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episode7 ライバルを打ち倒せ!
103. 幼い頃の夢
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☆ ☆
「──姫様」
「……なあに?」
私の意識は若い男の声で引き戻された。が、すぐにここが夢の世界であることが分かった。返答した私の声が異様に幼かったからだ。どうやらまた過去の出来事を夢の世界で思い返しているらしい。
自らに記憶に蓋をした私はよく失ったはずの過去の出来事を夢で見る。まだ無意識の中に記憶が残っているのかもしれないが、記憶を封印した私にとって、記憶の追体験は新鮮なことでもあった。
目を開けた私の前に、黒い毛皮があしらわれた衣装を身につけた男が立っていた。私にはその男に見覚えがなかったが、なんとなく自分の部下であるという認識はあった。
「姫様、皇帝陛下がお呼びです」
「おとうさまが……?」
「はい。『時が来た』と仰せで」
「すぐにいきます」
私が、横たわっていたふかふかの寝台から地面に降り立つと、そそくさと集まってきた侍女たちが寝間着を脱がして豪華な赤い着物を着せていく。あっという間に私は一国のお姫様と言われても遜色のない格好に変身していた。
(……これが私?)
にわかには信じ難かったが、夢の中の私はそれを当たり前のように受け入れていた。
「ご案内します」
黒い男について部屋を後にする。長い廊下を歩いていく私たち。ふと窓の外を見ると、外は雪が吹雪いており、一面の銀世界だった。だが建物の中はどういう魔法を使っているのか一切寒さは感じない。
(ここは……?)
セイファート王国は基本的に温暖な気候なので雪が降ることなど滅多にない。ましてや吹雪くことなどほとんどないだろう。私の疑問は深まるばかりだった。
やがて、男は大きな扉の前で立ち止まる。そして扉を開けながら恭しく一礼した。
扉から部屋の中央に向かって敷かれたカーペットの上を私はゆっくりと歩いた。部屋の中央には金色の玉座があり、大柄な男性が座している。私と似た赤──というより臙脂色を基調とした服装と頭部に載せた金色に輝く王冠が、彼がこの国の元首あることを物語っていた。
──ヨーゼフ・フィルチュ。
私の父親であり、このノーザンアイランド連合をまとめあげた当主。
「皇帝陛下、ティナ姫をお連れして参りました」
「──ティナ、よくぞ参った」
皇帝の口から空気を揺るがす重低音が発せられる。私は思わず身を縮こませた。一言喋っただけでなんという覇気と威圧感だろうか。
やっとのことで顔を上げ、父親を窺う。眉間にシワの刻まれたその表情は険しく、父親が娘に向ける表情としてはかなり厳しいものだった。
「な、なんの御用でしょうかおとうさま……」
「──うむ」
ヨーゼフはしばし逡巡した。それはこれから話すことが彼にとってとても重大で、かつ娘にそのまま伝えるのははばかられる内容だったからに違いない。
「実は先程、セイファート王国より使者が来て、ティナを魔法学校で学ばせてみないかと言われてな」
「魔法学校?」
魔法の研究が盛んなセイファート王国には、各国の魔法学校よりも優れた技術を持つ魔法学校が存在しているらしいという事実を私は知識として持っていた。
「──でも、セイファート王国はここからだいぶ南の……。まさかノーザンアイランド連合の次期当主である私をそんな所まで送り込むなんてことはないですよね……」
「──行ってこい」
「……は?」
父親の言葉に耳を疑った。嘘だと思った。私の身に何かあれば誰が次にノーザンアイランドをまとめ上げるのだろうか。──否、父は既に別の者を跡継ぎに……?
良くない考えが次々に浮かんできて頭がどうにかなりそうだった。
「お前には優れた才能がある。それをセイファート王国で伸ばしてこい」
「し、しかし!」
「──というのはあくまでも建前だ」
「……?」
ヨーゼフは口調をガラリと変えた。厳格な国王から、狡猾な策士へと、彼が『掴みどころがない』と評価される所以だった。相手や状況に応じて効果的な口調で効果的な言葉を叩き込み、相手を意のままに操る。それは実の娘でも例外ではなかった。
ニヤリと笑ったヨーゼフは、私の瞳を覗き込む。私はそれだけで身動きができなくなった。完全に場の空気を支配されていた。
「──ティナ、お前に重要な任務を与える。成功した暁には、お前をノーザンアイランド連合の当主として迎え入れよう」
「失敗したら……?」
「もちろん命はない。──もっとも、成功させなければお前はセイファート王国で命を奪われるだろうな」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。父は私を試しているのだ。ノーザンアイランドの当主として相応しい器なのか、そして同時に鍛えようともしている。家族のことをまるでただの道具としか見ていない。
だが、この一年の半分近くが氷に閉ざされた極寒の酷しい環境に領土を保有しているノーザンアイランド連合においてはそこまでしないと生き残れないのは事実だった。動ける短い夏の間に、最高効率の成果をあげる。実際そうやって父は成り上がってきたのだ。
この提案、断ってもどうせ私に命はない。だったら精一杯足掻くしかない。──私はそう思った。
「わかりました。必ず成功させます。──で、任務の内容は?」
「どうやらセイファート王国は『七天』という優れた魔導士を我がものとして世界を征服しようと目論んでいるようだが……それを利用して王国を分断に追い込め」
「──つまり?」
「内乱を引き起こして弱ったところを我々が一気に攻め込む手筈だ。全てはお前がいかにセイファートのバカどもを騙し続けられるかにかかっている。せいぜい無害な子供を演じているんだな」
「──わかりました」
こうして私は6年超もの間ずっと自分の真の目的を隠して生きてきた。
魔法が使えなくなったフリをして、ヘルマー領に肩入れするフリをして、この世界を私の思いどおりの方向へ向かうようにコントロールしていたのだ。
その過程で脅威な存在であるサヤとライムントの二人を難なく始末できたのは僥倖でしかなかった。
これで目標は達成される。弱ったセイファート王国軍、東邦帝国軍、ゲーレ共和国軍、オルティス公国軍はノーザンアイランド連合軍によって殲滅され、私はこの世界の覇者となれるだろう。
「──姫様」
「……なあに?」
私の意識は若い男の声で引き戻された。が、すぐにここが夢の世界であることが分かった。返答した私の声が異様に幼かったからだ。どうやらまた過去の出来事を夢の世界で思い返しているらしい。
自らに記憶に蓋をした私はよく失ったはずの過去の出来事を夢で見る。まだ無意識の中に記憶が残っているのかもしれないが、記憶を封印した私にとって、記憶の追体験は新鮮なことでもあった。
目を開けた私の前に、黒い毛皮があしらわれた衣装を身につけた男が立っていた。私にはその男に見覚えがなかったが、なんとなく自分の部下であるという認識はあった。
「姫様、皇帝陛下がお呼びです」
「おとうさまが……?」
「はい。『時が来た』と仰せで」
「すぐにいきます」
私が、横たわっていたふかふかの寝台から地面に降り立つと、そそくさと集まってきた侍女たちが寝間着を脱がして豪華な赤い着物を着せていく。あっという間に私は一国のお姫様と言われても遜色のない格好に変身していた。
(……これが私?)
にわかには信じ難かったが、夢の中の私はそれを当たり前のように受け入れていた。
「ご案内します」
黒い男について部屋を後にする。長い廊下を歩いていく私たち。ふと窓の外を見ると、外は雪が吹雪いており、一面の銀世界だった。だが建物の中はどういう魔法を使っているのか一切寒さは感じない。
(ここは……?)
セイファート王国は基本的に温暖な気候なので雪が降ることなど滅多にない。ましてや吹雪くことなどほとんどないだろう。私の疑問は深まるばかりだった。
やがて、男は大きな扉の前で立ち止まる。そして扉を開けながら恭しく一礼した。
扉から部屋の中央に向かって敷かれたカーペットの上を私はゆっくりと歩いた。部屋の中央には金色の玉座があり、大柄な男性が座している。私と似た赤──というより臙脂色を基調とした服装と頭部に載せた金色に輝く王冠が、彼がこの国の元首あることを物語っていた。
──ヨーゼフ・フィルチュ。
私の父親であり、このノーザンアイランド連合をまとめあげた当主。
「皇帝陛下、ティナ姫をお連れして参りました」
「──ティナ、よくぞ参った」
皇帝の口から空気を揺るがす重低音が発せられる。私は思わず身を縮こませた。一言喋っただけでなんという覇気と威圧感だろうか。
やっとのことで顔を上げ、父親を窺う。眉間にシワの刻まれたその表情は険しく、父親が娘に向ける表情としてはかなり厳しいものだった。
「な、なんの御用でしょうかおとうさま……」
「──うむ」
ヨーゼフはしばし逡巡した。それはこれから話すことが彼にとってとても重大で、かつ娘にそのまま伝えるのははばかられる内容だったからに違いない。
「実は先程、セイファート王国より使者が来て、ティナを魔法学校で学ばせてみないかと言われてな」
「魔法学校?」
魔法の研究が盛んなセイファート王国には、各国の魔法学校よりも優れた技術を持つ魔法学校が存在しているらしいという事実を私は知識として持っていた。
「──でも、セイファート王国はここからだいぶ南の……。まさかノーザンアイランド連合の次期当主である私をそんな所まで送り込むなんてことはないですよね……」
「──行ってこい」
「……は?」
父親の言葉に耳を疑った。嘘だと思った。私の身に何かあれば誰が次にノーザンアイランドをまとめ上げるのだろうか。──否、父は既に別の者を跡継ぎに……?
良くない考えが次々に浮かんできて頭がどうにかなりそうだった。
「お前には優れた才能がある。それをセイファート王国で伸ばしてこい」
「し、しかし!」
「──というのはあくまでも建前だ」
「……?」
ヨーゼフは口調をガラリと変えた。厳格な国王から、狡猾な策士へと、彼が『掴みどころがない』と評価される所以だった。相手や状況に応じて効果的な口調で効果的な言葉を叩き込み、相手を意のままに操る。それは実の娘でも例外ではなかった。
ニヤリと笑ったヨーゼフは、私の瞳を覗き込む。私はそれだけで身動きができなくなった。完全に場の空気を支配されていた。
「──ティナ、お前に重要な任務を与える。成功した暁には、お前をノーザンアイランド連合の当主として迎え入れよう」
「失敗したら……?」
「もちろん命はない。──もっとも、成功させなければお前はセイファート王国で命を奪われるだろうな」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。父は私を試しているのだ。ノーザンアイランドの当主として相応しい器なのか、そして同時に鍛えようともしている。家族のことをまるでただの道具としか見ていない。
だが、この一年の半分近くが氷に閉ざされた極寒の酷しい環境に領土を保有しているノーザンアイランド連合においてはそこまでしないと生き残れないのは事実だった。動ける短い夏の間に、最高効率の成果をあげる。実際そうやって父は成り上がってきたのだ。
この提案、断ってもどうせ私に命はない。だったら精一杯足掻くしかない。──私はそう思った。
「わかりました。必ず成功させます。──で、任務の内容は?」
「どうやらセイファート王国は『七天』という優れた魔導士を我がものとして世界を征服しようと目論んでいるようだが……それを利用して王国を分断に追い込め」
「──つまり?」
「内乱を引き起こして弱ったところを我々が一気に攻め込む手筈だ。全てはお前がいかにセイファートのバカどもを騙し続けられるかにかかっている。せいぜい無害な子供を演じているんだな」
「──わかりました」
こうして私は6年超もの間ずっと自分の真の目的を隠して生きてきた。
魔法が使えなくなったフリをして、ヘルマー領に肩入れするフリをして、この世界を私の思いどおりの方向へ向かうようにコントロールしていたのだ。
その過程で脅威な存在であるサヤとライムントの二人を難なく始末できたのは僥倖でしかなかった。
これで目標は達成される。弱ったセイファート王国軍、東邦帝国軍、ゲーレ共和国軍、オルティス公国軍はノーザンアイランド連合軍によって殲滅され、私はこの世界の覇者となれるだろう。
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