上 下
55 / 106
2章〜光は明日を照らし、鬼は大地を踏みしめ、影は過去を喰らう〜

55話「湧き立つ希望、溢れる光、その後に3」

しおりを挟む
 各所の戦闘が激化する中レイジは妖刀を地面に刺した状態で全体を俯瞰していた。

(⋯⋯なあ、旦那)
(どうした?)
(ワイらはいつまでこの状態なんや?)
(戦いが終わるか、戦況が向こうに傾くまでだな)

 両端を見れば エイナ が影に飲み込まれ何処へやら。パンドラは光り輝くラルカと剣を交えている。

 正面を見れば レイス が速度で優位に立ち徐々にロートを追い込んでいる。ハクレイは雰囲気の変化したブラウにビビっているもなんとか足止めしている。

(⋯⋯わかるんよ、わかるんやけど⋯⋯暇や)
(仕方ないだろ。『暴食』を複数に対応させる間は動けないんだから)
(せやけどな⋯⋯)

 妖刀は初戦があまりに地味すぎたせいか拗ねていた。しかし、この地味な役回りこそ重要でありレイジ が仕掛けた罠だった。

 隠された罠の正体は、円形広場の壁や地中に伸びている妖刀の刃にあった。
 そして、レイジ はそこを起点に踏んだ者から魔力を奪う、という形で『暴食』を発動させている。

 勿論、どこに妖刀が仕込まれているかは全員が大体把握している。

 各々の立ち位置を見ルナらば ハクレイ が作った鎖の球体を上から見ればちょうど何本かの接線を妖刀が作っている。他には、パンドラ はなるべくその地点を踏まないように立ち回り、エイナ はマーダ を誘導するように魔法を打っていた。

(でも、ホンマに吸えてるんか?)
(いや、あくまで俺のは模倣コピーだ。本物オリジナルの 餓鬼 の様に多くは吸えないし、他にも欠点がある)
(そんならやっても変わらんちゃう?)
(いや、そうでもないぞ。案外こういう気づきにくいのは後々厄介になってくるんだよ)
(そうなんか?)

 妖刀は納得のいかない様子であったが改めて戦況を眺め始めた。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 光と闇が交差する戦場で一つの変化が訪れていた。

(おかしい⋯⋯)

 ラルカ の頭の中で一つの疑問が浮かび上がっていた。

(体が重い⋯⋯こんなに早く疲れるものか?)

 ラルカの横からの斬撃を パンドラ は隙間の入り込みながら細剣でズラす。そして、パンドラ の細剣が突けば ラルカ は体を捻り避けていた。

 剣士としての能力はほとんど互角。しかし、ラルカは額には汗が滲み、徐々に倦怠感が露わになっていく。

「おや? どうか致しましたか? 随分お疲れの様子ですが」
「う、うるさい!」

 パンドラ の動きに極端な変化は見られない。当然、戦闘が始まって長くはないため汗も見えない。

(私だけ? 何故コイツは平然としている?!)

「闘いの中、余計な思考は厳禁ですよ?」
「ぐっ!」

 問題を解決しようとすれば パンドラ は狙ったように細かく攻めてくる。そのため、ラルカ はこの問題に対処しきれずにいた。

 次第に両者に傷が出来ていった。
 パンドラ にはいくつもの切り傷がある。しかし、それらは全て浅い。

 一方、ラルカ には傷は無い。傷を負えばすぐに光魔法で治されていた。しかし、鎧には幾つもの貫通した跡があった。

「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
「どうやら、ここまでのようですね」
「クソっ⋯⋯魔力が⋯⋯!」

 ラルカ が纏う光が徐々に輝きを失っていった。
 それの同調するように ラルカ の息も上がっていく。

「では、サヨウナラ。貴方との戦い危ないものでしたよ」
「⋯⋯ゆ、勇者!」

 パンドラのトドメの一撃が寸前で止まる。

「?」
「お前は⋯⋯私が勇者か? と言ったな?」

 ラルカの息遣いはさらに荒くなる。
 明らかな時間稼ぎにしか見えないが、細工を知らない以上得られる情報が多いに越したことはないとパンドラは考えた。

「⋯⋯貴方はそれを否定したはずですが?」
「ああ。なんせ、私は勇者ではない」
「言いたいことがわかりませんね。お戯れでしたら終わりにしますが?」
「ははっ、久々に私を勇者と勘違いする奴がいたから答えているだけだ」
「⋯⋯どういう意味ですか?」
「私は勇者ではないーーだが!」

 突如、ラルカ の身に纏っていた神聖さを感じさせるような輝かしい光が消失した。そして、新たなーー別の輝き光が ラルカ を包み込む。

「ーーッ!?」

 バチバチ、と小さな破裂音が耳をつんざく。ラルカの瞳と同じ碧色の不規則な線が浮かび、消える。薄めの長い金髪は重力に逆らうように天を突き刺し立ち上がる。

 先ほどまでとは違う。圧倒的に何かが違うとパンドラの本能は警鐘を鳴らす。

「私の本当の魔法属性は雷。そして、私はーー勇者の血を引くものだァッ!」

 肌を焼かれたかと錯覚するほどの強烈な雄叫び。
 余計な手心を加えたばかりか、眠れる獅子を起こしてしまったという最悪の状態を作り出してしまったことにパンドラは気づく。急いでトドメを刺そうとするがーー

「ーーぐっ」

 ーーラルカの剣が先にパンドラの細剣を持たない左腕を切り落としていた。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

「ぐうぅ」
「⋯⋯」

 レイス と ロート の闘いは レイス の優勢であった。

 ただでさえ『神速』に追いつけていない所をククリナイフの形状を巧みに使った不規則に変化する攻撃に ロート は防ぎきれる筈がなかった。腕や脚、顔にまで幾筋の切られた跡がある。急所や足への深傷は抑えているが、引き換えに棍棒を持つ手からは出血が止まらなかった。

「ううぅ⋯⋯早く来てよお姉ちゃーーぇ?」

 攻撃の最中 ロート にはある光景が映った。それは、姉の ブラウ の『鬼化』だった。

「うそ? なんでお姉ちゃんがーーうぐっ!」

 その余所見を見逃すことなく レイス は回転を加えた強い一撃を加えた。強打はロートを地面に叩きつけ、小規模なクレータを作った。
 強烈な一撃に「ガハッ!」と肺の中の空気が強制的に吐き出さされる。苦しい。反射的に起こる咳き込みによりその苦しさは何倍にもなる。

「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」

 視界の片隅に死神のような化け物が降り立つ。急いで立ち上がらなくては、と思い立ち上がろうとするも体がうまく動かない。無理矢理に動かそうとするがグラリと不快な浮遊感に襲われ、棍棒を支えにしてようやくだった。

 尚も続く不快感。血を流しすぎたせいだろう、徐々に意識も曖昧になる。
 だが、曖昧になる意識の中でも姉の存在はしっかりと感じられた。強く、エネルギーに満ちた姉の存在を。

「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯なーんだ。お姉ちゃん⋯⋯使っちゃうのか」

 ロートの中の何かが吹っ切れた。頑張って、頑張って、頑張って押さえつけていた悍ましい何かが目を覚ます。

「お姉ちゃんが使うならーーいいよね?」

 まるで赦しを乞う敬虔な信者のような佇まいで免罪符を掲げた。
 過去に大罪は犯した。必死に償いをした。しかし、それでも必要な時には罪を犯すことは仕方ないよね、と。

「⋯⋯おわ、り」

 立ち上がった ロート を見た レイス はトドメを刺そうと急接近した。そして、必殺の刃を ロート の首元を狙い振り下ろした。だがーー

「ーーアヒャ」

 ーーその刃は一瞬のうちに出現した ロート の金棒によって遮られた。

「アヒャ⋯⋯アヒャヒャ? アヒャヒャヒャヒャ!」

 突如 ロート の口溢れ出す狂気の鳴き声。それと同時に侵攻する ロート の肌の変色。

 徐々にその肌の色は赤色に変わり、全身がモコモコと隆起し始め落ちつく頃には全身が一回り大きくなっていた。眼球はギョロギョロと異常に動き、まるで狩るべき獲物を探しているかのようだ。そして、レイスに焦点が合うとーー

「アヒャヒャヒャヒャヒャ⋯⋯ウヒャーッ!」

 ーー狂気の掛け声とともに金棒を力任せに振り切る。

「ーーッ!」

 ククリナイフを交差し防御しようとするがそれより早く金棒がレイスの肋骨を叩き折る。金棒の威力はそれで済まず、衝撃で今度はレイスが壁に叩きつけられクレーターを作る。

「アヒャヒャヒャヒャッ!」

 その叫びは勝利への確信か。はたまた、蘇ったことへの歓喜か。
 広場には 一人の少女の笑い声が響き渡った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...