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第33話 どうしてこうなった……

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 普通に考えたら圧倒的にピンチな状況。でも、私たちにとっては好都合だった。

「逃げたわけじゃないのなら、しばらく待ってれば向こうから仕掛けてくるわね?」
「あくまで仮定の話ですけど」
「逃げろって言われても私もう走れないわよ?」
「まさか。逃げるわけないじゃないですか」
「あはは、そうだよねー」

 私たちは互いに笑うと、すぐに表情を引き締めた。
 リサちゃんは地面に耳を当てて魔物の足音を探っているようだった。その様子を見ながら私も同じようにしてみるが、何も感じ取れない。そもそも私は音を聞くよりも魔力の流れを感知する方が得意なので仕方ないのだけれど。
 やがてリサちゃんは立ち上がって口を開いた。

「やはり、足音が近づいてきてます。こっそり忍び寄ってきてるみたいですけど、リサにかかればこれくらい余裕です。任せてくださいね?」

 彼女は微笑みながら言うが、正直ちょっと怖い。
 魔猫の居場所さえ分かれば後はどうってことないはず。私はリサちゃんの肩に手を置いた。

「危なくなったら私のことは気にせず、逃げてよね」
「パートナーを置いて逃げたりはしませんよ? ……それに、危なくなんてならないのでへいきです」

 リサちゃんは得意げに微笑する。
 それから私たちは身を寄せ合うようにして魔猫を待ち構えていた。しばらくすると、私もなにやら不穏な魔力の流れを感じることができるようになった。

「……リサちゃん?」
「……来ましたね」

 彼女が呟くと同時に茂みから飛び出してきた影があった。月明かりの下に現れたのは大きな黒猫の姿だ。その数は4体いる。恐らく何かしらの能力で分身しているか、幻影を見せているようだ。

 魔猫は威嚇するような鳴き声を上げると、一気に襲いかかってきた。しかし、そんな攻撃も私たちには通用しなかった。

「──【フレイムウォール】!」

 私が咄嗟に炎の壁を展開して敵を怯ませると、リサちゃんが両手の指の間に挟むように構えていた複数のナイフを投げる。ナイフはなんと4体の魔猫の眉間を正確に射抜いた。改めてリサちゃんの技には驚かされる。

 が、眉間を射抜かれた魔猫は煙のように消滅してしまう。

「まさか、4体とも幻影……ってことは!?」
「危ないっ!」

 リサちゃんが私を突き飛ばした。それと同時に背後から襲い掛かろうとしていた別の魔猫が爪を振り下ろした。しかし、彼女はナイフで素早く攻撃を弾く。金属同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、次の瞬間にはリサちゃんが振るったナイフが魔猫の胴を薙ぎ、かき消す。
 ただ魔猫の攻撃を防いだのではない。わざと攻撃を受けることによって相手の力を逆手に取り逆に弾き返したのだ。しかも、ただ単に力を流し込むのではなく、流し込んだ力で相手を倒す。
 まるで合気道のような戦い方に思わず感心してしまった。だが、今倒したこれも本体ではなかったようだ。
 気づくと私たちは魔猫に囲まれていた。周囲を取り囲むように10体ほど、どれが本体なのか、はたまたこの中には本体がいないのか、私には分からない。リサちゃんの方を見ると彼女も厳しい表情をしていた。恐らく同じことを考えているだろう。

「これはマズいわね……」
「……ですね」

 私たちに緊張が走る。接近戦においては私は正直お荷物だ。リサちゃんも私を庇いながら戦うのは辛いだろう。でも、このまま黙って見ているわけにもいかない。なんとか突破口を開かなくては。
 だが、私が妙案を思いつく前に敵が動いた。四方から一斉に魔猫が飛びかかってくる。
 私は防御の姿勢をとったまま動かなかった。……否、動けなかったのだ。

 リサちゃんはそんな私の腕を力いっぱい引くと、くるっと身体を回転させてお互いの場所を入れ替える。そして背後の魔猫に斬撃を見舞うと、すぐさま身を翻して前方の敵に蹴りを放った。

 ズバンッ! と空気を切り裂くような凄まじい音がした。瞬時に2体の幻影をかき消され、動きを止めた魔猫の隙をついて、今度はリサちゃんが攻撃を仕掛ける。その手にはすでに数本のナイフが握られていた。

「はぁッ!!」

 気合と共に投げられた幾つものナイフが周囲の魔猫に突き刺さる。しかし、魔猫も一斉にリサちゃんに向けて飛び掛かった。

 魔猫と爪とリサちゃんのナイフが交錯する。
 ガキィィン!! 耳障りな音が響いたかと思うと、リサちゃんが身体を捻ってナイフを振るい、魔猫をまとめて薙ぎ払った。

「ギャァアッ!!」

 断末魔を上げて周囲の魔猫たちが消えていく。そして、地面に倒れ伏した1体の魔猫のみが残された。あいつが本体だったのだろう。

「やった……の?」
「はい、なんとか……」

 リサちゃんはへたりこんで荒い息をついていた。

「……リサちゃん?」

 よく見ると、その右脇腹のあたりが真っ赤に濡れている。──まさか!

「リサちゃん!」

 私は彼女の傍にしゃがみこんだ。彼女の右脇腹には爪で切り裂かれたような傷があり、その服の隙間からは血が滴っている。傷は深いようだ。
 でも私は魔導師なので、怪我の治療とかはできない。そういうのは聖職者とかの領分だし。

「……大丈夫です。かすり傷ですから」
「いやいや、そうは見えないんだけど! ──そうだ、あれがある!」

 私は鞄からヘレナに貰った回復ポーションを取り出す。瓶を傾けると、中の赤い液体がドロリとした状態で流れ出た。見た目的にはかなりグロテスクで不気味だけど、我慢だ。リサちゃんの脇腹にそれを押し付けた。

「ひゃぅんっ」
「あ、ごめんなさい!」

 変な声を上げたリサちゃんが顔を赤く染めながら睨んできた。どうしよう……なんかエロい。というか今の声めっちゃ可愛いんですけど。これは癖になりそう。もっとやってやろう。
 再びポーションを傷口に塗り込もうと思ったがその手をリサちゃんに掴まれてしまった。

「や、やめてくださいアニータさん!」
「えーっ、でも塗らないと治療できなくない?」
「リサはへーきですこのくらい!」
「ダメだよ。傷口塞がないと病気になるよ? ──ポーションが嫌なら私の魔法で炙って消毒することになるけど?」
「でも、くすぐったいんですよ!」
「じゃあ後ろ向いてるから自分で塗ってよ」

 私がポーションを差し出しながらそう言うとリサちゃんは無言でコクンと肯いた。
 くるりと回れ右をして待っていると、背後ではリサちゃんがモゾモゾと動いている。そして衣擦れの音とともに布の裂ける音がした。恐らく脱いだのだろう。

「んっ……ふぅ、あっ……」

 痛みからか、リサちゃんが声を漏らす。それが妙に艶めかしくて、思わず聞き入ってしまった。……いけないいけない。私はまた煩悩に支配されかけていた頭をリセットして、気合を入れる。心頭滅却して無我の境地に至ろうとしていると、突然背後からリサちゃんに触れられてびっくりしてしまった。

「きゃっ!」
「……すみません、まだ終わりそうにないので手伝ってもらってもいいですか?」

 耳元でリサちゃんがささやく。彼女の声が熱っぽく震えているのを感じた。どうしてこうなった……。
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