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切望した成人と、彼とのこと

「結婚しよう」そう言った彼は

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居酒屋から帰る道中、雨がシトシトと降っており、彼は少しふらついた足取りなのを私が支えながら2人で1本の傘に入っていた。すると突然彼より「結婚しない?」とあった。

私は即答できず「何でこのタイミングで言うのよ。」と笑いながら返した。困ってしまったのだ。「仕事は?住む場所は?転職は考えているの?」と立て続けに質問した。彼は「仕事辞めてえりかの家に居候してしばらくプーさんして探そうかなぁ。」なんて呑気なことを言っていた。

それから私は“結婚”について意識し始めた。これまで交際してきた中であった色々なことが精算された訳ではない。結婚するならそれらを全て話し合い、きちんと精算する必要性があると感じた。私はとても悩んだ。


梅雨が明け夏に私は母と共にフィリピンに行った。母とは距離がとれたからかそれなりに良い関係性を保てていた。
でもそこで、ひょんな事から彼の客観的に見ると少しズレているような価値観の持ち主であることを確信したのだ。

彼はGoogle マップの経路検索の機能を使って、彼のいる長野からフィリピンまでの経路を検索したものをスクリーンショットに収め、私に送ってきた。その画面を見ていると、ちょうど彼の携帯にアプリからの通知きていたところだった。アプリの名は「Tinder」で誰かからメッセージが届いたことを知らせる通知だった。

私は何かの間違いか?とそのアプリ名を検索したが、紛れもなく所謂“出会い系アプリ”だった。
その場ですぐに私は「どうしてそのアプリを使っているのか?」と問いただしたが、彼は悪びれる様子もなく、「YouTubeの○○が紹介していたから入れてみた。」「ただメッセージのやり取りをしているだけで会ってない。」と言うのだ。論点がズレている。

彼は悪気がないからこそ自ら妹にその話をしたそうだが、妹にこっぴどく怒られたようで、後に謝罪の言葉があった。私は一度そこで許した。彼がアプリを消したという証拠画像を添付してきたものだから。誠意を感じたので許した。

しかし、この事件はそれだけでは終わらなかったのだ。
彼はアプリを削除する前にLINEでやり取りできるように既に連絡先を交換していた。そして、あろうことか「メッセージのやり取りしかしていない。」と言っていたにも関わらず、実際に女性の方と会っていたのだ。それも私より2~3歳ほど歳下の女性と。

彼は、女性を車の助手席に座らせ、食事に行ったり、映画『天気の子』を見ていた。私の知らぬ間に知らぬ女性と。「結婚しよう。」とあの日言ってきた人が。

そのことが何故発覚したのか、ここまでの私の並べてきた言葉たちを読んでくれている人であれば直ぐ分かるだろう。

発覚する前に私は彼に映画『天気の子』を観たいと話していたのだが、彼は既に観ていたようで「あれ面白かったよ。もう一度見れるくらい。」なんて話をしていたのだが…。まさか他の女性と見ていたなんて、“信用”というものがバラバラに砕け散ったように感じた。彼の車に乗った時に、助手席がいつもの位置違うなと思ったこともある。


でも私は不思議なことにそういった事が発覚しても冷静でいた。取り乱すことなく「やっぱり嘘をついていたのか。」と、ただ思っただけだった。

だから彼が帰る間際も冷静に何もない振りを通した。彼からのキスは拒んだ。彼が帰路についてから私は冷静に考え直し、彼の妹さんに電話し、全ての出来事を話し相談した。

妹さん曰く、彼は“結婚していなければ肉体関係(一線)を越えなければ良い、と相手(私)に対して思っており、だから自分(彼)もやっていい”という言葉があり、彼がそういった価値観の持ち主であることが分かった。どこからが浮気?という話し合いを付き合った当初にしていたが、そんな話は初めて聞いた。

それを聞き、私の中で何か“ストン”と落ちる感覚があった。“あぁ、だからあの時…こう言ったのか”というこれまでの彼の言動・行動に合点がいった。でも、私にはその価値観を受け入れることや、変えられる(変えたい)とも思わなかった。

私は妹さんの助言通り、幼い子どもにも分かるように細かく丁寧に“世間から見た浮気”の説明をして、彼はそこから外れていること、私の気持ちを並べた上で、とにかく今は自分の中がいっぱいいっぱいで彼のことは考えたくもなく、お付き合いをお休みしたい旨をメッセージで送った。

それを見た彼は直ぐにでも私の所へ向かおうとしたようだが、一緒に住んでいた妹さんがその彼を止めてくれた。

私は転職する際に、次の面接を受け内定を貰ってから辞めるかのように色々な人と出会った。皮肉なことにも、出会い系アプリを利用して。出会っては“何か違う”と思いつつも、私は夜が寂しくて色々な人と身体を重ねた。その場になって本性を見せてくる男性も少なくはなかった。自分で“何してるんだろう”と思いながら、身体を求められること拒否しなかった。まるで夜の居場所を探すかのように自分の身体を差し出した。まだ、別れてもいないのに。

彼から手書きの手紙を妹さん伝いに受け取り、私がLINEで返すやり取りが2往復ほど続いた。彼はLINEで感情や気持ちを伝えるのが苦手だから手紙にしたのだと、そう手紙には書いてあった。

その間も私は沢山の男性と会った。けれど“好きになりたい”と思える相手には出会えなかった。恋ってどうやって始めるものだっけ…。人のことをどうやって好きになっていたっけ…。

当時で彼との付き合いは6年半にも及んでいた。もう私は新しい恋の仕方を忘れていた。彼へお付き合いの休みを頂きたい旨のLINEを送ってからもう数ヶ月が経ち、半年弱経過したころにやっと会って話し合うところまで私の感情が整理された。

私の中で答えが出たから。悩み抜いてだした答えが。


彼とは私の自宅近くの喫茶店で会った。私の自宅にはまだ彼の荷物が沢山置いてあり、私は持てるだけ荷物を袋に詰めて原付で向かった。

着いた時、冷や汗が止まらなかった。あぁ、あのナンバーの車は彼の車だ。と容易に見つけることができたから。彼は先に店内に入っているようだ。

どんな顔をして、一言目は何て言おう?そう考えても良いアイデアは見つからず、半ばやけくそで私は店内に入った。彼を見つけ、彼は私が持っている大きな袋を見て何か察したようだった。

私はいつも頼むミルクコーヒーを頼んだ。その間に彼は目の前に広げていたものを片付けて端に寄せた。そして彼より開口一番「この度は本当に申し訳ありませんでした。」と頭を下げられ、謝罪の言葉がつらつらと並んでいき、私はまずは聞き手に回った。

目の前に散りばめられた謝罪の言葉を見つめつつ、私は少しずつ自分の思った感情や直接彼に言ってやりたかった過去のこと(元彼女の事など)と、これからの話をした。

少し息を止め、出かかった涙を「引っ込め。」と願ったけど、それは大粒となって零れ落ちた。そして私は言った。「別れてください。」と。彼はティッシュを差し出してくれた。そして、諦めたというかそんな表情で、まるで最初から分かっていたような顔をして頷いた。

そこからは他愛のない会話をした。流行りの音楽の話、お互いの仕事の話、家族の話なんかを。気付けば夕方になり、私は「まだ家に残っている漫画とかがあるから家まで取りにおいでよ。」と、彼を自宅に招き入れた。

そして彼はどんどん本棚から漫画を抜き取っては箱に詰めて車へと運んだ。すっぽりと彼の物が抜け落ちた本棚を見て、私は少しづつ別れを実感した。

運び終える頃にはもう辺りは暗くなってきていて、次の日彼は休みの日であった為急いで帰す理由もなく、情けもあったので一泊させてあげる、と私は提案し、「それなら一緒に美味しいものを食べに行こう。」と彼は言った。近くの焼肉屋に行くことになった。

焼肉屋で私はお酒を飲み、軽い口調で「本当にバカやろーだよ、失ってから気付くなんてさ。」と私が言い、彼も「本当だね。」なんて話して。

会うことを決めた時は自宅に招き入れることも、泊める気もなかったのだが、やはり6年半付き合ってきた月日はとても長かった。母と私が衝突していた時に精神的な面でのサポートもあって助かった部分もある。だからこそ、“今日まで付き合ってやろう”そう思えたのだ。

焼肉屋には車で行っていたので彼はお酒を飲めず、私の自宅で飲み直した。2人してタバコを吸い始め、「同じタイミングだね、まさかえりかと隣で吸う日が来るなんて。」(私は昔タバコを毛嫌いしていた。)なんて笑い合った。

お酒を飲みつつ一緒にテレビを見たり、私が書き留めていた、彼や母のことについて沢山愚痴やら思いを書いたノートを引っ張り出しては、あの時はこうだった、なんてノートの言葉を読み上げた。

すると、突然彼が泣き出したのだ。そのまま私のことを力強く抱きしめてきた。私は、彼が泣くところをこの6年半の間一度も見たことがなく、とても驚いた。お酒の力も相まってなのかもしれない。

彼は強く抱きしめながら、彼が喫茶店では話せなかったこと、後悔の言葉がどんどん並べられた。まるで子どものように泣きじゃくりながらずっと彼は喋っていた。私も抱きしめ返し、泣きながらずっと頷いていた。

初めてお互いに腹を割って話したような気がする。私は「貴方ってほんと、大事なことは言葉にしてこなかったよね。」と言い、彼は「本当だよね…何でだろう。もっと早く言葉にできたらこんなことにならなかったのかなぁ。」とずっと悔いているようだった。

翌日彼は休みだが、私は宿直の日である為、寝支度をした。寝る時に彼より「最後にセックスさせてくれないか。」とあったが断った。そして私はこう言った。「今は抱きしめるのは良いけど、明日バイバイしたらそれもおしまい。ヨリを戻すつもりもない。」

彼は次の人とか考えられないから、「えりかのことを想っていたい。」と言った。私に想いを否定することなんて出来ないし、1年後にお互いがどこにいて何をしてるかなんて分からないから、何とも言えない旨を伝えた。彼はそこは理解したようだった。

理解はしたようだが、次に彼は子どものように駄々をこねてきた。「ヨリを戻さないって、どこから学んだの?」「別れてもデートはできるの?」

私は貴方とは今後外で腕を組んだり手を繋いだりしないこと。元彼とは友達以上恋人未満の関係を持つことも出来ないことを伝えた。

気付けばもう午前4時。睡眠導入剤も精神安定剤も服用していたが、ほぼ眠れず気付けば起きなければならない時間になっていた。起きて支度して、出勤しなければならない。

眠れない間、彼も同じく眠れなかったようで、私が作った2人のアルバムを見ては泣いていることに、私は気付いていた。

私の身体は起きて出勤することを拒んだ。彼を見た時に、「あ、今日でバイバイしたら本当に終わりなんだ。」とそこで自分で言っておきながら、別れるという意味を、本当の意味でちゃんと理解・実感した。

そう思ったら涙と嗚咽が止まらなくなった。何か心の穴がぽっかり空くようで過呼吸みたいになり、自分の気持ちがぐちゃぐちゃで取り乱した。心配した彼はずっと傍にいてくれた。

私は「無理だ。出勤できない。」と判断して上司に泣きじゃくりながら電話を掛けて事情を説明した。休ませてもらえる事になったのは幸いだった。良かった、これでゆっくり眠れる。

彼は午後東京にある祖母宅へ行くとのことで、“さよなら”をした。私は眠って起きてはまた泣いた。自分で制御できない、涙という波がどんどん押し寄せてくるような感覚。

私にとって彼は自分の家族より家族で、私の生育歴の1番の理解者であった。ここには悪い言葉しか並べていなかったけれど、私のどん底にあった“自己肯定感”を引き上げてくれた人だった。彼のおかげで私の“人見知り”も改善された。ぶつかることもたくさんあったが、それ以上に楽しいこともたくさんあった。できれば…ちゃんと彼と家族になりたかった。

“別れる”という選択肢を選ばなければ。とも思ったが別れを告げなければ腹を割って話すことは出来なかっただろう。その日は1日中私の涙が止まることはなかった。暫くは引きずるだろうな、でもこの気持ちと付き合って折り合いをつけて生きていこう、と思った。


私はほどなくして出会い系アプリでの活動を再開させたが、色々な人に会ってもお付き合いに至るような男性はいなかった。何度も彼と“別れた”ことを考え、その度に自分の気持ちがぐちゃぐちゃになった。あんなに腹を割って話せると思ってなかったし、私の話を1度も否定しないで「うんうん。」って傾聴して。

もっと最低なことしてくれた方が切り替えられたのに。まだ私の方が“好き”を“好きだった”の過去形にできなかった。でも、ヨリを戻すことは意地でもしなかった。「戻ったとしても、きっとまた繰り返すんだよ。」「彼にとってヨリを戻したら…ヨリを戻してまた付き合える事がゴールになってしまうんだぞ。」と自分に言い聞かせた。
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