敵国王子に一目惚れされてしまった

伊川有子

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番外編

後日談(4)

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 ルイスと婚約して二度目の冬がやってくる。

 紅葉の色が陰り始めた10月の終わり、そろそろ初雪が降ってもおかしくない頃に突然城下がえらく騒がしくなった。物凄い歓声と滅茶苦茶に吹きまくる笛の音で、ルイスが到着したんだわとすぐに分かった。

 すぐに窓辺へ駆け寄り外を見れば立派な馬車が砦を潜って城の中へ入って来るのが見える。

 すぐにでも下へ降りて駆け寄りたい気持ちをぐっと押さえてそのまま馬車の行方を見守った。そわそわしながら待っていたんだけど、ルイスが馬車から降りて皆と話し込み始めたものだからなかなか中まで入ってこない。
 早く会いたかったけれど、ルイスが楽しそうに皆と話しているのを見ていると幸せな気分になって、そのまま大人しく窓から彼らの様子を眺めていた。

 だけど目敏いルイスは城の窓から顔を出している私に気がついて、私に向かって大きく手を振る。私ももちろん手を振り返せば、彼は城下の皆から促されるようにして中へ入ってきたので慌てて階段を駆け降りた。

「久しぶり、寒かったでしょ」
「平気だよ。でも大雨でたいぶ足止めくらっちゃった」

 約半年ぶりのルイスの姿に頬が緩んで仕方なかった。頭を撫でられると、すぐに私たちは並んで歩き出す。

「陛下は?」
「ミランダ様と一緒にチェスター領に出向かれてるの。予定通りなら帰りは明後日になるわ」
「アディたちは?」
「アディなら今私が勉強を見てたところ。マリアは洗濯で他の子達は畑に行ってる」

 すぐにお父様の執務室に入り書類を漁った。真っ先に確認しなければならないのは今年の作物の出来。
 ルイスはしばらく無言で一通り目を通して顔を上げる。

「うん、想定通りだね」

 以前受けた報告とそう変わらない収穫量に彼の緊張がほんの少しだけ緩んだ。

 すると次の瞬間、ルイスは書類を投げ捨てるように机の上に置いて、ぎゅうっと痛いくらいに強く抱き締めてくる。久しぶりのルイスの匂いと温かさに嬉しくて嬉しくて遠慮なく擦り寄った。

 ルイスに横から腰に手を回されやって来たのは窓辺。執務室の狭い窓から2人で顔を出せば城下から私たちを見上げているたくさんの人たちがわーっと歓声を上げ、私たちはみんなに向かって手を振った。笛や太鼓の音が鳴りまくる。

「すごい盛り上がってるわね。お祭りみたい」
「餌付けしたからね」

 言い方。確かにルイスの持ち出したお金を使って以前より豊かになったけども。

 私は苦笑いでニコニコと愛想を振りまくルイスを見た。人の心を読んだり操ったりすることに長けている彼はこういうことが大の得意。ドローシアという少し前までは敵とみなされていた国からやって来たにも関わらず、こうやって皆に愛され応援されているのだから。

 顔がいい、っていうのも大きい。
 出会った時よりも歳を重ねて更に大人びた顔立ちになったルイス。少し中性的だった雰囲気が抜けて、お兄様のランス王子に似てきた気がする。

「もうすぐだね」
「そうね」

 皆に見守られながら、額をくっつけて笑い合う。冬が終わればルイスはとうとう成人する。―――つまり、私たちは結婚する。

「レイラ姉さんが張り切ってるよ」
「任せっぱなしで申し訳ないわ」

 結婚式はドローシアで行うことになり、その準備は費用や場所の問題もあってドローシア側に丸投げだった。特にルイスの双子のお姉様であるレイラ王女が取り仕切ってくださるとのことでとても有難い。

「いいんだよ、あの人は趣味でやってるようなものだから」

 聞いた話によると実に女性らしい方で音楽や芸術に優れた才女なのだとか。まだ会ったことはないので春になってドローシアでお会いするのが楽しみだ。お母様であるエルヴィーラ王妃に似ているらしいのできっと美しい方なんだろうな。

「あとルイスの誕生日もお祝いしないとね」
「えー、もういいよ、式だけで十分。二回もやる必要ないって」
「せっかくお目出度いのに」

 ドローシアで迎える最後の誕生日なのだから盛大に祝ってもらえばいいのにと思ったんだけど。

「だってめんどくさい」

 まあ気持ちはわからないでもない。

 ルイスはひとしきり愛想を振りまくとサッと窓の扉を閉めて部屋はあっという間に薄暗くなった。誰の目にも届かなくなった私たちはすぐに抱き合ってキスをする。未だに騒がしい人々の楽し気な声が聞こえる中で、顔や体に触れてお互いに存在を確か合う。

「やっと触れた。半年って長すぎるよ」

 会えない時間の長さに文句を言うルイス。私も冬はまだかまだかってずっと考えていつもより時間が流れるのがとても遅く感じた。ルイスと2人で過ごした時間を思い出しては恋しくて堪らなかった。

「うん。ずっと待ってた」

 またキスをして睦み合っていると、騒がしかった笛の音のリズムが急に変わったのでハッとした。慌てて窓を開ければ砦の向こう側に見える人影の多さに息を飲む。

「騎馬隊?」
「そう!帰って来たんだわ!」

 私はルイスから離れると走って階段を駆け下り城の外へ飛び出した。

 あの人数の多さは北からの襲撃に備えて北方を警備しに行っていた軍隊だ。無事ならばいいが戦闘で怪我をした人が居るかもしれない。

 途中で段差に躓いて転びそうになりながら向かえば、ざわざわした人混みの向こう側で馬の上や荷台にたくさん乗っている農民らしき人々に気付いた。彼らは手足に包帯を巻いていたり服を血で汚したりしている。

「ロット!」

 騎馬隊のロット隊長は私の姿に気が付くとすぐに馬を降りて駆け寄って来た。

「もしかしてこの人たち・・・」
「はい、襲撃に合っている所を保護しました。半分は助からず村はほとんど焼けてしまいましたが・・・」
「よくやったわ・・・!」

 運がいい、と神に感謝した。毎年この時期に襲撃で食糧や住む場所を奪われた村人はほとんどが冬を越せずに亡くなってしまう。食料を求めてさ迷っても雪が降るまでに集めきれず、寒さと飢えで死んでしまうのだ。

 だけど今回は騎馬隊が村人を保護し、城には多少の貯えがある。きっと助けられる。

「ただ、23もいるんです」
「王座の間を解放しましょう」

 沢山の命を助けられたのは有難いけれど、彼らを救うためには物資がいる。私はすぐに頭の中で冬を越すために必要な食糧と布の数を計算した。おそらく今城にある分では足りない。

「マリア!畑から皆を呼んで来て!」

 何事かと様子を見に来たマリアに指示を出すと、兵士や村人の皆を王座の間まで連れて行く。

「シンシア、薬と布」

 ルイスが持ってきた清潔な布と薬箱を私はすぐ受け取った。私は箱の中の物を漁って必要そうなものを取り出しながら口を開く。

「ねえルイス、食糧が足りないと思うの」
「もうウィンストンまで買いに走らせたよ。服も布団も食器も足りないからね。今お湯沸かしてるから」

 仕事が早くて助かるわ。

 畑から使用人や子どもたちが帰って来たので、皆で手分けして怪我人の手当てを始めた。王座の間でぐったりと倒れ込むように座っている人々は疲れ切っている様子。無理もない、ある日突然襲撃を受けて住む場所も食べる場所も失い、大切な人まで失ってしまったんだから。

 それでも手当てをするたびに感謝の言葉を述べられる。私たちにとても気を遣っているようだった。

「姉様」

 咳をしているおばあちゃんに薬を飲ませていると、後ろから遠慮がちにルイーゼから声をかけられた。

「どうしたの?」
「怪我が酷くって」

 私はすぐにルイーゼに連れられて年配の男性の元へ駆けつけた。ルイーゼが途中まで処置したらしい、解きかけの足の包帯から覗く皮膚の一部が変色している。

 ルイーゼは心配そうにのぞき込む。

「どうしましょう・・・。こんな風になってるのは見たことなくて。薬は効くでしょうか」
「・・・腐ってる」

 切らなきゃ。

 私は後ろを振り返って兵士の一人に声をかける。

「ノコギリを持ってきて」

 途端、男の顔からサーッと血の気が引いて行く。

「やめてください、お願いです姫様」
「気持ちは分かるけど、これはもう治らないの」

 腐っている皮膚は再生しないから切らなければどんどん腐食が広がっていくだけ。早いうちに切り落とさなければ酷くなる一方で命も助からない。

「嫌です足を切るなんて。そんなの死んだと同じだ」
「同じじゃないわ。命は助かるから。
強い薬があるから安心して」

 運よく強力な麻酔薬がまだ残っている。薬なしに四肢を切り落とさなければならないこともあるので、それに比べたらずいぶん楽なはず。

「いいんです、このままにしておいてください。俺はもう駄目です」
「駄目じゃないわ」

 足が無くなるというのはとてもショックだろう。受け入れられないという気持ちも分かるけれど、すぐにでも処置をしなければならない。最悪本人の意志を無視してやるしか・・・。

「誰か、衝立を持ってきて」
「姫様!」
「ごめんなさい」
「必要ないです!他の奴らを助けてください!」
「必要なのよ。あなたはあなたしかいないんだから、見捨てることなんてできないわ」

 騒がしいので一気に皆の注目を浴れば、汚れた布を洗いに行っていたはずのルイスが戻って来た。

「どうした?」
「ルイス・・・」

 私は男の腐った足をこっそりとルイスに見せる。しかしルイスはふーんと特に表情を変えることなく口を開いた。

「何?渋ってる?」
「そうなの」
「痛いからねえ」

 痛いなんてものじゃない。切り落とすまではすぐに終わっても、足を無くしたという苦痛は一生続く。

「どうして嫌なのかな。死ぬよりはいいと思うんだけど」

 ルイスは男に尋ねる。彼は目を点にしてルイスを見た後、視線をさ迷わせて動揺しながら答えた。

「生き残ったとしても歩けないんじゃ・・・」
「義足をつければ歩けるよ」
「義足?」
「足の代わりになるもの。元通りとはいかないし杖は必要だけど、ちゃんと歩けるから生活はできるよ」

 グレスデンの村人は当然義足なんてものを知らない。彼は目を白黒させながらルイスに食らいつくように言う。

「じゃ、じゃあ畑もまた耕せますか!?」
「んー、農作業は難しいかも」

 なにもここで正直に言わなくてもと思ったが、ルイスは嘘偽りのなくハッキリと答えた。男はシュンとして首を横に振る。

「じゃあ・・・いいです。仕事ができないんじゃ生きていけません。どうせ村の畑もほとんど駄目になってしまった。ここで姫様たちのお荷物になるくらいなら・・・」
「仕事ならあるから大丈夫だよ」

 ルイスは皆に聞こえるようにわざと声を大きくして、男に向かって言う。

「果実酒の増産で人手が足りないんだ。皆が働いてくれると助かるんだけどな」

 途端にキラキラと輝き出す村人たちの瞳。さっきの疲れ切って精気がなかった頃に比べたら、わかりやすいくらいに元気になってそれぞれ動き始めた。そうか、働く場所がなくって皆落ち込んでいたのか。

 さすがルイス。

 男も涙目になって何度も頷く。受け入れてもらえたのでホッと安堵のため息を吐いた。

「じゃあ、準備するから待っててね」

 私は立ち上がり誰にも聞こえないようにこそっとルイスに耳打ちをする。

「働き口なんてあったのね」

 これだけの人手を必要とする大きな事業が、このタイミングで良くあったわね。ここの人たちは本当に運が良い。

「いや、ない」

 え。

 ルイスの聞こえるか聞こえないかくらいの小さな囁き声に固まる。

「ないから、つくるよ。大丈夫」
「・・・なるほど」

 元気づけるためにわざと嘘ついたのね。さすがルイス、人を騙すのがお上手。今はない仕事も本当に仕事を作ってしまえば嘘にはならない。

 ルイスはニヤッとした顔を私に近づけた。

「惚れ直してくれていいよ」
「惚れ直してるわよ、いっつも」

 私はいきなりちゅっとキスをする。後でたくさん冷やかされたけど、皆が幸せそうに笑っていたので恥ずかしいよりも嬉しかった。




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