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第40話 ただの炎の玉なわけないでしょ!

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「うぐぅ……!?」

 私は後方に吹き飛ばされる。クラリスはギリギリのところでそれをかわしたようだ。──速いだけじゃない。攻撃もかなり重い……! 私はすぐに体勢を整えると追撃に備えるために身構えた。

 しかし予想に反して敵は動かない。ただニヤニヤしながらこちらを見ているだけだ。まるで楽しんでいるかのような余裕っぷりである。

「へぇ、僕の速さについてこれる人間がいるなんて驚きだ。だけど残念ながら今の一撃では終わらないよ」

 再び先程と同じように消えるルシウス。私は目を凝らす。すると今度ははっきりと見えた。どうやら彼は移動の際に地面を蹴る音を消しているのだ。そしてそのまま一気に私との距離を詰めると攻撃を仕掛けてくる。だが今回は見える。──私だって魔法学校首席の意地ってもんがあるんだから……! 迫り来る鋭い蹴りを受け止めると、私は即座に反撃した。

「──【ファイヤーボール】!」
「おっと」

 私が放つ炎の玉を見ても全く焦った様子のないルシウスは、軽々とその攻撃を手で払い除けてしまった。しかし──

「甘い甘い! ただの炎の玉なわけないでしょ!」
「なにっ……」

 私がニヤリとすると同時に、ルシウスが地面に払い落としたはずの炎の玉から突然巨大な火柱が上がり、彼を飲み込んだ。どうやら成功のようだ。『明けの明星ルシファー』のサブマスターといえど、炎属性魔法を極めた私の多様な攻め手には対応できないのだろう。……あれ? というかそもそも奴に炎は効くのかしら? いやまあ効いてなかったら相当ヤバいんだけどね……。まあとりあえず煙を払おうっと。

「ふぅー」

 よし、晴れたぞ。これで一安心だ。ってえぇぇぇぇぇぇ! なんとそこには、無傷で佇むルシウスの姿があった。
 ──嘘ぉ!? 効かないとかズルすぎるでしょ! 私が動揺しかけていると、彼は愉快そうに声をかけてきた。

「すごいじゃないか!まさか僕相手にここまで戦える人間がこの世に存在するとは思わなかった。──君たちは間違いなく強い。だけど、まだ足りない。……僕にとっては雑魚同然だ」
「何それ、バカにしてんの?」

 クラリスが挑発するように言う。それに対してルシウスは首を横に振った。

「いいや、僕は本気で言っているんだよ。僕に勝つには君たちの強さが足りていない」

 ──こいつは何を言っているのだろうか。私が弱いだと……? ふざけやがって……。仮にも私は魔法学校首席だぞ? そんな私がお前なんかより弱いなんてありえないでしょ! 私がムッとしていると、クラリスが一歩前に出た。

「本当にそう思ってるんだとしたら、あんたはとんだバカってことになるわね」
「なんだと?」
「……とっくに『詰んで』るのよ。あんたは」

 クラリスの言葉にルシウスは顔をしかめる。その刹那──彼はこの空間に異変が生じていることに気づいたようだ。しかし、もう既に遅かった。彼の足元にある影が生き物のようにうごめき出す。やがてその動きを止めると、それらは一斉にルシウスへと襲いかかる。そして瞬く間に彼を拘束した。
 私は──あれを知っている。あれは確か、闇の上級魔法【シャドウジェイル】。魔力の制御が難しく、習得するのが困難な魔法だ。それをいとも簡単に使いこなしてみせた。やっぱり、クラリスは私と同等に魔法の才能があるのかもしれない。

「これは……!」

 驚愕するルシウスを他所に、クラリスは得意げな表情を見せた。

「あんたは確かに強いかもしれない。でもこっちは二人。……アニータが戦っている間にウチが何をしていたと思う?」
「なるほど。そういうことか。でもまぁそれでも無意味だよ。僕の実力を見誤ったね」
「それはどうかな?」

 クラリスは不敵に微笑んだ。その瞬間──彼女の魔力が大きく膨れ上がる。──凄まじい量の魔力ね。一体どれほどの力を持っているのだろう。

「どれほど足掻こうと、あんたはこの牢獄ジェイルからは抜け出せない。大人しく降参しなさい」

 クラリスの圧倒的な存在感に圧倒されつつも、私は心の中で同意した。……さすがの彼もこんな状態で勝てるはずがない。
 だが次の瞬間、信じられないことが起こった。突如彼の体を黒いオーラのようなものが包み込むと、彼はあっさりとその拘束を振り解いたのだ。

「……は? ウソ……」

 呆然と立ち尽くす彼女に向けて、ルシウスはその手をかざす。

「認めるよ。君は強い。でも、残念ながら相手が悪かったね」

 ──やばっ!? そう思ったときにはもう手遅れだった。

「さよなら。可愛らしい吸血鬼さん」

 ルシウスの手から漆黒の波動が放たれ、彼女は直撃を受けて後方に吹き飛ばされる。そして地面に倒れると、ピクリとも動かなくなってしまった。

「く、クラリス!!」
「安心して。殺してはいない。ただ気絶させただけだ」

 ルシウスがゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。私は必死で逃げようとしたが、先程のダメージのせいで上手く動けなかった。彼は目の前まで来ると、見下したような目でこちらを見つめてくる。

「これで分かったかい? 君たちでは僕の相手にならないんだ」
「……」
「黙り込んじゃって、怖いのかな? ……大丈夫。すぐ楽にしてあげるから」

 彼は優しく囁きかけるように言った。

「……ふふふっ」

 気づいたら私は笑っていた。

「何がおかしいの? 頭おかしくなったの?」

 そんなことを言われても、可笑しいものは仕方ないのだ。何故ならこの状況は過去一番私を昂らせるものだったから。

「まさか、これくらいのことで勝った気になってるなんてね。ほんとに可笑しいわ」
「……なんだと?」

 私の言葉を聞いてルシウスの表情が変わった。明らかに苛立っている様子だ。まあ当然の反応か。今の彼は、私が怯えて泣き叫んでいる姿を想像していたに違いない。

「私はいっつも手加減していた。魔法学校の試験の時も、ムカつく先輩魔導士を殺した時も、アホみたいに強いモンスターと戦った時も、全力を出すまでもなく勝ててしまったから。……だから今みたいな、全力を出さないと生き残れない状況は最高に楽しいのよ!」
「……君にはガッカリしたよ。少し痛めつけてやるつもりだったけど、予定変更だ。殺そう」

 ルシウスは私を殺すことに決めたようだ。しかし、死ぬのは私じゃない。──だって、私は最強の魔導士なのだから。その私を魔法で殺すなんて不可能だ。

「──そっちも手加減なしで来なさい。……じゃないとすぐに終わっちゃうわよ?」

 私が不敵な笑みを浮かべると、それに応えるようにして彼の纏う雰囲気が一変した。──どうやらやっと本気になってきたみたいね。

「ふん、僕に本気を求めるか。良いだろう」

 ルシウスは静かに呟いて、こちらに掌を向けた。次の瞬間には膨大な量の魔力を感じることができる。おそらく最上級魔法クラスの威力を持った何かが来るはずだ。
 しかし私は防御の姿勢を取るどころか、彼の魔力に重ねるように自分の魔力を練る。ルシウスは驚いたようだったが、すぐに表情を取り繕った。

「まさかこの期に及んで小細工か? 無駄だと分かっていながらよくそこまで頑張れるねぇ」
「そうでもないよ。あんたが思ってるより、私の魔力はまだまだ底なしなんだよね」
「だが僕に君の魔法は通用しない。僕はあらゆる魔法を知り尽くしているんだ」
「いいこと教えてあげる。……一つの系統を極めた魔導士は、自ら新しい魔法を作ることができるの。そして、炎を極めた私は自分で作りだした炎系統のオリジナル魔法をいくつも使えるのよ。──まだ誰にも見せてないようなやつがね!」
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