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第4章 隠密天使マリブ・サーフ

愛情ノ犠牲

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「色が変わったくらいでなんだっていうんですか!」

 鈴音が華帆に飛びかかる。華帆はバックステップをしてそれをかわすと続けて襲いかかってきた鈴音の尻尾をポンポンで払いざまに一気に懐に飛び込んだ。

「危ないっ!!」

 あたしは咄嗟に叫んだ。華帆のポンポンが鈴音の顔面を捉える。その寸前に鈴音は腕を交差して攻撃を防いだ。


 ――ゴッ!!


 衝撃波と共に鈴音の小柄な身体はそのまま吹き飛ばされ、背後の壁に叩きつけられた。――機装を身につけていなかったら即死だっただろう。
 明らかに華帆のスピード、動きのキレ、そしてパワーが増している。適合率の上昇によって機装の出力が上昇しているのか……それとも?

 あたしは痛みをこらえて立ち上がった。どう考えてもこの場は逃げるのが最善の策のような気がする。――問題は彼女(かほ)が逃がしてくれるかだが。


『ユイカお姉さん』

 念話(テレパシー)で鈴音の声が聞こえた。はっきりとクリアな声が聞こえているということは、彼女のダメージはそれほど深刻ではないらしい。さすがは第三世代(サードジェネレーション)といったところか。

『どうしたの? 大丈夫?』

『カホ先輩、強いです。私が気を引いている間に、ユイカお姉さんは隙を見て逃げてください!』

『そんなこと……』

 ……できるはずがない。鈴音はあたしを慕ってくれる仲間だということもあるが、それ以上に彼女は『光導機神教団(こうどうきしんきょうだん)』の切り札、彼女を失えばあたしの目的が――『株式会社ST』に対する復讐が遠のいてしまうだろう。それはどうしても避けたかった。

『そんなこと……できると思う?』

『ユイカお姉さん……そんなにも私のことを想って……』

 鈴音はあたしの言葉を自分の都合のいいように解釈しているようだ。まあそれでもいい。むしろその方がいい。あたしは彼女をいいように使い潰すつもりなのだから。

『――合図で仕掛けるわよ』

『――はい!』


「あれれ~? リオンちゃん、もうおねんね? もっとあたしを楽しませてよ!」

 華帆はそんなことを口にしながら、倒れている鈴音にゆっくりと近づいていく。あたしが立ち上がったことには気づいていないようだ。


 ――いける!


『今よ!』


 ――ブゥンッ


 合図を出すと共にあたしはライトブレードを展開して走る。その音に華帆が振り向いた瞬間に、鈴音がヒュンッと尻尾で華帆の足を払った。

「うぁぁぁっ!?」

 変な声を上げながら、ギャグ漫画のようなコミカルな動きで華帆はすっ転んだ。――チア衣装の下に身につけている紫色の見せパンを魅せつけながら……。ファンなら卒倒しかねないが、残念ながらあたしはそんなことで心が乱されたりはしない。


「覚悟しなさい可愛い子ちゃん!」

 あたしはそんな華帆を一刀両断すべくライトブレードを振るう。――が、目が合った彼女は――


 ――笑っていた


「ざーんねん! 綺麗な薔薇には――」


 ――ブゥンッ!


 あれっ、この音って……!?
 咄嗟に身体を捻る。無理な回避行動に傷口には激痛が走り、あたしは顔をしかめて思わず倒れ込んだ。見ると、先程まであたしの身体があった場所には、赤いレーザーの刀身が煌めいており、その刀身は華帆の黒いポンポンから生えている。――回避が少し遅れたら、あれに貫かれていただろう。背中にじわっと嫌な汗が湧いてきた。

「――刺があるもんだよ。下手に動くと怪我するよ? リオンちゃんも」

「くっ……」

 隙を伺っていた鈴音も動くに動けないようだ。
 華帆は立ち上がりながらブゥンッと音を立てて刀身を振るうと、ポンポンが真っ二つに割れて中から――あたしとそっくりのライトブレードを握った華帆の手が現れた。

「どうしてそれを……」

 全国に存在している天使の中でも、ライトブレードを扱う天使(アイドル)は少ない。ましてや『アイル・エンタープライズ』の秋茜(あきせ) 華帆(かほ)がライトブレードを使っていたという記録はなかったはずだ。――だとすれば考えられるのは『星装(アストロ)』と言っていたアレか……。

「便利そうだから、!」

「!?」

 まさか、学習して生成したというの!? この複雑な仕組みのライトブレードを……しかもこの短時間の間で……どうやって?


「――そして、こっちはこれだよ!」


 ――ヒュンッ!


 空気を切る音。あたしの体を衝撃が襲い、壁に叩きつけられる。

「がっ……はっ!?」

 一瞬、何が起きたのか分からなかったが、華帆の尻から鈴音のものにそっくりの黒い尻尾が伸びてきて、あたしを吹き飛ばしたらしい。そして――ただならぬ痛みに右手を見下ろすと、手首から先が綺麗に切断されていて、握っていたライトブレードごと遠くへ飛んでいってしまったらしい。体内組織が機獣化されているので再生するものの、少し時間がかかる。


「えへへっ、これって結構恥ずかしいんだね? 動かすとスカート捲れちゃうし、パンツ破れちゃうし」

「ユイカお姉さんになんてことするんですか!」

 あくまでマイペースな華帆に、鈴音は叫んだ。が、自分の上位互換のような機能を持つ相手に対して、なかなか隙を見つけられずにいる。


 ――あたしは


 華帆のあのゴーグル、ライトブレード、尻尾、ポンポン、そして衣装まで、『マリブ・ピニャ・コラーダ』、『マリブ・サーフ』、『ラスティ・ネール』の真似……いや、いいとこ取りをしたようなもの。つまり今の彼女にはがある!

 倒すにはまだ見せていない技――つまりAA(アドバンスアクト)を使うしかないか。
 だけど、彼女にはまだがあるかもしれないし、AAも見せていない。――やはり逃げるのが最善か。

『お姉さん……ユイカお姉さん……私、やっぱりユイカお姉さんに生きてもらいたいです』

『何を言っているのリオン! 二人で生き残るのよ!』

『えへへ、嬉しいです。でも……』

 鈴音が立ち上がりざまに床を蹴る。するとその床がパカッと開いて、下に空間が現れた。……あれは、教団の隠し通路? あれを進んでいけば外に出られる! 鈴音はあそこに飛ばされてからそれに気づいてずっと隠してたんだ!


 ――が


 鈴音は尻尾を伸ばしてあたしの身体を掴むと、その通路に押し込んだ。

『ちょっとリオン!? あなたはどうするのよ!?』

『――このままだとカホ先輩に追いつかれます! 私はここで先輩を食い止めますから、行ってください! ユイカお姉さん!』

「……?」

 華帆と鈴音が激突するのが分かった。鈴音が振るった尻尾を、華帆がライトブレードで根元から切断する。飛んで行った尻尾が天井にぶつかって電気が消え、部屋が真っ暗になった。――逃げるには好都合だけど……。

「いたっ! 痛いよぉっ!」

「終わりだよリオンちゃん。あたしが夜目が効かないと思った?」


 ――ホークアイの能力までコピーしたか!


 ――ブゥン! バチバチッ!


 ライトブレードが何かを斬り落とし、貫く音がする。誰かの機装が火花を散らす。赤い光に照らされた室内では、華帆と鈴音が抱き合うように密着しているのが分かるだけで、どちらがどうなっているのか、詳しくはよく見えなかった。

『行って……行ってください……はやく!』

 ノイズ混じりの鈴音の念話が聞こえる。彼女の機装がダメージを受けていることは明白だ。救いたいが、このままあたしが出ていったところで二人とも死ぬだけ……もはやあたしが打てる手は……

「――っ!! AA(アドバンスアクト)!!」

『行って……』

 鈴音は念話を送りながらAAを使おうという器用なことをしようとした。が

「はい無駄ぁ!」


 ――ブシュンッ!


 赤い光が瞬く。

「く、くそぉぉぉぉぉっ!! AA(アドバンスアクト)、『思念動力(テレキネシス)』ッ!!」

 あたしはAAで部屋の家具やその他のものを移動できるだけ全て隠し通路の上に移動して即席のバリケードを築いた。そして、そのまま脇目も振らずに隠し通路の奥へ駆け出す。――鈴音が命をかけて作ってくれた機会(チャンス)だ。絶対に……絶対に復讐を果たすまで死ぬことはできない!



『――ユイカお姉さん……愛してます』



 激しい感情が渦巻くあたしの脳内に、少女の最期の声が微かに響いた――
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