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第6話 殿方は戦がお好きのようですね

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 今すぐ答えを出す必要はないと言いながら、公爵は屋敷にお嬢様を軟禁すると、勝手にブルギニョン男爵家に話をつけてお嬢様との婚約を結んでしまった。やはり男爵は、公爵家からの申し入れを断るわけにはいかなかったようだ。

 公爵の屋敷は、オージェ伯爵家の城よりも更に豪華な造りで、お嬢様は「さすが公爵家はお金のかけ方が豪勢ですね」なんて言って驚いていた。公爵領は王国内でかなり発展している方らしく、小高い丘の上に建っている屋敷の部屋の窓から見える街並みは、綺麗に整備されつつも活気に満ちて溢れていて、まるで絵画のような美しさだった。だが、お嬢様はその街を散歩することすら許されなかった。

「せっかく自由になったと思ったのに、これでは……」

 私は嘆くが、お嬢様は相変わらず涼しい表情をしている。

「オージェ伯爵家を出る決意をしてから、こうなることはある程度覚悟していました」
「しかし!……まさかあんな失礼な男が相手だなんて……」
「確かに、アロイス様は私の事をただの道具としか見ていません。でもそれは、私にとっては好都合かもしれませんね」
「それはどういう……?」
「この身体では、公爵家夫人としての務めは果たせませんから」
「……」

 自嘲気味にそう口にしたお嬢様に、私は言葉を失った。そして、そんなことを口にさせてしまったアロイスに激しい憎悪を抱いたのも事実だった。

「……ここから逃げましょうお嬢様」
「それはできません。そんなことをすれば男爵家に迷惑がかかります」
「……そうですね。浅はかでした。お許しください」
「いいえ、私も本当は今すぐ逃げ出して自由に暮らしたい。──でも、貴族に生まれた以上、行動には責任が伴うのです。……あなたは無理して私についてこなくてもいいのですよ?」

 優しく微笑んだお嬢様を見て、私は思わず泣いてしまいそうになった。こんな状況になってまで他人の事を思いやれる優しい人が、なぜこんな仕打ちを受けなくてはならないのか。貴族に生まれてしまったばかりに、不自由な身体になってしまったばかりに、お嬢様は人としての尊厳すら捨てなければならないのだろうか。だからこそ、私はこの人を放ってはおけないのだ。

 私が心の奥で運命の残酷さを嘆いていると、扉が開いて、部屋にアロイスが入ってきた。
 金髪で長身の彼は、凛々しい顔立ちで美しい好青年にだったが、その中にはどす黒いなにかが渦巻いているように見えた。

 アロイスはひどく興奮した様子でお嬢様が腰掛けている椅子の前に立つと、お嬢様の両手を掴んで握りしめてきた。

「──喜べセシリア殿、国王様から出陣の指示が出た。国に従わない不届ふとどきな連中を成敗せいばいしてこいとのお達しだ。これはチャンスだぞ? ここで圧倒的な武功を上げれば誰もこの俺に楯突くものは居なくなる!」

 その発言を聞いて、私はとても嫌な予感がしていた。

殿方とのがたは戦がお好きのようですね。私にはどうも理解ができません。……それで、私にも同行しろとおおせになるつもりでしょうか」

 お嬢様の皮肉を効かせた挑発的な口調に私は少しだけヒヤッとしたが、アロイスは口角を上げてほくそ笑んだ。

「いかにもそうだセシリア殿。あなたには味方の被害を最小限に、敵を完膚かんぷなきまでに葬り去るための策を考えていただきたい」
「……」
「もちろん、あなたの頭脳を貸すことで男爵家に大きな利益をもたらすことが出来る。それについては心配することはない」
「……そうですか」
「気は進まないか? まあそれでも良い。戦場に立てば嫌でも頭を使わざるを得なくなる。──味方を守る為にな」

 アロイスの言葉にセシリアお嬢様は目を細めて考え込むような素振りを見せた後、ゆっくりと首を縦に振った。

「本来、争い事は交渉、調略ちょうりゃくをもって解決するべきことです。戦は罪のない民の命を無駄に犠牲にするだけ。褒められたものではありませんが、事ここに至っては避けては通れぬ戦なのでしょう。……せいぜいお互いの犠牲が少なくなるように、知恵を絞ってみます」
「さすが聡明なセシリア殿、物分かりが良くて助かるよ。では早速軍議を始めるとしよう。……こちらへ来ていただいてもよろしいかな?」

 アロイスに促され、お嬢様は木製の車椅子に乗せられて部屋を出ていった。残された私は、ただ祈ることしか出来なかった。どうか、お嬢様の身の上にこれ以上過酷かこくな試練が訪れないことを……。


 しばらくすると、お嬢様が兵士に連れられて部屋に戻ってきた。どうやら軍議が済んだらしく、出陣の支度したくをしろとの命令が下されたという。
 お嬢様は相変わらずあまり気乗りがしない様子だったが、逆らえば男爵家の不利益になると思っているのだろう。素直に従うようで、私に「荷物をまとめてください」と告げた。

 それから数日かけて公爵家の出陣の準備が進められた後、アロイスと私たちは兵士たちを率いて屋敷を後にしたのだった。


 ☆


 アロイスの目標は、王国周辺を根城にしている、王国に反抗的な諸勢力の殲滅せんめつであったが、道中、公爵家に従う小領主や義勇兵などが加わり、軍勢は5万人ほどにまで膨れ上がった。
 やはりアロイスの影響力は強いらしい。オージェ伯爵家が反乱鎮圧のために動かしていた軍勢が3千程度だったことを考えると、いかにグリム公爵家の勢力が巨大であるかが分かる。
 だが一方で、そんな大所帯になってしまったがゆえに行軍は遅くなり、私たちが乗る馬車は夜になっても次の街に到着できず、野営を余儀よぎなくされる羽目になってしまった。

「兵は神速をたっとびます。これだけノロノロと進軍していては、敵に迎撃の準備を整えさせる余裕を与えるだけかと……」

 お嬢様は馬車に同乗していたアロイスに苦言くげんを呈したが、当のアロイスは不機嫌そうな表情を浮かべるだけだった。

「この人数差だ。敵の兵だってまともに戦おうとは思うまい。そもそも、敵はすでに我が方に恐れをなしている。もうじき、我々の前に降伏を申し出てくるに違いない」
「一般的に、籠城ろうじょう戦は、守る側に対して攻める側は10倍の兵力が必要であると言われています。野戦を放棄して籠城されてしまえば、容易に降伏はしてこないでしょう。そうなれば無駄な犠牲を増やすことにもなります」
「……ではどうする? 何か案があるのか?」
「それは……」

 お嬢様は言い淀むと口を閉ざしてしまった。お嬢様もアロイスと同じ考えなのだろうか。このまま行けば、両軍に多大な被害が出ることになるという事を覚悟しているのだろうか。
 重たい沈黙が流れた後、お嬢様が再び顔を上げる。

「いえ、このまま籠城させてしまいましょう。そして我々はその城を囲んで補給線を断つ。援軍が期待できないのであれば、最初に音を上げるのは敵方です。そのタイミングを見計らい、使者を送って降伏を促しましょう」
「……ほう、さすがはセシリア殿。実に合理的な考え方だ」

 アロイスは満足げに口元を緩めるとお嬢様に歩み寄って肩に手を置くと、そのまま引き寄せようとした。
 しかしお嬢様は身をよじってそれを拒む。

「──おっ、お止め下さい!」

 顔を赤らめて拒否するお嬢様の反応を楽しむように、アロイスはニヤリと笑みを浮かべると、さらに強く抱き寄せてきた。

「い、嫌っ! 離してくだ……んう!?」

 抵抗しようとしたお嬢様の唇を塞ぐようにして強引にキスをする。私は咄嵯とっさの事に声も出ないくらい驚いてしまった。お嬢様も呆気に取られているようでされるがままになっている。
 やがてアロイスはお嬢様からゆっくりと離れると、「このまま良い子にしていろ」と言い残し、上機嫌のまま立ち去っていった。
 アロイスの後ろ姿が見えなくなった後、私はすぐに抗議の声を上げた。

「アロイス公はやはりお嬢様をていのいい道具としか思っていないようですね! あんなの……レディに対する扱いではありませんでしたよ!」
「でも、暴力を振るわれないだけランベール様よりマシなのでしょうね」

 そう言うお嬢様は、いつも通り涼しい顔をしていたので、今度は私が呆れてしまった。

「どうしてお嬢様はいつもそんなに達観たっかんされているのですか……もう少し怒ってみてもいいと思いますけど!」
「……怒りの感情など、とっくに無くしてしまいました。私一人が怒ったところで、何の解決にもなりませんから」

 そう呟くお嬢様の横顔には、諦めの色が浮かんでいた。私にはまだ、そこまで割り切ることはできそうになかった。
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