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第2章 美少女天使スクリュー・ドライバー

おしおきだよ! 未確認の敵はやばいやつ

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 私はちょくちょく後ろを確認しながら河川敷を走った。

 脚には自信があったし、変身した状態で本気で走れば逃げ切れるかもしれないけど、私の任務はスカイツリーの防衛。敵の撃破ができないなら時間稼ぎが私の仕事だ。

「あーもう、ちょろちょろうっとうしいわね!」

 敵はそこまで速く走れないらしい。大杖を構えると、こちらに向けてきた。……何をするつもりだろう?

 ――ビュンッ

 ――ズドンッ

「うあっ!?」

 衝撃で私の体は一瞬宙に浮いて、すぐに地面に叩きつけられた。一体何が起きたのだろう? 突然杖の先が光ったと思ったら、私の足元が爆発したのだ。
 まさかビームでも撃ってきた……?

「……いつつつっ」

 私はすぐに立ち上がると再び走り出した。
 ……でも

「待ちなさい!」

 ――ズドンッ

 ――ズドンッ

 私の周囲に閃光が炸裂する。当たらないのが奇跡みたい。攻撃が当たった地面には小さなクレーターができていた。これじゃあ私が逃げるほど周囲の街への被害が拡がってしまう。それはまずい……これも配信されているんだし、『街を破壊したダメダメな天使(アイドル)』としてネットの晒し者になってしまう。

 ――やるしかない

 私は腹を括った。

『P(プロデューサー)さん、ごめんなさいっ! 私、負けちゃうかも知れません!』

 念話(テレパシー)でPさんに向かって叫ぶと、私はその場でくるっとターンして、真っ直ぐに敵に向かって突撃した。

「なにっ!?」

 面食らった様子の敵の腰の辺りに、思いっきりタックルを仕掛ける。

「はぁぁぁぁっ!!」

 ――ドッ

 という音を立てて綺麗にタックルは決まった。恐らく大型トラックに突っ込まれたくらいの衝撃は受けたのだろう。確かな手応えを感じて、敵は案外すんなりと地面に押し倒されてくれた。ザザッと砂利が飛び散る。

 私は急いで膝を使って敵の腰を押さえつけると、そのまま馬乗りになって両手にエネルギーを溜めて、紫の装甲に覆われた顔面を殴った。

 ――ゴッ

 硬い……でも手応えはある。……効いている!

「このっ……! このっ!」

 右――左――また右――左――

 連続で拳を振り下ろす。とにかく反撃の隙を与えない……このまま殴っていれば……勝てるかもしれない。

「このっ……! いい加減……! 倒れてっ!」

 残ったエネルギーをありったけ込めながら殴る。敵の顔面の装甲にヒビが入った。……いけるっ!

「終わりですっ!」

 渾身の右ストレートは、しかし敵に届く前にバシッと手首を掴まれて、防がれてしまった。

「ふふふっ、それで全力? おしかったわね」

 敵の未確認が、左手で私の右手首を掴んでいた。……すごい力。
 それならと、かわりに振り上げた左腕も軽々と掴まれてしまった。

「さてと……じゃあ次はお姉さんの番ね?」

 私の手首を掴んだ腕に力がこもる。

「い、いたたたっ!?」

「お姉さんね。あなたみたいなかわいい子が苦しんでいる姿を見るのが大好きなのよ。……だから殺す前に少しだけ遊んであ・げ・る♪ ねぇ、もっと見せて?」

 やばい、やばいやばいこいつ絶対やばいやつ!
 私は心の底から恐怖をおぼえた。今まで天使としてたくさんの戦闘を経験したけど、こんなのは初めてだ。……怪我した時でさえ、こんなに心の底から冷えきるような恐怖を感じたことなんてなかったのに……。

 そんな思いが表情に出ていたのか、敵は心底愉快そうな笑い声を上げた。

「あはははっ! いいわねぇ……その表情、それだけでもわざわざ海の底から来ただけの事はあったわ。ほんとは第三世代ちゃんをボコボコにしたかったんだけどね」

「あぁぁぁぁぁぁっ!?」

 敵の手から逃れようともがくうちに、私は気づいたら敵に背後から抱きしめられるような体勢になっていた。これではもう身動きもとれない。
 敵に掴まれた両腕からは絶え間ない激痛が襲いかかってくる。しかし一気に潰したりはしない。
 ゆっくりと……しかし確実に、敵は私を痛めつけながら力を奪っていく。
 念話でPさんやマネージャーさんがなにか叫んでいるけれど、私の耳にはもう鮮明には届かない。なんて言ってるの……私は……どうすればいいの?
 やっぱりあのまま逃げていればよかった。多少街に被害が出たとしても……
 痛い……痛い……

「たす……けて……」

 視界が霞んだ。負けたくない。そう思ってはいるけど、本当はビビりの私の涙腺は呆気なく崩壊してしまったみたいだ。

「これ、配信されてるのよね? みんなにヒーローさんのかっこ悪い姿が晒されちゃうわぁ……どうしましょう? うふふっ♪」

 敵は私の耳元で囁く。みじめなんてもんじゃない。私は……私は所詮ダメな天使だ。足を引っ張ることしかできない……どうしようもない……。

「彩葉(センパイ)っ!!」

 っ!? あの声は……!!

「ひ……まり……ちゃん……どうし……て」

 声のした方を見ると、後輩の霜月柊里ちゃんが、河川敷に降りる階段の手すりから身を乗り出してこちらをうかがっていた。
 どうして……逃げてって言ったのに……時間から考えて、一旦事務所に戻ったとは考えにくい。ということは、今の柊里ちゃんは変身できない……!

「あらら、お仲間さん? 心配しないでね、あなたを始末したらあとであの子も可愛がってあげるから」

「おいセンパイ! 昨日の大口はどうした! 諦めたら〝負け〟なんだろ? 梅谷彩葉は〝そんなに弱い〟のか!?」

 挑発気味に言い放った敵を無視して、柊里ちゃんは叫ぶ。私に声援を送ってくれる。……そうだよね。私は諦めない。負けたくないから!そしてなにより……

「私の柊里ちゃんに手を触れさせないっ!」

 私の全身に力が漲った。どこにそんな力が残されていたのか、エネルギーは底をつきかけていたはずなのに……これが声援の力……柊里ちゃんの声援がダイレクトに機装(ギア)の力になったのかもしれない。

 私は力を振り絞って敵の手を振り払った。

「ひゃっ!? まさか、どこにそんな力が……」

 敵は驚いたような声を上げる。

「人類(にんげん)舐めんなぁ!」

「ぐっ!?」

 私の拳が再び敵の顔面を捉えて、敵は勢いよく吹き飛んでいって、河川敷の地面を滑っていった。

「……やるわね、余計気に入ったわ」

 これでも……ここまでしても敵に大したダメージは与えられていないというの……?
 私は追撃しようと両手に力を込めたとき……

 ――ズドンッ

 ――ボッ

 ――ドガガガッ

 轟音が辺りを包んだ。慌てて周囲を確認した私の目に飛び込んできたのは、少し離れたところにあったスカイツリーの頂上のパラボラアンテナ型の『殲滅兵器』が炎を上げながら落下していくところだった。

「スカイツリーが!」

「ふーん、どうやら成功したみたいね。というわけでお姉さんもそろそろおいとましちゃおうかしら。あなたのこと気に入っちゃったわ、また会いましょう? 〝梅谷彩葉〟ちゃん♪」

 その様子を見ていた敵は、こんなことを言い残してゆっくりと立ち去っていった。
 もちろん、私に追いかける元気はなかった。

「……会いたくない」

「センパイ、大丈夫か……?」

 いつの間にか階段を降りてきていた柊里ちゃんが私に駆け寄ってくる。
 その顔を見たら、安心したのか私の全身からすっと力が抜けた。

「……ごめん柊里ちゃん。私……」

 体が思うように動かない。私はその場で膝をつくしか無かった。

「死ぬのか……センパイ」

「うん……しばらくお願い」

 そう告げた途端に、エネルギーを使い果たした機装(ギア)が強制解除(クラッシュ)され、私の意識は急速に闇に飲まれていった。
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