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第4章 隠密天使マリブ・サーフ
決死ノ突撃
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*
教団の本拠地の近くには、神田川という川が流れている。コンクリートで周囲を覆われた川だが、隠し通路を抜ければ神田川のコンクリートの岸辺に出ることができた。
あたしは夜闇に紛れて岸辺を歩き、人目のつかない橋の下まで移動した。そこに腰を下ろして、すぐさまブレスレットに額をつけて念話(テレパシー)を送ってみる。
『鈴音(りおん)! 鈴音聞こえる?』
『ホークアイ! 応答しなさい!』
……返事はない。
ザーッというノイズの音が響いているだけだ。おそらく二人とも……。
「クソッ! なんで! なんでよっ!」
今まで長い間STや教団の天使(アイドル)として戦ってきて、数々の修羅場をくぐり抜けて、多くの機獣を葬り、天使を捕らえてきたあたし。でもこんなに泣きたくなったのは先輩が死んだ時以来だ。
「……うっ」
嗚咽が漏れる。――もう変身が維持できない。
あたしは変身を解除してその場に横になった。怪我は再生したものの、心の傷とそもそもの疲れは癒える事はない。それに教団が襲われた今、これから行くあてもない。
何故アイルと89はいきなり『光導機神教団(こうどうきしんきょうだん)』を襲ったのだろうか。今まで天使事務所は教団には不干渉だったはず。教団が裏でちょくちょく天使を拉致しているにも関わらずだ。まああたしたちは教団の仕業だってバレないように細心の注意を払ってやっていたし、証拠がない以上天使事務所は動けないと思っていた。
『天使狩り』を口実に、ついに潰しに来たか。それとも他になにか理由が……?
いずれにせよ、あたしは仲間を失った。唯一無二の仲間を……。
チャラチャラしていたが、いざという時に頼りになったホークアイ。そして、あたしのことを『好き』だって、『愛してる』って言ってくれた鈴音。
鈴音……。あたしは彼女のことをいいように利用しようとしていたけれど、彼女は純粋にあたしのことを……。そう考えるとやりきれない。もしかしたら、あたしも彼女の事が好きだったのかもしれない。
二人を差し置いて、あたしが生き残ってしまった。一番のポンコツのあたしが……。また――死ねなかった。
あたしは無意識に死に場所を求めて教団に入ったのかもしれない。早く、怜先輩を追いかけるために……。
「――機神様。――先輩。あたしは……あたしはどうすればいいんですか?」
――死のうか
もうやめようか。こんなこと。
でも神田川は水深が浅くて、飛び込んでも死ねそうにない。
と同時にある思いがふつふつと湧いてきた。
――どうせ死ぬなら
――STに一矢報いてやろう
――アイルも89もだ
――天使事務所は許さない
もう教団の教えなんか関係ない。教団は潰されてしまったのだから。
殺しはダメだとか、そんなことは気にせずに……。
――奴らを殺す
明日決行しよう。今はとにかく疲れを癒そう。と、あたしは橋の下で丸くなって目を閉じた。
*
――翌日。
酷く悪い夢を見た。よく覚えてないけど。
ついでに昨日のことも悪い夢だったらいいのにと、淡い期待を抱いてブレスレットに額を押し付けてみたが、相変わらずノイズが聞こえるだけ。
「はぁぁぁ……」
ため息をつくと、あたしは伸びをしながら立ち上がり――あることに気づいた。
「――お腹空いた」
考えてみたら、昨日の昼から何も食べていない。あたしの腹の虫はぎゅるぎゅると鳴いて栄養を求めている。とはいってもお金とかも持ってないし、食べ物にありつけそうにない。
――盗むか?
機装(ギア)の力を使えば可能だろう。だけど、それは人の道を踏み外すことになる。じゃあ拉致はどうなんだ? って気はするけど。どうせあたしは今日STに攻め込んで死ぬんだから、最後くらい……。
「見ててください機神様。怜先輩。ホークアイ。……鈴音。――これが青葉 結衣香の死に様です! 機装変身(レリーズ)!」
あたしは『マリブ・サーフ』を身にまとうと、岸辺を駆け出した。
目指すは『株式会社ST』の本社ビル。正面から押し通るっ!
――しかし
岸辺を走っていると、突然――
「やーっと見つけたよー! 青葉結衣香ちゃん! ――ゆいゆいって呼んでもいい?」
このゆるふわ能天気ボイスは……!
あたしは咄嗟に声のした方を見上げる。すると、目の前の橋の上にソイツは立っていた。
紫色のチア衣装に身を包んだアイルの天使――秋茜(あきせ) 華帆(かほ)。だが、その美しかった金髪は、毒々しい紫色に染まっている。その整ったベビーフェイスとゆるふわボイス、そしてダイナマイトなボディがなかったら彼女だとは誰も気づかないだろう。――まるで悪堕ちしたヒーローね。
「――秋茜華帆! お前は絶対に許さない!」
――ブゥンッ!
ライトブレードを展開して身構える。
――ブゥンッブゥンッ!
対する華帆は、両手に持っていた黒いポンポンから、赤いビームの刃を展開した。
「あたしに敵うと思ってるのー?」
「敵う敵わないは関係ない。あたしはお前を倒すっ!」
「はぁ、雑魚の分際で……鬱陶しいんだよ!」
――シュタッ
華帆は橋から飛び降りてあたしの目の前に降り立った。と同時に彼女の尻から黒い尻尾が伸びてきてあたしのライトブレードを叩き落とそうとする。あたしは落ち着いてその尻尾を迎撃し、ライトブレードで斬り落とす。
が、その尻尾斬られた所から白い液体をあたしに向けて噴射してきた。なにこれ、卑猥すぎない?
「なっ!?」
あたしは避けきれずにその液体を被ってしまう。ツンとする匂い。
そこに襲いかかってくる赤い光。華帆のライトブレードをあたしは自分のライトブレードで受け、追撃してきたもう一本を後ろに跳んでかわした。
距離をとったところであたしは身体の違和感に気づいた。妙に息苦しい。確かにお腹は空いているけど、それ以上の異変があたしの身体を蝕んでいる。
口の中に鉄の味を感じて、あたしは咄嗟にそれを吐き出した。
赤い液体がコンクリートの岸辺に飛び散る。――なるほどね。
「――咄嗟に叩いちゃうよねー? 仕方ない仕方ない。ゆいゆいはよく頑張ったよ! でも相手が悪かったねー? ――怪我は再生しても身体の根本的な仕組みは人間と変わらないなら当然毒は効くよね? 多分もうほとんど身体動かないんじゃない?」
「――はっ、まさか。全然余裕よ」
と強がってみたものの、言うのがやっと、立っているのがやっと。手足がピリピリと痺れてこれ以上戦えそうにない。
痺れた右手から、ライトブレードが滑り落ちた。あたしはゆっくりと膝をつく。口からは血の混じった涎(よだれ)が溢れて止まらない。汚い。けどどうしようもない。
「ごめんねー? ゆいゆい、辛いよね? 大丈夫――すぐ楽にしてあげるから」
スタスタと華帆が近づいてくる。あたしの身体はもうほとんど動かない。打つ手がない。毒による身体への直接的なダメージは機獣化によって軽減されているものの、麻痺をなんとかしないことは……。華帆の攻撃一発一発が、あたしにとっては命取りだ。
もう――死ぬのか。予定より少し早かったけど、これでやっと自由になれる。――先輩や鈴音のもとに行ける――あたしは。
「さようなら」
――ブゥンッ!
ライトブレードが唸る音。
覚悟を決めて目を閉じたその時。
「青葉さんっ!」
澄んだ少女の声が響いた。
――ブシュンッ!
あたしに振り下ろされるはずだったライトブレードは、何かに防がれたようだ。唯一動く首をゆっくりと動かしてみると、あたしの目の前にはスーツ姿の若い男が立っていて、手に持ったピンク色の盾で華帆のライトブレードを受け止めている。
「――あなたは確か」
華帆が息を飲む。
「どうやら間に合ったようだな。――『青海(あおみ)プロダクション』の第二世代機装『プルシアン・ブロッサム』の天使、友坂夕真(ともさかゆうま)。交戦開始(エンゲージ)!」
『青海プロダクション』。男は確かにそう口にした。あたしが標的(ターゲット)にしていた、倉橋親子が匿われたというあの『青海プロダクション』だろう。
そして、あたしに声をかけた少女がこちらに駆けてくる。――あたしが狙っていた倉橋(くらはし)愛留(める)が――犬(コードレッド)を連れて。
教団の本拠地の近くには、神田川という川が流れている。コンクリートで周囲を覆われた川だが、隠し通路を抜ければ神田川のコンクリートの岸辺に出ることができた。
あたしは夜闇に紛れて岸辺を歩き、人目のつかない橋の下まで移動した。そこに腰を下ろして、すぐさまブレスレットに額をつけて念話(テレパシー)を送ってみる。
『鈴音(りおん)! 鈴音聞こえる?』
『ホークアイ! 応答しなさい!』
……返事はない。
ザーッというノイズの音が響いているだけだ。おそらく二人とも……。
「クソッ! なんで! なんでよっ!」
今まで長い間STや教団の天使(アイドル)として戦ってきて、数々の修羅場をくぐり抜けて、多くの機獣を葬り、天使を捕らえてきたあたし。でもこんなに泣きたくなったのは先輩が死んだ時以来だ。
「……うっ」
嗚咽が漏れる。――もう変身が維持できない。
あたしは変身を解除してその場に横になった。怪我は再生したものの、心の傷とそもそもの疲れは癒える事はない。それに教団が襲われた今、これから行くあてもない。
何故アイルと89はいきなり『光導機神教団(こうどうきしんきょうだん)』を襲ったのだろうか。今まで天使事務所は教団には不干渉だったはず。教団が裏でちょくちょく天使を拉致しているにも関わらずだ。まああたしたちは教団の仕業だってバレないように細心の注意を払ってやっていたし、証拠がない以上天使事務所は動けないと思っていた。
『天使狩り』を口実に、ついに潰しに来たか。それとも他になにか理由が……?
いずれにせよ、あたしは仲間を失った。唯一無二の仲間を……。
チャラチャラしていたが、いざという時に頼りになったホークアイ。そして、あたしのことを『好き』だって、『愛してる』って言ってくれた鈴音。
鈴音……。あたしは彼女のことをいいように利用しようとしていたけれど、彼女は純粋にあたしのことを……。そう考えるとやりきれない。もしかしたら、あたしも彼女の事が好きだったのかもしれない。
二人を差し置いて、あたしが生き残ってしまった。一番のポンコツのあたしが……。また――死ねなかった。
あたしは無意識に死に場所を求めて教団に入ったのかもしれない。早く、怜先輩を追いかけるために……。
「――機神様。――先輩。あたしは……あたしはどうすればいいんですか?」
――死のうか
もうやめようか。こんなこと。
でも神田川は水深が浅くて、飛び込んでも死ねそうにない。
と同時にある思いがふつふつと湧いてきた。
――どうせ死ぬなら
――STに一矢報いてやろう
――アイルも89もだ
――天使事務所は許さない
もう教団の教えなんか関係ない。教団は潰されてしまったのだから。
殺しはダメだとか、そんなことは気にせずに……。
――奴らを殺す
明日決行しよう。今はとにかく疲れを癒そう。と、あたしは橋の下で丸くなって目を閉じた。
*
――翌日。
酷く悪い夢を見た。よく覚えてないけど。
ついでに昨日のことも悪い夢だったらいいのにと、淡い期待を抱いてブレスレットに額を押し付けてみたが、相変わらずノイズが聞こえるだけ。
「はぁぁぁ……」
ため息をつくと、あたしは伸びをしながら立ち上がり――あることに気づいた。
「――お腹空いた」
考えてみたら、昨日の昼から何も食べていない。あたしの腹の虫はぎゅるぎゅると鳴いて栄養を求めている。とはいってもお金とかも持ってないし、食べ物にありつけそうにない。
――盗むか?
機装(ギア)の力を使えば可能だろう。だけど、それは人の道を踏み外すことになる。じゃあ拉致はどうなんだ? って気はするけど。どうせあたしは今日STに攻め込んで死ぬんだから、最後くらい……。
「見ててください機神様。怜先輩。ホークアイ。……鈴音。――これが青葉 結衣香の死に様です! 機装変身(レリーズ)!」
あたしは『マリブ・サーフ』を身にまとうと、岸辺を駆け出した。
目指すは『株式会社ST』の本社ビル。正面から押し通るっ!
――しかし
岸辺を走っていると、突然――
「やーっと見つけたよー! 青葉結衣香ちゃん! ――ゆいゆいって呼んでもいい?」
このゆるふわ能天気ボイスは……!
あたしは咄嗟に声のした方を見上げる。すると、目の前の橋の上にソイツは立っていた。
紫色のチア衣装に身を包んだアイルの天使――秋茜(あきせ) 華帆(かほ)。だが、その美しかった金髪は、毒々しい紫色に染まっている。その整ったベビーフェイスとゆるふわボイス、そしてダイナマイトなボディがなかったら彼女だとは誰も気づかないだろう。――まるで悪堕ちしたヒーローね。
「――秋茜華帆! お前は絶対に許さない!」
――ブゥンッ!
ライトブレードを展開して身構える。
――ブゥンッブゥンッ!
対する華帆は、両手に持っていた黒いポンポンから、赤いビームの刃を展開した。
「あたしに敵うと思ってるのー?」
「敵う敵わないは関係ない。あたしはお前を倒すっ!」
「はぁ、雑魚の分際で……鬱陶しいんだよ!」
――シュタッ
華帆は橋から飛び降りてあたしの目の前に降り立った。と同時に彼女の尻から黒い尻尾が伸びてきてあたしのライトブレードを叩き落とそうとする。あたしは落ち着いてその尻尾を迎撃し、ライトブレードで斬り落とす。
が、その尻尾斬られた所から白い液体をあたしに向けて噴射してきた。なにこれ、卑猥すぎない?
「なっ!?」
あたしは避けきれずにその液体を被ってしまう。ツンとする匂い。
そこに襲いかかってくる赤い光。華帆のライトブレードをあたしは自分のライトブレードで受け、追撃してきたもう一本を後ろに跳んでかわした。
距離をとったところであたしは身体の違和感に気づいた。妙に息苦しい。確かにお腹は空いているけど、それ以上の異変があたしの身体を蝕んでいる。
口の中に鉄の味を感じて、あたしは咄嗟にそれを吐き出した。
赤い液体がコンクリートの岸辺に飛び散る。――なるほどね。
「――咄嗟に叩いちゃうよねー? 仕方ない仕方ない。ゆいゆいはよく頑張ったよ! でも相手が悪かったねー? ――怪我は再生しても身体の根本的な仕組みは人間と変わらないなら当然毒は効くよね? 多分もうほとんど身体動かないんじゃない?」
「――はっ、まさか。全然余裕よ」
と強がってみたものの、言うのがやっと、立っているのがやっと。手足がピリピリと痺れてこれ以上戦えそうにない。
痺れた右手から、ライトブレードが滑り落ちた。あたしはゆっくりと膝をつく。口からは血の混じった涎(よだれ)が溢れて止まらない。汚い。けどどうしようもない。
「ごめんねー? ゆいゆい、辛いよね? 大丈夫――すぐ楽にしてあげるから」
スタスタと華帆が近づいてくる。あたしの身体はもうほとんど動かない。打つ手がない。毒による身体への直接的なダメージは機獣化によって軽減されているものの、麻痺をなんとかしないことは……。華帆の攻撃一発一発が、あたしにとっては命取りだ。
もう――死ぬのか。予定より少し早かったけど、これでやっと自由になれる。――先輩や鈴音のもとに行ける――あたしは。
「さようなら」
――ブゥンッ!
ライトブレードが唸る音。
覚悟を決めて目を閉じたその時。
「青葉さんっ!」
澄んだ少女の声が響いた。
――ブシュンッ!
あたしに振り下ろされるはずだったライトブレードは、何かに防がれたようだ。唯一動く首をゆっくりと動かしてみると、あたしの目の前にはスーツ姿の若い男が立っていて、手に持ったピンク色の盾で華帆のライトブレードを受け止めている。
「――あなたは確か」
華帆が息を飲む。
「どうやら間に合ったようだな。――『青海(あおみ)プロダクション』の第二世代機装『プルシアン・ブロッサム』の天使、友坂夕真(ともさかゆうま)。交戦開始(エンゲージ)!」
『青海プロダクション』。男は確かにそう口にした。あたしが標的(ターゲット)にしていた、倉橋親子が匿われたというあの『青海プロダクション』だろう。
そして、あたしに声をかけた少女がこちらに駆けてくる。――あたしが狙っていた倉橋(くらはし)愛留(める)が――犬(コードレッド)を連れて。
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