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第1章 仮面天使エル・ディアブロ
交わる空牙
しおりを挟むブロロロロロロロ! というヘリコプターのプロペラ音。
東京の街の上空を一機のCH-47――通称チヌークが真っ直ぐに東京湾を目掛けて飛んでいく。古い型だが優秀な輸送ヘリコプターだ。
新世紀4年の『機獣』襲来以降、人類は保有するあらゆるリソースを機獣に対抗するための新兵器開発に費やしており、特に航空機関連の技術はそれ以降全くと言っていいほど発展していない。
チヌークは東京港の上空までやってくると、いくつかの物体を投下した。機獣襲来以降ずっと錆びたコンテナが雑然と放置されている一角に物体は落下した。すると、物体はピンク色の光を放ち、瞬く間に100メートル四方の舞台(ステージ)が展開された。
舞台といっても演劇とかで役者が立つようなスポットライト輝く舞台ではなく、ただの光の壁によって区切られた空間である。そのピンクの光にはガンマ線が含まれており、機獣を誘引する効果がある。
要するに、天使(アイドル)は舞台(ステージ)の中で戦うことで、街への被害を最小限に抑え、更に、上陸してきた機獣の撃ち漏らしも激減することができるのである。
チヌークの中では続けて二人の人影が降下準備をしていた。といっても二人は天使(アイドル)であるのでパラシュートは必要ない。
二人はどちらも黒髪をショートカットにして、黒いTシャツ、下は同じく黒いポリエチレン製の長ズボンで黒い手袋をしている黒ずくめの格好だったが、身長は凸凹で体型も違う。高校生くらいの男女のようだ。
お互い片手を繋いで、東京港に上陸した機獣の群れが舞台(ステージ)に集まっていくのを眺めていた。恋人――ではなく兄妹のようだ。
『――行くよ、兄さん』
『――あぁ』
『『イェーガー・シューター』、滋曲美唯菜(しぐま みいな)』
『『サウザ・ショットガン』、滋曲魁人(しぐま かいと)』
『『交戦開始(エンゲージ)』』
二人は顔を見合せながら頷きあうと、手を繋いだままチヌークから飛び降りた。すぐさまその後を配信用ドローンが二基追いかける。
二人は空中で同時に叫んだ。
『『機装変身(きそうへんしん)!!』』
空中で二人は黒い光に包まれる――光が収まると、兄は金色の、そして妹は銀色の機械のような部品が全身に取り付けられたスチームパンク風の衣装(コスチューム)に変身していた。
落下しながら、妹は手に装着されたキャノン砲を連射して舞台(ステージ)内の小型機獣を次々と撃破していく。
兄は、巨大なキリンを模したような機獣の頭の上に着地すると、得物の強力な散弾銃(ショットガン)をキリンの脳天に突きつけてそのまま引き金を引いた。
ガッ!! という音を立ててキリンの頭部が砕け散る。
二人は軽々とした身のこなしで舞台(ステージ)に降り立つと、息の合ったコンビネーションで次々と機獣を葬っていった。
「如何(いかが)ですかな? 我がST(えすてぃー)が誇る新ユニット『∑CROSS(シグマクロス)』の実力は?」
その様子をドローンから配信される映像越しに見ていた大柄の壮年の男性が、円卓についている他の七人の人物を見回しながら問いかけた。男性は高級そうなスーツに身を包み、白髭をたくわえているが、頭部の白い毛はだいぶ禿げてきている。
彼は、大手の天使(アイドル)事務所――『株式会社ST』の社長、衛州崇仁(えす たかひと)という。柔和な表情を浮かべているが、瞳の奥の感情を読み取ることはできない。油断ならない男だ。
「いやはや素晴らしい! 第二世代機装の兄妹ユニットとは……同調(シンクロ)も完璧ですな! LIVE配信の視聴数も凄まじいことになっている!」
部屋の円卓に座った一人の男性が感心したような口調で応えた。
「最強のソロ天使(アイドル)である『シルバー・ストリーク』、第三世代機装『アラウンド・ザ・ワールド』率いる『トライブライト』、そして『∑CROSS』か……STは最早(もはや)向かうところ敵無しですね!」
別の男性も興奮した様子で続ける。彼らはそれぞれ名だたる天使(アイドル)事務所の社長たちであるが、本心でそう言っているのか、はたまた衛州の機嫌をとっているのかは分からない。
「それだけではありませんぞ。我が社はもう一人、第三世代機装のソロ天使(アイドル)のデビューを予定しております」
「なんと!」
場にどっとどよめきが起こった。
最新式、第三世代の機装(ギア)なんぞ製作するのに莫大なコストがかかる。既に第三世代機装天使を一名保有しており、第二世代機装天使も多数在籍しているSTが、それらの開発にかかった出費は計り知れないものであるが、この期に及んで第三世代機装天使のデビューを予定しているとは……。
STの莫大な財力が垣間見える。
それが衛州の狙いだろう。
莫大な財力を見せつけて他の事務所を牽制する。階級(ランク)上位を自分の事務所所属の天使(アイドル)で独占し、国からの補助金や配信視聴者からの投げ銭も独占する。……暗に弱小事務所はさっさと撤退しろと言っている。
そんな衛州の様子を一人無表情で眺めている男がいた。痩せぎすの小柄な体を安物のスーツに包み、頬の痩けた顔には鋭い眼差しをたたえた二つの瞳とボサボサの黒髪が配置されている。
――静内漸(すずない ぜん)
僕の所属する弱小事務所『青海(あおみ)プロダクション』の社長にして僕の恩師だ。
「――くだらねぇ」
静内はボソッと呟いた。その呟きには抑えきれぬ苛立ちが込められており、後ろに立っていた僕は思わず息を飲んでしまう。
「静内くん、なにか不満かね?」
そんな静内の様子を見てか否か、衛州が声をかけた。盛り上がっていた場を一気に静寂が包み込んだ。
静内はしばらくSTで衛州の右腕として活躍した後、考え方の違いから独立、『青海プロダクション』を設立するに至る。そのことから、衛州は静内のことを今も部下のように接することが多々ある。
問いかけられた静内はしばらく逡巡していたが、やがて意を決したように口を開いた。
「――今回の件といい、機獣の襲撃は、本州を覆っているシールド設備の原因不明のトラブルとのことですが――」
静内はここで一旦言葉を切り、ニヤリと笑いながら赤い舌で自身の血色の悪い唇をペロッと舐めた。
「最近ちょいと〝多すぎ〟やしませんかね?」
鋭い眼光で真っ直ぐに円卓の反対側の衛州を見つめる静内。場の空気が一気に張り詰める。僕の心臓もバクバクいっている。
対する衛州は余裕の表情で
「だからどうしたというのだね? シールド設備は機獣襲来以降24時間年中無休でフル稼働しているんだ。それから十年経った今、ガタが来たところで不思議ではないと思うが?」
「シールド設備の耐用年数は五十年と言われています。資料を読まれますか?」
「いや結構……続けたまえ」
鞄から紙束を取り出した静内に対して、衛州は面倒くさそうに右手を振った。
「では遠慮なく――直近一週間のシールド設備の〝原因不明〟トラブルは十件。うち全てのケースでSTの天使(アイドル)の作戦(ライブ)が行われています――そして、事故から出撃までの時間が早すぎる。……まるで〝トラブルを予期していた〟かのようだ」
静内の言葉に場がざわついた。僕の背中を冷たい汗が滑っていく。静内社長……いきなりぶっ込みすぎだ……。
「なるほど、つまり君は、私が〝トラブル〟を起こし、機獣をシールド内に招き入れて自分の天使(アイドル)に撃破させていると? そう言いたいのかね?」
衛州は腕を組みながら開き直った。その背後では、『∑CROSS』の二人が機獣を殲滅し終えてカメラに向かって笑顔でVサインをしている様子が映し出されている。と、同時に配信が終了し、スクリーンが真っ黒になった。映像を見るために照明が薄暗くなっていた部屋が更に暗くなる。
静内はフッと息を吐くと、首を振った。
「いえ、確証はありません」
「まあもしそうだとしても、ワシは住民に被害は出しておらん。一人たりともだ。逆に機獣は大量に倒した。責められる筋合いはない」
「そうですね。……ですが」
「なんだね?」
その後に続く言葉を僕は知っている。静内がいつも口にしている言葉だ。社会と――自分への戒めとして。
――天使(アイドル)は商売道具じゃない、希望だ
そう言いたいのだろう――が、開きかけた口を一度静内は閉じた。そして
「いえ、なんでもありません」
「そうか、ふむ。ところで静内。お前に頼みたいことがある」
お返しだとばかりに衛州はニヤリと笑った。僕は今度こそ背筋が凍った。
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