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第3章 武装天使エメラルド・スプリッツァー

HONEY×TRAP

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 翌日、早速わたしたちは青海プロダクションへ行くことになった。
 青葉を初めとする、わたしや愛留(める)、慎二郎(しんじろう)を狙う天使たちがうろうろしていて、しかも『天使狩り』がわたしを狙っている可能性がある状況では、これ以上今までの生活を続けるよりも、青海プロダクションで働いた方が安全だという慎二郎の意見だ。
 わたしも愛留も概ね同意した。まったく、わたしモテモテで狙われすぎ。

 しかし、まさかあの青海プロダクションに拾われることになるなんてね……。慎二郎はわたしがいることも向こうの社長の静内に話したらしく、「それなら伺見も青海(うち)の天使として雇おう」と言ってくれたらしい。嬉しいのだが、以前わたしは青海で散々煽り散らしたことがあるため、複雑な気分だ。
 それに恐らくだけど、青海の天使(アイドル)――霜月(しもつき) 柊里(ひまり)はわたしのことを敵視している。この前も彼女の一挙手一投足から明確な殺意が溢れていた。彩葉を初め青海の他のメンバーがいなかったら殺し合いが始まっていただろう。

 そんな複雑な思いを抱きながら、わたしは倉橋親子と仲良く電車に揺られていた。家から青海プロダクションのある臨海地区までは徒歩と電車を使って小一時間ほど、公共交通機関を使うから犬のポポは連れてきていない。後で回収するなり、ちょくちょく世話をしに戻るなりしないと。
 私は電車の隣の座席に座る愛留に視線を向けた。彼女は緊張した面持ちでキョロキョロと周囲を警戒している。
 いつ襲われるか分からない不安もあるのだろうが、天使オタクの愛留にとってはこれから青海プロダクションの天使たちに生で会えるのが楽しみで仕方ないのだろう。こういうところは普通の小学生なんだなぁ……。とか微笑ましく思っていると、視線に気づいた愛留が、例の目を細めた意味深な笑みを浮かべた。

「どうしたんですかお姉ちゃん? あたしの顔に何かついてます?」

 顔に何かついてないと見つめちゃいけないのだろうか。

「別に? なんでもないよ?」

「ほんとですか? 小学生をそんなに舐め回すように見つめて……やっぱりお姉ちゃんは変態ですね」

 な、舐め回すようには見てないし!

「ち、違うよっ! ただ普通に……可愛いなって思って……」

 慌てて口にしてしまったと思った。これ全然言い訳になってないじゃん!
 案の定、すぐに愛留はまたお得意の汚いものを見るような顔になって、大袈裟に身を引いて、反対側の隣に座っていた父親の慎二郎に擦り寄った。

「お父さん怖ーい! この人、あたしのことを性的な目で見てくるの!」

 やめなさい人聞きの悪い! ここ電車の中なの! ほら、周囲の視線が冷たく私に突き刺さってくるし! あ、でもやっぱり愛留にからかわれるのが癖になってきたかもしれない。あまり悪い気はしない……というか無意識にちょっと嬉しくなっちゃってるわたし。どうしちゃったんだろう?

 と、にやけてしまうとまた愛留に引かれてしまうので、必死に昨夜の晩御飯について考察しながら我慢していると――

 ――パシッ

 ――パシッ

 と、これも恒例行事の、慎二郎の平手が愛留とわたしの頭部に命中した。なんでわたしまでぶたれないといけないのかはよくわからない。

「お前らのコントは毎度面白いが、ここは公共の場だぞ。弁(わきま)えろよ」

 慎二郎は呆れたような声で窘(たしな)める。すると間髪入れずに

「ごめんね……? パパ」

「ぱっ……!?」

 上目遣いで甘い声を出した愛留に、口元を押えてそっぽを向く慎二郎(パパ)。……ここまでが倉橋家流漫才のテンプレートだ。いつも愛留の一人勝ちで終わってしまう。が、可愛いのでOKというのがわたしと慎二郎の共通認識だった。みんな満足して終わる。まさに需要と供給が噛み合った黄金律とでも言うべき……これ以上はやめとこっか。



 そうこうしているうちに、電車は目的地の青海駅に到着し、わたしと慎二郎はいつも通り愛留をサンドイッチしてガードしながら電車を降りた。愛留はさっきまで散々、変態変態わたしのことを罵ってきたにも関わらず、今はわたしの隣に寄り添って手を握ってきたりしている。都合のいいやつだ。

 駅を出て、駅前の大型商業施設をぐるっと裏側に回り込んだ陰の部分にその建物はあった。ボロっちい三階建ての小さな建物。ここが青海プロダクションの事務所だ。

 古いため自動ドアにすらなっていない入り口の扉を、まずは慎二郎が開けて「こんにちは、倉橋と申します」と中に声をかけた。すると、事務所の奥から人の良さそうな黒髪の好青年が現れた。……こんなやつ青海プロダクションにいただろうか?

「倉橋博士、お待ちしておりました。僕は整備員(マネージャー)の友坂(ともさか)と申します」

?」

「は?」

 友坂と名乗った好青年に、事もあろうに愛留が食いついてしまった。場の空気が一気にぽかんとしたものに変わる。初対面の人にいきなり何を言い出すんだ愛留は……。
 愛留は、友坂の右腕に見え隠れしているピンク色のものを指さして一言

』」

「――っ!? どうしてそれを!?」

 その言葉に友坂の表情が一気に険しくなる。一方の愛留は何食わぬ顔で続ける。

「あたしは今までに製造された機装全ての名前、形状、特徴が頭に入ってます。――第二世代としては非常に高い性能を誇りながら、製造後特に天使が戦闘で使用した形跡のない『プルシアン・ブロッサム』は、幻の機装と言われています。あたしも秘かに探していたんですけど、まさか青海プロダクションにあったなんて。――あなた、使ですね?」

 愛留の言葉を聞くにつれて、友坂の表情は険しいものから感嘆の表情に変わっていった。その知識が警戒の対象となるようなことではなく、純粋な興味からきていることが分かったからだろうか。

「はははっ、参ったなよく知ってるね。そう、僕は天使を目指していた。適合する機装もあった。――でも僕は変身できなかった。天使になれなかったから整備員をやってるんだよ。お嬢ちゃん」

「そういうことですか……あとあたしはお嬢ちゃんじゃありません。愛留。倉橋愛留です」

「あの倉橋源一郎博士のお孫さんか。どおりで機装に詳しいわけだ」

 愛留に悪意がなかったことを察知したのか、相手が小学生だからナメているのか、友坂の警戒心は一気に解かれたようだ。

「正直私よりも現役機装のことは詳しいかもしれないです……うちの愛留が失礼いたしました」

「いやいや、全然構わないんですよ! ただ、今までそんなこと言われたことなかったので純粋に驚いただけで……」

 慎二郎が神妙な面持ちで頭を下げると、友坂は大袈裟に手を振った。

「さあ、社長が待ってますので奥までどうぞ」

 すっかり元通りのテンションになった友坂に連れられて、わたしたちは応接室に通された。



 小さめの応接室にはテーブルと、三人がけのソファーが二つ設置されており、そのうちの一つには既に三人の人物が着席していたが、わたしたちの気配を察して各々立ち上がった。

「ようこそおいでくださいました。倉橋慎二郎博士。倉橋愛留さん。伺見笑鈴さん。博士には昨日自己紹介いたしましたが、私が『青海プロダクション』の社長、静内(しずない) 漸(ぜん)です」

 一番奥にいた、スーツを着た痩せぎすの男――静内が口を開いた。わたしはまだ静内がSTにいた頃に彼にプロデュースしてもらったことがあるのだけど、普段の彼はもっとフランクで、多分今は慎二郎の手前、営業用の口調で話している。
 そして何よりも異様なのが、静内の隣にいる仮面男と、さらに隣にいる金髪のギャルというミスマッチ感半端ない組み合わせだった。

「『青海プロダクション』所属の指揮官(プロデューサー)、八雲と申します。このような格好で失礼いたします」

 と八雲と名乗った仮面男。恐らく何かしらの事情で顔が出せないのだろう。

「『青海プロダクション』所属の天使(アイドル)、梅谷 彩葉です。よろしくお願いします!」

 元気よく続けたのは、わたしもよく知る金髪ギャル――彩葉だ。

「倉橋 慎二郎、ご存知のとおり科学者……の端くれです」

「倉橋 愛留です。小学生やってます」

「伺見 笑鈴。居候やってます」

 笑いを取りに行った愛留やわたしの自己紹介に、声を出して笑うものはいなかったが、場の雰囲気はだいぶ和んだようだ。特に愛留については「微笑ましいー」みたいな感じで皆思っているのだろう。うん、こいつは本性を知らなければただの可愛らしい女子小学生だ。

 静内が身振りで着席を促すと、わたしたちも奥から慎二郎、愛留、わたしの順でソファーに腰をかけた。古びたソファーで、STにあったものと比べると座り心地が雲泥の差だ。わたしは改めて自分がいかに落ちぶれてしまったかを理解した。

「さて、早速のところ申し訳ないのですが……」

 口を開いた静内。その口調には意味深が含まれていた。

「――あなたがたを見つけたらすぐに捕まえて引き渡すように『株式会社ST』や『光導機神教団』から通達がありましてね」

「「「――っ!?」」」

 嵌められた!?
 場に一気に緊張が走った。
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