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魔物がいやらしい目でこちらを見ている
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さて、また数時間走っていると、今までずっと続いていた森を突然抜けて、崖の上に出た。
そこで一旦私はマシューの背中から降りて、手足を伸ばしてストレッチをする。ずっと振り落とされないように必死につかまってたから、相当体力を使っちゃったみたい。筋肉痛になりそう。
「あれが魔王領の4大都市のひとつ、サンチェスだ」
見ると、崖の先はだだっ広い盆地のような地形になっていて、その中心に大きな街のようなものがある。そこからいくつか街道のようなものが伸びており、人影? のようなものとか、大きな魔物とかがひっきりなしに出入りしているようだ。
「あそこでモンスターなんちゃらが見られるの?」
「そのはずだし、養成所もあるはずだ」
「……どうする?」
私がマシューのほうを伺うと、マシューはぷいっとそっぽを向いてしまった。
「カナが行ってこい。俺は街には入れない。建物とかを燃やしてしまうからな」
「なによそれ!? それじゃあ養成所とかにも入れないじゃない!」
私はマシューの背中を拳で叩きながら抗議した。あんな魔物だらけの街に、人間の私が一人で入るなんて自殺行為だよ…
「魔物決闘に出場する魔物は凶暴な奴が多いからな、大抵街には入れない。だから、養成所も街の外にあることが多いのさ。試合のある時は、そこから街の中心にある闘技場へ門が開いて魔法で直送されるってわけよ」
「ふーん、でも、だからといって私に魔物だらけの街に一人で入れだなんてそんな鬼畜な……」
「おや、ビビってるのか? カナは最強の魔法使いなんだろ?」
「それは一昨日までの話!」
「じゃあ、まあどこまで俺がついていけるか、試してみるか……」
マシューは私に背中に乗るように促すと……
「いくぜぇぇぇっ!」
「うわぁぁぁぁっ!?」
切り立った崖をズサササーッと滑り降り始めた。背中の私はたまったものではない。頭を前に向けて腹這いでしがみついてるわけだから、ほとんど逆立ち状態で、どっちが上やら下やらわからない。おまけに凄い振動と砂埃。源義経の一ノ谷の戦い、鵯越の逆落としってのはこんなことなのかな!? あれ、桶狭間の戦いだっけ? どっちでもいいや、とにかく私はもう死にものぐるいでマシューにしがみついた。
ドォッ! という着地の衝撃で、さすがに私はトカゲの背中から振り落とされて、近くに生えていた茂みに頭から突っ込んでしまった。痛みは大したことないけど、もうギャグのような展開に笑うしかないよ……。
「抜けないよぉ……たすけて……!」
茂みは地味に奥が深かったらしく、頭から突っ込んだ私は脱出に手間取った……というか、枝とか葉っぱが体に絡まるだけで無理だこれ……
「仕方のないやつだな……」
マシューが茂みから出ていた私の足を引っ張って引っこ抜いてくれた。
強引だけど助かったよ。お礼を言おうとした時
「ははははっ! なんだそれは! よく似合ってるぞ!」
マシューは私の顔を見るなり笑ってきたので、喉元まで出かけてたお礼の言葉を無理やり飲み込んだ。なんだよ、失礼なやつ!
でも気になって髪の毛に触ってみると、葉っぱがたくさんついていた。あーもう最悪!
「くっそぉ……」
と悪態をつきながら葉っぱを払った。でもね、その時天才カナちゃんはとてもいいことを思いついてしまったのでした!
ゴソゴソとあたりを捜索しながら蔦のような植物を引き抜いていく私。
「何をしている? 頭がおかしくなったのか?」
マシューは怪訝そうな口調で言うけど、そのセリフはアンジュに言われまくっていたので慣れている。天才は理解されないものなんだよ……。
私は引き抜いた蔦を身体にぐるぐると巻き付け、頭にわしゃわしゃと乗せてみた。
「どうかな?」
「正気か?」
マシューに間髪入れずに返事されて私はずっこけかけたけど、めげずに
「木精に見えるかな?」
と聞いてみた。〝木精〟。文字通り木の妖精で、エルフと並ぶ森の守護者だ。見た目は人間にそっくりだけど、体とか頭とかに枝とか葉っぱとかが生えている……カナちゃん情報によるとだけど。
「なるほど、人間だということがバレないように、魔王領にも普通にいる妖精に化けたのか」
マシューはやっとわかってくれたみたい。
「まあ、見えなくはないな。髪色はおかしいが……」
「よしっ、これで行ってみよう!」
多少のことは気にしない。頭の悪い魔物相手なら人間相手よりもよっぽど簡単に騙せちゃうでしょう!っていうのは見くびりすぎかな?
「では俺はここら辺で待っているとしよう。幸運を祈るぞ相棒。困ったことになったら、思いっきり指笛を吹け。すぐに駆けつけよう」
「うん、ありがとう!」
私はマシューとわかれて、意気揚々とサンチェス? という街へと歩いていった。あっ、途中で気がついたけど、指笛ってどう吹くんだっけ……? まあいっか、口笛なら吹けるし!
街から外へ伸びている街道。ほんとに色んな魔物が歩いている。鬼人、猪人、犬人、小鬼、蜴人、大きな象、大きな虎、大きなカマキリ!? あと、羽の生えたあれは……鳥人かな?
カナちゃん情報もだいぶ曖昧なところがある。他にもカナちゃんの知らない魔物がほとんどだった。
「っと、痛てぇな!」
すれ違った大きなもふもふのハムスターのような魔物に見とれていると、私は誰かと肩がぶつかってしまったらしい。
「前見て歩けやコラァ!」
声のするほうを見ると、毛を逆立てて、牙をむき出しにした犬人が私に向かって怒鳴っている。
「ごめんなさい……」
お前なんか魔法が使えたら1発で消し炭になってるよ。とか思いながら、一応謝っておく。
「あー、痛てぇ! これじゃあ仕事できねぇなぁ! どーしてくれんだよ!」
コボルトは肩を押さえながらなおも怒鳴る。いや、軽くぶつかっただけだし平気でしょ……どんだけヤワな体してるのよ……私よりかなりガタイいいじゃない……。
「ごめんなさい」
心底うんざりするけど、あまり面倒なのは御免なのでとりあえず謝り続けることにする。
「謝るだけじゃなくてちゃんと行動で示せやドリアードのねぇちゃんよぉ。慰謝料、50バドルで許してやるわ」
はぁ……この犬っころ、人が下手に出てるのをいいことにつけあがってませんか? バドルが何なのかはわからないけど、慰謝料とか言ってるし恐らくお金の単位とかだろう。もちろん私はお金なんか持っていない。ていうか私のことやっぱりドリアードだと思ってくれてるんだね! それは嬉しいよ。
「お金持ってないですごめんなさい」
正直に告白することにした。頼むからか弱い女の子いじめるのは諦めてよ……。
すると、コボルトは私の体を舐め回すように眺める(とても気持ち悪い)と、ニヤニヤしながらこんなこと言ってきた。
「金がねぇならしょうがないな。体で払ってもらうとするかぁ!」
もうだいたい予想はついていたけど、テンプレートすぎてイカした返しが思いつかないよ……
「申し訳ないけど、私の体は売り物じゃないの。整形してそのブサイクな顔をなんとかしてから出直してきて?」
「……テメェ!」
案の定、逆上したコボルトに胸ぐらを掴まれてしまった。どうしよう、その後のことを全く考えてなかったよ……じゃあとりあえず私の相棒を召喚してみようかな?
「はいはいそこまで! やめといたほうがいいよ?」
澄んだ鈴の音のような綺麗な声が響いて、私とコボルトは動きを止めた。見ると、コボルトの背後に水色の髪をした可愛い女の子が立っていて、右手をコボルトの肩にかけている。
「なんだおめぇ? やる気か?」
相変わらずコボルトのテンプレートな反応。そのセリフは負けフラグだからやめた方がいいと思うけど?
「私はあなたを心配して言ってるんだよ? コボルトのお兄さん」
女の子はコボルトに睨まれても余裕の表情だ。いったい何者だろうこの子……
「あぁ?」
「その子、ただのドリアードじゃないよ。〝高位木精〟。髪の色が赤っぽいのがその証拠。乱暴すると酷い目にあうよ?」
えっ、何その設定、初めて知ったよ! アークドリアード? なんか強そう!
「……んだとぉ?」
コボルトさんは怪訝そうな目で私の方を見る。
「そ、そうよ! 変なことしたらあなたに毛が生えなくなる呪いをかけるわよ! 一生ブタみたいにピンクのスベスベ肌になっちゃうわよ!」
私もとりあえず話を合わせてみる。そんな呪いがあるのかすらわからないけど。
「チッ! しょうがねぇなぁ!」
コボルトは諦めたのか私から手を離すと、足早に去っていった。バカな魔物でよかったぁ……
私は目の前で私の体をじーっと観察している(ちょっと気持ち悪い)女の子にお礼を言うことにした。
「助けてくれてありがとう!」
女の子は、背こそあまり高くなかったが、顔立ちを見る限りでは私よりも2、3歳年下くらいに見える。服装はスケスケの布を何重にも重ねたようなつくりのドレス? とワンピース? の中間くらいのような感じで、服から伸びた両手足はスラッとしている。人間のように見えるが人間離れした美しさだ。神々しいとでもいうのかな?
ちなみに体型は幼児体型なので、そこは私の方が勝っていると胸を張って言える。
「見るからに言いがかりだったからね……それにお姉さんこういうの慣れてなさそうだったし」
「あはは、そうなの。ついさっき森からでてきたばかりで……」
我ながらナイスな嘘がつけました。お姉さんって呼ばれるのも新鮮だなぁ……前世の弟たちには「カナ」って呼び捨てにされてたし。
「そうだったんだ! サンチェスの街には何をしに来たの?」
「実は、見に来たのよ。モンスターなんちゃらっていう競技の……」
「モンスターギャルド!?」
女の子は目を輝かせながら叫んだ。なにごと!? そこまで驚くようなものなのかな?
「あっ、そうそれ」
「私も大好きなんだよモンスターギャルド! ……でも仲間たちにはなかなかわかって貰えなくて……お姉さんよかったら一緒に見に行かない!?」
「えぇっ!? いいの!?」
まさかの護衛兼案内人ができてしまった。なんという巡り合わせだろう。
「いいのいいの! よかったぁ……一緒に見に行く人ができて。……私はクロエ。種族は〝水精〟だよっ」
「ありがとう! 私はアークドリアードのカ……カタリーナよ」
危ない危ない! 危うく「カナ」って名乗っちゃうところだった。私が勇者パーティーのカナだってバレたら袋叩きにされて殺されちゃうよ……
「よろしくねカタリーナお姉さん!」
「よ、よろしくクロエちゃん……」
私たちは固く握手をした。というか主にクロエが勝手に握手をしてきた。なんというか、パワフルな子だ。
私はクロエに「どこから来たの?」とか「ていうかアークドリアードってほんとにいたんだね!」とかひたすらマシンガンのように話しかけられて、それに対して適当に答えていたら、気づいたら街の入口らしき門の近くまでやってきた。門の前には鎧を身につけて槍を持った蜴人が2人立っていて、警備をしているようだ。
リザードマンのうちの1人は私たちを見つけると槍を構えながら
「検問だ。止まれ」
と言ってきた。私たちが立ち止まると
「ウィンディーネとドリアードか……街に何の用だ?」
「モンスターギャルドを見に来たの」
クロエが答えると、2人のリザードマンは互いに顔を見合わせて「何言ってんだこいつ」みたいな顔をした。でも、リザードマンどももやっぱり私のことはドリアードだと思ってるみたい。予想外に変装が上手くいってるよ。
「女の子が? 2人で? モンスターギャルド?」
「なによ、なにか文句あるの?」
ちょっとイラッとした私が喧嘩腰に尋ねると
「いや、別に文句はないのだが……」
そして私の体をチラッチラッと見る(だいぶ気持ち悪い)リザードマン。……くるのか? ……きちゃうのか?
私が身構えていると
「怪しい奴だな! ボディーチェックを行う! こっちに来い!」
やっぱり! こうなる運命なのね! でもなんで魔物ってどいつもこいつも変態ばっかりなんだろう? 私がナイスバディな超絶美少女だからかな?
「あー、そのお姉さんはアークドリアードだから、下手なことするとえげつないことになるよ?」
とクロエがすかさず助け舟を出してくれる。するとリザードマンどもは目に見えて動揺して「な、なにぃ!?」とか言っている。
「そうよ。変なことするとあなたたちの自慢の鱗が紙切れになる呪いをかけるわ。水に入った瞬間にボロボロ剥がれていくことになるわよ?」
ほんとにそんな呪いがあるのかは分からないけどね。
「し、失礼しましたっ! どうぞお通りください!」
「ご苦労さまー!」
あー、バカな門番で助かった。同じ手が今日だけで2回も通用するなんて思わなかったよ。こうして私とクロエはすんなりと街の中に入ることができたのでした。
そこで一旦私はマシューの背中から降りて、手足を伸ばしてストレッチをする。ずっと振り落とされないように必死につかまってたから、相当体力を使っちゃったみたい。筋肉痛になりそう。
「あれが魔王領の4大都市のひとつ、サンチェスだ」
見ると、崖の先はだだっ広い盆地のような地形になっていて、その中心に大きな街のようなものがある。そこからいくつか街道のようなものが伸びており、人影? のようなものとか、大きな魔物とかがひっきりなしに出入りしているようだ。
「あそこでモンスターなんちゃらが見られるの?」
「そのはずだし、養成所もあるはずだ」
「……どうする?」
私がマシューのほうを伺うと、マシューはぷいっとそっぽを向いてしまった。
「カナが行ってこい。俺は街には入れない。建物とかを燃やしてしまうからな」
「なによそれ!? それじゃあ養成所とかにも入れないじゃない!」
私はマシューの背中を拳で叩きながら抗議した。あんな魔物だらけの街に、人間の私が一人で入るなんて自殺行為だよ…
「魔物決闘に出場する魔物は凶暴な奴が多いからな、大抵街には入れない。だから、養成所も街の外にあることが多いのさ。試合のある時は、そこから街の中心にある闘技場へ門が開いて魔法で直送されるってわけよ」
「ふーん、でも、だからといって私に魔物だらけの街に一人で入れだなんてそんな鬼畜な……」
「おや、ビビってるのか? カナは最強の魔法使いなんだろ?」
「それは一昨日までの話!」
「じゃあ、まあどこまで俺がついていけるか、試してみるか……」
マシューは私に背中に乗るように促すと……
「いくぜぇぇぇっ!」
「うわぁぁぁぁっ!?」
切り立った崖をズサササーッと滑り降り始めた。背中の私はたまったものではない。頭を前に向けて腹這いでしがみついてるわけだから、ほとんど逆立ち状態で、どっちが上やら下やらわからない。おまけに凄い振動と砂埃。源義経の一ノ谷の戦い、鵯越の逆落としってのはこんなことなのかな!? あれ、桶狭間の戦いだっけ? どっちでもいいや、とにかく私はもう死にものぐるいでマシューにしがみついた。
ドォッ! という着地の衝撃で、さすがに私はトカゲの背中から振り落とされて、近くに生えていた茂みに頭から突っ込んでしまった。痛みは大したことないけど、もうギャグのような展開に笑うしかないよ……。
「抜けないよぉ……たすけて……!」
茂みは地味に奥が深かったらしく、頭から突っ込んだ私は脱出に手間取った……というか、枝とか葉っぱが体に絡まるだけで無理だこれ……
「仕方のないやつだな……」
マシューが茂みから出ていた私の足を引っ張って引っこ抜いてくれた。
強引だけど助かったよ。お礼を言おうとした時
「ははははっ! なんだそれは! よく似合ってるぞ!」
マシューは私の顔を見るなり笑ってきたので、喉元まで出かけてたお礼の言葉を無理やり飲み込んだ。なんだよ、失礼なやつ!
でも気になって髪の毛に触ってみると、葉っぱがたくさんついていた。あーもう最悪!
「くっそぉ……」
と悪態をつきながら葉っぱを払った。でもね、その時天才カナちゃんはとてもいいことを思いついてしまったのでした!
ゴソゴソとあたりを捜索しながら蔦のような植物を引き抜いていく私。
「何をしている? 頭がおかしくなったのか?」
マシューは怪訝そうな口調で言うけど、そのセリフはアンジュに言われまくっていたので慣れている。天才は理解されないものなんだよ……。
私は引き抜いた蔦を身体にぐるぐると巻き付け、頭にわしゃわしゃと乗せてみた。
「どうかな?」
「正気か?」
マシューに間髪入れずに返事されて私はずっこけかけたけど、めげずに
「木精に見えるかな?」
と聞いてみた。〝木精〟。文字通り木の妖精で、エルフと並ぶ森の守護者だ。見た目は人間にそっくりだけど、体とか頭とかに枝とか葉っぱとかが生えている……カナちゃん情報によるとだけど。
「なるほど、人間だということがバレないように、魔王領にも普通にいる妖精に化けたのか」
マシューはやっとわかってくれたみたい。
「まあ、見えなくはないな。髪色はおかしいが……」
「よしっ、これで行ってみよう!」
多少のことは気にしない。頭の悪い魔物相手なら人間相手よりもよっぽど簡単に騙せちゃうでしょう!っていうのは見くびりすぎかな?
「では俺はここら辺で待っているとしよう。幸運を祈るぞ相棒。困ったことになったら、思いっきり指笛を吹け。すぐに駆けつけよう」
「うん、ありがとう!」
私はマシューとわかれて、意気揚々とサンチェス? という街へと歩いていった。あっ、途中で気がついたけど、指笛ってどう吹くんだっけ……? まあいっか、口笛なら吹けるし!
街から外へ伸びている街道。ほんとに色んな魔物が歩いている。鬼人、猪人、犬人、小鬼、蜴人、大きな象、大きな虎、大きなカマキリ!? あと、羽の生えたあれは……鳥人かな?
カナちゃん情報もだいぶ曖昧なところがある。他にもカナちゃんの知らない魔物がほとんどだった。
「っと、痛てぇな!」
すれ違った大きなもふもふのハムスターのような魔物に見とれていると、私は誰かと肩がぶつかってしまったらしい。
「前見て歩けやコラァ!」
声のするほうを見ると、毛を逆立てて、牙をむき出しにした犬人が私に向かって怒鳴っている。
「ごめんなさい……」
お前なんか魔法が使えたら1発で消し炭になってるよ。とか思いながら、一応謝っておく。
「あー、痛てぇ! これじゃあ仕事できねぇなぁ! どーしてくれんだよ!」
コボルトは肩を押さえながらなおも怒鳴る。いや、軽くぶつかっただけだし平気でしょ……どんだけヤワな体してるのよ……私よりかなりガタイいいじゃない……。
「ごめんなさい」
心底うんざりするけど、あまり面倒なのは御免なのでとりあえず謝り続けることにする。
「謝るだけじゃなくてちゃんと行動で示せやドリアードのねぇちゃんよぉ。慰謝料、50バドルで許してやるわ」
はぁ……この犬っころ、人が下手に出てるのをいいことにつけあがってませんか? バドルが何なのかはわからないけど、慰謝料とか言ってるし恐らくお金の単位とかだろう。もちろん私はお金なんか持っていない。ていうか私のことやっぱりドリアードだと思ってくれてるんだね! それは嬉しいよ。
「お金持ってないですごめんなさい」
正直に告白することにした。頼むからか弱い女の子いじめるのは諦めてよ……。
すると、コボルトは私の体を舐め回すように眺める(とても気持ち悪い)と、ニヤニヤしながらこんなこと言ってきた。
「金がねぇならしょうがないな。体で払ってもらうとするかぁ!」
もうだいたい予想はついていたけど、テンプレートすぎてイカした返しが思いつかないよ……
「申し訳ないけど、私の体は売り物じゃないの。整形してそのブサイクな顔をなんとかしてから出直してきて?」
「……テメェ!」
案の定、逆上したコボルトに胸ぐらを掴まれてしまった。どうしよう、その後のことを全く考えてなかったよ……じゃあとりあえず私の相棒を召喚してみようかな?
「はいはいそこまで! やめといたほうがいいよ?」
澄んだ鈴の音のような綺麗な声が響いて、私とコボルトは動きを止めた。見ると、コボルトの背後に水色の髪をした可愛い女の子が立っていて、右手をコボルトの肩にかけている。
「なんだおめぇ? やる気か?」
相変わらずコボルトのテンプレートな反応。そのセリフは負けフラグだからやめた方がいいと思うけど?
「私はあなたを心配して言ってるんだよ? コボルトのお兄さん」
女の子はコボルトに睨まれても余裕の表情だ。いったい何者だろうこの子……
「あぁ?」
「その子、ただのドリアードじゃないよ。〝高位木精〟。髪の色が赤っぽいのがその証拠。乱暴すると酷い目にあうよ?」
えっ、何その設定、初めて知ったよ! アークドリアード? なんか強そう!
「……んだとぉ?」
コボルトさんは怪訝そうな目で私の方を見る。
「そ、そうよ! 変なことしたらあなたに毛が生えなくなる呪いをかけるわよ! 一生ブタみたいにピンクのスベスベ肌になっちゃうわよ!」
私もとりあえず話を合わせてみる。そんな呪いがあるのかすらわからないけど。
「チッ! しょうがねぇなぁ!」
コボルトは諦めたのか私から手を離すと、足早に去っていった。バカな魔物でよかったぁ……
私は目の前で私の体をじーっと観察している(ちょっと気持ち悪い)女の子にお礼を言うことにした。
「助けてくれてありがとう!」
女の子は、背こそあまり高くなかったが、顔立ちを見る限りでは私よりも2、3歳年下くらいに見える。服装はスケスケの布を何重にも重ねたようなつくりのドレス? とワンピース? の中間くらいのような感じで、服から伸びた両手足はスラッとしている。人間のように見えるが人間離れした美しさだ。神々しいとでもいうのかな?
ちなみに体型は幼児体型なので、そこは私の方が勝っていると胸を張って言える。
「見るからに言いがかりだったからね……それにお姉さんこういうの慣れてなさそうだったし」
「あはは、そうなの。ついさっき森からでてきたばかりで……」
我ながらナイスな嘘がつけました。お姉さんって呼ばれるのも新鮮だなぁ……前世の弟たちには「カナ」って呼び捨てにされてたし。
「そうだったんだ! サンチェスの街には何をしに来たの?」
「実は、見に来たのよ。モンスターなんちゃらっていう競技の……」
「モンスターギャルド!?」
女の子は目を輝かせながら叫んだ。なにごと!? そこまで驚くようなものなのかな?
「あっ、そうそれ」
「私も大好きなんだよモンスターギャルド! ……でも仲間たちにはなかなかわかって貰えなくて……お姉さんよかったら一緒に見に行かない!?」
「えぇっ!? いいの!?」
まさかの護衛兼案内人ができてしまった。なんという巡り合わせだろう。
「いいのいいの! よかったぁ……一緒に見に行く人ができて。……私はクロエ。種族は〝水精〟だよっ」
「ありがとう! 私はアークドリアードのカ……カタリーナよ」
危ない危ない! 危うく「カナ」って名乗っちゃうところだった。私が勇者パーティーのカナだってバレたら袋叩きにされて殺されちゃうよ……
「よろしくねカタリーナお姉さん!」
「よ、よろしくクロエちゃん……」
私たちは固く握手をした。というか主にクロエが勝手に握手をしてきた。なんというか、パワフルな子だ。
私はクロエに「どこから来たの?」とか「ていうかアークドリアードってほんとにいたんだね!」とかひたすらマシンガンのように話しかけられて、それに対して適当に答えていたら、気づいたら街の入口らしき門の近くまでやってきた。門の前には鎧を身につけて槍を持った蜴人が2人立っていて、警備をしているようだ。
リザードマンのうちの1人は私たちを見つけると槍を構えながら
「検問だ。止まれ」
と言ってきた。私たちが立ち止まると
「ウィンディーネとドリアードか……街に何の用だ?」
「モンスターギャルドを見に来たの」
クロエが答えると、2人のリザードマンは互いに顔を見合わせて「何言ってんだこいつ」みたいな顔をした。でも、リザードマンどももやっぱり私のことはドリアードだと思ってるみたい。予想外に変装が上手くいってるよ。
「女の子が? 2人で? モンスターギャルド?」
「なによ、なにか文句あるの?」
ちょっとイラッとした私が喧嘩腰に尋ねると
「いや、別に文句はないのだが……」
そして私の体をチラッチラッと見る(だいぶ気持ち悪い)リザードマン。……くるのか? ……きちゃうのか?
私が身構えていると
「怪しい奴だな! ボディーチェックを行う! こっちに来い!」
やっぱり! こうなる運命なのね! でもなんで魔物ってどいつもこいつも変態ばっかりなんだろう? 私がナイスバディな超絶美少女だからかな?
「あー、そのお姉さんはアークドリアードだから、下手なことするとえげつないことになるよ?」
とクロエがすかさず助け舟を出してくれる。するとリザードマンどもは目に見えて動揺して「な、なにぃ!?」とか言っている。
「そうよ。変なことするとあなたたちの自慢の鱗が紙切れになる呪いをかけるわ。水に入った瞬間にボロボロ剥がれていくことになるわよ?」
ほんとにそんな呪いがあるのかは分からないけどね。
「し、失礼しましたっ! どうぞお通りください!」
「ご苦労さまー!」
あー、バカな門番で助かった。同じ手が今日だけで2回も通用するなんて思わなかったよ。こうして私とクロエはすんなりと街の中に入ることができたのでした。
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