セイントガールズ・オルタナティブ

早見羽流

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第1章 出会い

Act.7 犬猿の仲(佐紀)

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 ❀.*・゜


 入学試験で大黒真莉相手に手も足も出なかった佐紀だったが、固有魔法持ちだったこともあってどうにか合格することができた。
 それを両親に報告すると、まるで自分のことのように大喜びして、柄にもなく高級なディナーをご馳走してくれるなどしたが、佐紀にとってこれはただスタートラインに立ったに過ぎなかった。むしろ、入学試験で自分よりも遥かに強い相手がいくらでもいるということを目の当たりにして、激しく闘志を燃やしていた。

 入学式には必ず行くからという両親を実家に置いて、宅配便で届いた真新しい征華の制服に身を包んだ佐紀は、一足先に学園を訪れる。入学式の前日には、簡単なオリエンテーションと、入寮の案内などがあるので、寮に荷物を置きに行ったのだ。


(にしても、いつ見てもこの門は圧倒されるな……)

 堅牢けんろうな門をくぐり、地図を見ながらスーツケースを引いて広大な敷地を歩いて寮を目指す。荷物といっても着替えとタオルと歯ブラシ、その他生活に最低限必要なものしか持ってきていない。特に趣味もないし、余計なものは必要ないというのが佐紀の考えだった。

 寮の部屋はだいたい実力が満遍まんべんなくなるように決められているらしいが、同室の生徒がこれから命を預ける『仲間』となることを考えるといささか強引なシステムとも言える。だが、卒業後に配属されるであろう軍や警察組織においては初対面で見知らぬ相手に命を預けるなんてことは大いに有り得ることだ。その点において、学生の間に適応力を身につけさせるというのは理にかなっているのかもしれない。


(まあ、オレは誰にも頼らずに強くなってやるけどな)

 佐紀はそう心に決めると、寮の入口に貼られていた案内を確認して自分の部屋を探す。

(101号室……角部屋か。受験番号で書かれていたから同室が誰なのか分からねぇな。……まあいいか、どうせあまり話すこともないだろうし)

(また嫌がらせを受けたら嫌だな……まあ、今度も返り討ちにしてやるつもりだが)

 そんなことを考えながら101号室の前にたどり着いた佐紀は、少しばかり緊張しながらノブに手をかけて重い扉を開く。──すると

「ふっ、甘いな! それは残像だぁぁぁっ! 食らえっ、百裂突き!」
「うぉぉぉぉっ! 危ない……でも負けないよっ!」
「おらおらおらおらぁ! いい加減、ちち触らせろぉぉぉっ!」
「枕シールド! からの~、押し倒しっ!」
「うぎゃぁぁぁぁああああ卑怯だぞぉぉぉっ!」

 部屋に入るなり、目の前で小柄な2人の少女が取っ組み合いをしていた。
 唖然あぜんとした佐紀が助けを求めるように視線を動かすと、少し離れたところで遠巻きにしている見知った人物と目が合った。

「──お前は!」
「あら?」

 忘れもしない。12畳ほどの部屋が異様に狭く見えるほどの背の高さ、そしてプラチナブロンドの上品なウェーブロング。──入学試験で佐紀をボコボコにした大黒真莉だった。

(なんでよりによってコイツと同室なんだ……!)

 困惑する佐紀をよそに、真莉は優雅な足取りでこちらに歩いてくる。そして、にこにこと笑いながら右手を差し出してきた。

「また会いましたわね。井川佐紀さん」
「……ここで会ったが百年目。この間のリベンジをさせろ」
「おっと、ここで争うのは得策ではありませんわよ? それに、今のあなたではまだわたくしには勝てません。無駄な争いは避けましょう? 同室として命を預けあう仲になるのですから」
「……くっ」

 悔しいが真莉の言うとおりだった。
 佐紀はいまだに真莉の『アンチフィールド』の攻略方法を見いだせずにいる。だが、真莉が同室というのであればそれはそれで僥倖ぎょうこうだった。近くで観察しながら弱点を探せばいいのだから。

「……で、コイツらはなんだ?」
「なんか、最初は反射神経と観察力を鍛えるために『乳首当てゲーム』なるものをやっていたようなのですが、ヒートアップしてこんなことに……」
「はぁ?」

 佐紀が取っ組み合いを続ける少女たちを指さすと、真莉は苦笑した。が、佐紀はそのゲームの意味がわからず首を傾げるしかなかった。すると、真莉は思い立ったようにポンッと手を叩く。

「あぁ、そうですわね。全員揃ったことですし、自己紹介を始めましょうか。……火煉かれんさん、紫陽花しよかさん。一時休戦ですよ」
「「はぁい」」

 2人も真莉の恐ろしさを知っているらしく、素直に取っ組み合いをやめて乱れた制服を直しながら立ち上がる。なんと、佐紀は2人ともに見覚えがあった。

「あぁ、佐紀ちゃん! 受かってたんだよかったぁ!」
「……お前こそ」

 入学試験の時に話しかけてきた赤髪のちんちくりんこと炎火煉。そして──

「……あっ、どうも」
「お前……」
「あれっ、どこかで会ってたっけ?」

 魔力測定で佐紀の前に並んでいた紫髪の暴発娘。

「……なんだ、皆さんお知り合いでしたの。それなら話がはや──」

「いやいや、さかまきこの人知らないんですけど?? なに? ヤンキー?」
「ヤンキーじゃねぇ。井川佐紀だ覚えとけボケナス」
「おぉ、ガチもんのヤンキーだぁ。さかまきは逆巻。逆巻さかまき紫陽花しよか。よろしくねぇ。名前だと呼びにくかったら『さかまき』って呼んでくれていいから」
「呼びにくいからボケナスって呼ばせてもらうわ」
「確かに髪の色とかナスに似てるかもだけど、それって酷くないー?」

 とか言いながら、紫陽花は嬉しそうに笑う。なんで嬉しそうなのかは佐紀には分からないが、まあ呼び方が気に入ってもらえたのならいいだろう。

 そしてもう一人、ため息をつきながら寝台から立ち上がったのは、いかにも真面目そうな青髪パッツンロングの少女。この少女だけは佐紀は見覚えがなかった。

「……宮園みやぞの莉々亜りりあです。よろしく」
「ん、よろしくするつもりはねぇが覚えといてやるよ」
「あっそう、ご勝手に。でも、チームの和を乱すようなことをするなら許しませんからね」
「許しませんって何すんだ? 体育館裏に呼び出してボコボコにでもするか? やってみろよモヤシ」
「なんですって!?」

 莉々亜の態度が気に入らなかった佐紀が毒を吐くと、釣られるように莉々亜も腹を立て始め、早速険悪なムードになってしまった。佐紀は、こいつとはどう足掻いても仲良くなれないなと直感で思った。真面目すぎるのもどうかと思う。

「まあまあ、なんで佐紀さんは初手から喧嘩腰なんですの? 同じ班員なのですから仲良くしましょう?」
「だから、仲良くする気はねぇって言ってるんだが? そんな仲良しごっこして、いざという時にまともな判断ができんのか?」
「……というと?」
「お前らは、そうやって仲良くなった奴を見捨てなきゃいけなくなった時に真っ先に最善の判断ができるのかって訊いてるんだ」
「一理ありますわね」

 佐紀を宥めようとした真莉は、半ば屁理屈のような佐紀の言い分に頷いて頭を悩ませ始めたようだ。すると莉々亜が呆れ顔をする。

「仲間のことを第一に考えるのは当たり前なことです。1人で強大な敵に立ち向かうことなんて出来ませんから」
「……それは弱い奴の言い分だな」
「はぁ?」
「群れれば強くなれるなんてのは弱い奴の考え方だ。そんなやつは一生弱いままだな。まあせいぜいお仲間と仲良く頑張るこったな」
「あなたねぇ、黙って聞いてれば好き勝手言って。あなたの身勝手な行動のせいで迷惑を被るのは私たちなんですよ!?」
「だから? 知ったこっちゃないね」
「はぁ!? 一度痛い目をみないと分からないようですね!」
「やんのか? いいぜ、相手になってやるよ」

「落ち着いてください2人とも!」

 一触即発の佐紀と莉々亜の間に、大柄の真莉が無理やり割り込んできた。真莉の身体でお互いの姿が見えなくなると、多少は落ち着いたのか双方何も言わなくなったが、無言のぶつかり合いは続いているようだった。

「──ではこうしましょう。この班ではお互いを仲間だと思って助ける必要はない。その代わり、班長の指示には必ず従うこと」
「勝手に仕切るなよ」
「嫌ならいいんですのよ? 実力で決めても……」

 真莉の言葉に佐紀はもちろん、莉々亜や火煉や紫陽花も誰も異を唱えなかった。真莉と戦っても敵わないと皆分かっているのだ。真莉はそんな班員の反応を見ると、満足気に頷く。

「──そういうことで」
「……じゃあお前が班長やれよ」

 苦虫をかみ潰したような表情で佐紀がそう付け加えると、他のルームメイトも次々に頷く。実力が一番あり、優れた固有能力を持っていて、喧嘩を治めるのにも重宝しそうな真莉が班長を務めるのであれば──その班長の指示に従うというのであれば、誰も文句はないようだった。

「では僭越せんえつながら、この班の班長はわたくし、大黒真莉が務めるということで」
「「異議なし」」

 皆が同意した時、唐突にチャイムが鳴り校内放送が流れた。


『待機中のチームに告げます。哨戒班より魔物の出現が観測されました。直ちに現場に向かい対処をお願いします』
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