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3話・波乱の夜会
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しおりを挟む「早くしてもらえるかしら、寒いわ。いつまで私にこの格好をさせるつもり?」
ばーん!と効果音がつきそうなほど豪快にドレスを脱ぎ捨てた私はショーツ一枚姿でふんぞり返った。更に腕を組んでフンッと鼻を鳴らす。
本当に人生とは何が起こるかわからないものだ。敵国へやって来て性格に難ある王子と恋人を演じる羽目になった上、こうして人目に裸を晒すことになるなんて。裸体なんて結婚するまでは誰の目にも晒すことはないだろうと思っていたのにな。
ところで、皆は一体いつまで固まったままでいるつもりなのか。早く誰かが私のドレスを調べない限り私はずっと待ち続けなければならない。いくらなんでもこの格好は寒いんだけど。
声をかけて急かそうと思ったその時だった。料理が盛られた皿を持ったルイスが戻ってきて、彼は私に気付くと大きな目をぱちぱちとさせた。ガシャン!と彼の手から滑り落ちた食器の割れる甲高い音が響く。
「え?何?何事?」
素っ裸の私にルイスは目を白黒させて驚く。動揺した様子はなかったけれど、彼はすぐにこちらへやってきて私に脱いだジャケットを羽織らせた。ルイスのジャケットは今の今まで着られていたものだから暖かい。体格はそう変わらないと思っていたが私には少し大き目だった。
「で、何?何があったの」
「この人がこの場で脱がないと証明できないんですって」
私は神官の男をピシャリと指さして言った。
神官は全身から血を抜かれたかのように真っ青でになって、ルイスの視線が彼に向いた途端にブンブンと激しく首を横に振った。
「いえっ・・!そんな・・・そんなつもりでは・・・っ」
「ザフセン神官長?話が見えないけど、彼女は肌を人目に晒していい女性じゃないのはわかっているよね?」
怖くはなかった。しかし強めに放たれたルイスの言葉に否定の言葉を投げかけられる者はいない。
「とりあえずここは失礼させてもらうよ。シンシアの身体が冷えて可哀そうだ。
詳しい話はまた後で」
ガッと手首を掴まれた私は有無を言わさずルイスに引っ張られて人混みを掻き分けながら出口へと向かう。
スカート切り裂き事件は解決していなかったけれど、興奮から多少覚めた私はルイスに逆らう気力が起きず大人しく従った。これ以上肌を晒したくはなかったしドッと疲れが来て一刻も早く部屋に帰りたい気分だったから。
ルイスに掴まれた手首が熱い。
「あ」
そう言えばドレス置きっぱなしにしてしまった。どうしよう、借り物なのに。
私の声に反応したルイスは足を止めることはなかったがこちらを振り向いた。
「なに」
「ドレス置いてきちゃった。王妃様にお返ししなきゃいけないのに」
「いいよ、そんなの」
そんなのって言われても。
ルイスは人目があるからか当たりは強くなかったけど、良い子ちゃんモードの時のように優しくもない。ぶっきらぼうでそっけない、そんな感じ。怒ってるのかな?とも思ったけどそれは少し違うような気がした。
私は先ほどの出来事に思い出せば思い出すほどイライラしつつ、鼻息荒く夜会の会場から出て部屋へ戻る。
あのザフセンとか言う神官の男、初めから私を犯人と決めつけていた。私が犯人だという確信があったのか、私が犯人であって欲しいという想いがあったのか。しかしいくら政敵とは言えどやっていいことと悪いことがある。冷静に考えてみたら人前に裸を晒したのは痴女以外の何者でもないけど、あの場面で他に選択肢はなかった。
私は悪くないわ!
心の中で全身全霊で叫ぶ。
「フィズ、部屋の前で彼女の護衛を頼むよ」
「しかし殿下が・・・」
「僕は大丈夫、剣を携帯していくから」
頼んだよ、と部屋に着くなり私を残してルイスは来た道を引き返していった。騎士のフィズは扉の外で待機しており、ルイスの部屋の中で一人残された私は肩に掛けられていたジャケットを脱いでそっと椅子の背に掛ける。
白を基調にしたその重たい布地は所々に宝石が縫い付けてある。ドレスに宝石に、私は今日だけでどれだけの額の物を身に着けたんだろう。
首からネックレスを外して、テーブルの上に置く。自分の服をバッグの中から引っ張り出すとすぐに無言でそれに着替えた。寒々しかった足元にもようやく布地が纏われてホッと息を吐く。
それからものの小一時間ほどでルイスは帰って来た。彼は早々に私の両頬を抓って横に引っ張る。
「いたーい」
「バカバカバカバーカ」
いきなりの幼稚な罵倒。そしてルイスは私の両頬から手を離すとそれはそれは大きなため息を吐いた。夜会の会場で事の顛末は聞いて来たようだ。
「はあ、まったく、大馬鹿者」
「あら心外。私は自分の身の潔白を証明しただけなのに」
「だからってその場で服脱ぐ奴があるか、バカ」
まだ言うか。ルイスの口から“バカ”の二文字が止まらない。そんなに私はおかしなことをしたかしら。
「あのままだったら私疑われたままだったわよ。やってもいない罪を被るなんて御免だわ」
「もっとやり様はあっただろ?なんですぐに助けを求めなかったんだよ」
「助けって誰に」
あの場で私は一人だった。味方なんていないのに、誰に助けを求めろと言うの。
ルイスは頭を抱えると、口をへの字にして私を睨みつけてくる。そしてもう一度私の両頬を抓って横に引っ張りだした。
「ひたひ~」
なんで私が怒られなきゃいけないの、と不満でいっぱいだったがルイスもそれなりに怒っているようだったので文句は言わなかった。
さっきのことで身の潔白は証明できたけれど、人前で豪快に裸になった私に対する評判は地に落ちたようなもの。そしてその評判は私を恋人だと公言しているルイスにも飛び火してしまう。怒られても仕方がない。
私は抓まれていた両頬を擦りながら頬を膨らませる。
「あんたには悪かったと思ってるけど、だってすっごく腹が立ったのよ。あの人私のこと馬鹿にして最初から話を聞く気がないんだから。いくら論理的に訴えても納得しないだろうし、脱がなかったら私は完璧に悪者だったわ」
「まあ、まさか向こうも本当に脱ぐとは思わなかっただろうしね」
驚いてたなあ、あのザフセン神官長とかいう人。目玉を引ん剝いて口を大きく開けたあの顔は中々忘れられない。
「それで、オリヴィアとかいうご令嬢だけど、結局どうなったの?」
私が居たのは自分の無実を証明した所まで。あの後スカートが切り裂かれた件が解決したのかを私は知らなかった。
ルイスは「ああ、オリヴィア嬢ね」と無感情に言う。
「さあ、誰がやったのか、そもそも人為的に裂かれたのかどうかはまだわかってないよ」
「そう、まだ解決してないの・・・」
「お前は心配しなくていいよ、母様たちが調べる事だからね」
夜会の主催は王妃様だ。その夜会でとんでもない大騒ぎになり、その騒ぎの一端を担ってしまったことを申し訳なく思う。
「怒っていらっしゃるかしら。あの場で裸を晒すなんて場を荒らす行為をして」
「いいや、母様は事のあらましを聞いて笑ってたよ」
笑う?何故?
それより、とルイスは続ける。
「お前の御父上は大丈夫なの?相当厳しく叱られそうだけど」
「私のお父様は大丈夫よ。うちでは裸云々の前に、あの場で委縮して何もしない方がお叱りを受けるから」
何もできなかった、だなんて許されない。どんな場でも堂々と立ち居振る舞いができない者は王家に必要ない、そういう考え方をする家系だ。
ルイスは疲れたのかどっかりとソファに腰を下ろして背もたれに上半身を預ける。
「変な家だよね、グレスデン王家は。“茨の上でも背筋を正せ”だっけ?ほんとに変な家訓」
家訓なんてよく知ってるわねと感心する。私たちは生まれた時から口が酸っぱくなるほど言われてきた言葉だけど、グレスデン王家の家訓を知っている者はグレスデンでも少ない。
「変わってるけど、そうやって繋いできた血脈なのよ」
「どんな状況でも誇り高くあれ、ってこと?」
「色んな解釈があるんだろうけど私が言い聞かされてきたのは―――・・・」
なけなしの食料を村人に配り終えた後、村から帰って来た私は空から雪が降りて来たことに気が付いた。これから厳しい冬がやって来るというのに、倉にはもう大したものは残っていない。
「終わりましたね」
「はい」
お母様はかじかむ手を擦りながら倉の鍵を閉める。中には盗むようなものはないのに。
「どうして全部あげてしまうんですか?」
毎年毎年、私たちは必要最低限の食料しか残さない。他は全部配ってしまうからだ。
食料を必要としている民がいるのはわかっているけれど、私たちは王族だ。他の貴族たちは自分たちの貯蓄を増やし財産を築いているのに、何故私たちにはそれが許されないんだろう。隣の国の王なんて民が飢えようがお構いなしに宝石や金を買いつけていると聞いている。ところが私たちの城には宝石と呼べるような値打ちのある石はひとつもない。
お母様は私を見下ろし、強い意志の灯った瞳で私の目を見つめる。
「必要ないものだからです」
「しかしお隣の王様はお金を集めています。自分たちの一族を反乱や戦争から守るために。自分たちを力を確かなものとするために」
「わが国もかつては同じでしたよ。多くの王朝が誕生し、そして滅んでいきました。しかし王位についたのが元商人であろうと軍人であろうと貴族であろうと、王座に座るのは束の間の出来事。長く続いた家はありませんでした」
語るのはたぶん私たちの一族が王座についた700年以上前のこと。母様は優しくも力強く話を続ける。
「しかしどんな策を講じても無駄なものは無駄なのです。グレスデンという貧しく厳しい地に生きる人々は、自ら認める王にしか従いません。いくら私腹を肥やし軍を増強しても忍耐強く誇り高い民の前では意味がない。結局グレスデンという国は民の望むような王でなくては王座を守れない。民と共に食料を分かち合い、誇り高くあるような者でなくては」
「でも私たちの家は700年も続いていて・・・」
「それは私たちの祖先、グリゼイン・ヴェイン家が慎ましく誇り高い一族だったからです。人望厚い当時の当主は激動の時代に終止符を打つべく民に望まれて王座に座りました。
それ以来一度も王座の地位が揺らいだことはありません。旨味のない王座など誰も欲しがりませんからね」
難しくて理解が追い付かなかったけれど、お母様の口調はそれはそれは誇らしそうで私まで誇らしかった。
「だから我々は茨の上で背筋を正すのです。死せる最期の時まで、グレスデンの誇りを汚してはならない」
お母様は顔を上げて雪が舞い降りる空を見上げた。
「国の為に尽くして死ぬ。それが私たちの運命です」
雪はあっという間に土の上に積もっていく。音も無く、景色一面を白に染め始めていた。
「おっかないね」
ルイスの感想はそのたったひと言だった。私は思わず身を乗り出す。
「えー、素敵な話じゃない」
「要は民にとって都合がいい存在であれってことだろ」
「言い方」
民にとって都合がいい王家、見方を変えればそうなるだろうけど私はそんな風に思ったことはなかった。王家の人間が村を訪れば皆は冷たく固い地面に膝を着いて涙を流しながら喜ぶ。野生の獣に襲われそうになれば民は自分の命を投げうって盾になろうとする。子どもも、老人も、盗賊でさえもだ。
望まれて尊敬されている。それ以上に王家として素晴らしいことがあろうか。家訓だって一見すると恐ろしい部分もあるが、そうやって何百年もグレスデン王家の在り方を繋いできたのだ。すべては子々孫々に至るまで誰も道を外れることなく、末永くグレスデンの王位と平和を保つことができるように。
「まあでもわかったよ。なんでお前みたいな性格に育つのか。どういう環境で育てばそうなるのか・・・って」
「ふふ、やっと素敵なお話だって分かってくれたのね」
「微塵も褒めてないよ」
なんですって!?
ルイスに共感を求めた私が馬鹿だったわ・・・。
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