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プロローグ
Act.0-1 勇者の末裔(アンナ)
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むかーしむかし、まだこの大陸を一つの国が治めていた頃、一人の強力な魔導士がいました。彼の才能は他の魔導士とは桁違いで、学んだ魔法を実践するだけでは飽き足らず、自ら多くの魔法を生み出しました。──そして、ついに彼は禁呪に触れることになったのです。
──死霊魔法
死者を蘇らせ、思いのままに操ることができる死霊魔法は自然の理に反しているものでした。彼の力を恐れた他の魔導士たちはすぐさま彼を抹殺しようとしましたが、彼は自らの身体すら死霊魔法で不死身にしてしまっていたので歯が立ちませんでした。
仲間に裏切られたと思った彼は『魔王』と名乗り、大陸に災いと渾沌をもたらすことになったのです。
魔王は手当り次第人や動物を殺し、そこから魔力を奪いました。国は分裂し、土地は枯れ、人は飢えていきました。
そんな中、分裂した国の一つ『魔導国家アステリオン』の魔導士たちは力を結集し、ある存在の召喚を試みます。古い魔導書にのみ記された伝説の存在──万能の力を有し、魔王を排することができるかもしれない存在。
それが『勇者』です。
何人もの魔導士の命と引き換えに召喚された勇者は、人々を率いて強大な魔王と戦い、ついには滅ぼすことに成功するのです。
しかし、魔王は死に際に自らの魂を108に分け、それらを異世界に飛ばしました。その結果、魔王の魂たちは今でも異世界の人々を苦しめているのです。
❀.*・゜
「……勇者はなぜ魔王にトドメをさせなかったんですの?」
金髪の少女が傍らで物語を読み聞かせていた黒髪のメイドに尋ねる。すると、メイドはしばし考えるような仕草をした末、こう答えた。
「それは私にもわかりません。きっと、それほどまでに魔王が強かったのでしょう」
「でも、それじゃあ他の世界の方々が可哀想ですわ? なにも悪いことはしてないのに、いきなり異世界から魔王の魂が現れて侵略されなければならないなんて!」
「だから、このアステリオンでは魔王の魂が飛んだ先を突き止めて、門を開いているのですよ。そして、異世界人と共に戦っているのです」
二人がいるのは、アステリオンの名家フェルトマイアー伯爵家の一室、豪勢な造りの部屋には、天蓋付きの寝台が置かれており、そこに10歳くらいの金髪の少女がちょこんと座っている様はどこか微笑ましくもある。
「……ソフィー、あなた武術の心得があるんですのよね?」
「は、はい。柔術と空手、マーシャルアーツと截拳道を少々」
「なんですのそれは?」
聞いたことのない武術の数々に、少女は首を傾げた。
「異世界の武術です。修行に赴いた際に習得いたしました。お嬢様の身を守る一助になればと……。この衣装もその時に」
ソフィーと呼ばれたメイドは、自らの黒色に白のレースがあしらわれた服を指さしながら説明する。金髪の少女は納得したとばかりに頷いた。
「どおりで、あまり見ない服装だと思いましたわ」
「異世界ではメイドはこの服装が主流のようでして」
「いいですわね。この世界のメイドよりも可愛くて、わたくし好きですわよその服」
「お褒めに預かり光栄です。アンナお嬢様」
恭しく一礼したソフィーに、お嬢様のアンナは満足気に頷いた。
「もちろん、魔法もできるんですのよね?」
「無論です。今まで披露するような事態に遭遇していないことに感謝ですが」
ソフィーの言葉に苦笑を浮かべたアンナはその手を握ると、メイドの顔を覗き込むようにした。
「ソフィー、わたくしを鍛えてくださいまし!」
「えっ、は? 今なんと?」
「ですから! わたくしにソフィーの学んだ全ての技を授けてくださいまし!」
「武術や魔法を学んでなにをなさるおつもりで……?」
当惑するソフィー。しかし、アンナの決意は揺るがない。小さな身体で精一杯胸を張ると、自信たっぷりにこう言い放った。
「わたくしが異世界を救いますわ!」
「ん?? し、しかしお嬢様。お嬢様はフェルトマイアー家のご令嬢であらせられます」
「だからですわ! お父様が言っておられましたが、我がフェルトマイアー家はアステリオンの勇者の末裔。強きをくじき弱きを助ける誇り高い武門の名家だと!」
「お嬢様、勇者が召喚されたのはかれこれ500年も昔のこと。お嬢様に流れる勇者の血も薄れて昔ほど強大な力を行使することは──」
「大丈夫、関係ないですわ!」
思いとどまらせようとするソフィーの言葉を、アンナはキッパリと突っぱねた。こうスイッチが入ってしまうと、もうお嬢様は止まらなかった。両の瞳を爛々と輝かせ、ソフィーの両手を掴みながら必死に訴える。
「異世界に災いが降りかかっているのは祖先である勇者の責任、それをわたくしがとると言っているのですわ! 何がおかしくて?」
「いえ、おかしいとは……」
「それに! このままここにいても適当な貴族の嫁に出されてそこで一生を終えることになりますわ! それはとってもつまらないですわね」
「お嬢様……」
ソフィーは今更になって、このお嬢様に勇者の話をしてしまったことを後悔した。彼女も、本当は主であるアンナに安全に一生を終えてほしいという思いがあったのだ。まさかこの話でスイッチが入ってしまうとは思わなかった。だがもう後の祭りだ。
「お父様にはわたくしから言っておきますわ。きっと許してくれるでしょう。……お父様はわたくしなんかよりお兄様にご執心みたいですが」
「それは致し方ありません。歳上の男子が跡継ぎとなるのはアステリオンの伝統ですので……」
「なので、わたくしがどこで何をしようと問題ないはずですわ? そうでしょう?」
「……」
ソフィーは、お嬢様の本当の幸せについて考えた。お嬢様はまっすぐで自由奔放、気ままで情熱に溢れている。正直、一介の貴族の夫人として一生を終える器ではないと思った。それに……もしかしたら、アンナならば魔王を退けて異世界を救うことだって出来るかもしれない。そういう思いすら一瞬よぎった。
もはや、ソフィーにアンナを止める意思はなかった。そもそも自分が唆したようなものだ。今更勇者の話は忘れろというのは酷だろう。
「わかりました。ではお嬢様に私の全てを授けます。──その代わり約束してください。何があってもご自分の意志を貫くと」
「もちろんですわ! フェルトマイアー家の誇りにかけて!」
こうして、アンナの修行の日々が始まった。
やはり勇者の血を引いているとはいえ、アンナはその強大な力のうち10分の1も使うことができなかったが、勇者の能力──身体強化と異世界の武術との相性はすこぶるよく、そこに名家の才がある優れた魔法も合わさって、アンナはめきめきと力をつけ、すぐに師匠であるソフィーを超えるほどになった。
アンナが16歳になったある日、ソフィーはアンナに封筒に入った1枚の手紙のようなものを手渡した。
「もう、私がお嬢様に教えることはありません。これからはもっと優れた場所で魔導士としての能力を磨くべきです」
「でも、ソフィーは……」
「私の心配はいりませんよお嬢様。お嬢様がこの家を離れても、どこかでメイドとして雇ってもらいますとも」
「……」
「それに……」
ソフィーは一瞬寂しそうに目を伏せたものの、すぐに大きくなったアンナの目をまっすぐ見据えた。
「お嬢様は色々な場所で経験を積むべきです。あそこなら、魔王の手先である魔獣と戦いながら強くなれます。……生き残れればの話ですが」
「まあ……!」
アンナは目を見開いた。自分の身を案じてくれているとばかり思っていたソフィーが、アンナを死地に赴かせようとしていることに驚いたのだ。しかしそれは彼女にとっては僥倖だった。
「素晴らしいですわ! これでやっと異世界の方々の役に立てますのね!」
「ええ。その推薦状は、異世界の魔導高専──つまりは学校への推薦状です。──一応入学試験がありますが、お嬢様の実力であれば問題なく入学できるでしょう」
「……ソフィー、あなた何者なんですの? 異世界人に顔が利くなんて」
「ただのしがないメイドですよ。──申し上げましたでしょう? 私は以前、異世界へ修行に出ていたことがあるのです」
「ソフィーに柔術や空手のような武術を教え、そのような可愛らしい衣装のメイドがいる世界ですのね……興味がありますわ! で、その世界とは?」
「彼らは『地球』と呼んでいます」
「ちきゅう……? ヘンテコな名前ですわね。でも気に入りましたわ! わたくし、地球を救うために学校に入ることにしますわ!」
「お嬢様の活躍、このソフィーは陰ながら見守っております」
アンナはソフィーに別れを告げると、すぐさま荷物をまとめて旅立った。名家の令嬢の突然の失踪は騒ぎになりかけたが、すぐさまソフィーが火消しに奔走し、跡継ぎではないアンナがフェルトマイアー家で半ば放置されていたことや、すぐに異世界で無事が確認されたことなどから大事にはならず、アンナの父であるフェルトマイアー伯爵も事実上の黙認という形をとった。
そして、アンナは征華女子魔導高専の門を叩くことになったのだった。
──死霊魔法
死者を蘇らせ、思いのままに操ることができる死霊魔法は自然の理に反しているものでした。彼の力を恐れた他の魔導士たちはすぐさま彼を抹殺しようとしましたが、彼は自らの身体すら死霊魔法で不死身にしてしまっていたので歯が立ちませんでした。
仲間に裏切られたと思った彼は『魔王』と名乗り、大陸に災いと渾沌をもたらすことになったのです。
魔王は手当り次第人や動物を殺し、そこから魔力を奪いました。国は分裂し、土地は枯れ、人は飢えていきました。
そんな中、分裂した国の一つ『魔導国家アステリオン』の魔導士たちは力を結集し、ある存在の召喚を試みます。古い魔導書にのみ記された伝説の存在──万能の力を有し、魔王を排することができるかもしれない存在。
それが『勇者』です。
何人もの魔導士の命と引き換えに召喚された勇者は、人々を率いて強大な魔王と戦い、ついには滅ぼすことに成功するのです。
しかし、魔王は死に際に自らの魂を108に分け、それらを異世界に飛ばしました。その結果、魔王の魂たちは今でも異世界の人々を苦しめているのです。
❀.*・゜
「……勇者はなぜ魔王にトドメをさせなかったんですの?」
金髪の少女が傍らで物語を読み聞かせていた黒髪のメイドに尋ねる。すると、メイドはしばし考えるような仕草をした末、こう答えた。
「それは私にもわかりません。きっと、それほどまでに魔王が強かったのでしょう」
「でも、それじゃあ他の世界の方々が可哀想ですわ? なにも悪いことはしてないのに、いきなり異世界から魔王の魂が現れて侵略されなければならないなんて!」
「だから、このアステリオンでは魔王の魂が飛んだ先を突き止めて、門を開いているのですよ。そして、異世界人と共に戦っているのです」
二人がいるのは、アステリオンの名家フェルトマイアー伯爵家の一室、豪勢な造りの部屋には、天蓋付きの寝台が置かれており、そこに10歳くらいの金髪の少女がちょこんと座っている様はどこか微笑ましくもある。
「……ソフィー、あなた武術の心得があるんですのよね?」
「は、はい。柔術と空手、マーシャルアーツと截拳道を少々」
「なんですのそれは?」
聞いたことのない武術の数々に、少女は首を傾げた。
「異世界の武術です。修行に赴いた際に習得いたしました。お嬢様の身を守る一助になればと……。この衣装もその時に」
ソフィーと呼ばれたメイドは、自らの黒色に白のレースがあしらわれた服を指さしながら説明する。金髪の少女は納得したとばかりに頷いた。
「どおりで、あまり見ない服装だと思いましたわ」
「異世界ではメイドはこの服装が主流のようでして」
「いいですわね。この世界のメイドよりも可愛くて、わたくし好きですわよその服」
「お褒めに預かり光栄です。アンナお嬢様」
恭しく一礼したソフィーに、お嬢様のアンナは満足気に頷いた。
「もちろん、魔法もできるんですのよね?」
「無論です。今まで披露するような事態に遭遇していないことに感謝ですが」
ソフィーの言葉に苦笑を浮かべたアンナはその手を握ると、メイドの顔を覗き込むようにした。
「ソフィー、わたくしを鍛えてくださいまし!」
「えっ、は? 今なんと?」
「ですから! わたくしにソフィーの学んだ全ての技を授けてくださいまし!」
「武術や魔法を学んでなにをなさるおつもりで……?」
当惑するソフィー。しかし、アンナの決意は揺るがない。小さな身体で精一杯胸を張ると、自信たっぷりにこう言い放った。
「わたくしが異世界を救いますわ!」
「ん?? し、しかしお嬢様。お嬢様はフェルトマイアー家のご令嬢であらせられます」
「だからですわ! お父様が言っておられましたが、我がフェルトマイアー家はアステリオンの勇者の末裔。強きをくじき弱きを助ける誇り高い武門の名家だと!」
「お嬢様、勇者が召喚されたのはかれこれ500年も昔のこと。お嬢様に流れる勇者の血も薄れて昔ほど強大な力を行使することは──」
「大丈夫、関係ないですわ!」
思いとどまらせようとするソフィーの言葉を、アンナはキッパリと突っぱねた。こうスイッチが入ってしまうと、もうお嬢様は止まらなかった。両の瞳を爛々と輝かせ、ソフィーの両手を掴みながら必死に訴える。
「異世界に災いが降りかかっているのは祖先である勇者の責任、それをわたくしがとると言っているのですわ! 何がおかしくて?」
「いえ、おかしいとは……」
「それに! このままここにいても適当な貴族の嫁に出されてそこで一生を終えることになりますわ! それはとってもつまらないですわね」
「お嬢様……」
ソフィーは今更になって、このお嬢様に勇者の話をしてしまったことを後悔した。彼女も、本当は主であるアンナに安全に一生を終えてほしいという思いがあったのだ。まさかこの話でスイッチが入ってしまうとは思わなかった。だがもう後の祭りだ。
「お父様にはわたくしから言っておきますわ。きっと許してくれるでしょう。……お父様はわたくしなんかよりお兄様にご執心みたいですが」
「それは致し方ありません。歳上の男子が跡継ぎとなるのはアステリオンの伝統ですので……」
「なので、わたくしがどこで何をしようと問題ないはずですわ? そうでしょう?」
「……」
ソフィーは、お嬢様の本当の幸せについて考えた。お嬢様はまっすぐで自由奔放、気ままで情熱に溢れている。正直、一介の貴族の夫人として一生を終える器ではないと思った。それに……もしかしたら、アンナならば魔王を退けて異世界を救うことだって出来るかもしれない。そういう思いすら一瞬よぎった。
もはや、ソフィーにアンナを止める意思はなかった。そもそも自分が唆したようなものだ。今更勇者の話は忘れろというのは酷だろう。
「わかりました。ではお嬢様に私の全てを授けます。──その代わり約束してください。何があってもご自分の意志を貫くと」
「もちろんですわ! フェルトマイアー家の誇りにかけて!」
こうして、アンナの修行の日々が始まった。
やはり勇者の血を引いているとはいえ、アンナはその強大な力のうち10分の1も使うことができなかったが、勇者の能力──身体強化と異世界の武術との相性はすこぶるよく、そこに名家の才がある優れた魔法も合わさって、アンナはめきめきと力をつけ、すぐに師匠であるソフィーを超えるほどになった。
アンナが16歳になったある日、ソフィーはアンナに封筒に入った1枚の手紙のようなものを手渡した。
「もう、私がお嬢様に教えることはありません。これからはもっと優れた場所で魔導士としての能力を磨くべきです」
「でも、ソフィーは……」
「私の心配はいりませんよお嬢様。お嬢様がこの家を離れても、どこかでメイドとして雇ってもらいますとも」
「……」
「それに……」
ソフィーは一瞬寂しそうに目を伏せたものの、すぐに大きくなったアンナの目をまっすぐ見据えた。
「お嬢様は色々な場所で経験を積むべきです。あそこなら、魔王の手先である魔獣と戦いながら強くなれます。……生き残れればの話ですが」
「まあ……!」
アンナは目を見開いた。自分の身を案じてくれているとばかり思っていたソフィーが、アンナを死地に赴かせようとしていることに驚いたのだ。しかしそれは彼女にとっては僥倖だった。
「素晴らしいですわ! これでやっと異世界の方々の役に立てますのね!」
「ええ。その推薦状は、異世界の魔導高専──つまりは学校への推薦状です。──一応入学試験がありますが、お嬢様の実力であれば問題なく入学できるでしょう」
「……ソフィー、あなた何者なんですの? 異世界人に顔が利くなんて」
「ただのしがないメイドですよ。──申し上げましたでしょう? 私は以前、異世界へ修行に出ていたことがあるのです」
「ソフィーに柔術や空手のような武術を教え、そのような可愛らしい衣装のメイドがいる世界ですのね……興味がありますわ! で、その世界とは?」
「彼らは『地球』と呼んでいます」
「ちきゅう……? ヘンテコな名前ですわね。でも気に入りましたわ! わたくし、地球を救うために学校に入ることにしますわ!」
「お嬢様の活躍、このソフィーは陰ながら見守っております」
アンナはソフィーに別れを告げると、すぐさま荷物をまとめて旅立った。名家の令嬢の突然の失踪は騒ぎになりかけたが、すぐさまソフィーが火消しに奔走し、跡継ぎではないアンナがフェルトマイアー家で半ば放置されていたことや、すぐに異世界で無事が確認されたことなどから大事にはならず、アンナの父であるフェルトマイアー伯爵も事実上の黙認という形をとった。
そして、アンナは征華女子魔導高専の門を叩くことになったのだった。
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