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第4章 隠密天使マリブ・サーフ

悪夢ノ咆哮

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 調べによると目標(ターゲット)は住宅地の小さな一軒家に住んでいるはずだった。
 今まで何度も外出先での襲撃を試みたのだが――はぁ……。ターゲットの連れている危険生物(コードレッド)のせいで失敗に終わっていた。しかもこの住宅地は時間を誤ればコードレッドを連れている人間どもがかなりの数存在しているので、それだけでも恐ろしい。
 長居は無用だ。

 家を襲撃することは悪事を働いているようで気が進まないが背に腹はかえられない。――事態は急を要するのだ。

 あたしは夕闇に紛れて住宅地を歩く。遠くを走る自動車や電車の音があたしの足音を消してくれた。これは好都合だ。



 やがてあたしは一軒の古びた家の前で足を止めた。
 周囲を確認し、人影がいないことを確かめてから、ローブの右袖を捲って青いブレスレットを露わにする。そして、それに額を近づけると、仲間に呼びかけた。

『こちら、コードネーム『ナイトメア』。『ホークアイ』応答せよ』

『ういうい、結衣香(ゆいか)ちゃん。お呼びかな?』

 すぐさま低い男の声が返ってきた。

『だから、本名じゃなくてコードネームで呼びなさいって言ってるでしょ!』

『別に念話(テレパシー)なんだから誰かに聞かれてるわけでもねぇし、よくねぇか?』

 男の呑気な声。あたしは思わず頭を抱えた。こいつはいつもそうだ。まずは形からという言葉を知らないのだろうか。

『こういうのは雰囲気が大切なのよ! あたし達は秘密結社みたいなものなんだから、こう――忍ばないといけないのよ! ――まあいいわ、目標地点に到着したから、AA(アドバンスアクト)でサポートしなさい。監視対象はコードレッドと敵天使よ』

『あいあい、――そんじゃいっちょやりますかね。――AA〝ホークアイ〟!』

 そんな声が聞こえたが、あたしには特に変化がない。まあそもそもこの〝ホークアイ〟はあたしに影響するAAではないのだけど。

『よーし、ぜぇ。結衣香ちゃんの可愛いお尻もなぁ』

『ばっ、馬鹿なことやってないで早く周囲の状況と、家の状況を教えなさい!』

 いると分かると落ち着かない。あたしは無意識に両手で尻を隠すが、すぐに無駄だと判断してやめた。
 しばらくして、観察を終えたのか再び男の声がした。

『周囲に敵影なし。近くにいる天使も、数キロ離れているから問題ない。コードレッドも幸い家の近くにはいないと思う。ブロック塀が邪魔で見えないところもあるが。――問題は家だなぁ』

『家がどうしたのよ?』

 あたしは再び家に視線を向けるが、何の変哲もない一軒家に見える。

『結衣香ちゃんの目は節穴なのか? 家自体には問題はないんだが――外が暗いのに電気がついてないだろ?』

『――言われてみればそうね。でも、もう寝てるのかも。その方が好都合だわ』

『いやいや、まだ夜の7時だぜお嬢さん。そんな時間に寝るやつがあるか? 徹夜明けか?』

『と、とにかくこの家にターゲットが住んでいることは間違いないのだから、そして昨日ちゃんと帰宅途中のところを確認しているのだから大丈夫だわ!』

『はぁ、まあ無駄足な気がするが、気をつけてくれよ』

『任せなさい』

 それだけ答えて、念話を終えた。何かあればまた男から連絡が来るだろう。コードレッドが近づいているとか。

「機装変身(レリーズ)」

 あたしは第二世代機装『マリブ・サーフ』を身に纏う。といっても、他の天使たちと違って、あたしの場合はあまり外見に変化はない。身体能力が上がって、武器の〝ライトブレード〟が一本腰に差してあるだけ。別にあたしの機装(ギア)が特殊なわけじゃなくて、相手を惑わすためにわざわざ普段の外見を変身後の外見に寄せただけなのだけど。

「これより、倉橋慎二郎、愛留親子の保護作戦を行います」

 あたしは胸に手を当て、加護を与えてくださる機神様にそう宣言すると、助走を付けて一気に家のブロック塀に手をかけてその上に駆け上った。
 情報によると、倉橋親子の娘の愛留の自室は二階。なので、まずは二階の窓から侵入して非力な愛留を確保。娘を人質にとって慎二郎も連れ出す――という作戦がベストのように思えた。

 不安分子として、愛留のボディーガードをしている伺見(うかがみ) 笑鈴(えりん)の存在があるが、少しだけやり合った感覚では彼女はそこまでの強敵ではなかったし、どうやら愛留とラブラブのよう(ホークアイによると、先日あたしが襲撃に失敗して逃げた時に、『笑鈴ちゃんは愛留ちゃんに抱きつかれて、おっぱい揉まれてデレデレしていてとても眼福だった』らしい)なので、愛留を人質に取ってしまえば屈してくれるだろう。

 ブロック塀の上を平均台の要領で進み、二階の窓の下からせり出した屋根にひょいと飛び移ろうとする。
 が、足をかけた雨樋は、経年劣化で壊れやすくなっていたらしく、あたしの体重を支えきれずにバキッと音を立てて破壊されてしまった。

「――っ!?」

 思わず漏れそうになった悲鳴を押し殺して、あたしはそのまま思いっきり地面に尻もちをついてしまった。幸い、そこには雑草が生えていたので、ダメージは軽減されたのだが、それでもなお痛い。それに落ちた弾みにガサッと大きな音がしてしまった。

「いっ……たたた……」

 尻を押さえながら立ち上がると、あたしはとある生物と目が合った。

 そいつは、全身を茶色い毛でおおわれ、ピンと立った耳、鋭い牙、そして激しく振られる尾と荒い息遣い――ま、まさか――

「い、いいいいいっ!?」

 今度こそあたしはパニックになってしまった。まさかこんな所でコードレッドに遭遇するとは! ホークアイはどこを見ていたの!

『だからブロック塀の裏は見えねぇっての!』


 ――ワンッワンッ!


 コードレッドが咆哮する。あたしは全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。

「こ、ここここ来ないでぇっ!」

 あたしは手を振りながらガサガサと草を踏んで後ずさりする。家の門の方向にコードレッドが存在しているため、容易に脱出できそうにない。すぐにあたしはブロック塀に追い詰められてしまった。
 と、その時、コードレッドがこちらに向かって一目散に駆けてきた。まずい! 殺される!


 ――ワンッワンッ!


「きゃぁぁぁぁっ!」

 あたしは悲鳴を上げながらブロック塀に登ろうとする。でも焦っているからか、パニックになっているからか、手が滑って上手く登れない。仕方ないので、ブロック塀にしがみついたまま、体を浮かせた状態で耐えることにする。地面では、コードレッドがしきりにこちらを見上げて吠えてくる。

「い、いやぁぁぁっ! 死にたくない、死にたくないよぉ機神様ぁぁぁぁ!」

 怖い、怖い、涙が出てくる。予めトイレに行っといてよかった。でないとちびってしまったかもしれない。

『可愛いじゃねぇか、なあ結衣香ちゃん』

『うるさい! 今度からあなたがやりなさいよ!』

『言ってんだろ? オレは戦闘には向いてねぇよ。もし笑鈴ちゃんと戦闘にでもなったら一発で――』

『わかった! わかったからこれを何とかしなさい!』

 男の能天気な声を聞いているうちに、あたしのブロック塀にしがみつく腕は限界に近づいていた。手を離したら最後、あたしはコードレッドによって抹殺されてしまうだろう。

『いや、ここからじゃ無理だって。犬なんて、撃ったら下手したら死ぬだろ。――教団の教えで殺生は禁止されているのでね』

『そうだけど! 今は緊急事態でしょ!』

 むしろ、危険なコードレッドはこの世から消し去るべきだと思う。


『ちょっと待てよ――

『なんでもいいから早くして! 腕が痛いの!』

 何かに気づいたような男の声に一縷の望みを託す。あたしは目を閉じると、渾身の力でブロック塀にしがみつき続けた。


 ――まだ――まだなの? 

 ――早く――早く! 


 あ、もう無理、手の感覚がなくなってきた。さようなら、あたしの人生――


 ――パシュッ

 ――キャウンッ!


 何か空気が抜けるような音と、動物の鳴き声がして、コードレッドの咆哮が途切れた。

 恐る恐る下を見ると、コードレッドは地面に横になって倒れている。やった犯人は一人しかいない。

『こ、こここ殺したの?』

『いんや、だ。おねんねしてもらってるだけさ。さあそいつが起きないうちに逃げてきな。体勢を立て直して次行くぞ。どうやらターゲットどもは別の場所にいるようだぜ。さっき遠くの方探してたら見つけた』

『はぁ? じゃああたしは無駄足だったってこと? ばっかみたい』

『だから言っただろうが――強行したのは結衣香だろ? この強情女』

『うるさいわね』

 コードレッドを起こさないように慎重にブロック塀から飛び降りると、あたしはコードレッドの脇をすり抜けて無事に家から脱出することが出来た。

『で、ターゲットは今どこにいるの?』

『あぁ、それなんだが――ザザッ』

『あれ、もしもし? もしもーし?』

『――ザザッ――ザザッ』

 突然念話にノイズが混ざって聞き取れなくなってしまった。いったいどうなっているのだろうか。あたしが不思議に思っていると、背後から声がかけられた。

「悪いが仲間との念話はジャミングさせてもらった。――お前、『使』だな?」

 振り向くとそこには一人の高校生くらいの少女が立っていた。あたしには少女から物凄い殺気が溢れているのがわかった。

「なんのこと?」

「とぼけるな! その強力な天使反応は『天使狩り』と同質のものだ。しかもお前は大手事務所に所属していない使だろう。わかっているのだぞ。お前が我ら『アイル・エンタープライズ』や『89プロデュース』の天使を襲っていることは! 

 一部ではSTの伺見が『天使狩り』という噂もあるが、私にはそうは思えなかった。――それで探していたのだが、ついに見つけたぞ」

『天使狩り』の噂はあたしも聞いたことがある。弱小事務所や大手事務所の二軍天使を殺して回るというやつだ。だが、『光導機神教団(こうどうきしんきょうだん)』は殺生が禁じられているのでそんなことはしない。誤解だ。

「あたしじゃないわよ!」


「言い訳無用! 行くぞ! 機装変身(マジカルチェンジ)!」

「「マジカルチェーンジ!」」

 なんと背後から二人の天使が迫っていたらしい。あたしは囲まれていたのだ。遮蔽物の多いこの場所では、ホークアイの援護も期待できない。――やるしかない。

 見ると、あたしの周りを囲んでいたのは、三人の水着美少女。セパレートタイプ、ワンピースタイプ、スクール水着と実にバラエティーに富んでいる。彼女たちは手にそれぞれ形の異なる水鉄砲のような武装を構えてこちらに向けていた。

「配信準備よしです! 隊長!」

 あたしの斜め後ろにいるツインテールのスクール水着の少女が声を上げると、先程のリーダー格のセパレート水着の少女が水鉄砲を構えていない左手を上げて握り拳を作る。すると、背後の茂みから数台のドローンが現れた。

「アイル・エンタープライズの『スターダスト☆シューター』、復活ライブのお相手はなんと『天使狩り』でーす!」

 もう一人のワンピース水着の少女がドローンに手を振りながら巨大なバズーカような水鉄砲を構えなおす。

「だから誤解だって!」

「うるさい! 見苦しいぞ! 秋茜先輩がいない今、これからアイルを背負って立つのは私たちだ! 行くぞ戦友(とも)たちよ! 『スターダスト☆シューター』」

「「――交戦開始(エンゲージ)!!」」
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