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最強のスライムくん
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ガッシャン! と無造作に投げられる武器の束。
「まずは武器を選べ」
またこのパターンかぁ……クロエは目を輝かせてゴソゴソと武器を選んでいる。
「よし、これで!」
クロエが選んだのはなんと二つの武器。レイピアよりも錐状の刀身で、刺突に特化した細剣の〝エストック〟と、相手の主に攻撃を受け流すのに使う防御のための大型のガードがついている短剣〝マインゴーシュ〟。扱いの難しそうな武器だ。よくそんなのを選んだね……
「ほう……自らの体格に見合った素晴らしいチョイスだ」
と感心しているディラン。多分語尾に「どこかの誰かさんと違って」っていうフレーズが入るんだろうなー……
「これ、使い慣れてるの!」
武器を使い慣れている妖精とかどんな妖精だよ! ってツッコミたい。妖精は基本的に戦ったりとかしないはずなのに……あっ、そうかクロエは変わり者で仲間からハブられてるんだっけ……それなら確かに仕方ないような気もしないでもないかな。
「……では次に魔獣だが……初心者は大人しく馬にしておくか?」
やはりというか……初心者に馬を勧めるディラン。しかし、クロエは首を横に振ると
「魔獣はもう既にいるのです。……お目にかけましょう、私の相棒を!」
「おおっ!?」
高らかに言い放ったクロエに、私は期待の眼差しを向けた。……いったいどんな強力な魔獣が出現するんだろう……
「紹介するね! ノアちゃんです!」
ズモモモモッという奇妙奇天烈な音とともに、クロエの足元の岩がゴロゴロある地面が盛り上がり始めた。……いや、盛り上がっているのではなく、なにかが湧き上がっている……?
やがてその物体は、大きな青い半透明の丸っこい……スライム? にしては大きすぎないかな? ……軽く3メートル四方くらいある横幅縦幅に、1.5メートルほどの高さ、その上にクロエはしっかりと足を投げ出すような感じで座っている。
「……ヒュージスライムだな……にしても大きい」
いつの間にか私の隣にいたマシューが呟いた。マシューは魔獣についてはほんとに物知りだなぁ……カナちゃん情報には全く載ってない魔獣だよ。
「……」
驚いているのはディランも同じのようで、私のマシューを初めて見た時のように、スライムを凝視している。
「どうかな? 私のノアちゃんは」
「……いや、なんというか……一応上に乗れているしルール上は問題ないのだが……」
ディランのなんとも言えない反応。すると、スライムのノアちゃんは、クロエを乗せたままズモモモと地面を這うように進んで私の方に移動してきた……うわ来たどうしよう……
「えへへ、ノアちゃん、カタリーナお姉さんの事が気になるみたいだよ?」
「はぁ?」
なんでこんなスライムに好かれているのかちょっとよく分からない。そもそも最下級モンスターのスライムに意思があるのかすら分からないし……
私が思わず後ずさると、ノアちゃんはさらに近寄る。私がさらに後ずさるともっと近づいてくる。……そんな攻防が続いて、観念した私は逃げるのをやめた。
ノアちゃんがあまりにも近寄ってくるので、マシューも警戒して今にも炎を吐きそうだ。……しかしこんな大きなスライムに炎が効くのかすら分からない。
いつもはスライムの核を物理や魔法で潰して倒すんだけど、ノアちゃんの体の中に透けて見える核はとても大きくて、簡単に壊せそうにないし、中心近くにあるから武器も届かない。
そんじょそこらの魔法だと核まで届かなそうだし……ほんとに、どうやって倒すんだこれ……
そんな私の思いなんかお構いなしに、ノアちゃんは私に擦り寄ってきた。……なんかすごい懐かれてるぅ! 特に危害を加えてくる気はなさそうなので、私も恐る恐る手を伸ばしてノアちゃんの体に触ろうとした……その時、悲劇は起こった。
私の手がノアちゃんの体に触れて、ひんやりした感触を感じた瞬間に、突然ノアちゃんはズボッと私の全身を飲み込んでしまった! うわっ、やられた!
「ちょっと! ダメだよノアちゃん!」
ノアちゃんの体を通してくぐもったクロエの慌て声が聞こえてくる。スライムの中は予想外に綺麗で、感覚も水の中にいるような感じだ。ぶくぶくぶく……ダメだ、私そういえば泳げないんだった……いや、スライムの中で泳ぐなんて前代未聞だろうけど……とにかく誰か助けて……!
すると、私の足首を誰かが掴んで強引に引っ張り出してくれた。ちょっと痛いけどたすかった……。見ると、マシューが私の足をくわえている。
「ありがとうマシュー!」
「いや、カタリーナが無事でよかった……」
あれ、でもマシューの炎はノアちゃんに突っ込んだせいか、前半分だけ消えかけていて、マシューもどこか元気が無さそうだ。
「ごめんなさいマシューちゃん……」
クロエがノアちゃんの背中から降りてきて、マシューにそっと触れた。……でもそれがトドメだったみたい。
ジュッ! という音がして、ウィンディーネのクロエの纏う水にやられてしまったのか、とうとうマシューの炎が消えてしまった! 今まで動いている時は消えたことがないから、大丈夫なのかな!?
でも、大丈夫じゃなかったみたいで、どっと地面に倒れるマシュー。
「マシュー!!」
私はマシューに駆け寄ったけど、スライム体内でずぶ濡れになってしまったこの状態で果たしてマシューに触っていいものか分からなくて戸惑ってしまった。
「まずいな……火を起こすぞ」
「はいっ!」
ディランの指示で、私は硬直から解けて薪を集めに行った。いつも火はマシューにお願いしているからおこしたことないけど、どうしよう……
でもその心配は無用だったみたいで、私がそこら辺から燃えそうな木の枝とかを拾ってきたら、ディランが石を使って火をおこしてくれた。
ティアマトの力を持つ闘蜴の治療の仕方なんて誰も分からないので、火で炙るような感じでマシューの体を乾かしていく。……これで良くなるといいけど……マシューは私の大切な相棒だから……
「……ごめんなさい」
クロエは相当責任を感じているようで、酷く項垂れている。
「……しょうがないよ。相性が悪いんだよ多分……もし試合したとしても私達は勝てなかったよ」
私はクロエの頭を撫でて励ました。……まあ本人に悪気はなかったんだしね……ノアちゃんは知らないけど。
「……僕からも謝ります。……ごめんなさい」
「ふぁぁっ!?」
突然後ろから自分の声がしたのでびっくり仰天。慌てて声のした方を振り向くと、私とそっくり……いや、全く同じ見た目の美少女がいた。……どうなってるの!?
「……あっ、カタリーナお姉さん。ノアちゃんにはね、飲み込んだものをコピーする能力があってね……」
「えぇぇぇっ!?」
つまり私をコピーされたってこと……?
「うぉぉぉ……ほんとに人間の女の子になってるのです……!」
歓喜の声を上げて自らの全身を確認する謎の美少女……ノアちゃん。
「そしてノアちゃんは男の子だから、そういうのが気になるお年頃なの」
「なんだとぉ! ……やめて、今すぐやめて!」
私は、自分の胸を揉んだり股間を触ったり、しまいには服を脱ごうとする私とそっくりの美少女に悲鳴を上げながら飛びかかるというなかなか貴重な体験ができた。
「ごめんなさい。あなたにおびただしい魔力を感じたので、ついつい飲み込んでしまいましたです……」
カナちゃん……いや、ノアちゃんが頭を下げる。……うーん、なんか自分に頭を下げられても……ていうか謝るところはそこだけじゃないと思うけど……
でも確かにスライムは飲み込んだ対象の魔力を吸収して成長する。……ノアちゃんにとって私はA5ランクの国産和牛みたいな感じに映ったに違いない。
「ノアちゃん、ダメだよ! そんなことしたら……そのせいでマシューちゃんが大変なことになってるんだからね!」
クロエはノアちゃんに歩み寄ると、その頭をペシッ! と叩く。……なんか私が叩かれているみたいで気分は良くないな…
「わかっています……でも、カタリーナさんのおかげでこういうこともできるようになったのです」
ノアちゃんはマシューに向けて両手のひらをかざした。そして……
「炎よ……壁となりて敵を焼き尽くせ……火炎壁!」
ボォォッ! と炎の壁が立ち上がりマシューを包んだ。……も、もしかして
「魔法が使えるの!?」
私は再び驚きの声を上げた。
「はいです。中級魔法までですが……カタリーナさんは本当に沢山の魔法を習得しているのですね。とてもじゃないですけど全部はコピーできませんでした」
いやいやいや……魔法が使えるだけでも今の呪われた私よりは全然役に立つって! ほんとに恐ろしい子だなぁこの子は……
「……カタリーナは魔法使いだったのか?…それもかなり上級の……?」
ディランが尋ねてくる。……やばいなぁ……そのうち私がカナちゃんだってバレちゃうかも……それならいっそ今のうちに……いや、もう少し経ってからでも……うーん、どう言い訳したものかなぁ……
でもその時、倒れていたマシューがのっそりと起き上がったので皆の注目が逸れて私は助かった。
「……すまない、助かった」
「マシュー! 心配したんだよぉ! 私を助けて死んじゃうなんて許さないからね!」
私は真っ先にマシューに抱きつく。マシューの炎はすっかり元通りになっているので、そもそも抱きつける人は私だけなんだけど……
「ふぅ……よかったぁ」
「よかったのです……」
クロエとノアちゃんは心底安心したようだ。
「あれ、カナ……カタリーナが2人いる!?」
やっと気づいたかマシュー……ていうか今またカナって言おうとしたよね……? ダメだって言ったでしょっ!
「ノアです。よろしくなのです。マシューさん……あっつ!」
ノアちゃんはマシューに近づくと手を差し出した……が、すぐに引っ込めてしまった。どうやら炎耐性はコピーできていないようだ。これは一安心。固有スキルまでコピーされたら恐ろしい化け物になってしまうから……
「ははは、なるほど。ヒュージスライムのコピー能力か」
マシューはノアちゃんの能力のことを知っていたみたいだ。にしてもノアちゃん。スライムのくせにコピー能力を使うことで普通に私たちと会話ができているのが面白い。
「で、どうだ? 改めて練習試合をやるか?」
「いや、俺はやめておきたい。まだ万全ではないし、ノアに飲み込まれたらまた死にかけてしまうからな」
どうしても試合をさせたいらしいディランに、マシューは答えた。……この2人が直接言葉を交わしているのはレアかもしれない。
「ふむ、なら仕方ない。魔獣なしで練習試合だ」
やっぱりどうしてもやらせたいんですねディランさん! ……しょうがない、当たって砕けるつもりで……
……その後、私はクロエと魔獣なしの決闘をして、瞬殺されてしまった。
先手必勝と突き出した槍をマインゴーシュで受け止められて、大きく踏み込みながらカウンター気味にエストックを喉元に突きつけられて降参。しかも寸止されるという手加減までされた。子供相手に情けない……
「さすがは僕の主様なのです」
ノアちゃんがパチパチと手を叩く。……その姿で言うのは是非ともやめてほしい。
「やったぁ! カタリーナお姉さんに勝っちゃった!」
あからさまに喜ぶクロエもムカつくなぁ……でもまあここはお姉さんらしさを見せて大人しく賞賛しておこう。
「いやー強かったよクロエちゃん」
私には……私にはあの闇のオーラがあるんだからね! 本気出していないんだからね! ……出すにはすごく痛い思いをしなきゃいけないけど!
……かくして、私たちの養成所にはクロエとノアちゃんという新たな仲間が増えたのでした。
さて、その夜のこと、夕食の席でディランから重大発表があった。
「ついに明日、ノーラン様が軍を率いて勇者どもを討伐に行かれることになった。我らの養成所では某とトラウゴット、そしてカタリーナが同行することになる」
「おー、頑張ってねカタリーナお姉さん!」
とクロエ。コミュニケーション能力の高いクロエはもうすでに養成所の仲間として定着している。貴重な水を供給できるというのもあるんだろうか……人間であるせいでなかなか溶け込めずに毎日意地悪されていた私とは大違いだ。
「頑張っ……ちゃあダメなんだよね……」
私は、前に頑張ると言ってしまってすぐさま文句を言われたトラウゴットをうかがいながら答えた。……事情を知らないクロエは「んー?」と首を傾げた。
「おいおい、魔王軍として出陣するっていうのに頑張らないとはどういうことだ?……さては相手が人間だからって情でも湧いてるのか? ……これだから人間は……」
とオーウェンがこちらを睨みながら言う。……頑張ると言っても、頑張らないと言っても文句を言われる……なんて理不尽な世の中なの!
「勇者許すまじ……僕らの仲間をたくさん殺した罪、その身で償うといいですよ!」
ノアちゃんが私の隣で大声を出す。ノアちゃんはよほど気に入ったのか、いまだに私の姿をコピーしたままだ。おかげで兄弟子たちからは「どちらが本物のカタリーナか分からない」とか「ただでさえ目障りなカタリーナが二人いてウザい」とか散々言われている。
私に言われても私は自分の姿を変える事は出来ないので、ノアちゃんに言って欲しい。
「まあ私たちはお留守番だけどね? ノアちゃん?」
「……そうでした」
クロエとノアちゃんはこの養成所の新しいムードメーカーになってくれるだろう。水にも困らなくなったし、今後の生活がもっと豊かになることは間違いない。……そのためにも勇者パーティーとの戦い、絶対勝って帰らないと!
私は一人決意を新たにするのでした。
「まずは武器を選べ」
またこのパターンかぁ……クロエは目を輝かせてゴソゴソと武器を選んでいる。
「よし、これで!」
クロエが選んだのはなんと二つの武器。レイピアよりも錐状の刀身で、刺突に特化した細剣の〝エストック〟と、相手の主に攻撃を受け流すのに使う防御のための大型のガードがついている短剣〝マインゴーシュ〟。扱いの難しそうな武器だ。よくそんなのを選んだね……
「ほう……自らの体格に見合った素晴らしいチョイスだ」
と感心しているディラン。多分語尾に「どこかの誰かさんと違って」っていうフレーズが入るんだろうなー……
「これ、使い慣れてるの!」
武器を使い慣れている妖精とかどんな妖精だよ! ってツッコミたい。妖精は基本的に戦ったりとかしないはずなのに……あっ、そうかクロエは変わり者で仲間からハブられてるんだっけ……それなら確かに仕方ないような気もしないでもないかな。
「……では次に魔獣だが……初心者は大人しく馬にしておくか?」
やはりというか……初心者に馬を勧めるディラン。しかし、クロエは首を横に振ると
「魔獣はもう既にいるのです。……お目にかけましょう、私の相棒を!」
「おおっ!?」
高らかに言い放ったクロエに、私は期待の眼差しを向けた。……いったいどんな強力な魔獣が出現するんだろう……
「紹介するね! ノアちゃんです!」
ズモモモモッという奇妙奇天烈な音とともに、クロエの足元の岩がゴロゴロある地面が盛り上がり始めた。……いや、盛り上がっているのではなく、なにかが湧き上がっている……?
やがてその物体は、大きな青い半透明の丸っこい……スライム? にしては大きすぎないかな? ……軽く3メートル四方くらいある横幅縦幅に、1.5メートルほどの高さ、その上にクロエはしっかりと足を投げ出すような感じで座っている。
「……ヒュージスライムだな……にしても大きい」
いつの間にか私の隣にいたマシューが呟いた。マシューは魔獣についてはほんとに物知りだなぁ……カナちゃん情報には全く載ってない魔獣だよ。
「……」
驚いているのはディランも同じのようで、私のマシューを初めて見た時のように、スライムを凝視している。
「どうかな? 私のノアちゃんは」
「……いや、なんというか……一応上に乗れているしルール上は問題ないのだが……」
ディランのなんとも言えない反応。すると、スライムのノアちゃんは、クロエを乗せたままズモモモと地面を這うように進んで私の方に移動してきた……うわ来たどうしよう……
「えへへ、ノアちゃん、カタリーナお姉さんの事が気になるみたいだよ?」
「はぁ?」
なんでこんなスライムに好かれているのかちょっとよく分からない。そもそも最下級モンスターのスライムに意思があるのかすら分からないし……
私が思わず後ずさると、ノアちゃんはさらに近寄る。私がさらに後ずさるともっと近づいてくる。……そんな攻防が続いて、観念した私は逃げるのをやめた。
ノアちゃんがあまりにも近寄ってくるので、マシューも警戒して今にも炎を吐きそうだ。……しかしこんな大きなスライムに炎が効くのかすら分からない。
いつもはスライムの核を物理や魔法で潰して倒すんだけど、ノアちゃんの体の中に透けて見える核はとても大きくて、簡単に壊せそうにないし、中心近くにあるから武器も届かない。
そんじょそこらの魔法だと核まで届かなそうだし……ほんとに、どうやって倒すんだこれ……
そんな私の思いなんかお構いなしに、ノアちゃんは私に擦り寄ってきた。……なんかすごい懐かれてるぅ! 特に危害を加えてくる気はなさそうなので、私も恐る恐る手を伸ばしてノアちゃんの体に触ろうとした……その時、悲劇は起こった。
私の手がノアちゃんの体に触れて、ひんやりした感触を感じた瞬間に、突然ノアちゃんはズボッと私の全身を飲み込んでしまった! うわっ、やられた!
「ちょっと! ダメだよノアちゃん!」
ノアちゃんの体を通してくぐもったクロエの慌て声が聞こえてくる。スライムの中は予想外に綺麗で、感覚も水の中にいるような感じだ。ぶくぶくぶく……ダメだ、私そういえば泳げないんだった……いや、スライムの中で泳ぐなんて前代未聞だろうけど……とにかく誰か助けて……!
すると、私の足首を誰かが掴んで強引に引っ張り出してくれた。ちょっと痛いけどたすかった……。見ると、マシューが私の足をくわえている。
「ありがとうマシュー!」
「いや、カタリーナが無事でよかった……」
あれ、でもマシューの炎はノアちゃんに突っ込んだせいか、前半分だけ消えかけていて、マシューもどこか元気が無さそうだ。
「ごめんなさいマシューちゃん……」
クロエがノアちゃんの背中から降りてきて、マシューにそっと触れた。……でもそれがトドメだったみたい。
ジュッ! という音がして、ウィンディーネのクロエの纏う水にやられてしまったのか、とうとうマシューの炎が消えてしまった! 今まで動いている時は消えたことがないから、大丈夫なのかな!?
でも、大丈夫じゃなかったみたいで、どっと地面に倒れるマシュー。
「マシュー!!」
私はマシューに駆け寄ったけど、スライム体内でずぶ濡れになってしまったこの状態で果たしてマシューに触っていいものか分からなくて戸惑ってしまった。
「まずいな……火を起こすぞ」
「はいっ!」
ディランの指示で、私は硬直から解けて薪を集めに行った。いつも火はマシューにお願いしているからおこしたことないけど、どうしよう……
でもその心配は無用だったみたいで、私がそこら辺から燃えそうな木の枝とかを拾ってきたら、ディランが石を使って火をおこしてくれた。
ティアマトの力を持つ闘蜴の治療の仕方なんて誰も分からないので、火で炙るような感じでマシューの体を乾かしていく。……これで良くなるといいけど……マシューは私の大切な相棒だから……
「……ごめんなさい」
クロエは相当責任を感じているようで、酷く項垂れている。
「……しょうがないよ。相性が悪いんだよ多分……もし試合したとしても私達は勝てなかったよ」
私はクロエの頭を撫でて励ました。……まあ本人に悪気はなかったんだしね……ノアちゃんは知らないけど。
「……僕からも謝ります。……ごめんなさい」
「ふぁぁっ!?」
突然後ろから自分の声がしたのでびっくり仰天。慌てて声のした方を振り向くと、私とそっくり……いや、全く同じ見た目の美少女がいた。……どうなってるの!?
「……あっ、カタリーナお姉さん。ノアちゃんにはね、飲み込んだものをコピーする能力があってね……」
「えぇぇぇっ!?」
つまり私をコピーされたってこと……?
「うぉぉぉ……ほんとに人間の女の子になってるのです……!」
歓喜の声を上げて自らの全身を確認する謎の美少女……ノアちゃん。
「そしてノアちゃんは男の子だから、そういうのが気になるお年頃なの」
「なんだとぉ! ……やめて、今すぐやめて!」
私は、自分の胸を揉んだり股間を触ったり、しまいには服を脱ごうとする私とそっくりの美少女に悲鳴を上げながら飛びかかるというなかなか貴重な体験ができた。
「ごめんなさい。あなたにおびただしい魔力を感じたので、ついつい飲み込んでしまいましたです……」
カナちゃん……いや、ノアちゃんが頭を下げる。……うーん、なんか自分に頭を下げられても……ていうか謝るところはそこだけじゃないと思うけど……
でも確かにスライムは飲み込んだ対象の魔力を吸収して成長する。……ノアちゃんにとって私はA5ランクの国産和牛みたいな感じに映ったに違いない。
「ノアちゃん、ダメだよ! そんなことしたら……そのせいでマシューちゃんが大変なことになってるんだからね!」
クロエはノアちゃんに歩み寄ると、その頭をペシッ! と叩く。……なんか私が叩かれているみたいで気分は良くないな…
「わかっています……でも、カタリーナさんのおかげでこういうこともできるようになったのです」
ノアちゃんはマシューに向けて両手のひらをかざした。そして……
「炎よ……壁となりて敵を焼き尽くせ……火炎壁!」
ボォォッ! と炎の壁が立ち上がりマシューを包んだ。……も、もしかして
「魔法が使えるの!?」
私は再び驚きの声を上げた。
「はいです。中級魔法までですが……カタリーナさんは本当に沢山の魔法を習得しているのですね。とてもじゃないですけど全部はコピーできませんでした」
いやいやいや……魔法が使えるだけでも今の呪われた私よりは全然役に立つって! ほんとに恐ろしい子だなぁこの子は……
「……カタリーナは魔法使いだったのか?…それもかなり上級の……?」
ディランが尋ねてくる。……やばいなぁ……そのうち私がカナちゃんだってバレちゃうかも……それならいっそ今のうちに……いや、もう少し経ってからでも……うーん、どう言い訳したものかなぁ……
でもその時、倒れていたマシューがのっそりと起き上がったので皆の注目が逸れて私は助かった。
「……すまない、助かった」
「マシュー! 心配したんだよぉ! 私を助けて死んじゃうなんて許さないからね!」
私は真っ先にマシューに抱きつく。マシューの炎はすっかり元通りになっているので、そもそも抱きつける人は私だけなんだけど……
「ふぅ……よかったぁ」
「よかったのです……」
クロエとノアちゃんは心底安心したようだ。
「あれ、カナ……カタリーナが2人いる!?」
やっと気づいたかマシュー……ていうか今またカナって言おうとしたよね……? ダメだって言ったでしょっ!
「ノアです。よろしくなのです。マシューさん……あっつ!」
ノアちゃんはマシューに近づくと手を差し出した……が、すぐに引っ込めてしまった。どうやら炎耐性はコピーできていないようだ。これは一安心。固有スキルまでコピーされたら恐ろしい化け物になってしまうから……
「ははは、なるほど。ヒュージスライムのコピー能力か」
マシューはノアちゃんの能力のことを知っていたみたいだ。にしてもノアちゃん。スライムのくせにコピー能力を使うことで普通に私たちと会話ができているのが面白い。
「で、どうだ? 改めて練習試合をやるか?」
「いや、俺はやめておきたい。まだ万全ではないし、ノアに飲み込まれたらまた死にかけてしまうからな」
どうしても試合をさせたいらしいディランに、マシューは答えた。……この2人が直接言葉を交わしているのはレアかもしれない。
「ふむ、なら仕方ない。魔獣なしで練習試合だ」
やっぱりどうしてもやらせたいんですねディランさん! ……しょうがない、当たって砕けるつもりで……
……その後、私はクロエと魔獣なしの決闘をして、瞬殺されてしまった。
先手必勝と突き出した槍をマインゴーシュで受け止められて、大きく踏み込みながらカウンター気味にエストックを喉元に突きつけられて降参。しかも寸止されるという手加減までされた。子供相手に情けない……
「さすがは僕の主様なのです」
ノアちゃんがパチパチと手を叩く。……その姿で言うのは是非ともやめてほしい。
「やったぁ! カタリーナお姉さんに勝っちゃった!」
あからさまに喜ぶクロエもムカつくなぁ……でもまあここはお姉さんらしさを見せて大人しく賞賛しておこう。
「いやー強かったよクロエちゃん」
私には……私にはあの闇のオーラがあるんだからね! 本気出していないんだからね! ……出すにはすごく痛い思いをしなきゃいけないけど!
……かくして、私たちの養成所にはクロエとノアちゃんという新たな仲間が増えたのでした。
さて、その夜のこと、夕食の席でディランから重大発表があった。
「ついに明日、ノーラン様が軍を率いて勇者どもを討伐に行かれることになった。我らの養成所では某とトラウゴット、そしてカタリーナが同行することになる」
「おー、頑張ってねカタリーナお姉さん!」
とクロエ。コミュニケーション能力の高いクロエはもうすでに養成所の仲間として定着している。貴重な水を供給できるというのもあるんだろうか……人間であるせいでなかなか溶け込めずに毎日意地悪されていた私とは大違いだ。
「頑張っ……ちゃあダメなんだよね……」
私は、前に頑張ると言ってしまってすぐさま文句を言われたトラウゴットをうかがいながら答えた。……事情を知らないクロエは「んー?」と首を傾げた。
「おいおい、魔王軍として出陣するっていうのに頑張らないとはどういうことだ?……さては相手が人間だからって情でも湧いてるのか? ……これだから人間は……」
とオーウェンがこちらを睨みながら言う。……頑張ると言っても、頑張らないと言っても文句を言われる……なんて理不尽な世の中なの!
「勇者許すまじ……僕らの仲間をたくさん殺した罪、その身で償うといいですよ!」
ノアちゃんが私の隣で大声を出す。ノアちゃんはよほど気に入ったのか、いまだに私の姿をコピーしたままだ。おかげで兄弟子たちからは「どちらが本物のカタリーナか分からない」とか「ただでさえ目障りなカタリーナが二人いてウザい」とか散々言われている。
私に言われても私は自分の姿を変える事は出来ないので、ノアちゃんに言って欲しい。
「まあ私たちはお留守番だけどね? ノアちゃん?」
「……そうでした」
クロエとノアちゃんはこの養成所の新しいムードメーカーになってくれるだろう。水にも困らなくなったし、今後の生活がもっと豊かになることは間違いない。……そのためにも勇者パーティーとの戦い、絶対勝って帰らないと!
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