10 / 59
第1章 仮面天使エル・ディアブロ
殿皇アリエス
しおりを挟む
*
もはや人間の支配領域ではなくなってしまった深海の底に〝そこ〟は存在していた。とある海溝の底に場違いなほど近未来的な海底都市があった。
――アトランティス
古代ギリシャの哲学者プラトンがその著書で存在を示唆した伝説の帝国。それは今からかれこれ1万年以上も前に海底に没したとされていた。その後、人類は何度もアトランティスに眠るという財宝を求めて海底を捜索したが、ついに発見には至らなかった。
それもそのはず、『人類』よりも遥かに技術力の高い『アトランティス人』は、今でもそこに暮らしながらジャミングや光学迷彩などを駆使してアトランティスを完璧に守っていた。……不躾な部外者に荒らされないように。
アトランティスは、球体状のいくつもの居住ユニットが集まって構成された『海底都市』だった。もちろん有事にはユニットを切り離して避難もできる。それどころか、その気になれば宇宙への脱出も可能だ。それほどまでにアトランティス人の技術は発展していた。
その中で一際大きい球体の中に、巨大な機獣とそれに跨った二つの人影が入っていった。球体は膜のようなものに覆われ、その中に入ると、ちゃんと空気がある地上と同様の空間が広がっている。
ドッ! という音を立てて巨大なドラゴン級の機獣がだだっ広い空間に着地した。SF映画に登場する宇宙船のプラットフォームのような空間。他にも何頭ものドラゴン級の機獣が大人しく鎮座していた。
それらと同じように身を屈めて動かなくなった先程の巨大な機獣。すぐさまその上から二人の人影が飛び降りる。
空間には既に一人の人影がおり、二人の帰りを待っていたようだ。
「おかえりなさい。ピスケス、サジタリアス。見てたわよ? 散々だったわね」
「リブラか。俺様を笑いに来たンかァ?」
二人のうち一人は、パチンと指を鳴らしてそのボロボロの装甲を解除した。顔の右半分が金属のようなもので覆われた男の顔が現れる。端正と言えなくもない顔であったが、その顔は屈辱で歪んでいた。
対する一人は、顔の上半分が金属に覆われた女性のようだ。しかし正確な年齢は推測することも出来ないし、アトランティス人である彼女が何年……いや、何百年、何千年生きてきたかなんて分かるはずもない。
男の後ろに控えていたのも同じく男であり、最初の男とほぼ同じ見た目をしている。アトランティス人の特徴で、見た目の個体差がほぼない。個体を識別するには性格で判断するしかない。二人目の男は、最初の男とは異なり寡黙なようで、先程から何も口にしない。ただ、自分の得物である黒い大きな弓を大事そうに抱えていた。
「笑いに来たんじゃなくて、慰めに来たのよピスケス。前みたいに五人で行けっていったのに、『あいつらなんか二人で充分だ。なンなら一人でも余裕』とか言って行っちゃって、で、やられたちゃうなんて。あー、可哀想!」
「それ、慰めてねェだろ」
リブラと呼ばれた女が口元に笑みを浮かべながら言うと、ピスケスと呼ばれた男は肩を竦めた。
「ピスケスはよくやった。……相手が悪かった」
もう一人の男――サジタリアスが口を開いた。
「第三世代機装だっけ? 人類も厄介なものを開発するわよね。第二世代が開発される前に潰しておけばよかったかしら」
「アリエスの野郎に言ッてやッてくれ。奴によれば『計画は最終段階に近づきつつある』ンだと。……『機装』の技術を人類に流出させたり、その気になりャあいつでも滅ぼせンのに、殲滅兵器だけ破壊して、総攻撃は仕掛けなかッたり……奴の考えてる事は訳がわからン」
ピスケスは力なく首を振った。
「でも、その殲滅兵器破壊にすら失敗したんだから、流石にアリエスも動くんじゃないかしら?」
リブラがそう言った時、プラットフォームから別のユニットへと通じる通路の扉が開いて一人の男が入ってきた。彼もまたピスケスやサジタリアスと似た見た目をしているが、彼らのオレンジ色の髪とは異なり、その髪は鮮やかな金髪で、ゆったりしたローブを身にまとっている。
「誰か私の名前を呼んだか?」
「殿皇(でんおう)アリエス……!」
ピスケス、リブラ、サジタリアスはその場でひざまづいて頭を垂れた。どうやらその男――アリエスは、彼らよりも目上の人物らしい。名前の前に付けた称号からして、アトランティスを統べる立場のようだ。
頭を垂れる彼らの様子を見て、アリエスは満足気な笑みを浮かべると、ピスケスの目の前にスタスタと歩み寄った。ピスケスの首筋に一筋の汗が流れ落ちた。
「さてと、報告聞くまでもない。ピスケス、サジタリアス。覚悟は出来ているな?」
「そ、その前に聞いてくれ! 奴らの機装(ギア)は、前回相手した奴らよりもとても強くなッていたンだ! 確かに俺様にも油断があッたかもしンないけど!」
ピスケスは慌てて弁解した。動揺しているのか、額には汗を浮かべている。
「〝見ていた〟んだからそれくらいは分かっている。予想よりも早いが概ね計画通りだな」
「アリエス……お前はいッたいなにを考えてるンだ?」
問われたアリエスは相変わらず意味深な笑みを顔に貼り付けたまま答えた。
「じきにわかる。それよりもあの殲滅兵器『スカイツリー』だけは何とかしておかないといけないな。ピスケス、サジタリアス。お前たちに名誉挽回のチャンスをやろう」
「……?」
「休養の後、リブラ、ジェミニ、スコーピスそしてタウラスを連れて再出撃してこい。……次はないと思えよ」
「でも、第三世代機装には俺様たちの星装(アストロ)じャあ敵わないぞ?」
「分かってないな」
アリエスはやれやれといった感じに首を振った。
「第三世代機装の天使は一人だけなのだろう? それならなんとでもなる。それに……」
「なんだ?」
「STといったか。やつらは〝使える〟。上手くやれよ」
「……わかった」
首肯したのは、今までほとんど口を開かなかったサジタリアスだった。彼が同意したことで、痛い目に遭ったせいで再出撃を渋っていたピスケスも黙って頷くしか無かった。
「くれぐれも、我ら『黄道十二宮(ゾディアック・イクリプス)』の恥晒しにならんようにな」
相変わらずの笑みでそう口にしたアリエスは、そのまま踵を返してプラットフォームを後にした。
やっと頭を上げたリブラが苦笑しながら、隣のピスケスに向かってこう口にした。
「あなたたちも大変ねぇ……」
「うるせェ。今度はお前も出撃を命じられただろうが。せいぜい油断しないようにしろ。天使(やつら)はマジで強くなってンぞ? 舐めてッと足元救われンぞ」
「はいはい、楽しみにしてるよ」
リブラがそう言いながら立ち上がると、他の二人も次々と立ち上がり、各々休養をとるために自分の居住区画へと散っていった。
もはや人間の支配領域ではなくなってしまった深海の底に〝そこ〟は存在していた。とある海溝の底に場違いなほど近未来的な海底都市があった。
――アトランティス
古代ギリシャの哲学者プラトンがその著書で存在を示唆した伝説の帝国。それは今からかれこれ1万年以上も前に海底に没したとされていた。その後、人類は何度もアトランティスに眠るという財宝を求めて海底を捜索したが、ついに発見には至らなかった。
それもそのはず、『人類』よりも遥かに技術力の高い『アトランティス人』は、今でもそこに暮らしながらジャミングや光学迷彩などを駆使してアトランティスを完璧に守っていた。……不躾な部外者に荒らされないように。
アトランティスは、球体状のいくつもの居住ユニットが集まって構成された『海底都市』だった。もちろん有事にはユニットを切り離して避難もできる。それどころか、その気になれば宇宙への脱出も可能だ。それほどまでにアトランティス人の技術は発展していた。
その中で一際大きい球体の中に、巨大な機獣とそれに跨った二つの人影が入っていった。球体は膜のようなものに覆われ、その中に入ると、ちゃんと空気がある地上と同様の空間が広がっている。
ドッ! という音を立てて巨大なドラゴン級の機獣がだだっ広い空間に着地した。SF映画に登場する宇宙船のプラットフォームのような空間。他にも何頭ものドラゴン級の機獣が大人しく鎮座していた。
それらと同じように身を屈めて動かなくなった先程の巨大な機獣。すぐさまその上から二人の人影が飛び降りる。
空間には既に一人の人影がおり、二人の帰りを待っていたようだ。
「おかえりなさい。ピスケス、サジタリアス。見てたわよ? 散々だったわね」
「リブラか。俺様を笑いに来たンかァ?」
二人のうち一人は、パチンと指を鳴らしてそのボロボロの装甲を解除した。顔の右半分が金属のようなもので覆われた男の顔が現れる。端正と言えなくもない顔であったが、その顔は屈辱で歪んでいた。
対する一人は、顔の上半分が金属に覆われた女性のようだ。しかし正確な年齢は推測することも出来ないし、アトランティス人である彼女が何年……いや、何百年、何千年生きてきたかなんて分かるはずもない。
男の後ろに控えていたのも同じく男であり、最初の男とほぼ同じ見た目をしている。アトランティス人の特徴で、見た目の個体差がほぼない。個体を識別するには性格で判断するしかない。二人目の男は、最初の男とは異なり寡黙なようで、先程から何も口にしない。ただ、自分の得物である黒い大きな弓を大事そうに抱えていた。
「笑いに来たんじゃなくて、慰めに来たのよピスケス。前みたいに五人で行けっていったのに、『あいつらなんか二人で充分だ。なンなら一人でも余裕』とか言って行っちゃって、で、やられたちゃうなんて。あー、可哀想!」
「それ、慰めてねェだろ」
リブラと呼ばれた女が口元に笑みを浮かべながら言うと、ピスケスと呼ばれた男は肩を竦めた。
「ピスケスはよくやった。……相手が悪かった」
もう一人の男――サジタリアスが口を開いた。
「第三世代機装だっけ? 人類も厄介なものを開発するわよね。第二世代が開発される前に潰しておけばよかったかしら」
「アリエスの野郎に言ッてやッてくれ。奴によれば『計画は最終段階に近づきつつある』ンだと。……『機装』の技術を人類に流出させたり、その気になりャあいつでも滅ぼせンのに、殲滅兵器だけ破壊して、総攻撃は仕掛けなかッたり……奴の考えてる事は訳がわからン」
ピスケスは力なく首を振った。
「でも、その殲滅兵器破壊にすら失敗したんだから、流石にアリエスも動くんじゃないかしら?」
リブラがそう言った時、プラットフォームから別のユニットへと通じる通路の扉が開いて一人の男が入ってきた。彼もまたピスケスやサジタリアスと似た見た目をしているが、彼らのオレンジ色の髪とは異なり、その髪は鮮やかな金髪で、ゆったりしたローブを身にまとっている。
「誰か私の名前を呼んだか?」
「殿皇(でんおう)アリエス……!」
ピスケス、リブラ、サジタリアスはその場でひざまづいて頭を垂れた。どうやらその男――アリエスは、彼らよりも目上の人物らしい。名前の前に付けた称号からして、アトランティスを統べる立場のようだ。
頭を垂れる彼らの様子を見て、アリエスは満足気な笑みを浮かべると、ピスケスの目の前にスタスタと歩み寄った。ピスケスの首筋に一筋の汗が流れ落ちた。
「さてと、報告聞くまでもない。ピスケス、サジタリアス。覚悟は出来ているな?」
「そ、その前に聞いてくれ! 奴らの機装(ギア)は、前回相手した奴らよりもとても強くなッていたンだ! 確かに俺様にも油断があッたかもしンないけど!」
ピスケスは慌てて弁解した。動揺しているのか、額には汗を浮かべている。
「〝見ていた〟んだからそれくらいは分かっている。予想よりも早いが概ね計画通りだな」
「アリエス……お前はいッたいなにを考えてるンだ?」
問われたアリエスは相変わらず意味深な笑みを顔に貼り付けたまま答えた。
「じきにわかる。それよりもあの殲滅兵器『スカイツリー』だけは何とかしておかないといけないな。ピスケス、サジタリアス。お前たちに名誉挽回のチャンスをやろう」
「……?」
「休養の後、リブラ、ジェミニ、スコーピスそしてタウラスを連れて再出撃してこい。……次はないと思えよ」
「でも、第三世代機装には俺様たちの星装(アストロ)じャあ敵わないぞ?」
「分かってないな」
アリエスはやれやれといった感じに首を振った。
「第三世代機装の天使は一人だけなのだろう? それならなんとでもなる。それに……」
「なんだ?」
「STといったか。やつらは〝使える〟。上手くやれよ」
「……わかった」
首肯したのは、今までほとんど口を開かなかったサジタリアスだった。彼が同意したことで、痛い目に遭ったせいで再出撃を渋っていたピスケスも黙って頷くしか無かった。
「くれぐれも、我ら『黄道十二宮(ゾディアック・イクリプス)』の恥晒しにならんようにな」
相変わらずの笑みでそう口にしたアリエスは、そのまま踵を返してプラットフォームを後にした。
やっと頭を上げたリブラが苦笑しながら、隣のピスケスに向かってこう口にした。
「あなたたちも大変ねぇ……」
「うるせェ。今度はお前も出撃を命じられただろうが。せいぜい油断しないようにしろ。天使(やつら)はマジで強くなってンぞ? 舐めてッと足元救われンぞ」
「はいはい、楽しみにしてるよ」
リブラがそう言いながら立ち上がると、他の二人も次々と立ち上がり、各々休養をとるために自分の居住区画へと散っていった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女子竹槍攻撃隊
みらいつりびと
SF
えいえいおう、えいえいおうと声をあげながら、私たちは竹槍を突く訓練をつづけています。
約2メートルほどの長さの竹槍をひたすら前へ振り出していると、握力と腕力がなくなってきます。とてもつらい。
訓練後、私たちは山腹に掘ったトンネル内で休憩します。
「竹槍で米軍相手になにができるというのでしょうか」と私が弱音を吐くと、かぐやさんに叱られました。
「みきさん、大和撫子たる者、けっしてあきらめてはなりません。なにがなんでも日本を守り抜くという強い意志を持って戦い抜くのです。私はアメリカの兵士のひとりと相討ちしてみせる所存です」
かぐやさんの目は彼女のことばどおり強い意志であふれていました……。
日米戦争の偽史SF短編です。全4話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる