますわ」
「そうなのか?っていうか何でわかるんだ?」
「魔界では度々出会いますので」
「そ、そうか⋯⋯」

 匂いの正体に気づいた パンドラ が思い返すように答えるも、その裏にある何とも言えない事情にレイジ は次の言葉が出なかった。

「じゃー、二階に登ろっか」

 レイジ の心情を知ってか知らずか ゼーレ はそう言い、二階への階段を登り、レイジ と パンドラ も続いた。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 二階に着けば左右に扉がいくつも並んでいた。
 ただし、その扉は不思議なことに全て開かれていた。

「あー、これは ハクレイ 達の仕業か?」
「そうじゃないかな?」
「では、この階は探しても何もないのではないでしょうか?」
「そうかもな。だが、一応一通りは見ておくか。もしかしたら見落としがあるかもしれないし」
「分かりました」
「はーい」

 何も起きないし、何も現れない。先駆者がいるため、一層緩み切ったレイジ が手前の部屋に入ろうとした時——


「ひゃああああああああああぁぁ!!」


 ——上の階で ハクレイ の悲鳴が響き渡った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...