上 下
12 / 13

第12話 セシリア嬢の推理

しおりを挟む
 ヨハンはお嬢様の目を見ながらはっきりと告げた。
 お嬢様もまっすぐにヨハンを見つめ返す。その瞳はどこか戸惑い気味だった。

「し、しかし……公爵位など私の身には余ります……」
「そうでしょうか? 実際、グリム公爵よりもセシリア嬢のほうが数枚上手うわてだったようですが?」
「私ごときに貴族としての役目が務められるはずもありません」

「シュテルケル王家にはあなたのような優秀な臣下が必要なのです。……どうか、公爵として国を──未熟な私を支えていただけませんか?」
「……」

 ヨハンの熱心な説得に、しばらく押し黙っていたお嬢様だったが、やがて覚悟を決めたようで、口を開いた。

「……承知いたしました。このセシリア・ブルギニョン、つつしんで公爵位をたまわりたく存じます」
「よくぞ申されました。共に国民が安心して暮らせる平和な世界を作りましょう」

 そう言ったヨハンはとても穏やかな笑みを浮かべており、それが心からのものだと分かる。
 彼は、自分の理想を実現するという強い信念を持っている。そしてそれを貫くだけの力もあった。彼とアロイスの違いは、お嬢様を自分だけのものにしようとしたかそうでないか、世界を自分のものにしようとしたかそうでないかの違いでしかないが、それは決定的なものだと思う。

 ヨハンはお嬢様が仕えるべき相手としては、これ以上ないほどの人物だと、私は感じていた。


 ☆ 


 領地と公爵位を賜ったお嬢様が、呆然としていたブルギニョン男爵と別れて王城を後にしようとすると、背後から呼び止められた。
 振り返ると、銀髪のオージェ伯爵父子、ランベールとフレデリカ嬢の姿があった。
 二人は揃ってお嬢様に頭を下げる。

「王子殿下より公爵位を賜ったとうかがいました。数々の無礼、お許しください」
「あたしも、もう気軽にセシリアなんて呼べなくなってしまったわね……」

 お嬢様は、そんな二人に笑みを向けた。

「お二人にそんなにかしこまられても困ります。どうぞ以前と同じように接してください」
「セシリア様……。本当にすみませんでした。これからもよろしくお願いします」
「ありがとう。今後とも父共々尽力するわ」

 二人の謝罪とお礼を聞き、お嬢様は優しい笑顔を見せる。

「それで、お二人のご用件は? まさか謝罪のためだけにいらしたわけではありませんよね?」
「え、えぇ……実は……」

 フレデリカ嬢は気まずそうな顔をしていたが、やがて観念したように小さくため息をつくと話を切り出した。

「セシリアのおかげで、グリム公爵領はかなり発展したと聞くわ。……だから、是非あたしたちにもその方法を教えて貰いたいのだけど……ダメかしら?」
「あら、どうしてそのようなことをお聞きになるのですか?」
「そ、そりゃあ、あの公爵が王国で一番の領地を持つことになったんですもの。興味があるのよ」
「……本当は?」
「あーっ! もうっ! セシリアは何でもお見通しなのね! ──そうよ。うちの領地、反乱を恐れて税率を低くしてあるから何かと物入りというか、税率を上げずにお金を増やすには領地を発展させるしかないかなって……」

 彼女は不満げに頬を膨らませる。そんな彼女の態度を見て、お嬢様が微笑んだ。

「なるほど、であれば別に構いませんが、有効な策は領地の状況によっても異なります。とりあえずオージェ伯爵領の現状をお聞きして、策を練ってみましょう」
「ほんとに? ありがとう!」

 フレデリカ嬢はパッと花が咲いたような明るい表情になると、ランベールと顔を見合せて笑いあった。その姿を見ていると、この二人がこの先もずっと仲良くしてくれたらと、つい願ってしまうのだった。


「でも、これで謀反を未然に防ぐことができたし、セシリアの才能が王子殿下やブルギニョン男爵に認めてもらえたし、一件落着なのかしら?」

 フレデリカ嬢が首を傾げる。

「いいえ。まだ一つだけ、解決していないことが残っています」
「「……!?」」

 お嬢様の言葉を聞いた伯爵家父子が目を丸くする。

「確信に至れていないので、確認したいのですがエミリー?」
「はい、なんでしょうかお嬢様?」

 私は呼ばれてお嬢様の横に進み出た。

「あなた、ずっと私を見張っていましたね?」
「さて、なんのことだか……」

 とぼけてみたものの、お嬢様相手では無理があると思っていた。背中を冷や汗が流れる。
 私のそんな様子をしばらく見つめていたお嬢様は、言葉を続ける。

「最初に違和感を覚えたのはオージェ伯爵家の地下牢に入っていた時、王家からの書状が私の予想よりも早く着いたことです」
「……」

 お嬢様、それに気づいていたとは。これはもう誤魔化せないかもしれない。

「私が地下牢であなたにヒントを与えてからすぐに王家からの書状が届いた。あまりにもタイミングが良すぎると思いました。まるで、誰かが予め用意していたような……。そして次に、今回の晩餐会の件です」

 お嬢様は少しだけ厳しい目を向ける。

「いくらなんでもフレデリカ嬢やランベール様に王家主催の晩餐会を開催させるほどの発言力はありません。私はせいぜい伯爵家主催の晩餐会でも開いていただければと考えていました。しかし、結果は期待以上の場が整ったと言えます。──まるで、誰かがヨハン王子に口添えをしたかのようです」
「確かに! ヨハン王子が突然王家主催で晩餐会を開くって仰った時にはびっくりしたのよ!」

 フレデリカ嬢もうんうんと大きく何度もうなずいている。ランベールは苦笑しているだけで何も言わない。きっとそこまで頭が回らないのだろう。

「そして最後の決め手となったのは、この度の王子からの呼び出しです。王子は、まるでご自身が見てきたかのように私が成し遂げたことをご存知でした。これは、誰か私の近くの者が王家に繋がっているとしか思えないのです」
「なるほど」
「そういえば、エミリア皇女が失踪したのが5年前。あなたが私の側仕えになったのも5年前ですね? 果たしてこれは偶然でしょうか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】結婚してから三年…私は使用人扱いされました。

仰木 あん
恋愛
子爵令嬢のジュリエッタ。 彼女には兄弟がおらず、伯爵家の次男、アルフレッドと結婚して幸せに暮らしていた。 しかし、結婚から二年して、ジュリエッタの父、オリビエが亡くなると、アルフレッドは段々と本性を表して、浮気を繰り返すようになる…… そんなところから始まるお話。 フィクションです。

【完結】 元魔王な兄と勇者な妹 (多視点オムニバス短編)

津籠睦月
ファンタジー
<あらすじ> 世界を救った元勇者を父、元賢者を母として育った少年は、魔法のコントロールがド下手な「ちょっと残念な子」と見なされながらも、最愛の妹とともに平穏な日々を送っていた。 しかしある日、魔王の片腕を名乗るコウモリが現れ、真実を告げる。 勇者たちは魔王を倒してはおらず、禁断の魔法で赤ん坊に戻しただけなのだと。そして彼こそが、その魔王なのだと…。 <小説の仕様> ひとつのファンタジー世界を、1話ごとに、別々のキャラの視点で語る一人称オムニバスです(プロローグ(0.)のみ三人称)。 短編のため、大がかりな結末はありません。あるのは伏線回収のみ。 R15は、(直接表現や詳細な描写はありませんが)そういうシーンがあるため(←父母世代の話のみ)。 全体的に「ほのぼの(?)」ですが(ハードな展開はありません)、「誰の視点か」によりシリアス色が濃かったりコメディ色が濃かったり、雰囲気がだいぶ違います(父母世代は基本シリアス、子ども世代&猫はコメディ色強め)。 プロローグ含め全6話で完結です。 各話タイトルで誰の視点なのかを表しています。ラインナップは以下の通りです。 0.そして勇者は父になる(シリアス) 1.元魔王な兄(コメディ寄り) 2.元勇者な父(シリアス寄り) 3.元賢者な母(シリアス…?) 4.元魔王の片腕な飼い猫(コメディ寄り) 5.勇者な妹(兄への愛のみ)

辺境伯令嬢は婚約破棄されたようです

くまのこ
ファンタジー
身に覚えのない罪を着せられ、王子から婚約破棄された辺境伯令嬢は…… ※息抜きに書いてみたものです※ ※この作品は「ノベルアッププラス」様、「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています※

前世を思い出したのでクッキーを焼きました。〔ざまぁ〕

ラララキヲ
恋愛
 侯爵令嬢ルイーゼ・ロッチは第一王子ジャスティン・パルキアディオの婚約者だった。  しかしそれは義妹カミラがジャスティンと親しくなるまでの事。  カミラとジャスティンの仲が深まった事によりルイーゼの婚約は無くなった。  ショックからルイーゼは高熱を出して寝込んだ。  高熱に浮かされたルイーゼは夢を見る。  前世の夢を……  そして前世を思い出したルイーゼは暇になった時間でお菓子作りを始めた。前世で大好きだった味を楽しむ為に。  しかしそのクッキーすら義妹カミラは盗っていく。 「これはわたくしが作った物よ!」  そう言ってカミラはルイーゼの作ったクッキーを自分が作った物としてジャスティンに出した…………──  そして、ルイーゼは幸せになる。 〈※死人が出るのでR15に〉 〈※深く考えずに上辺だけサラッと読んでいただきたい話です(;^∀^)w〉 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げました。 ※女性向けHOTランキング14位入り、ありがとうございます!!

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

処理中です...