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幼い頃の記憶を拾いあつめて
2度目の夜逃げ
しおりを挟むお金が尽きたのか、父は住んでいたマンションを売り払い、私たちは隣町の団地へと引っ越した。当時私が中学1年生、兄が高校1年生、弟が小学4年生だ。
新しい家は古いが4LDKと広く、その広さが更に夫婦の間の距離を広げていった。最早、家庭内別居状態であった。私は何度も“橋”として夫婦の間に入った。それが当たり前かのように続いた。
学校で貰ってくるプリントは漢字だらけで、母が読んで理解するのには難しい内容ばかりだった。私は自分で読み、母の判子を勝手に使い提出していた。必要なものは父に言ってお金を受け取り購入していた。
最初からそうしてた訳ではない。事細かに母に説明をしながらプリントを渡していたが、母は日本の学校の文化というか仕組みを知らない為、そこから説明しなければならない。
全ての「なんで?」に答えるのに疲れて、自分でやるようになった。
私は中学校で陸上部に入部した。自分で言うのもなんだが、瞬発的に動いたり走ることに私は長けていて、短距離走100mでは東京都の大会でギリギリで入賞し、賞状を貰ったこともある。ただ、中学2年になる頃に退部した。部員のひとりから悪口の標的にされたり、あからさまに避けられるようになったのだ。
今でも何故だったのか分からないし、中学校におけるイジメなんて特に意味もなく始まるものである。誰でもやる側にも、やられる側にもなり得る。
私は家にも学校にも居場所がないのが辛くて、胸にキリキリとした痛みが頻繁に起こったり、過呼吸気味にもなった。私は自分を守る為に部活を逃げるように辞めた。
私の菌回しをされたこともある。悪口をあからさまに言われることも、はぶられることもしょっちゅうあった。私は学校にも家にも自分の居場所が無いと感じていた。
そしてどこへもぶつけられない言葉は日記として残していた。そこでもやはり最後には死にたいで締めくくった文章ばかりがノートに綴られていった。
その頃、母は毎日ではないが、深夜から明け方にかけて弁当工場で働くようになり、その日を狙ってか、たまたまなのか、父が兄に対して暴力をすることがしばしばあった。私は弟を自分の布団の中に入れ、必死に、泣きながら家の固定電話の子機から母に電話をしたことを覚えている。当たり前だが仕事中の母が電話に出ることは無く、弟と共に眠れぬ夜を過ごした。
兄は中学を卒業し、近くの高校に入学したが、学校に行くことはなく自室に引き篭もっていつも昼は寝ており、夕方から深夜までパソコンと向かい合っていた。
はじめの頃は私は素知らぬ顔を作り、兄の部屋に入っては何をしているのか見ていることもあった。兄はとても上手な絵をデスクトップ上で描いていた。でも、それすらも出来なくなる程両親は兄に向かって
必要以上に不必要な言葉を並べて兄のことを苦しめた。父はデスクトップを殴っては壊した。私は兄の部屋に入れなくなった。兄とどう接したら良いのか、何が正解なのかぐるぐると考えては実行出来なかった。
次第に兄は母に向けて暴力を振るうようになっていった。当然の結果だ。当たり前だ。唯一の味方であってほしい両親が1番の敵なのだから。しかもこの両親は何を言っても聞く耳を持たない。私も何度も試みて無理だったのでよく分かる。“自分が絶対である父”と“難しい日本の言葉はよく分からない、理解する姿勢もない母”なのだから。
そして時間が過ぎていき、私が高校に上がり2年生の夏。部活を終えて携帯を確認すると母から何回か不在着信が入っていた。部室から出て掛け直すと、母より「お兄ちゃんが私に向かって包丁を投げてきた。殺される。もう家にいられないから今夜家を出る。」という電話だった。
なんだかデジャブだなと思いつつも、正直驚いた。が、兄が包丁を投げる気持ちも何となく分かった。兄は殺すつもりで投げたのではないだろう。恐らく口論(というより一方的な母による責め立てる言葉たち)に抵抗しただけなのだろう。
少し前にゲームを巡って兄と弟で兄弟喧嘩が始まり、兄が弟の鼻の骨を曲げたか、折ったかで救急搬送になった事件があったことも相まったのかもしれない。
でも、先に包丁を父に向けていたのは母だ。子が親の真似をすることを何故怖がるのだろう?
帰って荷造りをして、またあの時と同じ3人で母の友人宅に滞在した。そして街を出て別の街へ住んだ。兄を家にとり残して。
帰ってきた父が兄しかいないのを見てか、私の携帯に電話を掛けてきた。私は何と言えば良いのか分からず電話に出ないでいると、何度も電話は掛かってきた。
住居を移して少し落ち着いた頃、父からの着信に勇気を出して出ると、開口一番に「お前は恩すら言わずに出ていくのか。」と言われた。私は冷や汗をかいていて、何と言葉を返したのか覚えていない。
そんなつもりじゃなかった、の一言では済まされないような気がして、何も言わなかったかもしれない。
母の勧めで着信拒否の設定をした。父名義で使っていたその携帯は、しばらくして使えなくなった。携帯を新しく買った。電話番号が変わり、私は父からの連絡を一方的に切った。
両親は離婚するにあたり、親権や養育費などについて揉めたよう。どうやら、家庭裁判所とやらで「調停」というものが行われるようであった。何度も家庭裁判所に行っては行われていたようだが、父が現れない日も多かったそうだ。
母は難しい法律だとかの日本語の理解が難しかった為、とあるNPO法人のRさんに同行をお願いしてボランティアで通訳をしてもらっていた。(後にこのNPO法人に私は大変お世話になることになるのだが…)
私も調停の場に赴き、裁判官のような人にこう問い掛けられた。「あなたは父と母のどちらにつきたいと思いますか?」と。
ある一定の年齢を超えたらなのか、意思表示ができるようになれば、なのかは分からないが、“親権”をどちらに渡すべきかを、子どもに直接問いその意思を尊重する為なのだろう。
しかし、実際には私に選択する権利などなかった。父との別れはあの電話きりで、母にはずっと前から「えりかはどっちにつきたい?」と何度も聞かれていた。結局私と弟の親権は母が持つことになり、兄の親権は父がもった。そして父は私と弟に月2万ずつの計4万のみを養育費として払うことが決まった。最初は払いたくないと言っていたのは母から聞いた。そんな程度のものだったのかと、がっかりとはまた違うような複雑な感情になった。まるで捨てられたような感覚に陥った。
私が母に離婚を勧めたのだから。そちらについていかなければならないような気がしていた。本当はどちらにもついていきたくなかった。でも、その選択肢があったとしても、私は弟が被害を被らないように母を選んでいたと思う。
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