編在する世界より

静電気妖怪

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神国『勇者誕生祭』

怠惰と信仰の国

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「ぎ、ギルディアさぁん⋯⋯」
「今度はなんだ?」


 二人が歩き始めて数日、ハクに思いも寄らぬ事件が起きていた。


「も、もう⋯⋯歩きたくありませぇん!」


 へたり、と腰を下ろしてしまったハク。
 しかし、それも当然かもしれない。数日間ただひたすらに歩き、いつになったら着くかもわからない。さらに、ハクはまだ子供だ。大人のギルディアの速さについていくのも大変だった。


「⋯⋯なら置いてくぞ」
「それはあんまりじゃないですか?!」


 思った以上の乾いた返し驚きを隠せないハク。ここまで築いた信頼関係はなんだったのかを問いたくなる。


「まぁ、この辺でいいか。お前はここで休んでいろ」
「え? 本当に置いていくんですか?!」


 ハクの嘆願も虚しく、ギルディアは振り返ることなく草むらの中に消えていった。


「えっ⋯⋯え? ほ、本当に置いていきましたよあの人!」


 あまりに自然に立ち去っていくギルディアに驚き以外の感情が追い付いてこない。急いで立ち上がり、後を追おうとするが一度休めてしまった足に上手く力が入らない。


「裏切り者! 人でなし! こんな可愛い子を置いてくなんて最低! 鬼畜生め!」
「やかましいわ!」
「うわ?! ギルディアさん?! も、戻ってきてくれたんですね!」
「お前がうるさいからだ。俺は休んでいろ、と言っただろうが」
「いやいや、あの流れですと本当に私を置いて先に行っちゃう感じですよ」


 手をブンブンと振りながら真顔で返答するハク。
 しかし、実際に本当に置いてかれると思っていただけに、ギルディアがすぐに戻ってきてくれたのは意外だった。
 そして、この一時いっときの間にギルディアは随分と様変わりしていた。


「それはそうと⋯⋯着替えてたんですね」


 ギルディアの服装は先ほどまで着ていた立派な法服から、麻の布切れに変わっている。腰に挿してある刀はそのままなので、刀が浮いて見えてしまう。


「どうして着替えたんですか?」
「そろそろ神国に着く。行けばわかる」
「そうなんですか」


 ギルディアが無駄なことをするとは思っていないため、本当に行けばわかるのだろう。
 ハク個人としては、自身の服装が立派なものではないので、今の服装の方が同じくらいの物を着ている気がして落ち着くのは内緒であった。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「うわぁ、ここが神国ですか」


 ギルディアとハクがやって来たのは東西南北に開かれている門のうちの一つ。
 外敵の侵襲を防ぐように石造の壁そびえ立ち、神国をぐるりと囲んでいる。そして、門には不思議な模様が付けられた鎧を着る門番が複数人で入国する人々を捌いていた。


「はい次の人。押さないで、ちゃんと回りますので」
「あー、祭りの参加者ね。信者の方? え、違うの? ならアッチで確認をとってもらって」
「神殿に祈りを捧げにきた方? ならこのまま通ってください。場所はわかりますか? もし分からなかったら、誰かに聞いて連れてってもらって」


 盗賊にでもあったかのような家族、武器を手に血気盛んそうな若者、小綺麗な服に身を包んだ一組の男女。言葉通りに十人十色の背景を抱えた人々が列を成していた。
 そして、並ぶ列が進みハク達の順番が回ってきた。


「お二人は祭りの参加者? それとも神殿に祈りかい?」
「神殿に向かいたい。印は持っている」


 そう言ってギルディアは首元に下げていた『雫のような形をした銀色の石』を見せた。
 門番は「おぉ、上位信者の方でしたか」と驚きながら、期待の眼差しでハクを見るが、ハクにはその石がなにを示し、門番がなにを期待しているかが全く理解できない。


「すまない、そっちの娘はまだ祈祷をしたことがない。今日が初めてなんだ」
「ああ、そうだったんですね。銀色の方がご一緒するくらいですから相当の身分なんでしょう! ささ! お通りください!」
「ああ、すまない」


 普段のギルディアの態度からでは想像できないほどの礼儀正しさだな、と場違いにも感じながらハクも続いた。
 通り過ぎ、振り返れば先ほどの門番はギルディアの時とは別人のように粗暴な態度で次の入国者を捌いていた。
 ここまで、あからさまな態度を取られるとハクとしても気になることが出てくるのは当然だった。


「ギルディアさん、さっき銀色がどうのってどういう意味ですか?」
「この石はこの国で信仰されている神を象徴するものだ。そして、その信仰度を示すように階級があり石の材質で振り分けられている」


 ハクから質問が投げられるのがわかっていたかのように、ギルディアはスラスラと答える。
 振り分けは上から順に、金銀銅と続き石製、木製となっており、ギルディアの持っていたのは上から二番目に位置し、教会関係者以外では最高位にいると言っても過言ではない。


「へ~、そうだったんですね。ギルディアさん、そんなに偉い人だったんですね」
「いや、これはただの貰い物だ」


 もらいもんかよ、とツッコミを入れたいながらも、そんな高価なものを貰えるだけ目の前の男はすごいのではないか? と反対意見も出るのだからハクとしては反応に困るのであった⋯⋯ので、微妙な顔をして話を逸らすことにした。


「それにしても、この国って⋯⋯なんか不思議ですね」


 見渡すと整えられているが剥き出しの地面、簡素な住宅が並び、そして人々は楽しそうに暇を持て余していた。
 世間話に花を咲かせる貴婦人達、神話や宗教に熱弁を振るう哲人達、物々交換をしながら人情を見せる商人とお客達。平和で平穏で牧歌的なその姿はまるで——、


「——みなさん戦争のことなんて少しも気にしてないんですね」


 山を越えた先にある農村の伝承のように、
 海を越えた先にある国家の宗教のように、
 天を超えた先にある異界の神話のように、
 この国の人にとって今起きている覇王国との戦いは対岸の火事のようなものに見える。


「勇者がどうなっているのか、戦況がどうなっているかは彼らが知らないだけだろう」
「え、そうなんですか?」
「ああ。そして、この国の兵隊——聖騎士隊が負けるとは微塵も考えていないからだ」
「ど、どうしてですか?」


 断言するギルディアにハクが疑問を呈するのは当然だろう。
 戦いである以上、勝つ側と負ける側がある。そこまで断言するにはそれなりの理由があると思って然るべきだ。しかし——、


「この国に神がいるからだ」


 ——なんとも宗教国家らしい答えが返ってきた。


「⋯⋯それだけですか?」
「それだけだ」
「そ、そんなの無茶です!」
「何が無茶なんだ? 実際、神に守られていると思えているだけで軍の士気は上がる。士気が上がれば勢いだけでも勝つことがある」
「ぐぬぬ⋯⋯」
「この国にとっての善は怠惰と信仰だ。時間を余らせ、祈りを捧げ、運命を呪う。勤勉であることは疎まれ、信仰しないことは恥であり、運命を受け入れないことは背叛を意味する」
「だから⋯⋯」


 そう言ってハクは道ゆく人に目を向けた。
 貴婦人達も哲人達も商人とお客達も、絢爛豪華けんらんごうかな様子はなく、どこか質素だ。
 自らの役割を全うするように働くが、余裕がない様子はない。悠々自適、そんな言葉が相応しいくらいだ。


「それじゃあ、ギルディアさんが着替えたのも⋯⋯」
「そこまで飾りっ気があるとは思わないが、この国では目立つからな」


 ギルディアの話を聞いて納得するハク。
 その土地柄、雰囲気を考えて行動する姿は普段からは微塵に想像できないと若干失礼に考えるのは内緒の話だ。


「そろそろ着くぞ」
「え、あっ——」


 話しながら、周囲をキョロキョロしていたため気づかなかったが、ハクの目の前には目的地としてた場所が徐々にその全貌を見せてきていた。


「こ、ここが⋯⋯神殿ですか?」


 ハク達の目的地、そこには一つの美術品が存在していた。
 真っ白な石材をふんだんに使った柱が何本も立ち並び全体を支え、所々に花や鳥、天使などの意匠が施されている。そして、屋根にも同様に純白の石材が使用されており、毎日丁寧に磨かれているのかシミ一つ感じさせないほどだ。


「大きいですね。それに、他の建物とは全然違います」


 まるで犬小屋と一軒家ほどに差を感じさせる国民の家と神殿。
 華美な装飾があるわけではないので慎ましいと言う見方もないとは言わないが、それにしても露骨ではないかと感じる。


「それだけこの国にとっての神という存在は力を持っているということだ」


 そう言って自称神は全く臆することなく神殿の敷居を跨いだ。
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