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第1章 守護龍の謎

第29話 結託

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 シドニウスと二人で気まずい時間が流れる。おしゃべりなシドニウスも、この時ばかりは無言で佇んでいた。
 それからしばらくして、二人は戻ってきた。

「お待たせしましたロイ。それじゃあ説明しますね」

 フラウは真剣な顔つきで言う。アイシアはどこか恥ずかしそうにそっぽを向いている。

「ああ、お願いするよ」

 俺はフラウの説明を聞くべく耳を傾ける。

「姉様の話によると、私が邪龍として暴走している間に、女神と勇者によって、私の姉妹を含むドラゴンはほとんど討伐されてしまったようです。残ったのは私と姉様だけだと……」
「それは、本当なのか……?」

 フラウは悲しげにうなずいて続ける。

「はい。ドラゴンは人間に比べて優れた能力を持っていますが、元々群れる生き物ではないので、人間が大勢で討伐に来れば、守護龍でもない普通のドラゴンはひとたまりもないのです」
「なるほどな。……それで、アイシアはどうして無事だったんだ?」

 俺は気になっていたことを尋ねてみた。

「この巣穴は、人間が徒歩でやってくるには過酷な場所にありますから……」
「確かに、ここまで来るのはかなり大変だったな……」
「それにしては涼しい顔してるわね……」

 頷くシドニウスに、アイシアが怪訝そうな視線を送る。

「まあ、オレは他の奴らよりも鍛えてるからな」
「ふーん」

 アイシアは疑わしげにシドニウスを見ていたが、やがて気を取り直したようにフラウの方へ向きなおった。

「……それで改めて聞くけど、フラウはこれからどうしたい?」
「私は、女神を倒してこの国を救ってから……ロイと一緒に暮らしたいです。そして……」

 フラウはそこで言葉を詰まらせた。

「……フラウ? どうかしたの?」

 アイシアが心配げに声をかけると、フラウは泣き出しそうになるのを堪えながら口を開いた。

「……願いが叶うなら、守護龍としてロイと私の子孫を残したいですが……それまで私の身体はもつでしょうか……」
「……」

 アイシアは押し黙ってしまった。

「フラウ、大丈夫だよ。きっとなんとかなるさ。それに、俺もパートナーてしてお前を全力でサポートするから」

 俺はフラウの手を握りしめながら言った。

「ありがとうございます。でも、もし仮に私たちが結ばれても、子どもを作る前に力尽きてしまったら……」

 フラウは不安げに俺の顔を見る。

「その時は、……俺が、フラウの分まで生きるよ」

 俺の言葉を聞いたフラウは、涙をポロリとこぼす。

「ロイ、あなたは本当に優しい人ですね……。でも、私はもうあなたの優しさに甘えるわけにはいきません」

 フラウは決意に満ちた表情を浮かべる。

「くよくよ考えるのはやめます。今はただ、この国を救うことを考えます!」

 フラウはそう言って立ち上がった。

「ロイ、一緒に来てください! 女神を倒すための作戦を考えましょう!!」

 フラウは俺の手を引っ張るようにして歩き出す。

「フラウ、どこにいくつもりだ!?」
「女神のところです。このままだと姉様を巻き込んでしまいます。姉様はここにいてください」
「そうね。フラウがどう女神と戦うか、見届けてあげるわ」

「オレはどうする? 正直このまま王都に帰っても、命令を果たせないままでは殺されるだけだと思うが」

 シドニウスが尋ねる。

「あなたは、私とともに来てください。考えがあります」
「分かった」

 俺たちは守護龍の姿になったフラウの背に乗ると、王都に向けて旅立ったのだった。


 ***


 女神教大司教のゴットフリートは、女神より託された力を持て余していた。元々、神が行使する力を託されたところで、人間の身に扱えるはずがないのだ。

 今の女神は邪龍を封印する際に使用した膨大な魔力を取り戻せていない。しかし、この国の民たちはそんな事実を知る由もなく、自分たちが信仰している女神の力を信じきっている。
 そして、強大な邪龍の力が自分達に向けられているという事実も知らずに、今日もまた無邪気に祈りを捧げていた。

「嘆かわしい……なんとも愚かなことじゃ」

 ゴットフリートは嘆息する。この国は、邪龍の恐怖に怯えることもなく、女神に対する感謝を忘れ、その威光を笠に着て好き放題している連中ばかりなのだ。

「再び女神の威光を取り戻さねばならん。そのために、この力を上手く使いこなす必要があるな」

 ゴットフリートは豪華絢爛な自室で独り言ちる。彼自身も、大司教の地位をほしいままにし、信者から集めた金で神に仕えるものに相応しくないほど贅の限りをつくしていた。

「そうじゃ。あの女を使えばよい……魔法についてはあの女の右に出るものはいないじゃろう。せいぜい上手く利用してやるわい。それが叶わぬのなら殺せばよかろう」

 ゴットフリートは、首席宮廷魔導師のフリーダ・マーキュリーを呼び出した。神出鬼没の彼女は、いつもどおり部屋の中に忽然こつぜんと姿を現した。

「お呼びでしょうか?」
「うむ。実はな、そなたに頼みがあるんじゃ」
「何なりとお申し付けください」
「そなたが開発した『アレ』はもう使えるかの」
「アレ……ですか? しかし……」

 フリーダはフードの奥で眉をひそめた。

「何か問題でもあるのか?」
「いえ、私の作ったものは完璧です。しかし、アレをいったいどう使うおつもりで?」
「わしが使う。女神様の威光を取り戻すためにな」

 ゴットフリートはそう言うと、傍らに置かれていた水晶玉に手をかざした。すると、そこに金髪の美しい女性が姿を現す。──女神のソフィアだった。

「これは……?」

 フリーダは驚きの声を上げる。

「ふっ、驚いているようじゃのう。女神様の復活も近いというわけじゃ。──断れるとは思うなよ?」

 ゴットフリートは満足げに笑みを浮かべると、さらに言葉を続けた。

「すぐにでもアレを用意せよ。できなければそなたも女神の供物となると心得よ」
「アレをおいそれと他人に渡すことはできません。例えそれが大司教や国王陛下であったとしても」
「ほう、まだ立場の違いがわからぬようじゃの。いいだろう。ならば、実力行使といこうではないか」

 ゴットフリートはそう言って、杖を構えると、詠唱を始めた。

「天よ我が声に応えよ。大地よ我が命に従い、その姿を現せ。そして、悪しき者どもを打ち滅ぼす力を我に与えたまえ。──【雷神の槌テュールハンマー】」

 すると、部屋の床に幾何学的な紋様が浮かび上がり、そこから巨大な光の槌が現れた。

「大司教、まさかその力は!?」
「ふん、貴様も見たことがあるじゃろ。これは女神様の力じゃ」

 ゴットフリートはそう言って笑う。

「では、死んでもらうぞ。女神様のために!!」

 ゴットフリートがそう言った瞬間、巨大な槌が振り下ろされる。フリーダは咄嗟に防御障壁を展開したが、一瞬にして砕け散った。

「ぐあぁあああっ!」

 衝撃によって吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたフリーダは血を吐く。

「ふははははは! どうじゃ? 最強の魔導師といえども所詮は人間。女神様のお力に敵うはずがなかろうて」
「ごほっ……なぜこんなことをするのです?」
「女神様に仇なす不届き者を始末するためじゃ。そして、再び女神様が降臨なさるときに邪魔なものを消しておくためでもある。──フリーダ・マーキュリー。そなたは危険すぎる」
「私を殺しても、この国が平和になることなんてないのよ!」
「そんなことは分かっておる。わしと女神様が望むのは『混沌』。……再び人々が女神様にすがりたくなるような。死と飢えと恐怖に支配された世界じゃ」

 ゴットフリートは狂気に満ちた目で笑いながら、フリーダに近寄っていく。

「では、さらばじゃ。この国には必要のない存在よ」
「必要がない? それはあなたのことを言うんですよ」

 フリーダは立ち上がると杖を構えた。

「まだそんな元気があったか。だが、もう手遅れだ」

 ゴットフリートは再び魔法を発動させようとする。

「させないわ」

 フリーダはそう言うと、素早く詠唱を済ませて魔法を放つ。

「──【|光弾《ライトボール)】」

 フリーダの放った魔法は、ゴットフリートの魔法よりも早く到達し、彼の体を吹き飛ばした。

「な、なんじゃと……」

 ゴットフリートは驚愕の表情を浮かべると、フリーダは不敵に笑った。

「大司教、あなたは勘違いしているわ。私は女神の信徒ではないけれど、その目的は一致している。──この国を正そうという点においてはね」
「……何が言いたい?」
「それに、あなたが女神の力を授かったというのなら話は別よ。アレを渡しましょう。協力してあげる」
「協力だと? 何を企んでいる?」
「私の目的を果たすために決まっているじゃない。そのために、まずはこの国のうみを取り除く必要があるの。だから、女神を利用する。あなたたちも私を利用するといいわ」
「ふんっ……まあいい。アレさえ手に入るのであれば、そなたが何を考えていようと構わんわい」

 こうして、フリーダとゴットフリートは秘密裏に結託した。そして、2人は王国を内側から蝕んでいくこととなる。
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