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番外編
お似合い
しおりを挟むグラスに映える琥珀色のワインを一口飲むとカッと喉が熱くなった。これはなかなかキツい。
ミランダ様もううっとしかめっ面をしてグラスを置くと、私の向かい側に座っているランス王子が声を上げて笑った。
「凄いだろ?うん、いい出来」
彼はごくごくと喉を鳴らして飲み下した。私と同じものを飲んでいるとは思えないほどペースが早い。今のところこんなに度数が高いものを普通に飲めるのはランス王子とお父様くらいのものだった。
「うん、これなら売れるよ」
「世間ではこういうのが人気なんですね・・・」
「まあね。南部はこれくらいの方が主流かな」
私たちが今飲んでいるのは新しくグレスデンで作った果実酒の試作品のうちの一つ。
ルイスが婿に来ることで物流は一気に豊かになり、それを生かしてグレスデンの特産品である果実酒を国外へ輸出できるようになった。元々品質が良く希少価値の高いグレスデンの果実酒は上手い販路を得ることで今までの倍の値段で売れている。
そこで新たに着手したのが度数が高めの嗜好品として求められる果実酒。私たちが果実酒を愛飲しているのは単に保存がきくためなので、日常的に飲めるよう度数は総じて低め。対して国外で嗜好品として人気なのは度数が高めの本格的なアルコール飲料だ。だから輸出用に新たに作り直す必要があったわけ。
私たちにはとても飲み辛いけれど、ランス王子曰くお酒が大好きな上流階級の人間はこれくらいの度数が好みなのだそう。世界的大商人の彼が言うのならばそうなんだろう。
「ルイスは?大丈夫?」
私の左隣に居るルイスに聞けば、彼はうんと大きく頷いた。
「いいんじゃない?
こっちは結構甘めだよね。僕は渋いこっちの方が好きだけど」
テーブルの上に乗った数ある試作品の中から一番苦みが強かったものを指差すルイス。やっぱり男性は苦めで強いお酒が好きなのかしら。
お父様も再びグラスを煽って口を開く。
「では来年は増産して本格的な売買を始めましょう」
「品質さえ揃えてくれれば後はこっちで上手い事やるよ。下手な売り方すると値崩れするから気を付けないとな」
「よろしくお願いいたします」
「おう」
ランス王子って頼りになるわ、なんだかんだでずっとお世話になりっぱなしだもの。
「ところで、従来の果実酒の輸出はどうなりますか?」
ミランダ様が尋ねるとランス王子は「ああ」と思い出したように付け加えた。
「もちろんこれまで通り出荷してもらえばいい。こっちの酒が波に乗るまでは従来の果実酒がメインの収入になるだろうからな。
ただ果実酒はグレスデンにとっては必需品でもあるから、買い取って代替え品を配ってた去年よりは徐々に流通させる量を抑えていくつもりだ」
「はい、ありがとうございます」
ミランダ様はホッとした様子で微笑んだ。
グレスデンでは果実酒は伝統的な飲み物でもあるから、高く売れるからって私たちが飲めなくなってしまうのは困る。お金を稼ぐのは生活を豊かにするために必要なことではあるんだけど、だからって今まで当たり前に飲んでいたものが手に入らなくなるのは寂しい。ランス王子もそこのところはちゃんと考えてくださっているようだ。
そこからは本格的な販路の話になり私は黙って話を聞いておくだけに留めた。ペラペラ喋るランス王子とお父様。
しかしこういう時こそ饒舌になるはずのルイスがやけに静かなので、私は不思議に思って首を捻って顔をルイスの方に向けた。
「ルイス、どうかしたの?」
彼はぐいっと最後の一口を飲み干すと、私の顔をじっと見つめる。
そして。
「シンシア、おっぱい触らせて」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
急に何を言い出すの、この人。
びっくりした皆は口を閉ざし目を点にしてルイスを凝視する。しん、と静まり返った部屋は怖いくらいに凍りついていた。
「・・・酔ってるの?」
「酔ってにゃい」
「・・・」
酔ってるのね。
私は頭を抱えた。やけに静かだから変だと思ってたのよね。ルイスは今までお酒に弱い兆候が無かったから油断していたけど、普段飲むものよりずっと強いお酒ばかりだから酔ってしまうのも無理はない
「いいじゃん、触らせてよ」
「お水飲みましょう?」
顔が赤くなったり目がトロンとしたりはしておらず、見た目は至って普通なのに発言のパンチが凄い。私は無視して水の入ったグラスをルイスに差し出すと彼はぷいっとそっぽを向いた。
「いらない」
「一口でもいいから、ね?」
「口移ししてくれるならいいよ」
「・・・」
当然だけれど、ルイスは人前ではこういうことは決して言わない。キスも人前では遠慮してくれる方なのに酩酊状態って怖い、ルイスの分厚い仮面すら剥いでしまうんだから。
ルイスが私の胸に手を伸ばそうとしたのでその手を叩き落とした。
「おっぱいは?」
「・・・ちょっと外を歩かない?」
「いいじゃん、いつも揉んでるのに今日のシンシアはケチ!」
なに言い出すのかな!
お父様は気まずそうに視線を空中にさ迷わせ、ミランダ様は顔を真っ赤にして小さくなっている。ランス王子はお腹を抱えて体をヒクヒクさせながらテーブルに突っ伏していた。大笑いの5秒前って感じだ。
このままじゃ何言いだすかわからないと、私は無理やりルイスを退場させるために彼の腕を掴んだ。しかしルイスは座ったまま両手を私の腰に回してぎゅうぎゅうに締め付けてくる。
「ひぇっ」
後ろに回った手でお尻を触られ、色気のない悲鳴を上げる私。
「もう!ルイス!?」
「大丈夫、ちょっとだけだから」
再び胸に向かって伸びて来た手を払いのける。埒が明かない、と私は無理やりルイスの脇の下を掴んで引き上げた。しかし酔っぱらっているルイスは自分の足でしっかりと立つことができず、彼の体重を支えている私はものすごく重たい。心無しか目もショボショボしてきたし、これはもういよいよ限界そうだ。
「俺が変わるよ。部屋まで運ぼう」
「ありがとうございます」
ランス王子が立ち上がってテーブルのこちら側にやって来てくれた。ルイスは目を瞑って犬みたいにぐりぐりと私の胸に頭を擦りつけてくる。
「えへへ、可愛い。可愛いよ~」
へらっとした笑顔が完全な酔っぱらいだ。
私では重くて運べないのですぐにランス王子にルイスを渡した。私に抱き着いている彼の腕を引きはがすと、ルイスは自分を抱えているのがランス王子だということに気付いて表情を険しくする。
「ヤダ!可愛くない!男臭い!」
「ぶっは!シンシアじゃなくて悪かったなあ」
「可愛い方がいい!これヤダ!可愛いのがいい!」
いやだーいやだー、と声だけの抵抗をして退場していくルイス。「可愛くないよぉ~」と階段の方から哀れな声が聞こえてきて、私はお父様とミランダ様の視線に耐え切れず汚れたグラスを片付け始めた。
ベッドで眠りこけていたルイスも、半日も経てば目を擦りながら体を起こした。
「お水いる?」
「・・・うん」
覚えてるんだろうな。醜態を晒したからか吹けば飛ぶ灰のような状態になっていルイス。声もいつもより低くて元気がない。
水を飲む彼を眺めているとぷいっとそっぽを向かれた。やっぱり覚えてるのね。
「大丈夫?」
「・・・うん」
「ふふっ」
「楽しそうだね」
思わず笑った私に彼はちょっと恨めしそうな視線を寄越す。
「ごめんなさい、思い出したら可笑しくて」
「・・・ずいぶん余裕そうだね。家族の前でやらかしたのは君の夫なのにね」
「あらまあ、意地悪な言い方」
一般的にあれは醜態なんだろうけど、実際は普段の二人きりの時のルイスと大差ないと思ったのは黙っておくべきなんだろうか。
「お酒で気が緩んだのよ。普段人前でかっこつけてるからお酒が化けの皮剥がしたんでしょ」
ルイスは私の頬を摘まんで横に引っ張った。ちょっと痛い。
「酔ってただけだよ」
「でもルイスって私と居る時はちょっとあんな感じになるわよ」
「嘘、あんなに子どもっぽいはずがない」
「ほんとに。口調とか言動とか似てると思ったわ」
自分じゃ分からないものなのかしら。人前で格好つけてない時のルイスって子どもっぽくて甘えたがりなのよね。
ルイスはまるで魂が抜け落ちたかのように真顔で動かなくなった。客観的に自分の姿を知ってショックを受けたらしい。
「・・・かっこわる」
「私の前までかっこつけてどうするのよ」
夫婦なんだから。
水の入ったグラスを受け取ってテーブルに置くと、そんなルイスも好きよと心を込めてちゅっと頬にキスをする。ルイスは私の顔をじっと見つめて口を開いた。
「・・・服脱いで。慰めてよ」
私的にはコレで今までかっこつけてるつもりだったほうが驚きなんだけどな。
「ええ、いいわよ」
私は再びルイスの頬にキスをして、彼の膝の上に乗ると前開きになっている服のボタンを外した。
「シンシアってすごく変わってるよね」
「ルイスもでしょ?似た者同士でちょうどいいじゃない」
「お似合いだ」
「そうね」
首に腕を回して抱きしめると首筋にキスをされ、触れたルイスの髪のこそばゆさに喉から笑い声が上がった。
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