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11話・変えられない生き方
(3)
しおりを挟む座ったまま器用に眠っているルイスを挟んで階段に座る私とイズラ王女。なんとも奇妙なこのシチュエーションに訓練中の兵士たちも集中力を切らしてこちらをチラチラと伺い始めた。
しばらくは沈黙が続き、先にイズラ王女が口火を切る。
「それで、いくら欲しいですか?」
まだ続くの?その話題。私は肺にある空気を吐ききってから、ルイスを起こさないようできるだけ小さな声で返事をした。
「そんな理由でお金を受け取ったりしないわ。いくら積まれてもルイスと別れるつもりはないから」
「グレスデンは貧しいのでしょう?そのお金で助かる命はたくさんあるはずです」
それはそうだけど、お金以上に問題なのはドローシアとの国際関係。万が一戦争でも始まれば失わなくてよかったはずの命まで奪われてしまう。
「もっと大切なものがあるのよ、私には。お金でどうこうできることじゃない。
だからその件は諦めてちょうだい」
強めに断ると彼女は横目でも分かるほどブスッと不機嫌になった。それでも顔立ちが可愛らしいから見ている方は不快感を全く感じない。つくづく可愛いって得だと思う。
私にこの人の可愛さのひと欠片でもあればなあ・・・。
「そんなにルイス殿下がお好きだということですか?」
「ええ、まあ、ルイスのこともあるけど」
「でもいつか故郷に帰られるのでしょう?」
「もちろんよ」
「ではルイス殿下はどうなさるんですか?」
どうなさるもこうなさるもない。
「別れるしかないわね」
「ドローシアに嫁ぐという選択肢もありますけど」
「それはないわね。もしお父様がそうご決断なさったら私は従うことになるけど、可能性はほとんどないわ」
お父様は婿養子だから、今のグレスデン王家に祖先となるグリゼイン・ヴェイン家の血を引いているのは私だけ。おそらくお父様は国王に即位したアディと私の子を結婚させて王家に血の繋がりを取り戻すつもりなんじゃないだろうかと思っている。つまり、私は他所の国へやることはない。
「では別れる前提でお付き合いをしていると?」
「・・・まあ」
別れればイズラ王女としては万万歳だろうに、彼女は更に不満ありありの様子で食って掛かってきた。
「わたくしなら全てを捨ててでも愛を貫き通します!シンシア王女は大してルイス殿下のことが好きではないのでしょうね!」
なんでそうなるかな。極論過ぎるんだけども。
大して好きじゃない、だなんてことは決してない。ただ私にとってグレスデンが大切過ぎるだけで。
「比べることではないでしょ」
「いいえ、シンシア王女は愛が足りないのです。何を犠牲にしてもルイス殿下と添い遂げるという愛が」
「えー・・・」
ルイスのことはちゃんと好きだし、愛が足りないなんてことはないと思うけど。そもそも愛情なんて色々な形があって測れるものじゃない。
「その点、わたくしは愛している方と結ばれたならどのような最期を遂げても構いません。国外逃亡だろうが心中だろうがどんと来い、です!」
「一気に物騒になったわね」
腰に手を当て鼻高々に言いのけたイズラ王女。ほんとにルイスのことが大好きなのね。一生懸命で一途で真っ直ぐで羨ましい。
「あなた可愛いわねえ。お人形さんみたい」
「はい!ルイス殿下にも可愛いって言っていただけました!」
ルイス、こういう子好きそう。なんとなく。
「家の格も合うし、ルイスが結婚するのはあなたみたいな子なんでしょうね」
「敵に塩を送るつもりですか!さては油断させて自滅を狙おうって魂胆ですね?」
「え、あ、うーん」
やりづらいなあ。私は苦笑いをして話を続けた。
「可能性があるんだから、お金なんかで人を操るような真似を止めて正々堂々頑張ったら?ってことよ」
「シンシア王女はそれでいいんですか?殿下のこと好きなんですよね?もし殿下が私を好きになったら悲しくないんですか?」
「・・・好きな人には幸せになってほしいの」
いつかルイスが心から愛せる人が現れるといい。良いところも悪いところも全部受け入れて、一緒にいるだけで幸せになれるような人が。策士の彼ならば相手が誰だろうが上手く結婚まで漕ぎ着けることができるだろう。
ルイスのことも、最初はこんなヤツ誰が好きになるのって思ってたけど、知れば知るほど面白くて魅力的な人だからきっと愛されるはずだ。
「恋っていいものよね」
一緒にいるだけで幸せになれるなんて凄い力。
ところがイズラ王女には心底不思議そうな顔をされてしまう。
「好きなら添い遂げたいって思わないんですか?相手が幸せになっても自分は独りぼっちじゃないですか」
「私、望めないことは考えないようにしてるの。
初めから期待しなければ裏切られることもない。ほら、グレスデンって貧しいから欲しいものって全く手に入らないでしょ?だから我が儘を言ってもなんにもならない事を身を以て知ってるのよ」
ルイスとずっと一緒に居たいに決まってるでしょ。でも叶わないから期待しない。そうしたらガッカリせずに済むから。
「そんな・・・自分らしく生きられないなんて地獄みたいなものですよ」
「地獄でもなんでも、それが私の生きる場所なの」
「辛くないんですか?」
「うーん、辛くはないわね」
空腹に嘆いても責任の重さに押し潰されそうになっても、王族をやめて一般人になりたいと思ったことはない。
「私ならすぐ逃げちゃいますよ。もちろんルイス殿下と一緒に」
「いいんじゃない?それも素敵だと思う」
「無責任だって怒らないんですね」
「そりゃ困る人だってたくさんいるだろうけど、それぞれの生き方があるわけだし・・・。幸せになりたい人を否定できないわ」
お母様やイズラ王女みたいに自分の幸せを求める生き方も有りだ。無責任と言う人もいるだろうけど、自分の好きな人は幸せになってほしいと思う。
「なんでだろう、矛盾してるってわかってるけど、自分は駄目なのよね。国に尽くし続けたお母様の姿に憧れてきたからかなあ・・・。
逆にルイスは色んなものに囚われず生きてほしいわ。まあ、器用でなんでも出来てちゃっかりしてる彼のことだから、放っておいても勝手に幸せになってそうだけど」
「・・・」
「どうしたの?」
彼女は急に黙り込んで俯いてしまった。
「なんだかよくわからなくなってきて・・・。
シンシア王女はルイス殿下のことをお好きなんですよね?」
「もちろんよ」
「すごくすごーくお好きなんですよね?」
「まあ・・・そうだけど」
寝ているとはいえ本人が居るのにここまでハッキリ言われると照れてしまう。
イズラ王女が再び黙り込んだかと思ったら、気づいた時には頬にハラハラと流れる透明な雫が。ウソー!私なんにもしてないのに!
「大丈夫!?どうしたの!?」
「すみません、とても・・・失礼な事いろいろ言ってしまいました。殿下をとられてしまったのが悔しくて・・・」
「私は大丈夫だから、泣かないでっ、ねっ?」
周りの視線が痛い・・・。
「意地悪言ったら本性現すんじゃないかと思ってつい・・・。ブスだなんて嘘です。ごめんなさい~」
あれ?私ブスだなんて言われたっけ!?
「お肌が白くて綺麗だし、背が高くて格好いいし、えっと、グスッ、それから、お顔立ちも普通にお綺麗で・・・えっと・・・」
「いいわよ、無理矢理褒めなくても・・・」
グスグスと泣き続けるイズラ王女。かける言葉も見つからず参ったなあと困っていたら、ハッと背後に気配を感じて後ろを振り返る。
そこには膝掛けを手に持って固まっている衛兵のお兄さんが。イズラ王女が泣いてるから声を掛けづらかったのね・・・。
「持ってきてくれてありがとう」
「はい、いいえ、これくらい」
膝掛けを受け取るとルイスの背中にそっとかける。訓練で汗をかいてるはずたから冷やさないようにしなきゃ風邪をひいてしまう。
「んー・・・」
あ、まずい、起きそう。
彼は眠そうにうっすらと目を開けてこちらを見ると、再びコテッと眠ってしまった。―――頭を私の肩に乗せて。
うれしいけど、うれしいけど今は止めよう?隣にイズラ王女が居るのよ?彼女に申し訳ないと思わないの?ルイスなら絶対にイズラ王女の気持ちに気づいてるんでしょ?
私は諦めてため息を吐いた。ハア、マイペースなんだから。あとけっこう重い。
「まだ寝る~」
私に頭を預けたまま突然ふにゃふにゃと喋りだすルイス。
「ルイス?起きてるの?」
「寝てるよ」
起きてるじゃないの。そんなハッキリと寝ながら受け答えできて堪るか。
ルイスは両手を空に上げ大きく伸びをした。
「うーん、よく寝た・・・気がする」
「良かったわね」
「シンシア、わざわざここまで会いに来てくれたんだね」
「え?そこから?」
寝起きだからか、ルイスは私を見るなりにこーっと笑って抱きついてきた。容赦なくぎゅうぎゅうに締め付けられて苦しい。
うれしいけど、うれしいけどイズラ王女がすぐそこに!
「ちょっと、ルイス!まだ寝惚けてるでしょ!」
「ううん、起きてるよ」
どうだか。まだ目が開いてないじゃないの。
結構な力で抵抗しているのにルイスは容赦なく腕に力を込めて、抱き着くどころか頬や額に口付け始める。ああ、怖くてイズラ王女の顔が見れないわ・・・。
「はぁ、この感じ久しぶりだなあ」
「皆見てるからやめましょう?」
「いいよ別にどうでも」
「どうでも良くない!」
強めに抗議すると、えー、と文句を言いながらもルイスは離れていった。ホッとした私は大きく息を吐いて項垂れる。なんで訓練を見学しに来ただけなのにこんなに疲れているんだろう。
「殿下、そろそろ面会の時間になります」
いつの間にか背後に居たフィズさんから声がかかると、ルイスはゲッと明らさまに嫌な顔をする。
「嫌だよ、せっかくシンシアが来てくれてるのに」
「お時間です」
「・・・・・・ハアアァァァ」
すっごく長いため息を吐くルイス。観念したのか、別れの挨拶をと私の手を握って目を見つめられた。
「ごめん、もう行かないと」
「わかった、行ってらっしゃい」
「せっかく来てくれたのに」
「気にしないで」
そのまま意味もなくずっと手を握っていたけれど、フィズさんの殺気立った眼光にルイスはしぶしぶといった様子で連れられて行った。まるで売られていく子牛のように最期までチラチラとこちらを振り返りながら・・・。
姿が見えなくなったところで一息つく。これでやっと部屋へ戻れるわ。
イズラ王女に最後の挨拶をしようかと振り向けば、彼女は両手で真っ赤になった顔を覆っていた。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫、です。覗き見したりしてないですから」
「・・・うん」
そういうことじゃないんだけど、まあいいか。
「では私は戻るから。お元気で」
私はルイスの残していったひざ掛けを持って立ち上がると、何故か私の腕にイズラ王女が巻き付いてきた。
「待ってください!」
「どうしたの?」
「お時間があるなら少しお付き合いくださいませんか?お聞きしたいことがあるんです」
あれだけ質問攻めにしておいてまだあるの?と驚いたが、特に用もないのに断るのも悪いかなと思って承諾する。
私たちは再び並んで階段に座り直した。恋敵のツーショットに周りの視線は更に動揺が増していくばかり。訓練の見学に来たはずなのに、今では逆に私の方が見世物になっていた。
「それで、何が聞きたいの?」
「殿下のことを色々知りたくて」
「本人に直接聞いたら?あなたの方が知ってることは多いと思うけど。ルイスと仲が良いんでしょう?」
それに最近はろくに部屋にも戻ってきてないし、私よりイズラ王女と過ごす時間の方が長いんじゃないかしら。
「いえ、殿下にはお仕事として滞在期間中の私の案内役をしていただいてるだけですから。
聞いても答えが曖昧だったりはぐらかしたりなさるので、シンシア王女ならご存知かと」
「そう。まあ・・・私に答えられる範囲でよければ」
正直に言うとすごく複雑。なんで恋敵の手助けしてるんだろうって疑問だし、でも答えなかったら心が狭いみたいで後味悪いし。
私が頷くと、彼女はぐいぐいと身体を近づけて訊ねてきた。
「さっそくですけれど、殿下とはどこまで親密でいらっしゃいます?」
「親密?」
「恋人としてどこまで経験していらっしゃるかしら、と思って」
なんてこと聞いてくるの、この子。
私は若干引き気味で訊ね返す。
「いやいや、それ聞いてどうするの?」
「未来の妻として知っておこうかと」
「止めといた方がいいと思う」
過去の恋愛の話題は割とタブーなんじゃ?
「知りたいんです!お願いします!」
「ええぇ・・・」
一緒のベッドで寝てます。でも犬みたいに扱われてます。―――なんて死んでも言いたくないわ。恥ずかしすぎる。
ここはそれっぽく答えておこう。
「き、キスなら・・・したけど・・・」
がーん、とイズラ王女はショックを受けた顔をした。傷つくなら最初から聞かなきゃいいのに・・・。
彼女はふぅっと小さく息を吐いて乱れた精神を調えると、また再び似たような質問を続けてきた。
「それで、二人きりの時の殿下はどのような感じですか?結構甘えてきたりします?」
これまたヤな質問だなあ。人目がある時は(演技で)甘えてくるけど、二人きりの時は基本的に塩対応だ。そもそも私たちは本当の恋人ではないわけで、私だってその答えはわからない。
「普通だと思うわ。―――あ、でも結構子どもっぽいところあるかも」
え?と彼女は目を丸くする。無理もない、彼は人前じゃ完璧な優等生演じてるんだから。まあこれくらいならバラしても問題ないわよね。ごめん、ルイス。
「あの殿下が?」
「ふざけたり我が儘を言うこともあるわよ。後、よく大笑いしてるかも」
「そんな・・・口を開けて笑うのですか?」
口を開けるどころか全く遠慮のない笑い方されるのよ。それがもう腹が立つのなんの。
「もちろん優しいわよ、もちろん」
取って付けたようなフォローも忘れずにしておく。
イズラ王女は今度は口に手を当てて何やらぶつぶつと言い始めた。
「やはりわたくしは殿下の好みから大きく外れてるのかしら・・・。いや、でもそんなはずは・・・」
彼女は大きく深呼吸してから気を取り直した。
「わかりました。殿下を笑わせたらよいのですね」
誰もそんなこと言ってない。
「それはちょっと違うような気が・・・」
「絶対負けませんから!」
謎の勝利宣言をすると、すくっと立ち上がった彼女はスカートの裾を捲し上げて走り去っていった。
なんだったんだろう・・・と半ば呆然としていると、パチリと衛兵のお兄さんと目が合って気まずさからお互いに苦笑いをする。
「大変でしたね」
「そうね、おもしろい子よね」
あの子の相手は苦労するだろうなあ。ルイス、頑張れ。
最近のルイスの疲れ具合から色々想像してしまって、彼に思わず同情したのだった。
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