機装天使のアポカリプス 〜アイドルヒーローは世界を救う!〜

早見羽流

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第3章 武装天使エメラルド・スプリッツァー

ABRUPTLY×ENCOUNT

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『株式会社ST』の本社は、社長の衛州が所有するとある高層ビルの上半分をまるまる占拠している。
 その中には当然、天使(アイドル)の寮もある。
 大勢の天使が所属するSTには寮もたくさん。部屋の種類もたくさん。有名な天使ほど部屋は大きい。当然、トップ天使であるわたしの部屋が一番大きいし豪華だ。……だった。

 でも出て行けと言われた。もうここにはいれない。

 最上階の3LDK。バルコニーに露天風呂、ロフトもついた部屋。わたしはその部屋のうちの一つに置かれている机の引き出しの中を漁っていた。

 中に入っている書類をそこら辺に放り投げて、引き出しの一番奥に手を突っ込む。……確かこの辺に……。

「……あった!」

 わたしが取りだしたのは、緑色のブレスレット。

「あはっ……あははっ……あははははーっ! ぶぁぁぁぁかっ! わたしを誰だと思っているの! うかがみちゃんがこんな……こんなことを想定してなかったとでも思ったかぁ!」

 叫びながら右腕にブレスレットを装着する。でも、それは虚勢。わたしが装着しているのは最強の第三世代『アラウンド・ザ・ワールド』ではない。

 ――第二世代機装『エメラルド・スプリッツァー』

 わたしは使わなくなった古い機装(ギア)をあえて返却せずに取っておいていた。最強の力ではない。でもまだ戦える。なぜなら――

「しぶとさだけは自信あるんだよ!――『エメラルド・スプリッツァー』機装変身(メタモルフォーゼ)!」

 ブレスレットに左手を添えながらエメラルド・スプリッツァーを身にまとう。アラウンド・ザ・ワールドよりも武装は少ないし、ジェットパックもないから空も飛べないけど、ボディースーツの背中にいくつか武装をくっつけたこの機装をわたしは使い慣れている。

「うぅ……やっぱりきっつい……」

 ボディースーツがぎゅぅぎゅぅ身体を締め付けてくる。そりゃあそうだ。これつけてたのかれこれ1年前までなんだから。その頃よりも身体は成長している。
 あとで調節しないと。

「……よし、じゃあ……死ねぇぇぇぇっ!」

 わたしは背中から両手剣を引き抜いて、目の前の机に振り下ろした。ガンッ! という音がして机は粉々に砕け散った。

「あはははっ! いい気味ね! うかがみちゃんをっ! バカにするからっ! そうなるんだよっ! ほらほら! あはははっ!」

 ――ガンッ――ゴンッ――バンッ

 わたしは手当たり次第に剣を振り下ろして部屋を破壊していった。どうせもうここはわたしのものじゃない。だったらせいぜい憂さ晴らしに使ってやる。

「……はぁっ……はぁっ」

 ひとしきり暴れると、わたしはお暇することにした。長居はしたくない。
 わたしは窓ガラスを剣で叩き割ると、脇のアンカーを使いながらそこから脱出した。



 数時間後、わたしは東京の街をあてもなく歩いていた。変身はとっくに解いている。あまり見たくなかったけど、携帯端末でわたしのチャンネルを確認したら、チャンネル登録者数はごっそり減っていて、『ツイスター』にも誹謗中傷の嵐が送り付けられていた。当然だ。それだけの事をわたしはしてしまったのだから。

 それでもわたしは諦めなかった。都内の天使事務所を片っ端から訪れて、雇ってもらえないか交渉しようとした。でも、最初に訪れた『アイル・エンタープライズ』をはじめ、どこに行ってもわたしは門前払いされた。当然だ。それだけの事をわたしはしてしまったのだから。

 雇ってもらえそうなところ……
 一瞬彩葉の顔が脳裏に浮かんだ。すぐに振り払った。『青海プロダクション』はないわ。あそこ、この前散々煽りに行ったじゃない。彩葉はともかく、他の連中はわたしのことをよく思っていないだろう。

「申し訳ありませんが、あなたを雇うことはできません」

 もう何度そのセリフを聞いただろうか。昨日まではわたしがどこかの事務所に移籍したいと言ったら、皆先を争って手を上げただろうに、たった一つの過ちでこのザマだ。笑えてくる。

 はぁ、この先どうしよう。天使やめようかな。

 そんなどん底のわたしの心を代弁するかのように、曇り空からポツポツと雨が降ってきた。機装と携帯端末だけ持って出てきたから当然傘なんて持っていない。天気にまで見放されたかぁ。と、古びたビルの軒先で雨宿りしながらため息をついた。

「……お腹空いたなぁ」

 お金も持っていない。頼れるあてもない。機装を売る? いやいっそ着てる制服でも売るか。一部の界隈にはとても需要ありそうだし。と、我ながら意味のわからないことを考えながら、目の前を通り過ぎる人々をぼんやりと眺めていた。

 どれほどそうしていただろうか。わたしはついにその場に座り込んでしまった。お尻が冷たい。床が濡れていたのかもしれない。でもそんなことどうでもよかった。秋の雨は冷たい。風も冷たい。……わたしはうとうとしてきた。このまま目を閉じたら楽になれるのだろうか。そんな甘い誘惑に身を任せそうになった時……

 ――ワンッ! ワンッ!

 という犬の鳴き声でわたしは目が覚めた。見ると目の前に、首輪に繋がれたリードをめいっぱいに引っ張った柴犬らしきワンちゃんがわたしに向けて吠えている。わたし、犬にまで嫌われてしまったようだ。……それか、もしかしたらわたしが身体の中に宿している『アレ』に反応しているのか。

「こらポポ、ダメだよお姉さんに吠えちゃ!」

 リードを握っているのは女の子のようだ。黒い髪を左右で結んで、肩の辺りに垂らしている。そして学校帰りだろうか、赤いランドセルを背負っている。……ってことは、小学生かな?

「……あ、いいよっ気にしないで」

「いえいえ、申し訳ありません……ってあなたは!」

 ランドセルの少女は突然大声を上げた。……やはり気づかれたか。有名人だもんなわたし。
 わたしは少女が罵詈雑言を吐いてくるのを覚悟した。
 しかし、少女は自分の口をリードを握っていない左手で押さえると

「……あたしは何も見てませんっ」

 と自分に言い聞かせるように呟いた。事情を察してくれたのだろうか、優しい子だ。そして賢い。

「で、ではあたしはこれで……」

 立ち去ろうとする少女。しかし、ポポと呼ばれたワンちゃんはわたしを見逃してはくれないらしい。ワンワンとしきりにこちらに吠えてくる。否、わたしの左足に向けて吠えてくる。

「どうしたのポポ……? おかしいな、普段は大人しい子なんですけど」

 少女は不思議そうな顔でリードを引こうとするが、ポポは動こうとしない。
 わたしは無意識に左足のハイソックスを上まで引っ張り上げた。その仕草を少女は見逃さなかった。

「怪我してるんですか? 見せてください」

「嫌だよっ」

 少女はわたしの手を無理やり払い除けると、ハイソックスを引き下ろした。

「やんっ、えっち!」

「っ!?」

 茶化したわたし。でも少女はわたしの足の状態を確認するや否や息を呑むと物凄い勢いで再びハイソックスを引き上げた。わたしの左足は、足首からふくらはぎにかけて、銀色の金属のようなものに覆われていた。必死に隠してきたのに……

「……ついてきてください早く!」

「無理だよ、治らないよこれは」

「あたしのお父さん……科学者なんです。お父さんならもしかしたら」

「へぇ、すごいね。でも無理、この金属は機獣の体の金属と同じなの……だから普通の科学者には――」

 少女は年齢に似合わない険しい顔をした。少しかわいい。

「あたしの名前は倉橋(くらはし) 愛留(める)。お父さんの名前は倉橋(くらはし) 慎二郎(しんじろう)、そして……おじいちゃんの名前は倉橋(くらはし) 源一郎(げんいちろう)です。……天使なら聞き覚えありますよね? 伺見(うかがみ) 笑鈴(えりん)さん?」

「うそ……」

 わたしは思わず声を漏らした。倉橋源一郎……それは、機装(ギア)を開発した天才科学者の名前だったからだ。
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