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番外編
後日談(9)
しおりを挟む翌朝早々にシンシアは姉さんに奪われてしまった。ドレスを試着するために部屋を追い出され(別に同席してもよくない?)、扉の前でひたすら終わるのを待ち続ける。廊下で棒立ちになりぼーっとして待っている間も部屋の中からは楽し気な声が聞こえてきて少し悔しかった。僕が一番先にシンシアのドレス姿を見るはずだったのになあ・・・。
「よっ、何やってんの?」
「兄さん・・・」
こんなに早くドローシアに帰って来るとは聞いていなかった。身なりは綺麗に整えられていたから山から帰って来たばかりではなさそう。城下にでも行っていたのかな、相変わらず神出鬼没な人だ。
「シンシアが今着替え中」
「なんで追い出されてんの?」
それは僕も聞きたいよ。
「また一緒の部屋使ってんのか?」
「一応シンシアの部屋は別に用意してるんだけど、結局ずっと僕の部屋にいるから」
結果的に一緒の部屋を使っていることになる。兄さんはあから様にニヤニヤし始めた。
「いいねえ、新婚だねえ」
いや、まだ婚約中なんだけど。
「で?兄さんの奥さんは?」
「いるよ、城下で寝泊まりしてる。城まで連れてこようか迷ったんだけど、式のドレスとかまだ選んでないからな」
「そっか」
城に来ると挨拶周りなど色々煩わしいことがあるからそっちの方が楽かもね。兄さんも奥さんを商売のいざこざに巻き込まないようあまり表に出したがらないし。
「レイラとレヴィナは?」
「レイラ姉さんは今部屋の中でドレスの試着手伝ってる。レヴィナ姉さんはまだ来てないよ」
「レヴィナはなあ・・・来るのはギリギリだろうな」
「たぶんね」
他国に嫁いだレヴィナ姉さんはあまり家の外に出たがらないタイプ。大きな行事があっても滅多にドローシアに来ることはない。地理的にはかなり近いんだけどそれでも面倒らしい。
兄さんは感慨深そうに言う。
「皆揃うのはいつぶりかなあ」
その時部屋の中から楽しそうな笑い声が聞こえてきて僕たちは口を閉ざした。兄さんはそわそわして部屋の中を指差す。
「いいなあ。俺も中入っていいかな」
「駄目に決まってるよね、考えたらわかるよね」
「ちょっとだけ。いいじゃん、素っ裸なわけじゃないんだからさ」
「奥さんに言いつけるよ」
兄さんは少し目を見開いてからケラケラと笑った。
「大丈夫だよ、義妹の晴れ姿を見るくらい」
兄さんは僕の返事も聞かずに勝手に部屋の中へ入って行った。・・・ノックもせずに。
ああ、もうどうしてこういう所は母様に似てしまったんだか!
「・・・はあ」
楽しそうな笑い声に兄さんの声も混ざりはじめ、僕は本番のお楽しみのためだと自分に言い聞かせて独り寂しく我慢した。
「はああああああああ~っ!」
それどこから出してるの?っていうくらいの声を上げて目をハートにするシンシア。彼女の目線の先には襟付きのジャケットを着せて蝶ネクタイを付けた城の警備犬が居た。ちゃんと訓練されているのでシンシアが変な声を上げても動じることはない。
「当日はこの格好をした警備犬が配備されるけど、可愛いからって飛び出したりしたら駄目だよ?―――って聞いてる?」
「可愛いー!ねえ、触っていい!?触っていいわよね!?」
僕の話なんて聞いちゃいない。やっぱり本番前に見せておいて正解だったな・・・。
「いいけど、大きな声を出さずにゆっくりとね」
「わかった!」
シンシアはがばっと大きく手を広げていきなり犬に向かってハグをした。やっぱり僕の話なんて聞いちゃいない。
頬を犬の首元に寄せてスリスリと頬擦りをしながら幸せそうに笑う。
「フカフカちゃんねえ~」
あんまり幸せそうだから文句を言う気も失せて僕も笑った。そのうちグレスデンの城でも犬を飼わなきゃいけないだろうな。
「それから、説明した通り式が始まったら最初に神官の盃を受け取って飲むんだよ。そのあとで神官の話がちょっとだけあって、そのあと招待客の挨拶に周って・・・ねえ聞いてる?」
「聞いてるわよ、挨拶に周るのよね」
「・・・うん」
もういいや、説明は後にしよう。
それにしても犬を触っている時のシンシアはすごく幸せそうで、そんな彼女を見られるのが嬉しい反面羨ましくもなる。僕と2人きりの時でさえここまで満面の笑みになることってそうそうない。
嫉妬心から僕はシンシアを犬から引き離すと彼女から責めるような目で見られた。
「何するのっ」
「そろそろ僕の所に帰ってきてほしいんだけど」
「・・・」
彼女は少しだけ耳を赤くして恥ずかしそうに俯いてから、ちょっと照れたように笑みを浮かべた。後ろから無理やり抱きしめた僕に頭を預けるようにして寄せてくる。
「もうすぐね」
「そうだよ。もうすぐ」
「なんだかまだ信じられないわ」
色々あったからね。
彼女と結婚しようと決めたあの日からずいぶん年月が経った。予想外のことばっかりあって大変だったし彼女自身にもずいぶんと振り回されて来たけど、ようやく念願叶って結婚できる。
「前ドローシアに居たときは片想いだったのに。ルイスが全然私のこと気にしてくれなくって悔しかったなあ」
「違うよ、逆」
片想いしていたのは僕の方だ。
「あ、そっか」とシンシアは思い出したように言う。
「出会った時はもう私のこと好きだったのよね」
「うん」
「初めてドローシアに来たとき、王座の間で『一目惚れした』って熱烈な告白されたんだっけ」
「嘘じゃないよ」
その場で一目惚れしたわけじゃないけど、一目惚れしたのは本当だ。
シンシアは懐かしそうに笑って続けた。
「すっごく情熱的だったなあ」
「シンシア、びっくりしてたよね。しかも僕の嘘に乗っかって上手くやろうと頑張ってた」
「バレバレだったわね」
「当たり前」
シンシアが嘘をついたってことくらいすぐ分かったよ。その後、なんとか国のために僕と上手く付き合おうとしていたのも。
あの時の彼女は国のためなら高台から飛び降りるほどの覚悟があった。僕が望めば心にもない愛を囁いて、身を捧げることも厭わなかっただろう。
だけど僕が欲しかったのは上辺だけの愛じゃない。初めて彼女を見た時、暴力を恐れず他人を守るために立ち向かった、あの美しい人の心が欲しかった。
だから早々に彼女との恋愛ごっこは断ち切った。表向きだけの恋人関係だけ残してわざと酷い態度で突き放した。身分の格差という溝を埋めるためには、まず堅い鎧を纏った彼女を挑発してその鎧を脱がせる必要があったからだ。
それが英断だったのは、今この状況を見ればすぐに分かる。
「そうだ、もう一回やりなおそう」
彼女は頭の上に?マークを掲げて首を傾げる。
「なにを?」
「あの時の告白。もう今しか出来ないから」
小走りで手を引きながら言うと、シンシアは笑って肩を揺らしながら付いてくる。
王座の間は空っぽで誰の姿もなかった。
「貴女に一目惚れしました。愛しています」
あの時と同じようにシンシアの手を差し伸べて言うと、彼女は笑いそうになるのを我慢していた。僕は待たずに先に進める。
「出会ったばかりで信じてもらえないかもしれないけど、君に出会って僕の世界は変わったんだ。僕の可憐な赤い花、今は君の存在が僕の世界の全てだよ」
プッととうとうシンシアが吹き出して笑ってしまった。真面目にやるつもりだった僕もつられて笑ってしまう。
「ぶふっ、ごめんっ、笑っちゃった」
「あはははっ、酷いね」
「そうね、ふふっ、変な台詞」
「そこ突っ込まないでよ。これでも結構考えたんだから」
劇場的にわざと大袈裟にやったんだけど、改めて振り返ると笑えるよなあ。
一度笑い出すと止まらなさそうだから僕は先を急ぐ。
「どうか僕の手を取ってくれないか、グレスデンの姫君。僕たちの絆は例え神でも引き裂けないのだと証明したいんだ。
君に会えたことに感謝をしたい。これが運命というものなのだろうね。僕たちが手を取り合えばきっと全て上手くいくはずだよ」
シンシアは顔を上げ僕の目を見つめて口を開く。
「シンシア、君を心から愛している」
「はい、愛しています、私も」
嬉しそうに言う彼女に目を細める。
嘘つきな僕の、嘘偽りのない言葉。だけど彼女を想う気持ちは時間を重ねれば重ねるほど強くなっていく。同じ台詞でもやっぱり違うんだ、今の方がずっとずっと好きになっているんだから。
さすがに彼女も照れ臭くて笑っちゃうかなと思ったけど、シンシアは目から涙を溢しながら俯いてしまった。
彼女が泣くのに慣れていない僕はぎょっとする。
シンシアは本当に泣くのが嫌いで、クラー王妃が亡くなっていたのを知ったときも結局涙ひとつ溢さなかった。シンシアが泣いているのを見たのはドローシアからグレスデンに帰る、あの時のたった一回だけ。
「嬉し泣きなのー」
言い訳のように言うシンシアに、僕は少しだけ笑って彼女を抱き寄せた。
「いいよ、たくさん泣いてよ」
彼女のことだからこれからも民のために心を砕いて色んな苦しいことを経験していくんだろう。だけど僕だけは最後まで彼女の特別でありたい。頼りにして、懸命に生きる彼女の支えにして欲しい。
太陽みたいな君に恋をした。とっくに僕の心は君のものだ。
「結婚してください」
「・・・はい」
泣きながら笑うシンシアの涙を指で拭い、ゆっくりと触れるだけのキスをした。
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