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5話・恋しい故郷
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しおりを挟む温室で話し込んでいたらあっという間に時間が過ぎていた。それにしても皆よく喋るから疲労感がすごい。
彼女たちの話を聞いた限りでは、彼女たちは私の演技を不審に思ってはいないようだ。ちゃんと恋人同士に見えるみたいだったし、私の演技下手はルイスの思い過ごしだと思う。後で文句言っておこう。
それにしても驚いた、私とルイスの仲をあんなにあっさりと受け入れてもらえるなんて。良い子ちゃんモードのルイスなんて絵にかいたような王子様なんだから、もっと身分も容姿も良いご令嬢がお似合いでしょうに。応援してもらえるなんて嬉しい誤算だった。
それにルイスが話してくれないドローシアの内政に関する色んな事も聞けた。信仰の聖地であるドローシア内でも宗教に対する温度差はあって穏健派や強硬派が対立していること、歴史上では全滅したとされている禁忌の異教徒もこっそりとまだ息づいていることなど、ドローシアの内情もかなり面倒で大変なようだ。
せっかく色々と話を聞けたのだから今日こそはお父様に報告しよう。ルイスの部屋へ帰る途中思い立った私は急に方向転換してお父様の部屋のある西の方の一角を目指して歩き出す。
しかしゲストルームのある西側は遠い上に道が複雑で、一度通っただけの記憶が曖昧な私はなかなかたどり着けない。自力での到着を諦めて次に会った衛兵にでも道を聞こうと思ったが、なぜか辺りはシンと静まり返って人の気配が全くない。
あれ?何か違う。
そう思った時にはもう誰の姿も見つけることができなくなっていて、私は焦りから歩調を速くしながらドローシアにしては狭い廊下をひたすら突き進む。
そうして迷ってから十分ほどたったころ、ようやく人の声が聞こえてきて私は安堵から大きくため息を吐いた。
よかった、これで道が聞ける。
「・・・・が・・・・のは・・・―――」
遠くの廊下の曲がり角から聞こえて来た声は年配の男性のものだった。もう角を曲がれば姿が見えるであろう場所まで近づいたが、その瞬間、聞こえて来た言葉に急に私の足が止まって動かなくなった。
「クラー王妃の件で・・・」
ピタッと全身が凍り付いたように硬直する。
なぜ、こんな所でお母様の名前が・・・。
「ヘンリックの話によると回収は不可能らしい」
「手紙の件はどうなった」
「既に手配済みだ」
居るのは男二人だ。話の詳細は途中から聞いただけではよくわからなかったがお母様に関係あることのような気がした。それは完全なる勘だったけど、嫌な予感がした私は硬直した身体を叱咤して恐る恐る廊下の角から声がする方を覗き見る。
バクンバクンと心臓の音がやけに耳に響いて煩い。
「それで返事は来たのか」
「来た。問題はなさそうだ」
―――神官だ。
そう、お母様が駆け落ちした相手はドローシアの神官の男なのだから、ここに居るドローシアの神官たちと縁があるのは考えてみれば当然のことだった。彼らはお母様が神官の男と失踪したことも当然知っているだろう。
そこであることを思いついた。―――もしかしてこの人たちは、お母様と一緒に逃げた男の居場所を知っているんじゃないか。
ドローシアの神官ならば金銭はそれなりに持っているだろうが、伝手を頼らず一国の王妃を連れて逃げるのはそう簡単じゃないはずだ。だったら誰かの助けを借りたのだと考えると自然だ。男にだって故郷であるドローシアに家族はいるはずだし、その家族が居場所を知っている可能性もある。
今はとにかくこの神官たちの会話を一語一句聞き漏らすまいと壁に張り付いて聞き耳を立てた。
ところが彼らはそこで急に会話をしながら歩き出してしまい、置いて行かれそうになった私は見つからないようにこっそりと彼らの後をつけていく。良くないことをしているのはわかっていたけれど、お母様の名前を聞いて何も聞かなかったフリはできない。
もしこんなことをしているのが見つかれば大問題になるだろう。緊張でどれだけ息を殺しても心音は隠せそうにないほど激しく鳴り響く。
「グレスデンはどいつもこいつも獰猛だな。一筋縄ではいかんぞ」
「どうかね。これ以上悪い噂が立てばあのシンシアも泣いて国に帰るかもしれん」
「人前で堂々と裸になるような娘が噂ごときでどうにかなるものか。
それよりあの馬鹿王子には困ったものだ。馬鹿は馬鹿なりに大人しくしておけばいいものをあんな娘に懸想しおって・・・」
「まあまあ、若者の恋愛など長続きせんよ」
なんとか見つからない距離を保ちつつ追い続けていたが、突然現れた厳かな雰囲気の扉に私は絶望した。神官たちは当たり前のように通っていったけれど、扉の前には見張りの兵士が居て私はこれ以上先に進めないことを悟ったからだ。
どうしよう。神官たちはもう既に扉の向こう側へ姿を消して声は全く聞こえなくなってしまった。
このまま引き返すわけにはいかない。そうだ。窓を伝って向こう側に行けないだろうか。二階だからもしかしたら―――
「おい」
「ひっ!」
背後から伸びて来た手が私の肩を掴み、吃驚した私は全身から冷や汗を流しながら後ろを振り返る。
「何やってんだ、こんな所で」
「へ、陛下ぁ!?ごめんなさいごめんなさい、ただ道に迷っただけで・・・!」
見つかったのが神官じゃなくてよかったけれど、神官の次に最悪の人物と遭遇してしまった。茶色い髪にルイスのような青い瞳、この世のものではないほど美しい容姿をした彼はドローシアの国王陛下―――――じゃない。
「これ以上向こう側には行けねえぞ?入ったのがバレたら大問題だ」
あんまり怖くない。ドローシアの陛下にある威圧的なオーラがない。話し方もこんなにフランクじゃなかった。
じゃあ一体誰だ?と困惑したところで急にルイスの話を思い出した。確か陛下にそっくりな容姿のお兄様が居ると言っていたような。
「ら、ららららららンス王子・・・っ」
「ララララララランス王子ですよ。それよりこっちおいで。迷ったんだろ?」
コクリと頷けば、彼は人懐っこそうな笑みを浮かべて私の手を握り、今来た道を引き返し始めた。迷ったという私の言葉を信じて、しかも手を繋ぎながら道案内してくださるらしい。
ドローシア王家の第一王子ランス殿下。ご長男でありながら世界各地を旅していらっしゃる放浪癖の持ち主で、世界中に商会を持つ大商人でもある。『お金持ちといえば』という文句で一番に名が挙がるほどの大金持ちとしても有名だ。グレスデンとも縁があり、6年前の飢饉の時には多くの援助をしてくださった私たちの大恩人。直接お会いしたことはないけれど彼の話はお父様から何度も聞かされていた。
「あれ、君、シンシア王女じゃん」
「えっ、あっ、はい、そうです・・・」
早々にばれてしまった。隠すつもりはなかったけれど神官を追いかけて入っては行けない場所まで行こうとしていた手前では気まずい。
「あの、いつぞやは多大なご支援をいただき誠に感謝しております。お陰でグレスデンは飢えずに済みました」
「あの時は売り物にならない下級品をかき集めただけなんだから」
気にするなよ、とニコッと笑った顔にホッと胸を撫で下ろす。なんだ、ちゃんと噂通りの良い人だわ。ルイスと本当に血が繋がっているのか疑うほど優しそうな方だ。
何故か繋いだ手を離さないままプラプラと散歩をするような速度で歩き、彼は遠くの庭を見下ろしつつ口を開いた。
「どう?ドローシアに少しは慣れたかな。グレスデンとはだいぶ違うだろ?」
「はい。どこもかしこも豪華で値打ちものばかりで。少しよろめいた拍子に壊したりしないか肝が冷えます」
「いいよいいよ、壊して」
「いいえそんな、価値のあるものですから。食事も豪華ですし天候にも恵まれていて、とても羨ましいです」
「そう?俺はグレスデンの澄んだ空気が好きだけどなー」
超絶良い方だわ!
ルイス!あんた本当にこの人と血が繋がってるんでしょうね!?
「ルイスの相手は大変だろ?」
「いいえ、そんなことは」
おほほ、と愛想笑いをしたけれど、心の中では貴方の弟は一体どうなっているんですかと文句を言いたかった。言った所で信じてもらえないので言わないけども。
「あいつほんっとうに偏屈だからさあ。性格がねじ曲がり過ぎて一周回ってる感じ」
「そうなんです。それでいちいち嫌味言わなきゃ気が済まないしほんっとうに腹が立つ・・・って、え!」
なんで知ってるの!?と仰天すればランス王子はカラカラと小気味良く笑う。
「ルイスとは仲良いからさあ、なんとなくね。でもあいつ屈折はしてるけどいい奴だから仲良くしてやってな」
「どうやってですか!?」
私だって仲良くしたいわ。ルイスはドローシアの王子で、お金もあって、権力もある。彼を真の味方にできたなら本当に心強い。
しかし実際は何考えているのかわからないし、ナチュラルに人を見下す嫌味ナルシスト野郎なのだ。同盟を結んだ仲間のはずなのに、感覚では内に居る敵。仲良くすればするほど身の危険を感じる。油断していたらそのうち足元をすくわれるんじゃないかって。
「大丈夫大丈夫、そのうち自然に仲良くなれるって」
「そうでしょうか・・・。グレスデンは危機迫っている状態なので、私も両国の仲を深めるために早くルイスの信頼を得たいとは思っているんですけど・・・」
「うん。でもそんなに深刻に考えることはないよ」
そう・・・なのかな。なんだか彼にそう言われると大丈夫なような気がしてくる。
「で、行先はゲストルームでいいんだよな?」
気付いたら私が目指していたゲストルームのある西の一角に近づいていた。良かった、見覚えのある場所まで来られた。
「はい、ありがとうございます。助かりました。父に会いたくってここを目指してたんです」
途中で目的が変わってしまったけれど。
神官は確かに“クラー王妃”だと言っていた。あの時の会話がどうしても気になる。もっともっと神官庁内のことを深く調べてみたいけど、ルイスに訊いたら何か教えてくれるだろうか。
「グレスデンの国王陛下なら城を出てるぞ?うちの父さんと一緒に」
「え!?」
そんな。ここまで来たのに外出中なんて。
一筆いただけたらよかったのにと思ったけれど、元々お父様はあまり人に指図をするような方ではなかったのを思い出してため息を吐いた。やるべきことは自分で考えろ、人に頼るな、どれもお父様の口癖だ。わざわざ自分の行先を私に教えるような方ではなかったわね。・・・失念。
「どうする?」
小首を傾げながら訊ねてくるランス王子に私は苦笑して返事をした。
「じゃあ、部屋に帰ります。ルイスがもしかしたら先に帰ってるかもしれないし」
「え?ゲストルームに泊まってるんじゃないのか?」
「最初はその予定だったんですけど、ルイスの部屋を使わせてもらうことになって・・・」
「うわあ」
王妃様、ご子息もドン引きしていらっしゃるんですけど。そりゃそうだわ、普通一緒の部屋なんて宛がわない。
「大丈夫か?」
「ストレスは溜まりますが、まあルイスは私のことを犬だと思っているようなので、特に今のところ問題はありません。本音はすっごく嫌なんですけどね。あっ・・・」
私もルイスに一目惚れした設定だったのに、ランス王子がルイスの本性を知っているからペロッと喋ってしまった。
しまった!と思ったけれどランス王子は特に気にする様子もなく。
「ははは、本当にうちの弟がごめんな。何か困ったことがあったら俺に言って。ルイスの性格は変えられないけど、少しはシンシアの力になれると思うからさ」
良い人だわあ!!
他人の良心に飢えていた私は涙が出そうだった。思えばドローシアに来てからというもの、周りは敵だらけだし味方はいないしで本当に大変だった。
「また迷ったらいけないし、部屋まで送っていくよ」
「ありがとうございます・・・!」
ああ、一目惚れの相手はこの方だったらよかったのにー!!そうしたら私はルイスの悪態に苛立つこともなく穏やかな気持ちでこの豪華な滞在を満喫できていただろう。エスコートも紳士的で、いつも気遣ってくれて、それからそれから―――・・・。
私は悔しさにギリギリと奥歯を慣らして、ランス王子に手を引かれながら悪魔の住む部屋へと向かったのだった。
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