セイントガールズ・オルタナティブ

早見羽流

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第2章 姉妹契約

Act.22 布教(佐紀)

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「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 不意の想い人の登場に、莉々亜は悲鳴を上げて尻もちをついた。そしてすぐに口をあわあわと震わせて過呼吸になっている。それを見たアンナは、少し目を見開いて驚いていた。

「あら、アンナお姉様。なにかご用ですの?」

 役に立たなくなってしまった莉々亜の背後から真莉が声をかけると、アンナはクスッと笑って答えた。

「上級生として下級生の様子を見に来ただけですわ」
「……その紙袋はなんだよ?」

 佐紀がアンナの持っている紙袋を指さして尋ねると、アンナは苦笑した。

「差し入れ……というか、布教……というか」
「差し入れ? 布教?」
「ええ。わたくしの大好きなニチアサアニメの全巻ブルーレイボックスですわ!」

 そう言って胸を張ると、アンナは右手に持っていた紙袋をドサッと佐紀の目の前に置いた。

「ニチアサ?」
「あぁ、ヒーローもののアニメのことをそう言うらしいですの。……昔は子どもたちが多く見ていたので日曜日の朝に放送されていたことからそう呼ぶようになったそうですわ」
「つまり子ども向けってことか?」
「いいえ、それが大人でも十分に楽しめるストーリーの奥深さと魅力的なキャラクターが──」

 アンナが佐紀の手を掴んで、瞳をキラキラとさせながら語り出してしまったので、しばらく終わらないなと思った佐紀は空いていた手で紙袋の中のものを取り出してみる。紙袋の中には10センチ四方ほどの厚紙で作られたようなケースが入っており、そこには色とりどりの可愛らしい衣装に身を包んだ子どもっぽいイラストの女の子が5人ほど描かれていた。

「あっ、『魔法戦士☆プリティームーン』だ!」

 ふと、その様子を眺めていた火煉が声を上げた。

「なんだそのプリティなんちゃらって……」
「プリティームーン! 昔まだテレビでアニメが放送されていた頃に流行った伝説のアニメだよ! わたしも噂でしか聞いてことないんだけど、まさか全巻ブルーレイボックスを持っている人がこの世にいたなんて……!」

 興奮冷めやらぬ様子の火煉に、アンナは更にボルテージを上げて語り始めた。

「まあ! 1年生の中にプリムンをご存知の方がいらっしゃるとは! ──そう、奇しくも魔物の襲撃によってほとんど失われてしまったプリムンの全巻ボックスですが、わたくしはなんと! ななお姉さまから受け継いだのでこうして持っているんですわ! ……そして、それをまた下級生に受け継ぐ時が来たというわけですわ!」
「うわやったぁぁぁっ! 一度見てみたかったんですありがとうございます!」

 佐紀からブルーレイボックスを奪い取るようにして受け取った火煉は勢いあまってその場でクルクルと小躍りし始めたが、そこに真莉が水を差した。

「喜んでいるところ申し訳ありませんが、わたくしたちの部屋にはブルーレイを見る設備がありませんわよ?」
「えっ?」

 一瞬にして真っ青になる火煉。するとアンナがニヤリと笑ってもう1つの紙袋を指さした。

「そうだろうと思いまして、ちゃんと用意してきましたわ! 今どきブルーレイを視聴できるプレーヤーはレア物ですのよ? あ、ちゃんとディスプレイもありますのでご安心を」
「やったぁぁぁぁ!!! アンナお姉様大好き!!!」
「やけに用意周到だな」

 佐紀が感心しながら見ていると、アンナは火煉たちに促されて部屋の中に上がりこみ、ディスプレイとブルーレイプレーヤーの設営を始めてしまった。手際よく作業するアンナを、火煉と真莉と紫陽花が興味津々で眺めている。

「よし、これで見れますわね。時間がある時でいいので、可及的速やかに全話視聴してください。できれば次お会いする時までに2、3周して、セリフを丸暗記するくらいになっていると望ましいですわね」
「同じ話を何回も見て、なんの意味があるんだよ……?」

 佐紀が尋ねると、アンナは「わかってないですわねー!」と肩を竦めた。

「同じ話でも、1回目と2回目見たときでは抱く感想が違うこともよくあります。1度見て背景を知ってからもう1度見ると見方が変わってきますし、1回目は気が付かなかった細かい部分に気がついたりします。──あなたたちにはそういう『観察眼』も養ってもらいます」
「なんかこじつけのような気もするけど……」

「いいですか。……もう『指導』は始まっているんですのよ?」
「えっ……」
「言ったでしょう? わたくしは誰かに手取り足取り指導するのは苦手なんですの。なので、必要なことはプリムンから学んでくださいまし」
「……それって手抜きでは?」

 佐紀は唖然としたが、確かにつきっきりで魔導士としての心構えやら魔法の基礎やらを叩き込まれるよりは、部屋でブルーレイを見ている方が100倍楽だ。──あくまでもそれで強くなれるのならの話だが。

「なあ、本当にそれで強くなれんのか?」
「それは、佐紀さんがプリムンをどう受け止めるかによりますわね。でも、わたくしはあなたなら必ず自らの力にできると確信しております」
「そうかよ……」

 アンナの言いたいことが相変わらずよく分からなかった佐紀が適当に返事をすると、やりたいことだけをやって満足したのか、アンナは「それでは皆さん、ごきげんよう」などと言いながら部屋から去っていった。部屋にはどうしたものかと思案する佐紀と、顔を見合わせる真莉と火煉と紫陽花、そしてやっと正気に戻った莉々亜のみが残された。


「……はっ、アンナお姉様の残り香が!」
「お前はしばらく黙ってろ」

 邪険に莉々亜を蹴りつけた佐紀は、真莉の方に向き直った。

「で、どうする? 見るのか班長?」
「ええ、まあアンナお姉様がそういうのですから……きっと意味のあることなのでしょう」
「なわけないだろ。こんなアニメを見て魔導士として成長できるわけないだろ」
「わかりませんわよ? なにせ、佐紀さんはこのアニメについて全く知識がないのですから、使えるか使えないかなんてわかるはずもないでしょう?」
「……まあ確かにな」

 真莉の言うことも一理あったので渋々折れた佐紀は、ディスプレイを見やすい火煉のベッドに腰をかけ始めた一同にならって、火煉のベッドの端に腰を下ろす。すると火煉は興奮した様子でブルーレイボックスから1枚の円盤のようなものを取り出して、プレーヤーに差し込んだ。ディスプレイには白い文字で注意書きのようなものが映り、程なくして本編が始まった。


「おぉ、始まった! ほんとにプリティームーンだ!」

 火煉が嬉しそうな声を上げる。アニメは、ポップなオープニングで始まり、主人公がひょんなことから変身アイテムを拾って、平和を乱す怪物と戦う力を得るというような話が始まった。
 30分程度で1話が終わり、火煉に促されて続きを見ていくと、話が進むごとに主人公に仲間が増え、それに伴って敵も強くなっていき、どんどん混みいったストーリーになっていく。アンナが言ったとおり、主人公がピンチになったり、仲間が敵に操られて寝返ったり、守っているはずの人間たちから誹謗中傷をされるようなシーンもあった。

 気がつくと、佐紀は夢中になってアニメを見ていた。アニメの中のことが現実ではないということは100も承知だったが、主人公がどんな困難にも諦めずに立ち向かう姿はどこか自分に重なるところがあったし、自分もこれだけ強い心が持てればと思ったところもある。さらに、主人公は4人の仲間と共に怪物と戦っているのだが、それが大黒班の他の4人のような気もして、仲間と助け合うことの大切さも少しだが理解できた。

 皆、食事も忘れて夢中になってアニメを見続け、夜が更けた。だが、連れ去られた仲間を助けるために敵の本拠地に乗り込んでいざ最終決戦となったところで、続きがなくなってしまった。

「あれ、おかしいなぁ……これで最後だよ?」
「んなわけないだろ。よく探せ」
「でも、他の全部見たし……なんでだろう」
「アンナお姉さまが入れ忘れたとか?」
「最後だけ入れ忘れるなんてそんなミスするかなぁ……」

 火煉と佐紀と紫陽花は口々にそう言いながら続きを探してみたが、結局見つからなかった。「明日アンナお姉様に聞いてみましょう」という真莉の一言でひとまずは諦めて、簡単な食事をとって寝ることにした。もう時計は夜の11時を指していた。夜更かしは美容の天敵である。

(あの後、どうなるんだ? 主人公たちは強敵を倒せるのだろうか……それとも、もしかしてバッドエンドだったからあえてアンナ先輩は最後だけ入れてなかった……とかか?)

 佐紀はモヤモヤしたものを胸に抱きながら眠りについたのだった。
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