編在する世界より

静電気妖怪

文字の大きさ
上 下
14 / 15
神国『勇者誕生祭』

敬虔なる信者達へ

しおりを挟む
 神殿に入ると中は想像通り、と言うべきか簡素でありながら尊大な雰囲気を感じる。

 装飾の少ない石膏の柱、シミひとつない赤い絨毯、多くの人が座れるように長椅子が並べられおり、それらが向かう先には一つの大きな女神像がこちらを見下ろしている。

今は時間が悪いのか、時期なのか中には数人のシスターと神官しかいなかった。そして、


「ようこそ。どうなさい——ゴホン、ようこそいらっしゃいました。本日はどう言ったご用件でしょうか?」


 白を基調とした袖の長い服と丈の長い帽子。どちらも不思議な模様が刺繍されており、首には銅色の印を下げたいかにも神官の見える初老の男性が話しかけてきた。

 そして、初老の神官はギルディアの首から下げられている銀色の証を見ると豹変したように丁寧な物腰で尋ねた。

 ハクは「露骨に態度を変えたな」と喉まで上がってきた言葉をなんとか飲み込んだ。というのも——、


「⋯⋯あの、私の顔に何かついていますか?」
「いえ、可愛らしいお嬢さんだと思ってね」


 神官はハクをじっと見つめていたので言い出せなかったのだ。
 銀色が相当に珍しいので、その連れというだけ一見する価値はあると思うのだが、神官の視線はそう言った好奇な眼差しというよりは何か物色するようなものだった。
 しかし、ハクに不快な気分にさせたことに気づくと直ぐに視線を外し、ギルディアに移した。


「失礼しました銀色様。それで、本日は祈りでしょうか? それもと別の用事がございましたか?」
「祈りを捧げにきた。それと、終わったらアンタに聞きたいことがある」
「私にですか? わかりました、私の様な者でも役に立てるなら幸いでございます。では、私達は席を外しますので祈りが終わりましたらあちらの扉の先へ進んでください」


 神官は扉を一つ指差した。
 先ほどまで掃除をしていたシスター達がなだれ込むように入っていく扉の先はおそらく職員の休憩室か何かに繋がっているのだろう。


「では、神の思し召しがございますように」


 その言葉を最後に神官がこの場を去った。先ほどまで少ないが人がいた空間はシン、と静まり返り賑やかだった外と比較すると断絶された様な世界観を作り出している。


「さっさと済ませるか」


 そう言ってギルディアは女神像の前に向かうと、流麗な流れで片膝を突き、手を合わせ祈った。
 まるで時間に忘れられたかのように、ピタリとも動かない姿は神から信託を授かる勇者のように一枚の絵になっていた。

 そのあまりの様になった姿に「はへー⋯⋯」と見惚れてしまったハク。
 しかし、ハッと気を取り戻すと急いでギルディアの隣に真似するように片膝をついた——横目でしっかりとギルディアを眺めながら。


「⋯⋯」
「⋯⋯」


 1秒か、1分か、1時間か、静かに祈ることは退屈そのものなのだが、横目で見える神秘的な光景を見ていると退屈な時間すらも忘れてしまう。
 しかし、そんな時間もギルディアが目を開けることで終わりを迎えた。


「よし、戻るぞ」
「え、もう行くんですか?」
「これだけすれば十分だ。それに俺はこの神に感謝はしているが、信仰はしていないからな」


 そう言うとギルディアは踵を返し、足速に祈りの間から出ていってしまった。
 ポツン、と取り残されたハクはギルディアの最後の言葉に違和感を覚えていた。そして、先ほどまで祈っていた女神の像に振り返ると——


「感謝はしてるって、まるで会ったことがあるような言い方ですけど⋯⋯自称神様なんですし、そう言うことなんですかね」


 ——威厳に溢れていた顔立ちが、少しだけ寂しそうな表情をしているように見えた。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「やっと戻ってきたか」


 祈りの間から出て最初に言われたのがこの一言だった。
 扉を開いた先には幅は狭いが分れ道が多い廊下と壁に背中を預けているギルディアの姿があった。

 歩幅の小さいハクにとってだだっ広いあの部屋を横断するのは、思った以上に時間がかかっていたようだ。それとは別に、ギルディアのことを考えていたこともあるだろうが。


「ちゃんと待っててくれたんですね」
「⋯⋯さっさと神官に話を聞きに行くぞ」
「は~い」


 神国に入る前もそうであったが、ギルディアのぶっきらぼうだけど優しい態度にハクの頬が綻ぶ。
 一方のギルディアは仕返しのつもりか、普段より若干歩く速度を速めていた。


「神官さんには勇者のことを聞くんですか?」
「そうだ」


 ハクは若干小走りのペースで歩くが中々距離が縮まらず、側から見れば間抜けなやり取りに見える。


「神官さんは答えてくれるんですかね?」
「いや、おそらく『わからない』と返してくるだろうな」
「え? それでいいんですか?」
「当然、知っているに越したことはないが、あの神官が持っていた印は銅だ。勇者の様な機密事項を末端の神官が知っているとは思えんな」


 言われてみれば確かに、と言った具合にハクは納得する。そして、ギルディアはさらに続けた。


「逆に末端にまで情報が入っていない時点で疑ってもいい話だ。それに、『祭り』と言うのも気になる」
「そう言えば来る時に門番の方が言ってましたね。好戦的な人達も別の入り口から入っていましたし、一体どんな祭りなんでしょうね」


 女神の感謝祭か何かかと思っていたハクとしては、平和で賑やかな感じにそんな血気盛んな人々を招くイメージも理由も思いつかなかった。その人達は祭りには関係なく、戦争に行く徴兵の人達というのも捨てられない線であるのは間違いないが。


「何にせよ一度は話を聞いてみて損はない」
「ですね」


 そう言って、ギルディアは初老の神官がいるだろう部屋のドアをノックした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒き魔女の世界線旅行

天羽 尤
ファンタジー
少女と執事の男が交通事故に遭い、意識不明に。 しかし、この交通事故には裏があって… 現代世界に戻れなくなってしまった二人がパラレルワールドを渡り、現代世界へ戻るために右往左往する物語。 BLNLもあります。 主人公はポンコツ系チート少女ですが、性格に難ありです。 登場人物は随時更新しますのでネタバレ注意です。 ただいま第1章執筆中。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ミネルヴァ大陸戦記

一条 千種
ファンタジー
遠き異世界、ミネルヴァ大陸の歴史に忽然と現れた偉大なる術者の一族。 その力は自然の摂理をも凌駕するほどに強力で、世界の安定と均衡を保つため、決して邪心を持つ人間に授けてはならないものとされていた。 しかし、術者の心の素直さにつけこんだ一人の野心家の手で、その能力は拡散してしまう。 世界は術者の力を恐れ、次第に彼らは自らの異能を隠し、術者の存在はおとぎ話として語られるのみとなった。 時代は移り、大陸西南に位置するロンバルディア教国。 美しき王女・エスメラルダが戴冠を迎えようとする日に、術者の末裔は再び世界に現れる。 ほぼ同時期、別の国では邪悪な術者が大国の支配権を手に入れようとしていた。 術者の再臨とともに大きく波乱へと動き出す世界の歴史を、主要な人物にスポットを当て群像劇として描いていく。 ※作中に一部差別用語を用いていますが、あくまで文学的意図での使用であり、当事者を差別する意図は一切ありません ※作中の舞台は、科学的には史実世界と同等の進行速度ですが、文化的あるいは政治思想的には架空の設定を用いています。そのため近代民主主義国家と封建制国家が同じ科学レベルで共存している等の設定があります ※表現は控えめを意識していますが、一部残酷描写や性的描写があります

魔法の日

myuu
ファンタジー
ある日世界に劇震が走った! 世界全体が揺れる程の大きな揺れが! そして、世界は激動の時代を迎える。 「あ、君たちの世界神変わっちゃったから。よろしく〜。ちなみに私は魔法神だから。魔法のある世界になるから。」 突如聞こえたのは、どこか軽い魔法神?とやらの声だった。

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

ゴーレム使いの成り上がり

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移してしまった白久(しろく) 大成(たいせい)。 ゴーレムを作るスキルと操るスキルがある事が判明した。 元の世界の知識を使いながら、成り上がりに挑戦する。 ハーレム展開にはしません。 前半は成り上がり。 後半はものづくりの色が濃いです。 カクヨム、アルファポリスに掲載しています。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...