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番外編
後日談(5)
しおりを挟むしばらくは怪我人のお世話で奔走することになった。生活に必要なものはルイスのお陰でなんとか確保できそうだけれど、食事は城の鍋では足りず二回作らなくてはならないし、洗濯の量も以前とは比べ物にならないほど多くてなかなか終わらない。天気が良くないこともあって乾くのが遅くて大変だった。
2日後、お父様とミランダ様が帰ってきた頃にようやく一息つく時間があり、疲れていた私は昼間にも関わらず泥のように眠る。
ところが起きた時には外は真っ暗だったので焦った。どうしよう、だいぶ寝過ごしてしまったみたい。
「あ、起きた?」
ロウソクの僅かな明かりで書き物をしていたルイスが私が起きたことに気付いて顔を上げた。
私は飛び起きて平謝りする。
「ごめんなさい!寝すごしたわ!」
「大丈夫。皆もだいぶ動けるようになったから自分のことは自分でできてるし」
「おばあちゃんたちは?」
具合が悪くて目が離せない人が何名かいたはず。
「兵士が交代で見てる。何かあったら呼びに来るから大丈夫だよ」
「そう・・・」
私はバタッと後ろ向きにベッドへ倒れ込む。とりあえず一番の山場は過ぎたようだ。
「ごめんなさいね、グレスデンへ来て早々に大変だったでしょ」
疲れている所にさらに仕事が舞い込んで私以上にルイスは体力的に大変だったと思う。しかも私が先に休んじゃったんだから申し訳ない。
「大雨で足止め食らってたからね、疲れてなかったから平気。
それより雪が積もる前で良かったよ。僕が持ってきた食糧だけじゃギリ足りなかった」
ルイスの言う通り短くても準備できる期間があったというのは大きい。お陰で物資を揃えて冬ごもりに備えることができた。
「あとは運良くウィンストンに商人が居たらいいんだけど、食糧や服はともかく布団がどこまで手に入るか・・・」
「嵩張るから移動商人はあまり持ち運ばないものね」
「まあ布さえ手に入ればなんとかなるかな」
再びルイスはペンを動かしながら言った。
「あ、そっちに新しい本積んであるから」
「ありがとう!」
部屋の扉の横に本が山積みになっている。ドローシアからの土産物だ。
「ん″ーっ!」
私は感謝の気持ちを込めて全力でルイスを拝んだ。手をスリスリして首を大きく上下しながら唸る。ルイスが居なければいつものように何かを諦めて切り捨てなければならないところだったわ。
そもそも騎馬隊が村人を保護できたのも、運もあるけれど軍を例年より増やしていた影響が大きい。
「それは僕に対するお礼?」
「そう!」
「斬新だね」
くすっと小さく笑ったルイスはペンを置いて大きく伸びをしてから、ロウソクの火に息を吹きかけて私のベッドに潜り込む。
「今日は一緒に寝よう」
「いいけど、狭いわよ?私退きましょうか?」
ずいぶん眠ってしまったし場所を譲っても構わないと思って言ったんだけど、ルイスの腕は容赦なく私の腰に絡みついた。
「ヤダね」
ガブッと耳を噛まれて驚きに小さく震える私の体。一気に熱を持って、彼の触れる手の感覚をひとつも逃さないように目を閉じた。
げほげほと止まらない咳で呼吸は不安定だったが、不思議と顔色は悪くなく表情も穏やかだった。力のない皺だらけの手は両手で握っているはずなのにだんだん冷たくなっていく。
「姫様に手を握ってもらえるなんて、贅沢な人生だこと」
冬の終わり、もうすぐで春を迎えるという時に、おばあちゃんの体は弱ってもう立ち上がることができなくなってしまった。病気もあるけれど、歳の要因が大きい。
「よく頑張ってくれたわ」
思っていたよりもずっと持ちこたえてくれた。微笑んで言うとおばあちゃんも嬉しそうに笑って言う。
「そりゃあ姫様たちがいたからですよ。目の保養でしたしねえ・・・。あの方は神の御恵みですよ」
ルイスのことかな、とちょっと笑ってしまった。
「一足先に天国へ来ちゃったみたいでねえ、楽しかった・・・」
げほげほと再び咳が出て、ふーっと大きく息を吐き出す。無理をしないでと言ったけれど伝えたいことがあったのかおばあちゃんは再び話し出した。
「ありがとうございました。これで穏やかな気持ちで息子に会いに行けるわ」
「自慢の息子さんなのね」
「ええ、それはもう・・・。その代わり、夫はロクでもない人でしたけどね」
「まあ」
また咳がしばらく止まらなくて、喉からひゅーっと高くて消えそうな音が聞こえて来た。何度も胸を大きく膨らませるほど深く息を吸う。
「姫様は素晴らしい、お婿さんを・・・迎えましたね」
「そうでしょう」
「きっと姫様の生き様に・・・神からの・・・贈りもの・・・」
その言葉を最期におばあちゃんは静かに目を閉じた。握っていた手を彼女の胸の上に置いて額にかかっていた髪を手で払う。
後ろを振り返ればずらっと並んだ皆がこちらを見守っていたけれど、涙を目に浮かべながらも悲しそうな顔をしている人はいなかった。心の準備ができていたし、グレスデンではかなりの大往生だったから。
座り込んでいた私はルイスに手を引かれて立ち上がる。ぎゅっと軽く抱きしめられて、私たちは皆の邪魔にならないように王座の間を後にした。
「・・・もうすぐ春だね」
「そうね」
雪が溶けたら私たちはドローシアへ行く。結婚式を挙げるために。
皆は元気だろうかとドローシアの人々の顔を思い浮かべればとても懐かしい気分になった。オリヴィアさんたちは随分大きくなってるんだろうなあ。グレスデンがこれだけ様変わりしたように、きっとドローシアも私が知っているものとは変わっているに違いない。
「ありがとう」
ん?とルイスは首を小さく傾げながら私の方を向く。
「ルイスのお陰で、私はこれからもグレスデンのために働けるわ」
王女ならばどこかへ嫁いで行くのが通例だが、私の場合はルイスが婿としてグレスデンの城に来てくれる。ここから離れずに済む。これからも王女として民の為に働くことができる。
ルイスは立ち止まり、私の方を向き両手を握って微笑んだ。
「シンシアはこれからも好きな所で好きに生きたらいい。後ろは振り向かなくていいよ、僕は勝手についてくるから」
「・・・うん、ありがとう」
ありがとうとルイスに何度感謝の言葉を述べただろう。
「本当に、ルイスは神様からの贈りものだわ」
おばあちゃんの言う通りね。
廊下の隅に隠れると、抱き寄せられたのでルイスの肩に頬を寄せる。
「だとしたら、それはシンシアが頑張ったご褒美だよ」
「そっか」
だったらこれからも頑張らなきゃ。
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