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第3章 武装天使エメラルド・スプリッツァー

ABASEMENT×COMPLEX

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 わたしは小学生の頃からずっと劣等感の塊だった。
 勉強でも運動でも自分は優れているはずなのに、傍にはたいていもっと優れている人がいて、周りはその人とわたしを比較して、わたしを劣っていると……欠陥品だと決めつける。

 だからわたしは天使(アイドル)になろうと決めた。比べられるのが嫌なら誰にも届かないところに上ってしまえばいい。そう思った。

 幸い適正はあった。天使養成所に通ったわたしは、人一倍訓練を積んで、不味いエリクサーを許容量ギリギリまで摂取して、強くなった。わたしは小学校時代のライバルを超えることに成功したのだ。そんなわたしには最新型、第二世代の機装(ギア)『エメラルド・スプリッツァー』が与えられ、大手天使事務所の『株式会社ST』の天使としてデビューすることが決まった。
 何もかも計算通り、わたしの華やかな天使人生が始まると思っていた。

 そんなわたしの前にもやはり立ちはだかる者がいた。

 ――梅谷(うめたに) 彩葉(いろは)

 彼女はわたしよりも可愛くて、強くて、明るくて、元気で、隣にいると眩しくて……。

 彩葉は第二世代機装の『コットン・フラワー』を与えられて、わたしとユニットを組むことになった。眩しい太陽のような彼女の隣で、わたしはまた霞んでしまった。
 まあそれはいい、いつもの事だと割り切ることもできた。それに彩葉とわたしの力を合わせて、いつしか二人のユニットはSTの主力ユニットとして活躍できた。だけど……

 わたしたちが中学二年になった時、〝それ〟は起こってしまった。
 どうしても許せないこと。

「ごめんなさいっ! 私、STを辞めさせてもらいます!」

 彩葉はオレンジがかった黄色のブレスレットを社長の衛州の机の上に置いて頭を下げていた。わたしはそれを斜め後ろから見ていた。

「……理由は聞くまでもない。静内(しずない)についていきたいのだろう?」

「は、はい……静内Pさんにはとてもお世話になったので、どうしても断れなくて……」

 彩葉は照れくさそうに後頭部に右手を当てた。
 ……まあそれもあるだろうけど、彩葉のことだ。静内が連れているあの霜月とかいう子のことが気になるに違いない。

 何故か彩葉はあの子を実の妹のようによく可愛がっており、あの子も彩葉によく懐いている。遥かに長い時間一緒にいるはずのわたしよりもあの子を選ぶんだね……。まあ別にそれもいい。わたしははないし。実際、STで同室の寮で生活していたわたしは、スキンシップの激しい彩葉の餌食になることがよくあった。それが彼女の個性なのだということはわたしが一番よくわかっている。

 ただ

 ――力を持っているのにそれを十分に発揮しようとしない

 ――一番輝けるSTではなく、茨の道に身を投げようとしている

 ――わたしよりも優れているのに

 ずるい。わがままだ。そう思った。

 去ろうとする彩葉を、衛州もわたしも、誰も止めなかった。期待の新星を、STは容易く手放した。彩葉は去り際にわたしに「笑鈴も一緒に来ない?」と誘ってきた。ふざけるなと思ったし、ふざけるなと返した。わたしは彩葉の子分じゃない。

 こうして、弱小天使事務所『青海プロダクション』の天使となってしまった彩葉。機装も、新しい『スクリュー・ドライバー』を支給され、新天地でも大活躍した。やっぱり彩葉は凄かった。

 わたしはそんな彩葉に勝つべく、必死に訓練を積んだ。絶対にSTのエースになってチヤホヤされるんだ……彩葉よりも輝く存在になるんだという強い決意があった。
 わたしが高校生になったある日、STの天使の中で『第三世代機装』の噂が立った。これまでの第二世代機装を凌ぐスペック、あの『未確認』すらも楽々相手にできるという強さ。わたしはこれだと思った。そして、早速社長の衛州に直談判しに行った。

「わたしに第三世代機装を支給してください!」

 衛州は、「ほう……?」と笑みを浮かべた。「しかし、お前では適合率が足りない」とも言った。

「適合率を上げればいいんですね?」

 そんなのは簡単だ。エリクサーを使えばいい。
 わたしはエリクサーの過剰投与を行って無理やり『エメラルド・スプリッツァー』の適合率を上げた。その数字を見て衛州は満足げに頷いた。

 後日、わたしに支給されたのは、第三世代機装『アラウンド・ザ・ワールド』。わたしは最強の天使になった。トップ天使に相応しいようにイメージチェンジして猫を被ったりした。ユニットメンバーとしてお目付け役の双子天使がついたのはちょっとイラついたけれど、部下ができるのも悪い気分はしない。エリクサーの影響か、中学以降あまり背は伸びなかったが、それ以外の部分はそれなりに成長してくれたので、見た目もカワイイカリスマ天使になることができた。
 彩葉に、勝てたと思った。
 誰もわたしには勝てない。
 そう思ってたのに。

 ……それなのに。





「……ぐっ!」

 わたしは、衛州社長の机の前に乱暴に投げられた。まだ頭がぼーっとしている。わたしを投げた張本人、葵(あおい) 癒姫(ゆき)は笑みを浮かべながらわたしの背中を靴のヒールで踏みつける。わたしは声にならない悲鳴を上げた。

「やめなさい、わたしを誰だと思っているの?」

「はぁ? どの口がそんなことほざいてるんですの? クソ虫の分際で」

「く、クソ……?」

 言われても仕方ない。わたしはミスを犯してしまった。否、抗えなかった。原因は不明だが、我を忘れたわたしは、関枚(せきひら)姉妹を……仲間を殺してしまった。そればかりか、アイルの天使、秋茜(あきせ) 華帆(かほ)、彩葉にまで危害を加え、味方を危機に陥れた。秋茜は行方不明。彩葉と『シルバー・ストリーク』は負傷したと癒姫から聞かされた。

「何か申し開きはあるか? 伺見(うかがみ) 笑鈴(えりん)よ」

 衛州の静かな声。……終わったと思った。社長は相当怒っている。わたしの失態はLIVE配信で全国に配信されている。トップ天使として大量についていたスポンサーは間違いなく離れ、STへの非難も避けられない。わたしは天使を続けられないだろう。

「……ない、です」

「姫が駆けつけなかったら今頃味方は全滅、日本も全滅でしたわよ。感謝なさい、そして靴でも舐めなさいな」

 オレンジの髪にオレンジのドレスを身にまとった癒姫は上機嫌だ。同じ事務所にいながらわたしはこの子の存在を知らなかった。極秘に訓練されていたのだろう。
 まただ……またわたしの前に立ち塞がるやつがいた。

「誰が……誰がそんなことっ!」

 わたしは瞬時に機装の武装を展開して、ガトリング砲を癒姫に突きつけようとした。……しかし……

 ――ヒュンッ

 なにかが空を切るような音ともに、癒姫の背後からいくつもの拳大の丸いもの――ビットが飛び出した。ビットからはそれぞれビームが発射され、わたしの機装を貫く。
 わたしの機装は破壊され、白と緑ベースのぴっちりしたボディースーツ姿になって、再び床に倒れ込んでしまった。力が入らない。

 こいつにはどう足掻いても勝てない。癒姫は第三世代機装『イスラ・デ・ピノス』の天使。さっきの戦闘でも、万全ではなかったとはいえ、最強天使のわたしが手も足も出ずに、気絶させられてここ、STの本社まで運ばれてきたのだ。

「まあ、お行儀が悪いですこと。姫の『イスラ・デ・ピノス』は未確認に対抗するために開発された『対機装用』ですの。天使である以上、姫に勝てるとは思わないことですわ」

「……くっ」

「もうお前に用はない……機装を返却し、荷物をまとめて出ていけ」

 衛州は静かに告げた。

「い、嫌っ……」

 この力……第三世代機装を失ってしまったらわたしは……
 しかし、衛州は机から立ち上がると、ペタンと座り込んでいるわたしにつかつかと歩み寄ってきて、無理やり右手首を掴んでブレスレットを剥ぎ取った。

「や、やめてぇぇぇぇっ!?」

 叫び虚しく、ブレスレットを失ったわたしは強制解除(クラッシュ)してしまった。普段晒さない姿――高校のセーラー服姿が露わになる。恥ずかしさで言うとさっきのボディースーツのほうが体のラインが直で出るから恥ずかしいんだけど、せっかく掴んだ力が奪われてしまったという絶望がわたしにのしかかってきた。

「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁっ!」

「あらら、壊れてしまいましたわ」

 癒姫の声を背後に聞きながら、わたしは社長室から駆け出していった。
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