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トロイメグート!
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◇◆ ◇
――『トロイメギア』管理者オンラインチャットミーティングシステム
――部屋(ルーム)1
ネット上の仮想空間。そこは真っ白でだだっ広いただの空間だった。装飾をしようと思えばいくらでもできるのだが、過度な装飾はサーバーに負荷をかけるだけだし、なくても問題ないのであれば、無い方が良い。ましてや、客に提供するサービスならともかく、社員同士のやりとりに無駄な装飾は必要なかった。
空間には四名の人影(アバター)が円形に向かい合うようにして立っている。
一人は青いローブを身にまとった騎士――ソラ。
一人は黒いゴスロリをまとった少女――イブリース。
一人はタキシードを着てもふもふの耳と尻尾をつけた少年――レーヴ。
一人は額から角を生やし、ヒラヒラのドレスをまとった少女――ユメ。
四人は仮想空間ではそう呼ばれていた。
「――『破損(クラッシュ)』したな。また肝心なデータは取れなかったか」
ソラが口を開く。
「『トロイメギア』は不完全な状態ですからね。まあ、ゲームデータのバックアップは取ってあるので、お嬢様の記憶の復元はある程度可能です」
「とはいえ何回もご令嬢サマの変態的な性癖を覗くのはボクには耐えられないんだけど」
ユメの言葉に、レーヴが付け加えた。
「にしても厄介なことになったわね。これから次世代のVRを担うであろう医療用VRデバイス『トロイメギア』の開発者。一大財産を築き上げた小見(おみ) 哲人(あきと)が家族もろとも交通事故で死亡。――唯一生き残った娘の心凪(ここな)ちゃんも意識不明だなんて」
とイブリース。
「だから外出する時は警備をつけろとあれほど!」
「済んだことを悔やんでもしょうがないでしょ?」
「小見哲人がギアのデバッグデータを持っていた。あれがないと『トロイメギア』は完成しない」
「だから今それを探しているんじゃない? 小見さんは娘さんにそれを託したって言ってるんでしょ?」
「彼のことだ、また口からでまかせを言っているに違いない」
「でも信じてるから協力してくれてるのよね?」
ソラを窘めるイブリース。彼女はなおも続ける。
「人間の記憶は不完全なもの。そこを『トロイメア・オンライン』なんていう未完成のゲームを使い、心凪ちゃんの家族、友達、飼い犬に至るまで擬似人格データを作成してAIに搭載。心凪ちゃんに昏睡状態のままトロイメギアをつけさせて一緒にゲームをプレイさせることで記憶を取り戻そうとするなんて、よく考えついたわよね」
「我ながら突飛なことだとは思っている。が、まさか彼女がそれを受け入れるほどアホだったなんてな……だいたい家族全員と友達と彼氏まで同じゲームをプレイして同じギルドに所属してるなんて、できすぎだろ」
「でも何回繰り返しても彼女は父親から託されたデータのありかを思い出さないわね。いつもそのまま事故のシーンまで記憶が進んでしまう……彼女のプレイスタイルは非常に興味深いけど、それはヒントじゃなさそうだし……『アジ・ダカーハ』というイレギュラー要素を組み込んでみても結果は変わらず――そろそろ潮時かしらね」
まるで眠り姫ね心凪ちゃん、目覚めてくれれば早いのだけど。と呟いたイブリース。
その時、シュポッという気の抜けた音がして、空間にもう一人の人物(アバター)が現れた。メイド服を着た黒い長髪の少女だった。
「――あら、噂をすればなんとやら、かしらね」
「ごめんなさい。失敗してしまいました」
メイド服の少女は流暢な標準語でイブリースに頭を下げた。
「別にいいのよアジ・ダカーハ。あそこであなたがいくら頑張っても心凪ちゃんは思い出さなかったわ」
「でも、思い出そうとしてました」
「何度やっても同じよ。思い出しそうで思い出さない。彼女、自分の家族がゲームの誰なのかすら最後まで分からなかったのよ? データのことなんてもう忘れちゃってるんじゃない? そもそもソラの言う通り、受け取ってなかったりね……」
イブリースは呆れたように肩を竦めた。
「……若月(こうづき)さん」
「本名で呼ばないで?」
「――イブリースさん。彼女に……心凪ちゃんにもう一度チャンスをあげて欲しいんです」
「どうして? 何度やっても同じだと思うけど?」
アジ・ダカーハは身体の脇で両の拳を握りしめ、唇を噛み締めながらゆっくりと答えた。
「私、ご主人様――いや、心凪ちゃんと過ごしてきて、彼女の考え方というか、生き方にすごく共感したんです。嫌なことがあっても全部自爆で吹き飛ばしちゃうみたいな」
「情が移った? 確かにあなたは心凪ちゃんの恋人役をやってもらったけれど……『ミルクちゃん』って呼ばれてるのよね? 可愛らしいじゃない?」
クスクスと笑うイブリースに対して、アジ・ダカーハはぷくーっと頬を膨らませて抗議した。
「……心凪ちゃんの物語を――最後まで続けてくれませんか? そのためにあなたがいるのでしょう? イブリースさん」
「……」
イブリースは考え込むようにして固まってしまい。他の面々も口を挟むことは無かったので、場にしばしの静寂が訪れた。数分経って、イブリースは重い口を開く。
「『事故後』の物語ね。そこにヒントはないと思うけど、決めつけるのも良くないわね。――続けてみようかしら。私も手加減なしでいくわよ」
「望むところです」
「じゃあやってみようかボクたちで」
「お嬢様の夢を実現しに――」
レーヴとユメも頷く。
「「――いい夢を」」
――『トロイメギア』管理者オンラインチャットミーティングシステム
――部屋(ルーム)1
ネット上の仮想空間。そこは真っ白でだだっ広いただの空間だった。装飾をしようと思えばいくらでもできるのだが、過度な装飾はサーバーに負荷をかけるだけだし、なくても問題ないのであれば、無い方が良い。ましてや、客に提供するサービスならともかく、社員同士のやりとりに無駄な装飾は必要なかった。
空間には四名の人影(アバター)が円形に向かい合うようにして立っている。
一人は青いローブを身にまとった騎士――ソラ。
一人は黒いゴスロリをまとった少女――イブリース。
一人はタキシードを着てもふもふの耳と尻尾をつけた少年――レーヴ。
一人は額から角を生やし、ヒラヒラのドレスをまとった少女――ユメ。
四人は仮想空間ではそう呼ばれていた。
「――『破損(クラッシュ)』したな。また肝心なデータは取れなかったか」
ソラが口を開く。
「『トロイメギア』は不完全な状態ですからね。まあ、ゲームデータのバックアップは取ってあるので、お嬢様の記憶の復元はある程度可能です」
「とはいえ何回もご令嬢サマの変態的な性癖を覗くのはボクには耐えられないんだけど」
ユメの言葉に、レーヴが付け加えた。
「にしても厄介なことになったわね。これから次世代のVRを担うであろう医療用VRデバイス『トロイメギア』の開発者。一大財産を築き上げた小見(おみ) 哲人(あきと)が家族もろとも交通事故で死亡。――唯一生き残った娘の心凪(ここな)ちゃんも意識不明だなんて」
とイブリース。
「だから外出する時は警備をつけろとあれほど!」
「済んだことを悔やんでもしょうがないでしょ?」
「小見哲人がギアのデバッグデータを持っていた。あれがないと『トロイメギア』は完成しない」
「だから今それを探しているんじゃない? 小見さんは娘さんにそれを託したって言ってるんでしょ?」
「彼のことだ、また口からでまかせを言っているに違いない」
「でも信じてるから協力してくれてるのよね?」
ソラを窘めるイブリース。彼女はなおも続ける。
「人間の記憶は不完全なもの。そこを『トロイメア・オンライン』なんていう未完成のゲームを使い、心凪ちゃんの家族、友達、飼い犬に至るまで擬似人格データを作成してAIに搭載。心凪ちゃんに昏睡状態のままトロイメギアをつけさせて一緒にゲームをプレイさせることで記憶を取り戻そうとするなんて、よく考えついたわよね」
「我ながら突飛なことだとは思っている。が、まさか彼女がそれを受け入れるほどアホだったなんてな……だいたい家族全員と友達と彼氏まで同じゲームをプレイして同じギルドに所属してるなんて、できすぎだろ」
「でも何回繰り返しても彼女は父親から託されたデータのありかを思い出さないわね。いつもそのまま事故のシーンまで記憶が進んでしまう……彼女のプレイスタイルは非常に興味深いけど、それはヒントじゃなさそうだし……『アジ・ダカーハ』というイレギュラー要素を組み込んでみても結果は変わらず――そろそろ潮時かしらね」
まるで眠り姫ね心凪ちゃん、目覚めてくれれば早いのだけど。と呟いたイブリース。
その時、シュポッという気の抜けた音がして、空間にもう一人の人物(アバター)が現れた。メイド服を着た黒い長髪の少女だった。
「――あら、噂をすればなんとやら、かしらね」
「ごめんなさい。失敗してしまいました」
メイド服の少女は流暢な標準語でイブリースに頭を下げた。
「別にいいのよアジ・ダカーハ。あそこであなたがいくら頑張っても心凪ちゃんは思い出さなかったわ」
「でも、思い出そうとしてました」
「何度やっても同じよ。思い出しそうで思い出さない。彼女、自分の家族がゲームの誰なのかすら最後まで分からなかったのよ? データのことなんてもう忘れちゃってるんじゃない? そもそもソラの言う通り、受け取ってなかったりね……」
イブリースは呆れたように肩を竦めた。
「……若月(こうづき)さん」
「本名で呼ばないで?」
「――イブリースさん。彼女に……心凪ちゃんにもう一度チャンスをあげて欲しいんです」
「どうして? 何度やっても同じだと思うけど?」
アジ・ダカーハは身体の脇で両の拳を握りしめ、唇を噛み締めながらゆっくりと答えた。
「私、ご主人様――いや、心凪ちゃんと過ごしてきて、彼女の考え方というか、生き方にすごく共感したんです。嫌なことがあっても全部自爆で吹き飛ばしちゃうみたいな」
「情が移った? 確かにあなたは心凪ちゃんの恋人役をやってもらったけれど……『ミルクちゃん』って呼ばれてるのよね? 可愛らしいじゃない?」
クスクスと笑うイブリースに対して、アジ・ダカーハはぷくーっと頬を膨らませて抗議した。
「……心凪ちゃんの物語を――最後まで続けてくれませんか? そのためにあなたがいるのでしょう? イブリースさん」
「……」
イブリースは考え込むようにして固まってしまい。他の面々も口を挟むことは無かったので、場にしばしの静寂が訪れた。数分経って、イブリースは重い口を開く。
「『事故後』の物語ね。そこにヒントはないと思うけど、決めつけるのも良くないわね。――続けてみようかしら。私も手加減なしでいくわよ」
「望むところです」
「じゃあやってみようかボクたちで」
「お嬢様の夢を実現しに――」
レーヴとユメも頷く。
「「――いい夢を」」
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