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第2章 姉妹契約
Act.14 拒絶(アンナ)
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今日は授業がないので、部活へ向かった瑞希やみやこと別れたアンナは寮に戻ってかなでとゲームでもしようと思っていたが、廊下を歩いているとふと前方からものすごい勢いで走ってくる生徒と鉢合わせした。青髪パッツンロングの新入生だった。
反射的に軽い身のこなしでかわそうとしたアンナだったが、どうやら新入生はアンナに用事があるらしく、らんらんと目を輝かせながら抱きつかんばかりの勢いでまくし立ててきた。
「あ、あのっ! アンナ=カトリーン・フェルトマイアー先輩ですよね!? 3年生の中でも特に優秀な方だと聞いております! それでですね! あのぅ、是非とも私と姉妹を組んでいただけないかなと……」
「はぁ?」
突然のことに困惑するアンナ。明確に拒否しなかったことでさらに熱が入ったのか、新入生は身を乗り出してくる。
「私、宮園莉々亜っていいます。1年生です! 得意魔法は水魔法と風魔法で、簡単な氷結の固有魔法が使えます! 絶対お役に立ちますのでなにとぞ……あ、あの、お姉さまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
頭を垂れ、右手を差し出した莉々亜に対して、アンナはどう返していいか分からなくなった。
「と、とりあえず頭を上げてくださいまし?」
「は、はいっ!」
莉々亜は言われた通りにして満面の笑みを浮かべる。アンナが了承してくれたと思ったらしい。
「えっと、姉妹のことですわね?」
「そうです! 私と組んでいただけますか?」
アンナは姉妹を募集していなかったが、頭の中には先日ミス・ジェイドに言われた言葉があった。誰でもいいから組んだ方がいい、それがアンナの成長に繋がる。と、担当教官はそう言ったのだ。
(どうしましょうか……この子でいいのでしょうか?)
改めて莉々亜の顔を眺める。まっすぐで、真面目そうで、アンナを運命の相手と信じて疑わない、そんな目をしている。それほど期待してくれているというのは嬉しいが、アンナにはどうしても2年前の苦い思い出が甦ってくる。
(この子がわたくしと組んだことで死んでしまったら……。こんなにもいい子の将来をわたくしは守れるのでしょうか)
しばし悩んだ末、アンナはこう答えた。
「申し訳ありませんが、わたくしは姉妹は募集しておりませんの。他を当たってくださいまし」
「えっ……?」
莉々亜の顔が絶望に歪んだ。アンナは胸が痛くなったが、仕方なかった。
「うそ、嘘ですよね? こんなにお強くてお美しいアンナ様が姉妹を募集しないなんて……」
「わたくしは強くも美しくもありませんわよ。ちっぽけで泥臭い存在ですわ」
「そんなことありません!」
「あなたになにがわかるというんですの? わたくしはあなたの思っているような完璧な人間ではありませんわ。後悔したくなかったら、他の方と姉妹を組んでくださいまし」
「完璧じゃなかったとしても!」
莉々亜は血を吐くような勢いで必死に叫んだ。アンナには目の前の少女が姉妹契約ごときで何故ここまで必死になれるのか理解できなかった。
「私はアンナ様がいいんです! アンナ様じゃなきゃダメなんです! ……アンナ様の弱いところも全部受け入れます。私が支えます。だから……!」
「キツい言い方をするようですが……そういうところがダメなんですのよ。わたくしがどういう気持ちで姉妹契約を断っているのか、理解できていないでしょう?」
「……っ!」
わざと冷たく突き放すような言い方をしてしまったことに罪悪感を感じるアンナ。莉々亜は最愛の先輩から冷たくあしらわれ、両目に涙でいっぱいにしながら走り去ってしまった。
(……これで良かったのかしら)
「あーあ、泣かせちゃったーアンナ、サイッテー!」
ふと、柱の影から見慣れた赤髪がのぞく。
「かなでさん。いつからそこに?」
「うーん、『私と組んでいただけますか?』のあたりから?」
「ほとんど最初からじゃないですか!」
「あはは、まあモテモテ3年生がどんなものなのかちょっと興味あったし、アンナがどういう断り方するのかもちょっと興味あったね」
「わたくしが断ること分かってましたのね?」
「そりゃもちろん、かなだって断るから。失って辛い思いをするなら最初からいない方がマシだよ」
「やっぱり、そうですわよね……」
かなではアンナとは違って完全に姉妹を失っている。もう、会おうと思っても会うことは叶わない。寂しがり屋のかなでにとって、姉妹を失うということはどれほどの精神的負荷になっているか、アンナには計り知れなかった。
「でも、大変なのはこれからだよ? このままだと、姉妹が決まるまで1年生の大群が──」
「「キャー! アンナ様ー!」」
かなでが言い終わるよりも前に、2人の前方から10人以上の1年生が押し寄せてくるのが見えた。
「ほら、言わんこっちゃない」
「と、とりあえず逃げますわよ!」
「どこへ?」
「知りませんわ!」
アンナとかなでは踵を返して脱兎のごとく逃げ始めた。もちろん1年生たちはそんなことでは諦めず、追いかけてくる。
「待ってくださいアンナ様! 私と姉妹を組んでくださいー!」
「ボクと、ボクと姉妹になってください!」
「はいはいあたし! アンナ様は絶対あたしと姉妹になるの!」
「勘弁してくださいまし~! わたくし、姉妹は募集しておりませんと言ったはずですが!」
「「そこをなんとか~!」」
「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!」
「あははっ! すごい、鬼ごっこだぁ!」
必死の形相で逃げるアンナの隣でかなでが楽しそうに笑う。
結局、1年生たちを振り切って2人が寮へとたどり着いたのは、その数十分後だった。
「ぜぇ、ぜぇ……つ、疲れましたわ……」
「1年生もなかなかにタフだねぇ」
2人は各々自分のベッドに倒れ込んで荒い息をつく。
「わたくし、1年生の時にはななお姉さまに誘われて姉妹になったクチですので、ああやって3年生を追いかけ回した経験がありませんわ」
「かなも。でも楽しそうだったなぁ……」
「どうしてあそこまで真剣になれますの……ただの姉妹でしょう……」
「運命の相手だって思う子もいるよ? かなもそうだった」
「わたくしだって、ななお姉さまを何よりも大切に思っていましたわ。でも……」
2人の間に気まずい沈黙が流れる。お互い、姉のことを考えているのだろう。アンナもかなでも、らしくなく暗い表情をしていた。
「やめよ、そういうこと考えるのは」
「……そうですわね。ゲームでもして気を紛らわせますか」
「おっ、いいね~。じゃあ負けた方が学食のパフェおごりね」
「望むところですわ!」
アンナとかなでがパフェを賭けて真剣勝負に興じていると、部屋の扉が開いて玲香が顔を覗かせる。
「おっ、やってんね~。あたしも混ぜてよ」
「今いいところですので少し静かにしていてくださいまし!」
「こりゃあ失敬」
2人のただならぬ気迫に何かを察したのか、玲香は肩を竦めた。アンナとかなでがプレイしていたのは往年の名作であるテレビゲームの2D格闘ゲームで、相手をステージの外へ弾き飛ばすと勝ちというシンプルなルールながら、崖際での攻防や派手な空中戦など、やり込むと奥が深い。
アンナは雷を使って攻撃するネズミのようなキャラクターを使い、スピードで相手を翻弄しながら、かなでが操るカメのようなキャラクターを崖際まで追い詰めていた。
「追い詰めましたわー!」
「なかなか腕を上げたねぇ」
「ふん、いつまでもかなでさんのいいようにやられるわたくしではありませんのよ!」
「でもほら、スキありー!」
「あーっ!」
かなでのキャラクターはアンナの一瞬の操作ミスのスキをついて崖から這い上がり、素早く背後に回って炎を吐いてアンナのキャラクターを画面外に吹き飛ばす。アンナはコントローラーを置いて項垂れた。
「ふぅ、ヒヤヒヤしたぁ」
「参りましたわぁ」
「じゃあ後でパフェね」
「仕方ありませんわね……」
「はいはい、じゃあ次あたしね! あたしに負けた人は特製ポーションを飲むってことでぇ!」
「「えーっ!?」」
「なにさー? あたしのポーションが飲めないってのかい!」
抗議の声を上げる2人に、玲香は唇を尖らせて不満を露にした。
「また飲んだら気持ち悪くなったりしないよねー?」
「身体が熱くなって変な気分になったりしませんわよね?」
「ないない、大丈夫。ただの魔力増幅剤だからさ。副作用はない……はず?」
「「はず!?」」
「とりあえず勝負だ勝負ぅ! 詳しいことは負けてから考えればいいじゃん」
「嫌だ!」
「嫌ですわ!」
「嫌だったら勝てばいいんじゃん勝てばぁ!」
「「嫌っ!」」
罰ゲームを巡る3人の小競り合いはしばらく続いていた。
反射的に軽い身のこなしでかわそうとしたアンナだったが、どうやら新入生はアンナに用事があるらしく、らんらんと目を輝かせながら抱きつかんばかりの勢いでまくし立ててきた。
「あ、あのっ! アンナ=カトリーン・フェルトマイアー先輩ですよね!? 3年生の中でも特に優秀な方だと聞いております! それでですね! あのぅ、是非とも私と姉妹を組んでいただけないかなと……」
「はぁ?」
突然のことに困惑するアンナ。明確に拒否しなかったことでさらに熱が入ったのか、新入生は身を乗り出してくる。
「私、宮園莉々亜っていいます。1年生です! 得意魔法は水魔法と風魔法で、簡単な氷結の固有魔法が使えます! 絶対お役に立ちますのでなにとぞ……あ、あの、お姉さまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
頭を垂れ、右手を差し出した莉々亜に対して、アンナはどう返していいか分からなくなった。
「と、とりあえず頭を上げてくださいまし?」
「は、はいっ!」
莉々亜は言われた通りにして満面の笑みを浮かべる。アンナが了承してくれたと思ったらしい。
「えっと、姉妹のことですわね?」
「そうです! 私と組んでいただけますか?」
アンナは姉妹を募集していなかったが、頭の中には先日ミス・ジェイドに言われた言葉があった。誰でもいいから組んだ方がいい、それがアンナの成長に繋がる。と、担当教官はそう言ったのだ。
(どうしましょうか……この子でいいのでしょうか?)
改めて莉々亜の顔を眺める。まっすぐで、真面目そうで、アンナを運命の相手と信じて疑わない、そんな目をしている。それほど期待してくれているというのは嬉しいが、アンナにはどうしても2年前の苦い思い出が甦ってくる。
(この子がわたくしと組んだことで死んでしまったら……。こんなにもいい子の将来をわたくしは守れるのでしょうか)
しばし悩んだ末、アンナはこう答えた。
「申し訳ありませんが、わたくしは姉妹は募集しておりませんの。他を当たってくださいまし」
「えっ……?」
莉々亜の顔が絶望に歪んだ。アンナは胸が痛くなったが、仕方なかった。
「うそ、嘘ですよね? こんなにお強くてお美しいアンナ様が姉妹を募集しないなんて……」
「わたくしは強くも美しくもありませんわよ。ちっぽけで泥臭い存在ですわ」
「そんなことありません!」
「あなたになにがわかるというんですの? わたくしはあなたの思っているような完璧な人間ではありませんわ。後悔したくなかったら、他の方と姉妹を組んでくださいまし」
「完璧じゃなかったとしても!」
莉々亜は血を吐くような勢いで必死に叫んだ。アンナには目の前の少女が姉妹契約ごときで何故ここまで必死になれるのか理解できなかった。
「私はアンナ様がいいんです! アンナ様じゃなきゃダメなんです! ……アンナ様の弱いところも全部受け入れます。私が支えます。だから……!」
「キツい言い方をするようですが……そういうところがダメなんですのよ。わたくしがどういう気持ちで姉妹契約を断っているのか、理解できていないでしょう?」
「……っ!」
わざと冷たく突き放すような言い方をしてしまったことに罪悪感を感じるアンナ。莉々亜は最愛の先輩から冷たくあしらわれ、両目に涙でいっぱいにしながら走り去ってしまった。
(……これで良かったのかしら)
「あーあ、泣かせちゃったーアンナ、サイッテー!」
ふと、柱の影から見慣れた赤髪がのぞく。
「かなでさん。いつからそこに?」
「うーん、『私と組んでいただけますか?』のあたりから?」
「ほとんど最初からじゃないですか!」
「あはは、まあモテモテ3年生がどんなものなのかちょっと興味あったし、アンナがどういう断り方するのかもちょっと興味あったね」
「わたくしが断ること分かってましたのね?」
「そりゃもちろん、かなだって断るから。失って辛い思いをするなら最初からいない方がマシだよ」
「やっぱり、そうですわよね……」
かなではアンナとは違って完全に姉妹を失っている。もう、会おうと思っても会うことは叶わない。寂しがり屋のかなでにとって、姉妹を失うということはどれほどの精神的負荷になっているか、アンナには計り知れなかった。
「でも、大変なのはこれからだよ? このままだと、姉妹が決まるまで1年生の大群が──」
「「キャー! アンナ様ー!」」
かなでが言い終わるよりも前に、2人の前方から10人以上の1年生が押し寄せてくるのが見えた。
「ほら、言わんこっちゃない」
「と、とりあえず逃げますわよ!」
「どこへ?」
「知りませんわ!」
アンナとかなでは踵を返して脱兎のごとく逃げ始めた。もちろん1年生たちはそんなことでは諦めず、追いかけてくる。
「待ってくださいアンナ様! 私と姉妹を組んでくださいー!」
「ボクと、ボクと姉妹になってください!」
「はいはいあたし! アンナ様は絶対あたしと姉妹になるの!」
「勘弁してくださいまし~! わたくし、姉妹は募集しておりませんと言ったはずですが!」
「「そこをなんとか~!」」
「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!」
「あははっ! すごい、鬼ごっこだぁ!」
必死の形相で逃げるアンナの隣でかなでが楽しそうに笑う。
結局、1年生たちを振り切って2人が寮へとたどり着いたのは、その数十分後だった。
「ぜぇ、ぜぇ……つ、疲れましたわ……」
「1年生もなかなかにタフだねぇ」
2人は各々自分のベッドに倒れ込んで荒い息をつく。
「わたくし、1年生の時にはななお姉さまに誘われて姉妹になったクチですので、ああやって3年生を追いかけ回した経験がありませんわ」
「かなも。でも楽しそうだったなぁ……」
「どうしてあそこまで真剣になれますの……ただの姉妹でしょう……」
「運命の相手だって思う子もいるよ? かなもそうだった」
「わたくしだって、ななお姉さまを何よりも大切に思っていましたわ。でも……」
2人の間に気まずい沈黙が流れる。お互い、姉のことを考えているのだろう。アンナもかなでも、らしくなく暗い表情をしていた。
「やめよ、そういうこと考えるのは」
「……そうですわね。ゲームでもして気を紛らわせますか」
「おっ、いいね~。じゃあ負けた方が学食のパフェおごりね」
「望むところですわ!」
アンナとかなでがパフェを賭けて真剣勝負に興じていると、部屋の扉が開いて玲香が顔を覗かせる。
「おっ、やってんね~。あたしも混ぜてよ」
「今いいところですので少し静かにしていてくださいまし!」
「こりゃあ失敬」
2人のただならぬ気迫に何かを察したのか、玲香は肩を竦めた。アンナとかなでがプレイしていたのは往年の名作であるテレビゲームの2D格闘ゲームで、相手をステージの外へ弾き飛ばすと勝ちというシンプルなルールながら、崖際での攻防や派手な空中戦など、やり込むと奥が深い。
アンナは雷を使って攻撃するネズミのようなキャラクターを使い、スピードで相手を翻弄しながら、かなでが操るカメのようなキャラクターを崖際まで追い詰めていた。
「追い詰めましたわー!」
「なかなか腕を上げたねぇ」
「ふん、いつまでもかなでさんのいいようにやられるわたくしではありませんのよ!」
「でもほら、スキありー!」
「あーっ!」
かなでのキャラクターはアンナの一瞬の操作ミスのスキをついて崖から這い上がり、素早く背後に回って炎を吐いてアンナのキャラクターを画面外に吹き飛ばす。アンナはコントローラーを置いて項垂れた。
「ふぅ、ヒヤヒヤしたぁ」
「参りましたわぁ」
「じゃあ後でパフェね」
「仕方ありませんわね……」
「はいはい、じゃあ次あたしね! あたしに負けた人は特製ポーションを飲むってことでぇ!」
「「えーっ!?」」
「なにさー? あたしのポーションが飲めないってのかい!」
抗議の声を上げる2人に、玲香は唇を尖らせて不満を露にした。
「また飲んだら気持ち悪くなったりしないよねー?」
「身体が熱くなって変な気分になったりしませんわよね?」
「ないない、大丈夫。ただの魔力増幅剤だからさ。副作用はない……はず?」
「「はず!?」」
「とりあえず勝負だ勝負ぅ! 詳しいことは負けてから考えればいいじゃん」
「嫌だ!」
「嫌ですわ!」
「嫌だったら勝てばいいんじゃん勝てばぁ!」
「「嫌っ!」」
罰ゲームを巡る3人の小競り合いはしばらく続いていた。
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