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第33話 何者だこいつ!

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 彼女の声は次第に小さくなっていく。

「ま、とにかく! ルナの奴に一泡吹かせてやるために、ちゃちゃっとクエストクリアしちゃうわよ!」

 フローラがそう宣言したところで、ふと視線をノエルに向け眉をひそめる。

「で、なんでアンタがここにいるわけ?」
「やっほーフローラ」
「やっほーじゃないわよ! アタシはアンタが大嫌いなの!」
「なんで?」
「バカ乳だからに決まってるじゃない!」
「ひどいなぁ……」
「うるさい!」

 二人は睨み合う。なんだよ知り合いかよ。

「ちょ、二人とも落ち着けって」

 俺が間に入ってなんとか仲裁しようとするとフローラはフンと鼻を鳴らして窓の方に目を向けてしまった。
 一方ノエルの方はというと──「ねぇリッくん。なんでフローラは怒ってるの?」と俺に尋ねてくる始末だ。

「俺に振るなよ……自分の胸に聞け」

 ノエルは自分の大きな胸を見下ろし

「そっかそっか。ごめんねぇ~、私が大きすぎて」

 と言ってヘラヘラ笑っている。あの、別にそういう意味で言ったんじゃないんですが! 自分の心に聞いてくれって意味で言っただけなんですがねぇ!
 その後、何故か俺がフローラとクロエに殴られた。アルフォンスは大爆笑していた。


 それから馬車は三、四時間ほど走ったところで停車した。目的地に着いたらしい。
 俺たちはすぐに外に出て辺りの光景に息を飲む。目の前に広がるのは巨大な山脈だった。いや、山というよりはまるで巨大な壁がそこに立っているような感覚さえ受ける。
 その雄大さに圧倒されているとフローラは自慢げに語り始めた。

「あれが『月光山脈』。世界最大級の魔境であり、古の時代から多くの竜が生息してきた地でもあるわ」
「すごいな……」

 俺は思わず感嘆の声を漏らす。こんな場所、クリストフたちと冒険者をやっていた頃には訪れたことがなかった。きっと、今まで相手したこともないような恐ろしいモンスターがうようよしているに違いない。南の街ハーウェン周辺にこんな大山脈があったなんて……世界はまだ広い。

「この山脈のどこかにルナたちが向かったドラゴンの巣穴があるはずなんだけど……」
「何かあてはあるんですか? この山に巣食うモンスターの情報とかも……」
「ないわ」
「ないのかよ!?」

 俺は呆れつつも質問する。

「じゃあ、どうやってこの広大な山の中を探し回るんですか? それに、仮に巣穴を見つけたとしても俺たちだけで退治できるかどうかも……」
「目的はあくまで自ら聖フランシス教団の罠にかかりにいっちゃったルナを通りすがりの冒険者のフリをして助けること。だからドラゴンと交戦する必要はないの。それにあの子の魔力ならアタシ覚えてるからちゃんと辿れるわ」
「はぁ、なるほど……」

 つまりルナを見つけ出すのにそれほど苦労はしないと……。だが、やはり問題は聖フランシス教団だろう。奴らの戦力が未知数である以上、下手に手出しはできない。
 といっても、ルナがピンチならやるしかないんだけどな。

「じゃあとりあえず行きましょう」
「えぇ……」


 こうして俺たちはフローラの案内のもと、洞窟の一つに辿り着いた。

「ここから微かにルナの魔力を感じるわ」
「信用していいんですよね?」

 クロエがそう言うと、フローラは力強く言い返す。

「もちろん。公爵家の名誉にかけて!」
「フローラ、ルナのことになったらいつも必死だよね」

 ノエルは苦笑いしながらそう言った。

「う、うるさい! さっさと行くわよ!」

 俺たちはフローラを先頭に中に入ろうとした。が、その時……


「あらあら? 皆さんお揃いで、どうされましたか?」

 突然背後から見知らぬ声がした。振り向くと、純白の法衣に身を包んだ金髪の美女が立っている。彼女がお姫様抱っこしているのは、ぐったりとしたルナだ!
 だが、それよりも驚いたのが、こいつがいつの間に現れたのか分からなかったこと。全く気配がしなかった。何者だこいつ!

「……っ!」

 俺が剣を構えようとした時、既にクロエとアルフォンスが動いていた。二人の動きはほぼ同時に見えるほどだった。流石だな。

「その子を離しなさいっ!」
「ちょっと! やめなさい! そいつは……さすがに相手が悪すぎるわ!」

 フローラの制止も聞かずにアルフォンスは目くらましの火薬のようなものを投げつけ、その隙にクロエは素早く美女の背後に回り込むと短剣を突き出す。しかし──

「なっ!」
「消え……」

 二人から驚愕の声が上がる。俺の目にも一瞬、そいつの姿が消えたように見えた。クロエは即座に反応し、後ろ回し蹴りを繰り出す。だが、空を切る音と共にまたその姿を見失う。そして気がつくとそいつは俺のすぐそばに立っていた。

「クソッ!」

 慌てて魔剣『リンドヴルム』を構える。フローラが二振りの炎剣を抜き、ノエルが杖を構えてそいつに向けるが、そいつがスッと片手を上げた瞬間誰一人動くことができなくなった。それほどの威圧感をそいつは放っていたのだ。
 背中を嫌な汗が伝っていく。格が違いすぎる。

「……誰だお前?」
「ふふっ、お初にお目にかかります。私、聖フランシス教団の大司教、クリスティーナと申します」

 クリスティーナは丁寧なお辞儀をする。その妖艶な仕草に不覚にも見惚れてしまう。なんだこの圧倒的な美人は……!? だがすぐに我に帰る。
 こいつが俺たちの敵、聖フランシス教団の大司教だというのか? なぜ、なんのためにここに現れた? その気になれば俺たち全員を殺せるほどの力を感じるのに、何故それをしない? 遊ばれているのか?
 考える時間を稼ぐため、俺はクリスティーナに質問を投げかけた。

「どうしてルナを抱えている?」
「見ての通り、気絶させてしまいまして……大丈夫です。死んではいませんから」

 クリスティーナはルナの顔色を見てクスリと笑みを浮かべる。なんて美しい笑顔なんだろう……。その美貌に見惚れていたのは、俺だけではなかったようだ。隣にいるフローラもノエルもボーッとして心ここに在らずといった感じだ。

「そう……か」
「フローラ嬢。この状況をご説明いただけますか? カロー公爵家は聖フランシス教団に盾突くということでしょうか?」

 俺に興味を失った様子のクリスティーナがフローラに目を向ける。声をかけられたフローラは明らかに動揺していた。

「それは……いや、その……」

 カラン、カランという音を立てて、フローラが握っていた二振りの剣が地面に落ちた。
 彼女の手から離れたのではなく、彼女が力を抜いたせいで落ちてしまったのだと気づいたのは、フローラが膝から崩れ落ちてからだった。
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